目 次 はじめに [1] アマルフィ海法の発見とその構成 [2] アマルフィ海法におけるコロンナ契約 [3] アマルフィ海法におけるその他の条文 [4] あとがき はじめに
ここでは、栗田和彦氏が行ったコロンナ契約に関する研究を紹介するとともに、そこで扱われ
なかった条文について若干の解説を行うこととする。なお、この補論はWebページ【2・4・4 中世イ タリア、地中海交易の掉尾を飾る】を補足するものである。アマルフィという交易都市の歴 史的 素描は、同Webページを参照されたい。 なお、 中世の早い時期に集成されたアマルフィ海法は、13世紀バルセロナにおいて地中海交 易を規制することとなったとされる、コンソラート・デル・マーレ(海の商法)、14-16世紀編纂のヴィス ビー海法とともに、中世三大海法とされる。 [1] アマルフィ海法の発見とその構成 1 Foscarini写本とその発見者 アマルフィ海法があったことは、15世紀の年代記などでも知られてきたが、その実在を示す根 拠がえられなかった。海法の権威から、その存在さえ否定される始末であった。それが、1843年 ウィーン帝室図書館のFoscarini文庫と名づけられた古文書・写本群のなかから、写本として発見 される。 海商法史上に特筆されるべき発見者はTommaso Angelo Gar という。1808年イタリアの トレントに生まれ、パドヴァ大学(哲学)卒業後、ウィーン、フィレンツェ、パドヴァ、トレント、ナポリ、 ヴェネツィアの図書館の管理職を歴任して、1871年ガルダ湖畔のデセンツアーノで永眠する。ま た、この写本が入っていた文庫は、ヴェネツィア最末期のドージェ(元首)であり、また古文書の収 集家であったMarco Foscarini(1695-1763、在位1762-63)の収集した文庫であった。 2 Foscarini写本の二重構成 Foscarini本はアマルフィ海法と称されているが、「高貴なアマルフィ市の海事裁判所の諸条項と 諸規則」という表題をもっており、本文に先立って番号が明記された条文が、第1条から第66条ま で列記され、そして結びの言葉が置かれている。全66か条というが、その構成からみて全66項目 といえる。 その構成は、まず全66か条のうち、21か条がラテン語文で、45か条がイタリア語文で記載される という二重構成となっている。 「第1条から第23条までの規定ないしはラテン語文の規定は、コロ ンナ契約に関して、ある程度、系統的な総体をなしている」、また「アマルフィの海事裁判所の関与 を肯定し、その公的性質を承認する説が、現在、ほぼ例外なく、支持されている」という(前同、p. 57)。 それに対して、「イタリア語文の規定のなかに系統性ないし体系性を求めても、徒労に終わるこ とになる。コロンナ契約、乗組契約、傭船契約における不良積付け、投荷などに関する規定が無秩 序に配置されている。さらに、イタリア語文の規定は、しばしば、反復と矛盾に出会いながら、読み 進まなければならない」という(前同、p.58)。 3 Foscarini写本の編纂時期 このFoscarini本は、16世紀後半ないしは17世紀の早い段階に作成された写本であるが、それ がいつ編纂されたかについては容易には明らかになる状況にはなく、長期わたって多数の史家 が議論しあってきたという。それを詳しく紹介しているが気が遠くなる。栗田和彦氏の結論は次の 通りである。 「アマルフィの歴史に想いをめぐらしながら、アマルフィ海法の記載内容を検証してゆくと、多くの 研究者が主張するとおり、アマルフィ海法のラテン語文の現定は、少なくとも、その規範内容は 1131年[アマルフィがシチリア王国に併合される]以前にすでに定められていたもの、と思われる。 それがFoscarini本の示すかたちに成文化されたのは、ずっと遅く、13世紀からあるいは14世紀に 入ってからかもしれない」。 他方、「イタリア語文の規定は、ラテン語文の規定の追加・補充として、13世紀から14世紀にかけ て(12世紀にもあったかもしれない)形成され、最終的に14世紀に入ってから成文化されたもの、と 推測しておきたい」という(前同、p.120)。なお、ここでイタリア語文の規定は、ラテン語文の規定の 〈追加・補充〉だという、重要な指摘がなされている。 [2] アマルフィ海法におけるコロンナ契約 1 『アマルフィ海法研究試論』「第1部第3章」 まず、栗田和彦著『アマルフィ海法研究試論』「第1部第3章 アマルフィ海法におけるコロンナ契 約」を取り上げ、それに若干の批判を加えながら紹介する。 なお、括弧内は試訳された条文であり、また以下の章・節建ては同著にほぼしたがっている。 2 コロンナ契約とその当事者 アマルフィ海法には、コロンナ契約(第1-23条)をはじめ、コメンダ契約(第6条?、第31条など)、 用船契約(第11条、第48条)、コンセルヴァ契約(第38条)に関する条文が含まれている。そのう ち、栗田和彦氏は、コロンナ契約について多くの条文が割かれているとして、その条文をなぞる ことでコロンナ契約を解明しようとしている。 コロンナ契約は東地中海から広がり、イタリアでは11世紀以前において大いに利用された。そ れは「往時の人々が航海事業をなすうえで克服しなければならなかった多くの問題(海の危険の 分散、大資本の収集、利益の分配など。これらは、現代企業の課題でもあるが)を解決するための 一つの方法、すなわち、往時の人々の英知の所産の一つ」とされる(前同、p.122)。 コロンナ契約の当事者は、船舶所有者(共有者を含む)、船長(船舶共有者が多い)、商品また は金銭を出資する商人(参加商人と訳出される)、そして乗組員(海員)である。 3 参加海員と賃金海員の相違 3-1 コロンナ契約の特色 コロンナ契約の特色は、13世紀以降における共同事業形態であるソキエタスやコメンダと違っ て、海員にも労務を出資することで、コロンナ契約の当事者になる道が開かれていたことにあ る。 それにともない、海員は「コロンナ契約に当事者として参画する(他の契約当事者と同様、航海 から生じる利益・損失の分配・分担をする)か、それとも、たんに固定給をえて労務に服するだけか により、2分類される」こととなり、前者は参加海員(marinario ad partem)、後者は賃金海員(m. ad stipendia、m. Salariato)となる(前同、p.126)。 栗田和彦氏は、第23条は参加海員を、第52条は賃金海員を示す条文として取り上げる。第23 条は、船長にはコロンナ契約の参加者に対する説明と利益配分の義務であり、参加者には説明 を受ける権利があるとした規定である。それに対して、第52条は、船舶が捕獲あるいは難破した 場合、海員はそれまでの期間の労務報酬を受ける権利があるとした規定である。
さらに、コロンナ契約における参加海員の権利義務を定めた条文として、第1条(海員の誠実 就労義務および罰則)、第47条(投荷の承認およびそれに伴う海員の損失補填の範囲)、第13条 (寄港地に残留を指名された者に対する日当の支払い)、第14条(捕獲された場合持分の配分 のほか治療費などの支払い)、第15条(捕虜になった場合の身代金の支払と役務で強盗にあっ た被害の補填)をあげる。 なお、条文の内容説明文は、引用者による。
栗田和彦氏、特に第13-15条に関して「賃金海員は参加海員と異なり、海賊に捕獲された場合
の身代金およびケガ・病気の治療をコロンナの費用で支払ってもらうことはできない」と述べてい る(前同、p.140)。しかし、コロンナ契約の船には参加海員だけが乗組んでいるとは限らないし、 賃金海員への支払がコロンナの費用になりえないということはない。 3-3 アンジュー朝時代の海陸給与 なお、第13条における日当は、ナポリを支配したアンジュー朝の「王国の城の見張り番の日給 額(1日8グラーナ)を定めた1269年の文書、徒士や宮廷の衛士などの給与額(1日5グラーナ、1日6. 5グラーナ強)を定めた1306年の文書、およびナポリのカプアーノ(Capuano)城の門衛の日給額(1 日10グラーナ)を定めた1304年の文書によって、当時の(労働者の)給与額の相場がアマルフィ海 法第13条に定める海員(および船舶書記)の給与額にほぼ一致する」という見方があるという(前 同、p.77)。 ただ、乗組員には給与以外に食事が支給され、無賃輸送権がおおむね付与されている。 4 コロンナ契約の締結 コロンナ契約の締結に関わる条文として、第10条(船長のコロンナ契約の開示・宣言義務)を 取り上げる。
