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「シンドバッドの7つの航海」を読む
Read "Seven Voyages of Sindbad"

▼はじめに▼
 「シンドバッドの7つの航海」は、現代では『アラビアン・ナイト』あるいは『千一夜物語』の一部となっているが、独立の物語であったようである。それが、インド洋で活躍していたイスラーム 教徒の海上交易人の説話をもとにしていることは、明らかである。しかし、ドキュメンタリな内容とはいえず、その多くは破天荒なフィクションとなっている。その成立時期には、9世紀後半から 10世紀中ごろ、あるいは11世紀から12世紀中ごろなどと、諸説あるようである。
  『アラビアン・ナイト』あるいは『千一夜物語』のテキストや訳書は数種類あり、その成立時期 や集成のあり方、虚実の程度などについて研究が行われている。しかし、「シンドバッドの7つの航海」を海上交易という視点から、どう読まれてきたかは判然としない。そこで、その視点か ら読み直してみることとしたい。
  なお、ここでは前嶋信次訳『アラビアン・ナイト』12(東洋文庫、1981)を参考させてもらうこと とする。

▼定型化した場面の繰り返し▼
 この7つの航海は累計して27年間に及ぶが、そのいずれも次のような場面の繰り返しとなっている。
(1) 交易品の買付け:バクダードで、それなりに多額の交易資金でもって、様々な海上交易品を買い付け、チグリス河を下ってバスラに向かう。
(2) 出帆、海上交易:バスラにおいて、商人衆とともにおおむね大船に便乗して出帆する。行く先々の停泊地において、交易品を売り買いしながら、順調な航海を続ける。
(3) 様々な遭難:順調であった航海は、必ず様々な遭難にあって終わり、海に投げ出されたり、島に取り残されたりして、一文無しの状態となる。
(4) 恐怖と利殖の冒険:その後、それぞれの物語の本体となっている、恐怖の冒険をしたり、異国の王や民に助けられたり、あるいは気に入られたりしながら、そのなかで利殖の道をえる。
(5) 帰国と贅沢な生活:多額の富をもって異国の品々を買付け、それを自国や異国の船に積み、バスラを経てバクダードに持ち帰り、それを売って巨万の富をえて、贅沢な生活をする。
▼往航の災難―置き去り、沈没▼
 シンドバッドは、往航、第1話(第539-42話)
では上陸した島で災難に遭って漂流する、第2
話(第543-46話)では上陸していた島に置き去
りにされる、第3話(第547-50話)では船を奪わ
れ、島に遺棄される、第4話(第551-56話)では
荒天により船が沈没する、第5話(第557-59
話)では大波にあって沈没する、第6話(第560
-63話)では岩山に激突して大破する、第7話
(第564-69話)では、未踏の海に船が砕け散る
といった災難に遭遇する。
 第1話から第3話までは、いずれにしても、島
に取り残されるというものであり、文面はともか
く、シンドバッドはその島に残って一旗揚げた
かったのかもしれない。第4話から第7話まで
は、船も積荷もいっさいなくなるという、全損海
難となっている。それほどまでに、当時の航海
怪鳥ロックの卵を割る(第5話)
ポールギュスターヴ・ドレ(1832-83)画
『千一夜物語』、ガラン社、パリ、1865所収
は危険を覚悟しなければならなかったのであろう。
▼買付け資金と積み込み品▼
 第1話において、シンドバッドの出自が明らかにされている。父が商人(多分、海上交易人)で、巨額の金子と夥しい所得を残して死んだ。彼は、その遺産を相続して食いつぶしていたが、海上交易に出ることを発心する。そのとき、残った遺産を売り払い、3000ディハルム(銀貨3000枚)を手にしている。また、第7話では漂着した島で白檀を材料とした筏を、流れ着いた都市で売りにかけたところ、せり上がって金貨で1100ディナール(それは銀貨で11000-13200ディハルムに当たる)となり、それを帰国の買付け資金としたとある。
 「シンドバッドの7つの航海」において、幾度ともなく巨額な富が取りざたされるが、その金額が明示されているのは、この2例のみである。
