▼モンゴル民族、世界を席巻し、帝国を築く▼
　13世紀は、モンゴル民族の世界征服に始まり、モンゴル帝国が分裂したことで終わる。13世紀は世界史のいままでにない大きな転回期となったことは明らかである。そのため、世界がはじめて１つの世界になったとか、世界史がはじめて世界史になったとかいわれる。
　テムジン（1167?-1227）はモンゴル諸部族を掌握すると、1206年部族長会議(クリルタイ)において世界をおさめる大ハーンに推戴され、チンギス・ハーン（Chinggis Khan、カーンともいう）と名乗る。彼は、1219-23年モンゴル民族の卓越した馬術と弓術、軍隊の厳しい規律と忠誠、優れた軍事の戦略と戦術をもって、世界征服に乗り出す。その当時、東アジアの金や宋は弱体化していたし、中央アジアの国々は分裂し、また西アジアのイスラーム諸国も衰退しつつあったので、モンゴル民族のユーラシア席巻は極めて容易に行われた。
　1227年、チンギス・ハーンは即位してわずか20年余で死ぬが、その時、その征服した地域は東西は東シナ海からドニエプル川、南北はペルシア湾から北極海にいたる、ユーラシア中央部に広がっていた。その大きさはまさに空前絶後であった。彼が出るまでの世界征服者はアレクサンダー大王であった。その彼と同じように、チンギス・ハーンの死は一族のお家芸となる後継者争い、そしていわゆるモンゴル帝国の分裂の始まりとなった。1227年チンギス・ハーン、1259年モンケ・ハーン（1208-59）の死とそのごの跡目争いのおかげで、ヨーロッパ世界はモンゴルの侵略を免れる。

チンギス死後の大ハーンの継承やモンゴル帝国の分裂をいちいちなぞるつもりはない。そこで決定的なことは、1260年チンギス・ハーンの孫フビライ・ハーン（クビライともいう、1215-94、モンゴル帝国第5代大ハーン在位1260-94、中国元初代皇帝在位1271-94）が、自分の支持者のみを集めてクリルタイを開催し、大ハーンを名乗ったことにある。 　宮崎市定氏（1901-95、京都大学名誉教授）は、「結局大モンゴル帝国はここにおいて分裂の状態におちいった」、また「モンゴル民族の団結を破ったのははじめて元王朝を名のったフビライ=ハーンの野心であった」という（同著『世界の歴史６ 宋と元』、p.360、387、中公文庫、1975）。こうした宮崎市定氏らの通説を、子弟筋に当たり、彼を大学者と認める杉山正明氏（京都大学教授、1997年当時）はほぼまったく継承しない。そのため、中央公論社刊行の『世界の歴史』の旧版と新版とは、まったく異質なものとなっている。 　モンゴル帝国などといわれるが、その創建も、瓦解も手っ取り早い。その期間は、長くはチンギス・ハーンの大遠征が佳境に入った1210年代末から、フビライが大ハーンになった1260年までの40年、短くは1210年代末から、1227年にチンギス・ハーンが死ぬまでの10年弱にとどまる。

フビライ・ハーン Anige (Nepal)画 1294 国立故宮博物院(台北)蔵

　チンギス・ハーンのユーラシア征服によって、中央アジアの交易ルートはより安全なものとなり､このルートを通って往来する交易商人や使節の数は目立って増加した。このルートをたどって、マルコ・ポーロなどヨーロッパ人が中国を訪れるようになり、数々の情報が寄せられることとなった。しかし、そうしたいままでになく高まったとされる国際交流上の便宜も、一時的なものとなった。杉山正明氏は、チンギスの功績を強調してやまないが、チンギス死後における国際交流についてはふれない。
　宮崎市定氏は、「フビライ=ハーンの即位とともに､いままでの大モンゴル帝国の統一は失われ､諸ハーン国はそれぞれの立場で､その支配地の人民の利益のために行動しだした。そこで東西の往来も従来のように、円滑にはゆかず､内戦のために交通が杜絶したり､迂回を余儀なくさせられることが多くなった」という（宮崎前同、p.388）｡なお、1290年代、マルコ・ポーロは中国から陸路ではなく海路をとって、イル・ハーン国を経由して帰郷しているが、それは後述の、元とイル・ハーン国との親交とそれ以外のハーン国との対立を反映している。