5 コロンナ契約への出資 「コロンナ契約においては、当事者の出資の目的は、それぞれ異なる」というが、いずれも利殖 であろう。それが異なるのは出資するもの―船舶所有者は船舶を、参加商人は金銭または商品 を、そして海員は労務―であろう。 それはともかく、船舶所有者については第20条(船舶共有者の航海に耐える船の提供義務)に おいて、明示的ではないが、「コロンナ契約における船舶共有者の果たすべき義務に含まれる」と みなす(前同、p.142)。しかし、この第20条は船舶所有者に対する普遍的な規定といえる。 それに対して、第19条(不慮の修繕費用のコロンナ契約による負担)は、船舶所有者がコロン ナ契約に参加していることを前提とした規定である。第20条の義務を果たしていれば、「航海中に 発生した不慮の事故に要した……修繕費用は、船舶共有者のみによってではなく、コロンナ契約 の当事者のすべてにより、負担されることになる」(前同、p.143-4)。
参加商人の出資は単純である、逆に参加海員の複雑であることから、特段の条文はみられな
いという。 次に箴言のような条文が示される。第6条(コロンナ契約の本質に関わる規定)は、「不明な点 が存在しており、その解釈に対立がみられる。しかし、この規定が、コロンナ契約においては、出資 財産が独立した共有財産を形成する、との説の論拠になっている」という。それに栗田和彦氏は 否定的である(前同、p.146)。また、コメンダ契約に関する規定とする説もある。
6 海員の一方的契約解約権 コロンナ契約には、多様で複数の当事者が参加するが、そのうち船舶共有者については「自己 の持分を海の危険さらすことを望まない場合においても、その船舶共有者に一方的な契約の解 約権を認めていない」。それに対して、「代替可能性が比較的に強く認められる海員」について は、第41条において、それを認めているとする(前同、p.152)。
しかし、第41条は「海員保護の思想を読みとることも可能であろう」としているように、本来、昇
進が約束された海員の乗船契約の一方的解約権であって、同条をコロンナ契約に結びつけるこ とは無理がある。 7 コロンナ契約事業の遂行 7-1 船舶共有者(所有者) コロンナ契約の当事者が、その契約に基づき、どのように事業を行うかを問う。 第7条は、船長の受託の引き受けと船舶の提供に関する自由裁量権を定めた規定となってい る。それは、「船舶共有者は、通常、船舶に同乗することはない……船舶を委ねる相手・船長を、 自分たちで選任していた」としても、「通信手段が未発達な往時において、船舶共有者は、船舶が 出帆すれば、あとのことは、すべて船長に任せるしかなかった」ことに基づいた条文とされる(前 同、p.154-5)。
7-2・3 参加商人、参加海員
参加商人が、船舶に同乗しない場合は、船舶共有者と同じ立場に立つ。しかし、同乗する場合 は、それ以外の船長や非同乗商人、参加海員、すなわち当事者とのあいだで複雑な関係が生じ る。そのため、それに関わる規定はない。参加海員についても同じであるという。 7-4 船長 「コロンナ契約に基づく共同の事業の遂行にあたっての決定・判断の多くは、船長に委ねられる (あるいは、その関与が求められる)ことになる」。そのため、「アマルフィ海法は、船長の権限・義務 に関して、多くの規定を設けている」。 @ アマルフィ海法には、日本の商法にみられるような広汎な権限を船長に明示的に付与する規 定はないが、船長に主導的な役割を認め、多くの権限を与えなければならない。船長の基本的権 限・代理権の例は、まず前出の第7条にあるとする(前同、p.158)。 その上で、第35条は船舶共有者の持分売却の自由を認めるが、航海が終了するまでは持分 を売却しえないとした規定である。
それを念頭において、但書に注目して、「船長の立場からすると、船舶共有者から明示的合意
を与えられた航海について、当該船舶共有者を代理する権限が与えられている」と読むことがで きるという。さらに、「その趣旨は、船長および船長と契約した者を保護するため、と考えられてい る」とまでいう(前同、p.160)。 A それとは逆に、第8条(船舶共有者の意に反した船長に対する請求権)は、「アマルフィ海法に おける船長の権限と責任に関する複雑な規定のなかにあって、とりわけ重要な意味を有する」と する。それは、船舶共有者の一部が「特定の航海に供することを望まなかった場合、もし、船長が その航海のために出帆して……航海中に生じた事故について、責任を負わなければならない」か らである(前同、p.162)。