 シンドバッドは、往航における海上交易品を買い付けるが、その品名は具体的ではない。それでも、第1話には「商品やいろんな必需品、および道具類、その他、航海ちゅうに必要な物品を何くれとなく買い込みました」、また第5話には「高価な商品類を買いこみ、航海に必要な支度を整え、商品を荷造りしてから、バグダードの都を旅立ちました」とある。交易品ばかりでなく、長旅の生活にあたって必要となる品々を積み込んだことが強調される。
▼他人の船に便乗する商人衆▼
 シンドバッドが往航に乗船した船は、第5話を除き、他人が所有する船である。しかも、彼ひとりでなく、他の商人衆とともに乗船したこととなっている。彼らは、それに自らの商品を貨物として積み込み、当然なこととして運賃を支払っている(なお、訳文では「料金」となっている)。シンドバッドは、基本的には自前の船を持たない行旅商人あるいは便乗商人で、しかも自己資本のみによる商いとなっている。
 しかし、第5話では、シンドバッドは立派な商人船主となっている。「船着場に出てみますと、高だかと造りなした立派な大船がもやっているのが見えました。すっかり気に入ったのでこの船を買い入れました。この船の艤装はみな真新しかったのです。……そうして、自分の荷物をこの船に積みこませましたところ、一群の商人衆がわたくしのところにやって来て、やはり、それぞれの荷物を積みこみ、わたくしには料金を支払ってくれました」とある。
 なお、「船主}という文言が登場するのは、第3話と第5話のみである。
▼乗船した船とその乗組員▼
 シンドバッドたちが乗船した船はいわゆるダウであろうが、おおむね大船というのみで、それがどのような船であったかはまったく明らかでない。それでも、第2話には「きれいな新造船を見かけましたが、美しい亜麻織の帆をかけており、乗組の水夫も多数そろっているし、設備もよく整っておりました」とあり、ナツメヤシやココヤシの葉ではない亜麻織製といういわば高級な帆が利用されていたことがわかる。
 また、第5話の自前の船に「わたくしは船長や水夫たちを雇い入れ、自分の奴隷たち、下僕たちをその監督にあたらせました」となっている。この訳文は曖昧であるが、船長や水夫長に自分の奴隷や下僕たちを監督させたという意味なのであろう。
 帰国する際の船はおおむね異国の船となっている。例えば、第7話では「その都市の住民の一団が航海に出たがっていたが、船がないので、木材を買いこみ、1隻の大きな船を造ったということを聞きこみました。それで、わたくしも[便乗商人として]その仲間に入れてもらい、その人たちには料金をきれいに支払いました」とある。
 しかし、第1話と第3話にあっては、かってバスラで乗船した同じ船であった。それに、異国で再び乗り込んで帰国するなどは、話として出来すぎている。
 13世紀写本の縫合型ダウ
アル・ハリーリー著
『マカーマート 中世アラブの語り物』(東洋文庫)所載
1154年イドリースィー製作の世界地図
上が南方向となっている。

▼目的地や寄港地、その虚実▼
 シンドバッドたちは、往航、どこを目指して出帆し、またどこに寄港したかは、明示されていない。それでも、第3話では、バスラで乗った船に再び乗ったあと、シンド(インダス河口地域)に行き着いた。また、第7話では、バスラを出帆して「ひらすら航海を続けておりましたが、ずっと順風に恵まれて、ついにマディーナ・アッ・スィーン(シナの都)と呼ぶ港町[広州とされている]に到着しました」とある。しかし、その直後に遭難するのである。
 こうした往航に対して、次項にみるように、復航においてはその寄港地が、それなりに具体的となる。
 それらをまとめていえば、おおむねの目的地はインド洋が中心であり、最以遠はスリランカやマレー半島であった。しかし、東南アジア海域や南シナ海までには及んでいなかったとみられる。
 この点について、前嶋信次氏は「しかし、この論はシンドバードを実在の人物として考え、その航海物語を実録と考えての議論に思われてならない。やはりどこまでも文学作品であり、フィクションが主で、それに実際の地名やそこの事情などを附加したものと思われる。なぜシンドバードが中国の広州か泉州まで行かなかったのか。それはたまたま、この物語の作者の興味がそこまでいかなかったからと解釈することは出来ないであろうか」と述べている(前同、p.307)。
▼異国の産物、帰り荷の品ぶれ▼
