第T部 イギリス海運の創世期
(前3000-後1400)
ローマ人の非海洋性
アイルランド聖人の航海
聖人の使ったコラック
アイルランドの進出
ヴァイキングの来襲
サットン・フーの船墳墓
新しい船と交易の拡大
航海の記録=叙事詩、布教
国王、海運交易を認知
10世紀の積荷、寄港地
3章 中世の船と交易(1100-1400)
イギリスの生命線=羊毛
スズ・鉛・石炭の輸出
ワイン・染料の輸入
ハンザ同盟、ロンドンに大商館
イングランド商人の台頭
ハルク、コグ、キール、クノール
船尾舵、バージ、トン数
王立艦隊の設立、民間船の徴用
オレロンの判例と船員
チョーサー時代の船員
船員の賃金と仕事
図誌、磁石、砂時計、天測
第U部 イギリス海運の発展期
(1400-1890)
4章 冒険商人(1400-1498)
カラックやキャラベルの登場
舵柄の改良、重砲の搭載
チューダー朝につながる商人
乗組員構成、船員のギルドと取り前
航海用具の発達と航海の拡張
ステイプル商人の取引と輸送
イングランド冒険商人とハンザの対立
海賊と私掠、取締まりの困難
イングランド交易の拡大
有力船主の地中海への進出
海運新興地ブリストル
5章 イングランドの海外展開(1498-
1552)
J・カボットのアメリカ本土発見
S・カボットやソーン父子の活躍
ブラジル・ウッド、ニグロ奴隷の交易
イングランド人の私掠と海賊
ヘンリ八世編成の雑多な海軍
航海者の豊富な職業用具、ガレオン登
場
ロンドン=アントワープ基軸の成立
6章 北方航路と南方航路(1552-1569)
チャンセラーの北東航路探検
チャンセラー、モスクワに到着
2回目のチャンセラーの北東航海
南方航路に強引に割り込む
タワーソンの着実な航海事業
ロシア会社の交易・航海実務
ロシア会社、バルト海に進出
エリザベス一世、先進国に対抗
ホーキンズの奴隷交易とその航海
ホーキンズの2回目の航海
アフリカの金探しの航海
ホーキンズ、スペインに懲らしめられる
7章 黄金の輝き(1569-1581)
オランダ独立に便乗した私掠のばっこ
私掠者たちのスペインへの面従腹背
ドレイクの私掠急ぎ働き
三方一両得の海上保険処理
スペイン人や黄熱病、マラリアの反撃
イングランドに残された北西航路
フロビシャーの北西航路の金鉱探し
ギルバートの西方航路の探検
ドレイクの私掠世界周航から帰還
8章 私掠の利益(1581-1588)
レバント会社の設立
二代目、三代目の冒険商人
ギルバートのアメリカ植民の失敗
ニューファンドランドの多国籍人の漁業組織
冒険商人たちの動機と性格
寵臣ローリーの探検事業
ドレイク、スペインと真っ向勝負
グレンビル、アメリカ植民地建設
ローリーのバージニアへの執念
私掠活動の収支と利益の配分
スペインのアルマダ艦隊を破る
短期間の海戦、多数の病死と溺死
9章 東洋への長い道(1588-1603)
交易の指南書、航海の奥義書
私掠に勝る儲けなし
ポンプ、調理室、テークルの改良
ドレイクの不首尾、グレンビルの落命
ローリー、女王の寵愛を失う
宿屋や飲み屋を回って人集め
ホーキンズの壊血病予防、チリでの拘禁
ローリーの凋落、ホーキンズ、ドレイクの病死
東インド会社の設立、オランダの急進出
ランカスター、東インド航海に出発
ランカスターの東南アジアでの取引
|
10章 イギリス帝国の種子(1603-1649)
オランダ、バルク輸送船を開発
オランダの2本柱、木材と漁業
オランダ、アメリカ植民地に割り込む
ニューカッスル石炭の国内外交易
タラ輸送における先進ビジネス
イングランドの初期植民地の建設
シェークスピア劇に、鞭打ち、ねずみ害
初期東インド会社の経営組織
東インド会社、インドに基地建設
運航費用の構成とその記録
船長が持ち込む高級食品
イギリス帝国の種子、投資と植民
11章 オランダの敗退(1649-1689)
航海条例の集成、その効果
オランダの優位とその活躍