B 「アマルフィ海法は、船長の権限に種々の制限を設けており、決して、船長に独断・専行を許し
ているわけではない」。その例として、第9条(船長の収益付与範囲の制限)と、第18条(船長の独 断による費用参入・除外の排除)をあげる。 特に、第9条は解釈の分れる規定だとするが(前同、p.163)、まずもって意味不明である。また、 第9、18条は後述のコロンナ契約の収支に関わる条文といえる。
C 「共同事業の業務執行者が……自己の利益の追及に神経を集中することは、共同事業の参
加者・出資者にとっては、望ましくない」ので、「船長に対して、一定の範囲で利己的行為をなすこと を禁止している」。それが第29条(船長らの利己的行為の禁止)であるという(前同、p.165)。
この説明は、コロンナ契約のもとで経営される船舶にあっては、船長らにわざわざ限定して、そ
の共同事業の参加を1オンス(重量か価格か不明単位)以下に制限したことになる。これは矛盾 である。そうではなく、そうした船の船長らの商品の無賃輸送権は、1オンス以下に制限するとし た規定といえる。 D 以下の第17条、第32条、第42条、第44条は、船長に対する損害賠償請求権として扱われて いる。「船長に付与される権限・課せられる義務が多ければ多いほど、その権限の行使・義務の 履行に関連して、損害をこうむる者が発生する機会が増える……[そこで]船長に対する損害賠 償・補償費任の追及の可能性をかなり広く認めている」(前同、p.167)。 第17条は、賃金・前払金 に関する船長の責任を定めた規定である。本条はコロンナ契約に関わりはなく、当時における賃 金などの支払者である船長の、共同事業の当事者や彼の雇用者に対する一般的に責任に関す る規定である。
第32条は、さしあたってコロンナ契約について虚偽の利益確定を行った場合の船長や商人に
対する罰金に関する規定であろう。「高い信頼を寄せられていた者が、その信頼を裏切った場合、 むくいが厳しくなるのは世のならいである」とされる(前同、p.171)。
第42条は、海員・参加商人を置き去りにした船長の責任は問われないとした規定である。「この
規定は、現代的な法的感覚からは、およそ想像のつきにくい規定である」が、「そのことが、例外と して規定されている」とする(前同、p.171、172)。 当時、海員・参加商人は後出の第56-58条にみるように、常時、在船していることを前提としてさ れていたので、この規定は例外とはいえない。また、時化の到来や敵の襲撃など、急遽出帆を余 儀なくされた場合に関する規定と読めなくもないが、コロンナ契約との関わりはない。
最後に、第44条は、船長がコロンナの財産や船の調度品を喪失した場合の責任についての規
定である。
8 コロンナ契約の利益分配・損失分担 8-1 利益あるいは損失に関わる条文 「コロンナ契約においても、あてはまる。まず、利益・損失の算出にあたって、どのような種類の項 目を計算に入れるかを決めなければならない」が、アマルフィ海法は条文のうえで、「いかなる種 類の項目が利益・損失の計算項目に組み入れられているか」をみる。 収益(利益)項目については、前出の第1条、第11条、第29条の他、後述の第46条が当たる。そし て、損失(費用)については、前出の第13-15条、第19条などが当たるとする(前同、p.175)。 8-2・3 利益分配・損失分担 「その事業形態を特色づける要素の一つ、と思われる利益分配・損失分担について、アマルフィ 海法は、かならずしも明確な原則を、それぞれに呈示していない。しかし、いくつかの規定から、出 資額に応じた割合的な利益分配・損失分担の原則が採用されているであろうことのおおよその推 測は、成り立ちうる」とする(前同、p.176)。 利益分配にかかる条文として、第5条が示される。