▼フビライ・ハーン、南宋を打ち破り、元を建国▼
　中国への北方遊牧民の侵攻は、モンゴルに始まったわけではなく、五代十国の時代から、遼（契丹）、西夏（タングート）、そして金（女真）が南下し、それらに侵食されてきた。モンゴルは、1227年遼を追い立てた西夏と、1234年金を滅ぼし、チベットを帰服させる。1231年よりモンゴルは高麗に侵入,1259年には高麗を帰服させる。他方、南方では、フビライたちは雲南などに遠征し、1254年大理を滅ぼし、1257-8年安南（北ベトナム）に侵入して帰服させる。その遠征は南宋を側面から脅かすとともに、日本とならぶ金や銀の産地を押さえることにあった。ただこの遠征は難渋を極めたとされる。
　大ハーンとなったフビライ・ハーンは、1271年南宋の首都杭州を無血開城させ、1279年広州湾頭で南宋の流亡艦隊を撃破して南宋を滅ぼし、現在の中国のほぼ領域となる大元という国（首都、大都）を築く。この南宋の滅亡に当たって、西アジア人蒲寿庚が深く関わっている。彼が、13世紀後半（南宋と元の時代）、泉州の定住蕃商で、提挙市舶などに登りつめたことについては、すでにWebページ【2・2・4 東アジア世界、宋代までの海上交易】で紹介した。ここでは元との関係を取り上げる。
　彼が泉州の提挙市舶に登りつめた頃には、南宋は衰退しつつあった。1276（至元13）年臨安が落ち、宋の遺臣等は景炎帝(端宗)を奉じて福州より海路泉州に移り､蒲寿庚兄弟の後援を期待する｡他方、元軍も華南を平定するのに､蒲寿庚らの支援が必要となり、彼らに投降を勧誘して来る｡
　それらに蒲寿庚らはただちには応えない。桑原隲藏氏は、蒲寿庚が「いくぶん二心を抱いた様に想われる｡ことに船舶や軍資に不足勝なる宋軍は､泉州において蒲寿庚所属の船舶資産を強請的に徴発したゆえ､蒲寿庚は大いに怒って､その年の12月に断然元に降り､宋に対して敵対行動をとることとなった。蒲寿庚が宋を捨てて元に帰したことは､宋元の運命消長にかなり大なる影響を及ぼした」｡
　「元来､蒙古軍は陸上の戦闘こそ､当時天下無敵の有様であれ､海上の活動は全然無能で､この点に就いては宋軍にすら敵しかねたのである｡しかるに海上通商のことを管理して､海事に関する智識も邃（おくぶか）く､かつ自身に多数の海舶を自由にすることの出来る蒲寿庚が元に降って､その東南征伐に助力したことは､元にとっては莫大の利益で､同時に宋にとっては無上の打撃であった」｡
　「とにかく元の東南平定には､蒲寿庚の力預って多きに居る｡ゆえに元の朝廷も最初より彼を厚遇した｡先ず昭勇大将軍(正三品)を授け､閲広大都督兵馬招討使に任じ､ついで江西行省の参知政事(従二品)となし､至元15年(西暦1278)の8月には､福建行省の中書左丞(正二品)に登庸して居る」（以上同著、宮崎市定解説『蒲壽庚の事蹟』、p.215-8、平凡社東洋文庫509、1996）。
　なお、元代、蒲寿庚一族は大いに栄えたが、明の初代皇帝洪武帝(1328-98、在位1368-98年）は彼が宋の宗室を虐殺したことを憎み、公職から追放したという。
　元が建国される以前、モンゴル帝国の構成国として、チンギス死後の1220年代末、すでに中央アジアにオゴタイ・ハーン国（首都、エミール）とチャガタイ・ハーン国（首都、アルマルク）、後れて13世紀半ばに南ロシア地方にキプチャク・ハーン国（首都、サライ）が、そしてフビライ・ハーンと父を同じくするフラグのイル・ハーン国（首都、タブリーズ）が建国されていた。
　こうしたハーンは、「モンゴル人の君主を頭にいただきながら､おのおのが独自の行動をとるように変わってきたのであるが､そのなかで中国を領有したフビライ=ハーンの元王朝の地位は､またすこぶる独特な性格を有するものであった｡フビライが南宋をほろぼして中国全部を領有すると､その性質はいよいよ中国歴代王朝の後継者､直接には宋王朝の後釜という性質が濃厚になってきた｡事実､彼が大都(いまの北京)に設けた中央政府は､はなはだ中国的な色彩をもった」（宮崎前同、p.389）。元以外の国々はイスラーム化するなど、元とは異質の文化が築かれることとなる。