 シンドバッドたちは必ず遭難するが、シンドバッドだけが生き残り、様々な冒険をした後、利殖の道を見出し、蓄財する。それをもって、帰国向けに商品を買付けている。その品目は往航に比べれば、一応、具体的である。
 第2話では、金剛石や胡椒を産する島に置き去りにされるが、前者を持ち帰って巨利を上げている。
 第4話では、漂流後、拝火教徒がおり、胡椒を産する島にたどり着いている。また、この国では裸馬に跨っていたので、鞍の製法を伝授したとする。なお、同話の別テキストでは、帰路、マレー半島のカラなどに寄港したことになっている。
 第5話では、助け人が彼を「高だかと築きなされたとある都市に連れて行きました。そこの建物はすべてに面して建てられていました」という。そうしたシーラーフ式石造建築群を彷彿とさせる町は、当時、アラビア半島に広がっていたとされる。
 さらに、第5話では、「船長に面会して乗船の契約をしてから、ココ椰子の実やその他の所持品をくだんの船に積みこみました」とあり、さらに肉桂や胡椒を産する島を訪れ、またインドシナ半島の伽羅(沈香)を産する島々のそばを通り、そして最後に、真珠の漁場に訪れ、それを買い取っている。なお、この真珠の漁場について、前嶋信次氏はインド大陸南端とスリランカ北岸の海峡ではなく、ペルシア湾のバーレーンとみている(前同索引、p.9)。
 第6話において、シンドバッドたちの船が乗り揚げた島で、彼らはインド人やアビシニア人を見かけ、「まるで浜の砂利のように散らばっていた貴金属や、宝石、金銀貨や大粒の真珠などをはじめ……生粋の上質な生の龍涎香[さらに伽羅]なども、かなりの量を拾い集めました。そうしてこれらを、かの筏に積み載せました」とあり、それらを持ち帰ったことになっている。
 第7話では、すでにみたように漂着した島で白檀を筏の材料にしている。そこでは、象牙や馬が帰り荷となっている。馬は第1話や第4話にも登場するが、当時、馬はペルシア湾からのインドへの主要な輸出品であったので、それが帰り荷になることはなかったであろう。
 なお、積荷の商品には、第3話からみて、持ち主の名前、あるいは目印が付けられていた。
▼カリフ=ハールーン・アル・ラシードからスリランカの王への進物▼
 複数のテキストにおいて相違が大きいは、第6話の後半と第7話である。第6話の後半、帰国を助けてくれた王は、シンドバッドにバクダードのカリフ=ハールーン・アル・ラシード(在位786-809)への進物を託している。その王は別のテキストではスリランカの王となっている。そして、第7話の別のテキストでは、それに対する返礼(?!)をシンドバッドに託しており、第6話と同じように、親書と贈物は詳細かつ具体的に記述されている。
 こうした使節の記事は、他の記述とはまったく異質であり、史実を利用したものとされているが、作者がシンドバッドに栄誉を与えたといえる。それはともかく、後者の贈物は、次の通りである。
 「そのときの贈物は、金貨1000ディナールの値打ちのある馬1頭、純金を被せ、宝石を散りばめた鞍、1冊の書物、衣裳5襲(かさね)、100種類のミスル(エジプト)の白い布類、スワイス(スエズ)とクーファとアレクサソドリアの絹布類、深紅の敷物1枚、タバリスターンの敷物1枚、絹と麻の糸100マン(約81キログラム)、およびファラオ時代のクリスタル・ガラスの杯で、厚さは指1本ほど、口径は1シブル(約23
ハールーン・アル・ラシード
センチ)のもの。その真ん中に1頭の獅子の姿があり、その前に両膝をつき、弓に矢をつがえて、引きしぼっている人物の像のあるもの。および[超人ソロモンの食卓伝説による]ダビデの子ソロモン―そのおん身に平安がありますように―の食卓などでありました」。
▼異国での処遇や地位▼
 シシンドバッドたちは何らかの遭難にぶち当たるが、異国の王や民に助けられたり、あるいは気に入られたりする。そして、厚遇されも、妻帯もする。特に、第1話において海上交易に関わりのある社会的地位をえている。スマトラ島パレンバンにあったシュリーヴィジャヤ王国と推定される国の王で、イスラーム教徒のミフラジャーン王から、シンドバッドは「海港の取締り長官」や「寄港するすべての船舶の記録係」に任命されている。
 これはイスラーム教徒の海外居留地において、その施政者から任命される港務長に相応しており、その記述は実態に即したものとなっている。しかし、そうした明快な地位は、第1話に限られる。おおかたは、貴重な品物を王に献上して、そのお返しに莫大な品物が下賜されたとか、帰国の許可や帰国の援助をえたとかの類である。