9 コロンナ契約の存続および終了 「アマルフィ海法のなかに、コロンナ契約の存続および終了について、直接的に言及して規定 は、存在しない」とされる(前同、p.178)。 なお、末尾に、コロンナ契約に関わる条文として第24条を取り上げ、第23条の注釈とする。
10 むすびにかえて
栗田和彦氏は、アマルフィ海法は「立法機関によって制定された法律ではなく、地方的な慣習法 にすぎない、としても、アマルフィ海法の文化的遺産としての価値は、いささかも減殺されるもので はない……海に生きた人々にとっても、もちろん、尊重されるべき規範であったはずである」という 情緒的な言葉を結びとしている(前同、p.179-80)。 [3] アマルフィ海法におけるその他の条文 1 コロンナ契約に関するその他の条文 栗田和彦氏が、コロンナ契約に関連するとして取り上げた条文以外に、多くの条文が積み残さ れている。 1-1 コロンナ契約の締結に関する条文 第4条は、その文言だけでは意味不明とされ、船舶がコ ロンナ契約においていくらの持分となるかを宣言するよう定めた規定であるとされる。そして、前 出の第5条とも関連づけられる。しかし、本条はむしろ前出の第10条(船長のコロンナ契約の開 示・宣言義務)の一部再言にすぎないとみるべきであろう。
第30条は、アマルフィから出帆する船の船長は、コロンナ契約を、海事裁判所に届け出る義務
を定めた規定である。
第66条も前出の第10条の要約とされるが、なぜ海員だけなのか判然としない。
1-2 コロンナ契約の利益に関わる条文
第11条は、前出の第18条(船長の独断による費用参入・除外の排除)よりも曖昧な、船長の独 善的な―それはおおむねコロンナに不利益な―振る舞いを禁止し、そうした行為で利益はコロン ナのものとなるとした規定といえる。
第12条は第11条を受けており、航海の経過のなかで獲得されたあらゆる利益は、船長はじめ
海員や参加商人に配分されるとした規定である。その最たるものは海賊行為に及んでえた捕獲 物であろう。
1-3 コロンナ契約の修理に関わる条文
第21条は、航海中に船舶の一部が破損・滅失した場合、船舶共有者やコロンナ契約によっ て、それが修繕あるいは購入されるとした規定である。本条は、前出の第19条(不慮の修繕費用 のコロンナ契約による負担)や第20条(船舶共有者の航海に耐える船の提供義務)に続く条文 で、それらを補足する規定とされる。
第22条は、古い帆を交換する際、その他の索具などをみだりに取り替えることを禁止した規定
である。前条の注意事項のようにみえる。
第37条は、上記の条文の要約とみられる。
1-4 コロンナ契約の清算に関わる条文
第26条は、船舶が難破したり、捕獲された場合、その残存物を参加者に持分の割合に応じて 分配されるが、残存物に持分のない参加海員には当然、損失もないが、前払金は返還せよとし た規定である。
第33条は、船舶が滅失または難破、あるいは売却を余儀なくされた場合、船舶の価格は出
帆時の評価額とし、それを船舶共有者およびコロンナ参加者に割当るとした規定である。
1-5 コロンナ契約の海員処遇に関わる条文
第16条は、海員・参加商人が逃亡した場合、彼らの前受金の倍額返還請求・持分の剥奪を認 めた規定である。
第46条は、コロンナの利益のために、航海者が陸上に残った場合全航海の収益の持分を受け
取るが、自己の都合で残った場合持分は失われるとした規定である。本条は、第13条(寄港地に 残留を指名された者に対する日当の支払い)の航海者に限っての再言とみられる。
1-6 その他
第36条は意味不明であるが、共有船の1持分は16オンス(さしあたって重量単位)とした規定 のようにみえる。
2 様々な契約に関するその他の条文
第31条は、商品売買委託契約に関する条文であって、船長または航海者に商品売買を委託し たが、それが不成立な場合、委託者は返品の受け取りを拒めないとした規定である。
第38条はコンセルヴァ契約に関する条文とされ、その契約は「別の船主に属しながらも、相互の
安全と協力のため一緒に航海する商船隊および/またはそのための合意を表すことば。危険の 分散機能があるため、ある意味では、保険の原始形態とみられなくはない」とされる(前同、p. 311)。 いわば船団契約のもとにおかれた複数の船舶のうち、ある船舶が難破または捕獲された場合、 その損害は持分に応じて負担するとした規定である。