▼元の首都の内港と外港を運河で結ぶ▼

元の首都となった大都は、フビライの計画都市であった。その建設のために、多くの労働者が入り込んだ。また､朝廷や貴族･軍人の間に米食が流行した。そのため、大都に大量の糧食を持ち込む必要が生じた。 　フビライは、江南から河北までの輸送路について、過去からの遺産である運河を利用する。1289年、会通河が竣工する。それによって、旧南宋の首都であった杭州（臨安）と大都までの約1800ｷﾛﾒｰﾄﾙを結ぶ、京杭運河ができる。しかし、会通河の工事が不完全であったため、それを利用する糧食の河運は放棄される。なお、大運河網は、明代15世紀前半、海難や倭寇という障害を回避するため、会通河を改修したことで、全面的に利用されるようになる。 　こうした運河の利用が失敗するなかで、海運に依存するしかなくなった。1282年､後述の朱清･張宣などによる輸送活動がはじまる｡その航路は､長江河口の崇明島を発し、山東半島をまわって、渤海湾に面する直沽（現在の天津）に入る航路であった。それにより、海港の直沽は大都の外港として大いに栄えることになる｡1292年には、大都と通州を結ぶ通恵河という運河が新たに開削され、また大都の中心に積水潭という内港が設けられた。通州からは、白河を通って、直沽に接続されていた。

大都の海陸糧食輸送路

　大都の糧食輸送が海運になったことについて、星斌夫氏は「やはり唐･宋以来､内外人の交通が発達していた事情に負うところが多い｡朱清･張宣の2人に海運事業を一任したのも、その例である」という｡彼らは懐柔された海賊で、東南沿海に巣くっていた。彼らは、糧食輸送を独占したことで莫大な私益をあげたが､その「経済上の弊害はもちろん､政治上の悪弊も続出したので､世祖［フビライ］の死後間もなく捕えられ断罪された｡そして、この年1302年以後は､元朝の直営に移った」。糧食の輸送量は「海運一本に改められてからは90万石から150万石前後まで上った｡その後……元朝の直営になってからにわかに上昇し……300万石にまで達した」（なお、元代の1石はわが5斗3升､300万石は25万ﾄﾝとなる）。
　そして、糧食輸送に用いられる「海船は、船戸から雇傭され､大都船といわれた。はじめ300石積みから1000石積みまで､数種類があったが､のちには次第に大型化し､9000石積みのものまで造られた｡その総数は約1800隻､仙鶴哨船(せんかくしようせん)によって護衛されて航行した｡乗組の水手は船戸の傭い入れた者である｡船戸には､漕糧1石ごとに脚価―輸送料が支払われた」。
　元海賊の朱･張の時代、「船戸の収入は多かったらしいが､元朝の直営に変ってからは大幅に減少し､船戸の経営は一般に苦境に陥るのであった｡ただ､その中､富裕な船戸は大船を持って大量の商品や私塩を運び……時には南海貿易にも出て、大きな利益をあげることもできた」、「元代の海運は､その経営方式では､宋代の河運においてようやく盛行していた民船の雇傭をとりいれたわけであるが､そこには以上のような弱点をふくんでいた」という（以上、同訳注『大運河発展史 長江から黄河へ』、p.387-8、平凡社東洋文庫410、1982）。
　高見玄一郎氏によれば、「最盛期には､年間130万石の糧食が、ここ［直沽］を通って大都に入っている｡このために､海洋を航海する大型船を､多数必要とするようになった｡記録によると､1278年(世祖の至元15年)､“軍民9000人､山に木を伐る”とあり､『平楽造船』が始まった｡また、1283-85年(世祖の至元20-22年)には､山東､河北の沿海に命じて､5000隻の船をつくらせた」とあるという（同著『港の世界史』、p.103、朝日新聞社、1989）。なお、運送貨物の大量化と船型の大型化に伴う、中国における人工埠頭の建設は隋､唐時代の高麗との戦争や東北部の経営における軍事行動が、直接的な契機となったとされる｡