イングランド、オランダ戦争に勝つ
イングランド海運、オランダを侵食
植民地の2タイプ、バッカニア海賊の登場
新しい帆装タイプの登場
東インド会社のインドへの進出
エドワード・コッカーの航海記録
ジョン・バルタルプの航海記録
エドワード・バーローの航海記録
船長のなりわいと私的交易の稼ぎ
海運取引と保険の拡大
12章 奴隷交易の勃興(1689-1739)
王立アフリカ会社、奴隷交易開始
年間7万人、200万人の奴隷交易
奴隷は砂糖買い付けのための貨物
東インド会社の製品輸入の弁護
航海条例の・保護貿易の効果
北方海域の三角貿易
フランスとの抗争、私掠戦争の大展開
私掠船船長たちの航海記録
郵便船サービスと航海学校の開設
船舶の共有方式、船長はおおむね船主
ロイズ・コーヒー・ハウスでの取引
13章 植民地の繁栄(1739-1776)
船腹量の著増、平均トン数の増加 複
雑な3本マスト帆装船の増加
著名なパブ=ザ・プロスペクト・ウィットビー
北東海岸、北西海岸の港の隆盛
交易のインバランス、捕鯨の拡大
イングランドのアメリカ交易
奴隷の価値尺度として鉄の棒を使用
東インド会社の行政府権限の強化
東インド会社船の船長・士官の優雅さ
アンソンの世界周航、死と富の落差
奴隷船残酷物語-船員の高率死亡率ー
船員の不足と徴発、船員周旋業を誘発
船長の高収入、職種別の船員賃金
14章 戦争と膨張(1776-1815)
アメリカの独立、イギリス海運の高成長
アメリカ船、イギリス交易に食い込む
アイルランドやニューファンドランドの交易
ラム酒、砂糖、そして新産品=綿花
奴隷交易、最後の膨張とその廃止
北極圏捕鯨の隆盛、鯨油の多様な用途
東インド会社の独占廃止、自由交易へ
中国茶交易の隆盛、多種多様な会社船
オーストラリア流刑者の輸送
定期郵便船のより一層のシステム化
アジア人船員の雇用、おさげ髪の流行
徒弟出身の商船船長、各種の報酬
東インド会社の士官は良家の出身
船員の主な死因はいまなお病気
強制徴発の脅威、米英戦争を誘発
交易と海運の分離、サラリーマン船長登場
現在のロイズ、王立取引所で店開き
イギリス海運の船腹統計、入港船構成
節税ねらい転覆しやすい棺桶船の登場
帆上帆を重ねる帆船、汽船の登場
15章 汽船の誕生(1815-1850)
キリスト教会の船員慈善運動
アメリカ海運の一時的な進出
蒸気機関、郵便船や旅客船から採用
汽船、帆船を次第に圧倒
東インド会社の終焉、阿片交易
郵便船会社から郵便補助金方式に転換
著名な新興汽船会社の創設史
グレート・ウェスタン号とロイアル・ウィリアム号競争
石炭と積み荷がせめぎあう汽船
19世紀後半のイギリス船腹の構成
東インド会社船や移民船の船内模様
海難の多発、その原因の探求
イギリス人船員の質の低下
航海条例の廃止、その功罪
イギリスの優位=鉄船、蒸気機関、石炭
16章 クリッパーと汽船(1850-1870)
1850年、1854年、大規模な船員関連法
全国の港に航海学校の配置
19世後半の船首部の生活記録
帆船クリッパーの黄金時代
オーストラリアの黄金と移民ラッシュ
帆船のスピード競争
郵便汽船の世界航路網
鉄製汽船、無制限の大型化
膨張機関の登場、復水器の採用
P&O社アジア席巻、ブルーファンネル誕生
郵便汽船サービス、極東に広がる
17章 波の頂点(1870-1890)
イギリス、世界船腹の60パーセントを占める
海底電線の敷設、交易・海運への衝撃
無線電信の開設、船長の役割の変化
移民船二等旅客のサムスの証言
三段膨張機関、鋼管ボイラーの採用
不定期船とそれを所有する一杯船主
スコットランド人と海運起業家の時代
東アジア交易をめぐる会社の勢揃い
世界最初の定期船同盟の結成
オイルの樽詰め輸送からタンカー輸送へ
プリムゾルの活躍、強制喫水線への道
ウィルソン、水火夫合同全国組合の結成
P&O社、1880年代に三直制を採用
あとがき
|