3 傭船契約に関するその他の条文
3-1 投荷とその清算に関する条文 第48条は、「傭船契約に基づき、上乗り[貨物上乗人]が同乗して運送されている物品の投荷 に関して規定したもの、と思われる。前条および次条とともに、その編纂に私人が関与した」とさ れる(前同、p.218)。そのため、本条は長文となっており、第47条の文言が第48条において言い 換えて繰り返されている。 それはともかく、本条は運賃払で船積みした商品を投荷することが必要になった場合、船長は 同乗する、その持ち主の商人や代理人と協議しなければ投荷しえないし、投荷の損害は商品お よび船舶のあいだで分担されなければならないとし、そして海員が船長または商人の許可なく投 荷した場合、賠償責任を負わせるとした規定である。
第49条は、貪欲な商人が投荷に反対した場合、船長は同乗者に、それが安全のために必要で
あることの説明・宣言すれば、その時から投荷を開始することができるとし、そして過度に船積し ていた場合、船長がすべての投荷の損害について責任を負うとした規定である。
3-2 共同海損、全損に関する条文
第54条は、第47-49条と同じように投荷に関する規定であるが、「船舶は商品と一つの資産を 形成する」とか、「船舶が全損しなかった場合とする」とかいった文言をみるとき、明らかに共同海 損を宣言した規定となっている。なお、共同海損は中世後期(14-15世紀)に入って、定式化した とされる。
第55条は、船舶が全損した場合、商人は清算義務を負わないが、全部または一部が回収さ
れた場合、その投荷商品は投荷された物品とのあいだで損害を分担するとした規定である。
第59条から第62条までの規定は、「1336年から1343年にかけて公布されたヴァレンシア評議員
規則……に類似しており、それがアマルフィ海法のイタリア語文の規定の編纂時期に関する議論 の論点の一つになっている」とされる。 第59条は、商人が自らの商品が約定とは異なった方法で船積みされていたので、運送賃を支 払う義務はないとし、また損害の賠償請求を申し立たとしても、運送賃を支払う義務はあるとす る。ただ、船長または船舶の過誤によることが確認された場合は、船長は運送賃の支払を受ける まえに、商人に賠償しなければならないとした規定である。
4 船舶の売却に関するその他の条文 4-1 船舶売却の手続きに関する条文 第34条は、船舶の売却は海事裁判所の許可を要件とし、当事者が売却時期を争っている場 合、評議員が決定する。ただ、無蓋船の場合、公証人によって売却しうる。船長が本条に違反し た場合、その売却は無効となり、その違反を過料とした規定である。
第63条は、船舶が売却された際、船長が自己の金銭でもって購入したもの以外の、すべての調
度品を財産目録に記載しなかった場合、船舶の購入者がその瑕疵を立証すれば、その引き渡し を受けることができるとした規定である。
4-2 船舶売却金の取り立てに関する条文
第61条は、建造中の船が売却された場合、船大工、造船材料の売主、建造資金の貸与者、艤 装資金の提供者は、債権者として、船舶の代金に対して優先権を有し、同一順位において、最初 に弁済されなければならない。 ただ、受領した代金が船大工ならびに造船材料の売主にとって 充分でない場合は彼らに、また新造船が航海に出た後、前述の債権者の要請に基づき売却され た場合は乗組員に、次いで船舶の建造につき与信したことを立証する者に、優先権を与えるとし た規定である。
第62条は、前条に関連があるようであるが、その解読・解釈は極めて困難とされる。
5 船長に関するその他の条文 5-1 船長の官庁事務に関する条文 第25条は、船長が船舶書記に海事裁判所において宣誓させることを求め、そのことにおいて 公証人・公文書として受け入れられるとした規定である。
第39条は、国内外からを問わず、アマルフィに入港する船は海事裁判所に決算報告を提出し、
評議員の決定に服しなければならないとした規定である。
第40条は、前条の業務に対する報酬として、海事裁判所は積載量に応じて手数料を取ると定
めた規定である。
第27条は、航海者には難破船の修繕を助ける義務があり、またそれにかかる費用を共同の 資金から、海員にあっては収益の持分から控除されるとした規定である。