▼元寇、千料舟、軽疾舟、汲水舟を連ねる▼
　フビライが元を建国すると、杉山正明氏によれば「モンゴルは海に出る」。それにより、元は「陸と海の巨大帝国」になる。「そのことが世界史において持つ意味はかぎりなく大きい」という（杉山正明・北川誠一著『世界の歴史９　大モンゴル時代』、p.157、中央公論社、1997）。その海上遠征は日本への侵略として始まる。いわゆる蒙古襲来、元寇、あるいは文永・弘安の役である。フビライや元にとって日本への侵攻とその服属が、西アジアや東南アジアに比べはたしてメジャーな課題であったかどうはさておき、その概略は次の通りである。
　1274年10月、元兵約2万人と高麗兵約6000人（1万人ともいう）の第1回遠征軍は、高麗で建造した艦船900艘（1200艘ともいう、高麗様式=簡易型ジャンクの千料舟、抜都盧軽疾舟、汲水舟各300隻）を連ね、朝鮮南端の合浦（慶尚南道馬山道）から出発する。元・高麗軍はまず対馬、壱岐を襲い、次いで博多湾に侵入する。彼らは集団戦法と、毒矢や震天雷（史上初めて使われた初期砲で、火薬を使った炸裂弾を放った）でもって攻撃してきたため、個人戦の日本軍は苦戦して大宰府まで退く。日没後、大暴風雨が起こり、元の兵船200隻以上が転覆し、13500人が溺死した。なお、それに対する日本船は大船で100石（長さ9ﾒｰﾄﾙ、幅3ﾒｰﾄﾙ）であった。
　フビライは南宋の流亡艦隊を撃破した後、1281年に第2回遠征の命令を下す。同年5月、モンゴル人・高麗人・漢人からなる東路軍約4万人が900艘に分乗して合浦を出発し、対馬・壱岐をおそい、博多湾に攻め込む。日本軍の奮戦で、東路軍はいったん壱岐に退き、江南軍の到着を待つ。フビライに戦わずして投降した范文虎らの江南軍10万人が乗った3500艘が、予定よりおくれて慶元(現在の寧波、旧明州)や泉州から出発し、同年7月に入って東路軍と合流する。
　この江南軍の艦船の多さは驚異という他はないが､そのなかには､海賊の朱清･張宣や賀文達などの海賊が編成した船が､多数含まれていた｡江南軍の艦船は、近年、肥前国鷹島で引き揚げられた遺物から、千料舟（150人乗り、長さ50ﾒｰﾄﾙ、高さ5ﾒｰﾄﾙ）、軽疾舟（長さ15ﾒｰﾄﾙ、櫓数15-20丁（片舷?））、汲水舟が含まれ､第1回遠征と同じ構成であったとされる。
　江南軍の艦船は、旧南宋のものもあったが､モンゴルの江南接収後の建造も多く、特に大型艦は新造であった｡『元史』世祖本紀至元18（1281）年2月の条には、「福建省左丞蒲寿庚がいう。海船を200艘造るよう詔があったが、いま出来ているのは50艘である。民は実に艱苦している｡それを止めよとの詔があった」とある。これはフビライが日本に遠征するため､江南4省に製造させようとした戦船600艘の一部である。
　これに関して、桑原隲藏氏は「造船術のもっとも発達せる泉州において､日本征伐の目的にて起工せし海船の成績、しかく不良なりしより推せば､他の3省の造船成績もおそらくはいっそう不良なりしならん｡この造船の成績不良は､やがて同年の秋における日本出征軍の不成績に､いくぶんの影響を及ぼししなるべし」と解説する（桑原前同、p.285）。
　それに対して、杉山正明氏は江南軍の「それらの大船団に､10万人の旧南宋の職業軍人たちと､わずかな数の監視役のモンゴル兵(といっても､純粋なモンゴルは少なく､華北出身者や例の范文虎の直属部隊など)を乗せて､東シナ海を横断した……人類史上最大の艦隊であった」と賞賛する（杉山前同、p.162）｡

『蒙古襲来絵詞』後巻・絵16・第26、27紙 鎌倉後期 御厨海上合戦、撤退する元軍船を追撃。竹崎季長、元軍船に乗り込み元兵の首を取る 宮内庁三の丸尚蔵館蔵

出所：ピエール･ヴィダル=ナケ編、樺山紘一監訳『三省堂世界歴史地図』、p.129、1995.