▼行方不明商人の積荷の扱い▼
 シンドバッドが往航に遭遇した災難のうち、第1話から第3話までは彼が島に取り残されただけで、彼が乗った船はさしあたって沈没したわけではない。事実、第1話と第3話では、バスラで乗船した同じ船に再会している。その時、彼の積荷はどうなっていたか。
 第1話では、船長に「船艙にはいろんな商品をお預かりしとりやす。けんど、その持主は、わしらが航海を続きでしけてる途中、ある島で、溺死しちまったんでございます。でまあ、その人の商品はわしどもの預かり品ちゅうことになりましたんで、わしらはそれを売却し、売上金はちゃんと記帳しとくつもりでおりやすが、やがてダールッ・サラーム(平安の在所、バグダードの美称)、バグダードの都にいるあの人のご家族んところへ届けてあげるためなんでございますんで」といわせている。
 また、第3話では船長が当のシンドバッドに「あの人の消息は全く耳にしなくなっちまったんでさ。……あの人の荷物をお前さんに預けて、この島で売ってもらったらよかろうと思っておりやす。……そうすれば、お前さんには骨折りと奉仕に応じて、なんぼか差し上げて、残りの荷物はバグダードの都へ帰りつくまで、わしたちが預かっておき、あのお人の家族を捜して、その人たちに残りの商品と売れた分の代金をお渡ししょうとこう思っておりやす」といっている。
 便乗商人が行方不明になった場合、その商人の積荷は船長の預かり品となり、売れれば売る、売れなければ持ち帰り、遺族に手渡す、そのいずれであっても運賃や手数料を取るという、明快な措置がとられていたことを知りうる。
▼シンドバッドが築いた栄耀栄華▼
 シンドバッドが築いた栄耀栄華としては、第1話の航海の後において、「おのれのために、宦官衆や下僕たち、白人奴隷たちやそば女たち、黒人奴隷たちなどを買い求めているうちに、わが家は大変な大世帯になりました。また、いくつかの邸宅、宅地や農地などを、昔の身代よりもずっと大きくなるまで買いこみました」。そして、「いまや、あの辛労や、故里を遠く離れたあの孤独の寂しさや、数かずの難行苦行、そして旅先の恐怖などはきれいさっぱりと忘れ去ってしまいました。そうして、ひたすらに、浮き世の歓楽や愉悦を求め、結構な料理を食べ、芳醇な美酒[?!]を飲むことにうつつを抜かしておりました」として示されている。
▼「シンドバッドの7つの航海」の評価▼
 「シンドバッドの7つの航海」について、前嶋信次氏はある外国人論者の「シンドバード物語の中に現われているもろもろの話、珍聞奇聞、冒険や驚異のほとんどすべては、当時の旅行家たちの土産話や旅行記の中に散見する……しかしながら、この物語の創作者はこれらの資料を組み立てて、統一を与え……ヒーローを想像し、これに個性を賦与し……理屈に合った発端と、満足な結末とをもち、その意義をはっきりと示した」、その結果「東洋においても西洋においても、多くの世代人の共同の所有財となり得た」という評価を紹介している(前同、p.312-3)。
 また、「シンドバッドの7つの航海」が「人気をえたのは、主人公の冒険のおもしろさと同時に、ヨーロッパの資本主義の勃興(ぼっこう)と関連して、シンドバッドが労働倫理の手本とされたからかもしれない。また、この物語は8、9世紀のアラブの海上貿易について知るうえでも、重要な情報源となっている」と評価される(船乗りシンドバッド、Microsoft Encarta Encyclopedia2001)。
 「シンドバッドの7つの航海」の作者は、海上交易についてそれほど知識があったようにはみえないし、それがあっても、細かく取り上げようとはしなかったとみられる。したがって、海上交易の重要な情報源となっているとはいいがたい。それでも、いままでみてきたように、9世紀以降インド洋において活躍したイスラーム教徒の海上交易について、少なくない知識と実情を与えてくれる、数少ない史料であることは明白である。
 その他、『アラビアン・ナイト』には海上交易にかかわる事柄が多く含まれているとみられるが、その分析は後日に譲られる。
(2005/02/12記)

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