その義務はないが、買戻されるまで、立ち去ることできないとした規定である。
6 海員に関するその他の条文 6-1 海員の就業に関する条文 第50条は、海員は金銭が与えられれば、船長や船舶書記らの要求に応じて出頭し、役務を提 供する義務があり、それに応じなかった場合は処罰されるとした規定である。第1条の再言であ る。
第56-58条は、海員の在船義務をきめ細かく定めている。 第56条は、海員は船舶が市外(港
外か)にいる場合、夜間船上で寝る義務があり、船長の許可なく陸上で寝た場合、報酬の減額を 受けるとした規定である。 第57条は、海員は船舶が係留されている場合、夜も昼も許可なく船舶から離れてはならない が、安全が見込まれるときはそのかぎりではないとした規定である。 第58条は、海員は船舶が投錨している場合、船長の許可なく船舶から離れることができるが、 船長または上級船員から何らかの命令を受けてときは、このかぎりではないとした規定である。
第45条は、海員の衣類および毛布が滅失したり、またコロンナがそれらを填補すべき事態が 起きた場合、最低補償されるべきだとした規定である。この海難などによる喪失品の補償は、海 員が賃金海員になるなかで、明確にする必要になったようである。
を返還する責を負わない。第45条と同じ主旨において規定されているかみえる。
した規定である。当時の海員の識字率からみて当然の規定といえるが、特に賃金海員が念頭 に置かれていよう。
第2条は、航海途上、下船を希望する海員に対して前受金の倍額を返還させることを定めた規 定である。同じような返還請求は第16条(前受金の倍額返還請求)にもみられる。第41条(昇進 が約束された海員の乗船契約の一方的解約権)は出帆前の下船となるため、その請求はみら れない。そのあいだに矛盾はない。なお、本条が一般規定であり、第41条はその例外規定という 解釈がある。第3条は、第1、2条を受け、またそれ以外の規定によって、一定額以上となった制 裁金を支払えないなどの船員を拘禁することを定めた規定である。 なお、第2、3条はコロンナ契約に関わる条文として扱われているが、そうではなく、一般的な海 員の罰則にすぎない。
第51条は、船が出港後、天候またはその他の出来事のため、24時間(原文の24日は誤記)以 内に帰港した場合、無報酬とするという規定である。なお、前出の第52条(海難時の労務報酬支 払義務)は、逆の場合の規定である。
定であるかにみえる。
7 その他の条文 第64条は、次条と同様、海法の規定というより、陸上の都市法の規定に属する性質のものとさ れ、良貨で「現金払をする買主の代金減額請求権に関する規定である」とされる(前同、p.245)。 また、第65条は「市民に対して市外の商人に優先して、商品を先行取得しうる権利を認めた都 市法にあたる、と考えられている」(前同、p.245)。 第64-65条は、古代から中世まで地域支配者が当然のように行使してきた先買い権を、イタリア の交易都市にあっては市民の権利として擁護していたことを示しているかのようである。
[4] あとがき 筆者は、アマルフィ海法について、その海法史上の意味合いや、それぞれの条文の変遷につ いて論評する立場にないので、ここでは若干の感想を述べるにとどめる。 栗田和彦氏が分析の対象としたように、アマルフィ海法はラテン語条文を中心にコロンナ契約 に関する条文を、確かに多く含んでいる。しかし、コロンナ契約のみに関わる条文はそれほど多く なく、しかもその後の海上交易にも適用しうる条文となっている。他方、イタリア語条文はどうかと いえば、その後の海上交易に関わる独自的な条文が全面的に展開されているわけでもない。 アマルフィという交易都市は、11世紀最盛期を迎えるが、13世紀末には衰退を遂げたとみられ る。アマルフィ海法は、その母市の盛衰をなぞるかにように、栗田和彦氏にしたがえばラテン語 条文にイタリア語条文が〈追加・補充〉されたかのように、編纂されている。そうした点から、アマ ルフィ海法はコロンナからソキエタスやコメンダや船舶共有制への橋渡しとなった、いわば過渡 期の海法といえる。 (2007/08/08記)
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