▼東南アジアへの元寇も、ことごとく失敗▼
　フビライは、こうした平和的な交易だけに満足することなく、日本と同じように東南アジアに本格的に襲いかかる。元軍は、ビルマ（現ミヤンマー）へ1277年、1283-7年に侵攻する。それにより、1287年パガン朝（1044-)は崩壊し、元の従属国となるが､その後新興勢力に実権を握られる。
　元軍は､1282-4年チャンパ(南ベトナム)を征圧しょうとする。それは安南の背後に回ろうとするものであった。1284年海上から攻撃し､一時首都を陥落する。チャンパの王は軍勢を引き連れて山中に逃れ、2年間のゲリラ戦ののち、元軍を撃退する。
　安南（北ベトナム）は、リ朝(李朝、１009-1225)とチャン朝(陳朝、1225-1400)の時代、隆盛を極めた。それを再併合しようとして、11世紀後半には宋の軍隊が、そしてこの13世紀後半の、1284-5年と1287-8年に元の軍隊が3度にわたって遠征してくる。それに対して、チャン朝とベトナム人は必死に抵抗し､元軍は炎熱と食糧の補給に苦しんで敗退する。
　なかでも、元軍は日本侵攻に失敗して7年後の1288年、安南に3度侵攻する｡その際、紅河デルタを押さえたものの補給路をたたれ、伝染病やゲリラ戦に苦しむ。同年3月、安南はバクダン（白藤江）に杭を仕掛け、満潮時に元朝水軍をおびき寄せ、400隻あまりを捕獲した（若干の記事は、Webページ【2・2・3 東南アジア交易圏の成立と海峡部の交易】で紹介した）。それは400年前ゴ・グレン（呉権）(在位939-44)が南漢軍を撃退したやり方と同じであった｡また、それは20世紀のアメリカのベトナム戦争の敗退と同じでもある。これらの勝利はベトナム人の誇りでなくて何であろう。
　元は、1292年ジャワに、海船大小500艘、軍士２万人でもって遠征する。それらの船は泉州で集められた。翌年になって東ジャワに上陸するが､マジャバヒトのラーデン･ヴィジャヤの詭計にかかり､大敗北して撤退する｡その後1294年、彼はマジャバヒト王国（1293-1520?）を建国し、王位（在位1293-1309）につく｡
　このように、元軍はビルマ、チャンパやベトナム､ジャワなどを攻撃するが、元寇と同じように勝利することができなかった。ユーラシアの大草原とその周辺であれば、組織だった少数のモンゴル軍でもって制覇は可能であったが、海を隔てた侵攻あるいは猖獗の地での侵攻は、多数の厭戦兵士を引き連れての長期の戦闘となり、その勝利に恵まれるはずもなかった。さらにいえば、被征服者で構成される元軍が征服者になったとしても、自らくびきを解放したことにはならないからである。
　杉山正明氏にあっては、具体的な内容を示さないまま、東南アジアへの元寇についても、次のように結論づけている。「モンゴル海軍とムスリム海洋商人が組みあわさって編成された『遠征軍』は､じっさいにはボディーガード付きの武装商船団であった｡貿易振興と拠点港湾の確保を目的とし［ており］､東南アジア各地の『恒久支配』をねらったもののようにいうのは､事実と離れる」といい、遠征軍を武装商船団と曖昧にして侵略の意図を覆い隠す。
　「モンゴル海軍とムスリム海洋商人」の組み合わせとは何かは不明であるが、その遠征を「『侵略』として見るならば､たしかに失敗したという｡しかし､モンゴル主導による海上経済圏の建設としては……東南アジア･インド洋東半の地域と海域は､すべて大元ウルス［元ハーンに同じ］と友好関係を樹立したので､見事に成功したといえる」と侵略の失敗を認めながらも、その後の交易の継続を友好のあかしと称える（以上、杉山前同、p.164）｡
　しかし、しかし、普通の解釈は、山形欣哉氏にみるように､フビライは｢その支配に屈しない日本、ヴェトナム、ジャワに渡洋艦隊を送る……これらの船と水主は、服した宋の船と水主であった。そしてこの遠征はことごとく失敗する……指揮官こそ江南宋人を用いたものの、海上の戦略、戦術、用兵など、海に不慣れな御目付役（ダルカチ）が実権を握ったことがその敗因の1つでなかったか」というものである（同著『歴史の海を走る―中国造船技術の航跡』、p.44、農山漁村文化協会、2004）。
▼空想の産物としてのモンゴルの海上帝国▼
　杉山正明氏は、「クビライ政権は､海軍建設に熱心だっただけではなかった｡ムスリムの海洋商人を中心とする既存の海上貿易を管理下におき､モンゴル国家の主導のもとに､いっそうの振興と組織化をはかった｡国家が資金を貿易商人に融通し､しかも官有船舶を超低利でレンタルして､航海と通商をあおった｡国家が先頭に立って､海上貿易活動に取りくんだのである｡その典型が､東南アジア海域への『元寇』であった」のだという（杉山前同、p.163-4）。
