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 この e-Book は、『帆船の社会史―イギリス船員の証言―』として、高文堂出版社より、1
983年10月に刊行されたものである。 当時、大阪城築城400年を記念して、「'83世界帆船
まつり―オオサカ・ワールド・セイル」が、開催されていた。
 それにあやかって、旧稿に追加、補足し、急遽、出版したものである。そのため、さらなる推
敲をすべきであったことはよく承知しており、再版の折に、修正したいと考えていた。
 それも果たせず、この e-Book という形式で、再版することになった。このページは、ようやく
使い始められた電算写植の勢いのない印刷物を、スキャナーでOCR変換して作成した。時代
の推移を感じないではおかない。
 いまさらながらに大幅に修正することもないと考え、若干の修正、最低の補足と、誤字・誤植
の訂正にとどめた。
 この『帆船の社会史』は、帆船船員という特定の領域を対象とした、いわゆる狭義の社会史
とされるのもである。
 しかし、帆船船員はその時代の政治、経済、文化とのかかわりにおいて存在してきたのであ
り、またそれについての研究も、濃淡はあるとしても、それらとのかかわりから記述するほかな
かった。
 いまなお、社会史とはなにかについてそれほどのかんがいはなく、帆船船員の社会生活史
ほどの認識でいる。
 最後に一言。拙著出版後も、いわゆる海洋ものが何冊も刊行されているが、それから船員
の息遣いは聞こえてきたであろうか。まだまだ、拙著を e-Book にすることに、何がしかの意味
があるそうに思える。2002年7月20日


 広い青い海に、キラキラ輝く白いセイルを見れば、誰しも海のロマンを感じるであろう。日本
丸や海王丸など大型帆船が入港すると、見学者はひっきりなしに集まる。夏ともなれば、船、
帆、錨、ロープ、浮輪<ブイ>などのデザインをあしらったアバレルが、町にあふれる。モデル
シップは最高のホビイといわれ、帆船のプラモデルも根強い人気がある。海洋小説、帆船の歴
史、冒険や探険、海賊、海戦、提督や航海者の伝記などの書物も、少なからず出版されてい
る。また、キャプテン、ストライキ、スタンパイ、コックピットなど海事用語が、なにげなく使われ
ている。
 それでいながら、日本人はヨーロッパ人とはちがって大航海時代あるいは大帆船時代という
歴史を持っていない。また、出版100年を迎えるスティープンスン(1850−94)の「宝島」のよ
うな読みつがれる海洋小説もみあたらない。イギリス人はネルソン提督(1758−1805とその
トラファルガー海戦を誇りに思っているが、それにくらべ東郷元帥とその日本海大海戦は日本
人の心をとらえてはいない。そして、戦前はともかく、最近では外国へ行くには船舶でなく、航
空機になってしまい、なじみの薄いものになっている。
 多くの日本人にとって、海、船、航海、船乗りは確かに心を引きつけられはするが、それ以上
のものではない。陸のシルクロードはもてはやされるが、海のシルクロードはあまり関心がわ
かないように、決して身近なものでない。それは、日本では未知のあこがれをただいやすだけ
に終るような、持ち込まれ方が多いせいであろう。海で働く船員の労働と生活が、どのような歴
史的で社会的な関係のなかに置かれていたかが、ともすれば見落されがちだからである。
 そこでずばり、イギリスの近世帆船時代における船員、わけても下甲板(lower and file)の労
働と生活の社会的な側面についてまとめてみた。それを通じ、イギリスが「七つの海の支配者」
になったのは、はなばなしい大海戦の勝利や、名誉と地位に輝いた提督たちの活躍、いち早く
産業革命をなしとげ世界を席巻した工業力だけではなく、帆船乗りが海軍に強制徴発され、壊
血病と飢えに苦しみ、嵐にほんろうされ、鞭打たれ、しごれ、命を購<あがな>ったおかげであ
ったこと、そして帆船乗りの阿鼻叫換<あびとかん>はいまなおつづいていることを示してい
る。
 第1章から第2章は、近世までのヨーロッパの海運、船舶、船員の歴史を簡単にまとめたも
ので、第3章以下が正味である。この書物をまとめるにあたって、主として次の文献を利用して
おり、直接に参照した個所は著者名とページで示している。それ以外に、いくつかの文献も参
考にしており、それら著者に感謝する。
 最後に、この種の特異な書物の出版を英断された高文堂出版社社長手島正治氏に、心から
敬意を表する次第である。
1983年7月20日

<参考文献>
C.E.Fayle: A Short History of the World's Shipping Industry, George Allen & Unwin Ltd,
1933(C.E.フェイル、佐々木誠治訳『世界海運業小史』、日本海運集会所、1957)(以下、フェ
イル)
A.G.Course: The Merchant Navy,a Social History,Frederick Muller Ltd,1963(以下、コー
ス)
C.Lloyd: The British Seaman, 1200−1800, A Social Survey, Fairleigh Dickinson University
Press,1968
F.E.Hugget: Life and Work at Sea, George G. Harrap Ltd, 1975(以下、ハゲット)
J.S.Kitchen: The Employment of Merchant Seamen, Croom Helm Ltd, 1980(以下、キッ
チェン)
 なお、図説については、主として下記の文献を利用した。
C.N.Robinson: The British Tar in Fact and Fiction, Harper and Brothers, 1911
T.Masefield: Sea Life in Nelson Time, Sphere Books Ltd, 1972
C.Lloyd: Ships & Seamen from the Viking to the Present Day, World Publishing,1976
P.Kemp ed.: The Oxford Companion to Ship & the Sea, Oxford University Press, 1976
J.Winton: Hurrash for the Life of a Sailor, Michelle Joseph, 1977
P.Kemp:The History of Ships, Orbis Publishing, 1978

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