　東南アジアへの元寇は軍事的には失敗したが、モンゴルの海上帝国への道は開かれたとする。「インド洋の西半の海域は､フレグ･ウルス［イル・ハーン国のこと］がおさえていた｡つまり､東シナ海から東南アジアをへてペルシア湾にいたる海上ルートは､モンゴルの手のなかにあったのであった｡沿岸の要地には大元ウルスの派遣員が駐在し、しばしばモンゴル艦隊も往来した｡航海が便利になっただけでなく､安全にもなった」｡
　そして､「モンゴルよりまえは､あるがままの貿易と交通が､インド洋ルートでおこなわれていた｡ところがモンゴル時代では､巨大国家の保護と優遇のもとで航海と貿易が組織化され､ひとつのシステムとなった｡『アジアの海』は､モンゴルの出現によって､確実に体系化された交易圏へと変わった……アジアにおける『大航海時代』のおとずれだ」とする｡
　したがって、「南宋からモンゴル時代の海上進出を､『宋元海上帝国』の名でひとくくりにして呼ぶ人もいる｡しかし､南宋時代のあり方は民間主導で、国家はほとんど介在していない……モンゴル期のようにインド洋の東西を制禦している状態にはほど遠い」と、その違いを述べ立てる（以上、杉山前同、p.164-5）。
　要するに、彼は、元の海上交易は国家の主導のもとで行うようになったとか、海のシルクロードがモンゴルの手中に収まったとか、元の時代になって海上交易が組織化されたとか、モンゴルの時代がアジアの大航海時代の先駆けとなったかというが、それらはすべて論証抜きである。
　海のシルクロードに、元が派遣員を駐在させていたとか、モンゴル艦隊が往来したとか、何をさして言うのか。東南アジアへの元寇でさえマラッカ海峡にさえ入っていないし、イル・ハーン国はペルシア湾を支配してもいない。当時、インド洋を取り仕切っていたのは、インドのクーラム・マライやカンバーヤ、ペルシア湾のキーシュやホルムズ、アラビア半島のアデンやズファールであった。そうした有力な港市国家がそれぞれの限られた海域を支配していたにすぎない。「東シナ海から東南アジアをへてペルシア湾にいたる海上ルートがモンゴルの手のなかにあった」なぞ、空想の産物でしかない（Webページ【2・2・3 東南アジア交易圏の成立と海峡部の交易】参照）。
▼中国往来の西アジア人、ジャンクに便乗▼
　確かに、元軍の武力が一時的であっても東南アジアを席巻したことにおいて、中国王朝の国威が久しぶりに示されたこととなった。しかし、それによって東南アジアをはじめ海のシルクロードにある多くの国々が、元朝にも朝貢するようになったわけでもない。それでも、海のシルクロードの交易量が、宋代に比べ増加したことであろう。そして、モンゴル人ではなく中国人の商人がジャンクを用いて、いままでにも増してマラッカ海峡を通り、ベンガル湾に入り、スリランカを回り、インドア大陸、そして時にはペルシア湾まで交易するようになった。こうした傾向はWebページ【「マルコ・ポーロ東方見聞録」を読む】や【「イフン・バットウータの大旅行記」を読む】を見ても十分伺われる。
　桑原隲藏氏は、「支那に往来する外国商人は､もちろんその自国船に搭乗した者が多いけれど､また南洋航行の支那船に便乗した者も尠くない｡ことに宋元時代にかけて､大食の商人は普通に支那船に便乗した」といい、「唐宋時代に支那の貿易船(市舶=海舶)は､波斯･印度･南洋方面に往来したれば､外国商人の中にはこれに便乗せしものも尠からず｡『元典章』巻22に収録せる市舶則法22条の中に､支那貿易船に蕃客便乗する時の規程を載す｡これは南宋時代の旧規を襲踏せしものなれば､宋時代より蕃客が支那の海舶に便乗来航せしことを承認し得べし」｡
　そして、1178年に編纂された周去非の『嶺外代答』を引用して、インドの故臨(クーラム)において、ペルシア湾まで行こうとする中国人商人は小船のダウに、逆に中国に行こうとする大食（西アジア）人商人は大舶のジャンクに乗り換えるとする（以上、桑原前同、p.83、127-8）。クーラムとそこでの転船の実例についてはWebページ【「イフン・バットウータの大旅行記」を読む】を参考にされたい。
　それらの交易史上の意義は大きいが、それをもってモンゴルの登場によって「アジアの海が体系化された交易圏へと変わった」とか、またそれに伴って「アジアの大航海時代が始まった」などすることは、明らかに過大評価である。すでに唐の時代から、西アジア人あるいはそのイスラーム教徒、そして中国人などによって、海のシルクロードという広大な海上交易圏が切り開かれていた。その長い歴史と成果のうえに、元は武力行使の衝撃を与えて、そこに短期間、居座ったにすぎず、いま風にいえば海のシルクロードというシーレーンを確保して、長期間、海上交易を掌握していたとはとうていえない。
　それが杉山正明氏のいう元の海上帝国なのである。そうしたネーミングは、モンゴル人がユーラシア大陸を支配したことに目がくらみ、それがアジアの海にも及んだと錯覚した物言いでしかない。

なお、南宋が滅亡する以前から、中国人はベトナムに移住していた。それが滅亡したとき､多くの宋の遺臣がチャンパなどに亡命している｡これらの人々は華僑の先駆けとなり、東南アジアへの中国人の進出が進んだ契機となった。それに伴い、海のシルクロードの港市に中国人の居留地が設けられ、定住する中国人のなかから、中国でいう蕃長、イスラーム圏でいうシャー･バンダルが選ばれたことであろう。それは「大元ウルスの派遣員」ではない。それをそれだというのであれば、それはためにする言い換えである。 　この時代の交易品は､「中国は主として南海の特産物､香料､スパイス､犀角などを輸入し､金銀､綿織物､陶磁､銅銭などを輸出した｡今日､宋元の青磁や元の染付､宋銭などが､日本から東南アジア､インドを経てイラン､エジプトに至る各地から出土しているのは､前代に引続きこの時代の南海貿易がいかに盛大であったかを裏書きしている」とされる（長沢和俊著『海のシルクロ−ド史』、p.131-2、中公新書、1989）。これら交易品目は宋代と大きな相違はない。そのなかにあって、染付は元代を代表する陶磁器であるが、イスラーム商人が特注した輸出用商品であった。

元代後期青花蓮池文大盤 松岡美術館蔵

▼元の借り物の海上交易管理▼
　元の陸上帝国も、海上帝国も、すべて借り物の帝国といってよい。それは海上交易管理においても明瞭である。元は、1276年宋の首都臨安を陥れると、その翌年、市舶司をまず泉州に復活・設置する。次いで慶元、上海、敢州、そして温州、広州、杭州にも設置する。しかし、市舶条例が整備されておらず、官吏は先頭にたって私腹を肥やし、舶商は官吏を買収していたため、税収はまったく上がらなかった。そこで、南宋の元官吏を引っ張り出して、宋代とほぼ同じような市舶条例を、1293年になってようやく作成する。
　佐藤圭四郎氏は、元代の市舶条例をみると､その南海貿易は「官営による独占的な企業としての性格となっている……これは宋以後とくに強化された政府による専売制度（禁権）の性格に外ならず、その系譜をひく……市舶司が屡々禁権関係の役所と合併され……両者の業務を兼ねている」とする（佐藤前同、p.381）。
　いまうえで見たように、杉山正明氏は、元は「国家が先頭に立って､海上貿易活動に取りくんだ」というが、南宋はすでにそれに取り組んでおり、元はそれを強化したにすぎない。それに当たり、「ムスリムの海洋商人」を駆使し、また国家資金を用いたことも同じである。
　佐藤圭四郎氏は、南宋代、それぞれの港の市舶司は収入を上げるためには、本土綱首（中国人）はておき、「市舶司に登録されている蕃漢（外国人）の綱首を諸蕃国に差遣し、招誘入貢せしめることが前提」となった。そのため、「毎年、南海地方に発舶するとき、公費を支出して壮行の宴を設け、『蕃漢綱首』をはじめ、作頭・梢工などの専従者を招待し、觀を尽くさしめるのが常例となっていた」。彼らに下級官位を授けもした。
　そして、市舶司は強制の買上げばかりでなく、任意の買付けも行って利益を上げていたらしく、「それらに用いられた資金は市舶本銭、博易本銭などと呼ばれた。それを用いて行われる半官半民の経営を回易といった」。しかし市舶本銭はいつも不足していたという（以上、同著『イスラーム商業史の研究』、p.349-52、同朋舎、1981）。
　元代については、『元史』列伝によれば、1284年「政府の手で南海貿易の船を造り、舶商に官営資本（本銭）を支給して商販を行わせ、その収益を政府7、商人3の割合で配分するものである[これを官本船交易と呼ぶ論者もいる―引用者補注]。そして、官豪勢要の有力者が、官許を得ずに出海する『もぐり商人』（私泛海者）を使って私貿易を営み、税課を避けることを禁じ、既に博買し蓄接している高級南海物資は、政府が強制的に買上げる、云々」とある。なお、この場合の「借主となっている官許の舶商は……公験を具有し、保舶牙人に身元を保証された一般の舶商とは異なる特定の斡脱商人である」という（佐藤前同、p.359-60）。
　この制度は､一般の舶商が海上交易を市舶条例に基づいて行う限り､それを認めるが､それ以外は官有・民間委託に限るとした制度である。それは同時に、政府が一般の舶商とは異なる特定の「斡脱商人の組織と資力を利用し、特許商人としてのかれらに独占的に海上貿易を委任しよう」としたものであった（佐藤前同、p.388）。
▼モンゴル人御用のオルトクの海上交易▼
　この海上交易の官有・民間委託は市舶司がおかれた港で広く行われ、泉州が特定の斡脱商人に貸し付けた資金は銀50万両に及び、市舶司の歳入を上回る額となった。そればかりか、市舶司の官吏などによる貸し付けは禁止されているにもかかわらず、現実には市舶司の海上交易資金の強制貸し付けも見られた。この官有・民間委託については､その成り立ちからみて､官による博買は行われなかったはずである｡それを元代では博買はまったくなかったと取り違える言説があるようである｡
　「官吏などが、南海貿易に赴く商人（斡脱戸）に、強制的に資本（現銀や商品）を委託し、帰ってくると、かれらが交易してきた高級品を時価より低く値ぶみし、委託資本に相当する価額を現銀で受取り、さらに高い利息をとりたてる。その反面では、定例に従って政府へ納むべき税課（抽分・和買）をなれあいでごまかし、政府にも商人にも損失をあたえている」とされる（佐藤前同、p.393）。
　こうしたことが、杉山正明氏のいう「国家が先頭に立っての海上交易」とか、「巨大国家の保護と優遇のもとでの航海と貿易」とかの実状であった。
　この官有・民間委託は盧世榮が奏請した制度であるという。盧世榮の奏請は、「政府の官吏や有力者たちが、私有の船舶をもち、資本を委託した舶商をこれに乗組ませ、貿易に従事させ」ていた状況を拡大して、「資本主の立場に国家が立ち、政府所有の船舶に公認の商人を乗組ませ、南海貿易の利金を独占的に国家の手に収めよう」としたものであるという。海上交易における共同経営あるいは海上交易による利殖に、国家を一枚加えようとしたものであったという。
　盧世榮は､「商業で得た財力によって権臣にとりいり、貯賄や献金によって、自身から江西権茶都轉運使に抜擢された人物である」。この轉運司は市舶司を兼務したとされる。彼は中書右丞まで昇っている（以上、佐藤前同、p.394-5）。
　この元代における斡脱商人による官有・民間委託という仕組みは､漢人商人からみれば宋代からの延長にすぎないが､モンゴル人からみれば遊牧民として長年築いていた交易関係の延長でもあったとされる。
　四日市康博氏編著『モノから見た海域アジア史』(九州大学出版会､2008)によれば､斡脱（あつだつ）はトルコ語のオルトク(仲間あるいはパートナー)の当て字で､ユーラシア大陸における遊牧社会と定住社会のあいだの交易をを取り結ぶ商人たちをいった｡かれらは主に西アジアのイスラーム教徒やウィグル人であった｡オルトクは､遊牧民たちにとってただ商人であっただけでなく、資産運用の財務パートナーでもあったという｡その関係が元朝など､モンゴル人の支配地域にも引き継がれた｡
　元朝では､オルトクは特権御用商人という地位をえて､いま上にみたような官有民営交易を､かなり優先的に請け負うこととなった｡南海交易に従事するオルトクは､泉府司という役所によって管理されていたが､その分司が杭州に置かれる｡そうすると､この行泉府司は泉州に取って代わって､諸港の市舶司の首座となったとされる｡ただ､市舶司や泉府司の置廃はめまぐるしい｡
　佐藤圭四郎氏の文言からは斡脱の出自は読みとれないが､逆に四日市康博氏の説明からはオルトクが唯一の特権御用商人であるかのようになりかねない｡現実には､13世紀末から初頭にかけ海上交易の利権を巡って､シハーブ=ウッディーン(沙不丁)というウィグル人と､前出の元朝に帰属した漢人官吏の朱清と張宣という､出自の異なる官豪勢要の人々が相争っているのである(同編著『モノから見た海域アジア史』､九州大学出版会､2008)｡
▼宋との鴻臚館交易から住蕃交易へ移行▼
　日本はWebページ【補論・日本の新羅や渤海との交易の形態】でも見たように、朝廷が海外交易を厳しく制限してきたが、日本人の渡来品への渇望とそれを当て込んだ外国商人の来航を押しとどめることはできなくなっていた。すでに、11世紀には朝廷機関が直接管理する京師交易から、太宰府が管理する太宰府交易（鴻臚館交易）に移行していた。それは外国商人の来航を受け入れ、朝廷の先買権を前提として、民間交易を許容したものであった。

10世紀以後、太宰府交易として民間交易が許容されているなかで、全体としては舶来品を手に入れるのに、わざわざ渡航の危険を冒すより、来航した外国商人から手にいれば事足りするとした。さらに、遣唐使廃止や新羅の滅亡のもとで、日本の造船術と航海術はむしろ退化したと見られる。そのため、日本人の海上交易への参入は回避され、それがあったとしても微弱なものでしかなかった。 　多数の宋の商人は、いままでにもまして来航するようになり、同一商人が回数制限を超えて来航するようになり、さらに宋人の居留地が築かれるまでになる。しかし、「朝廷の先買権が優先し､民間との取引はあとまわしとなる……［前者の場合］朝廷の定めた法によって価格を決定され……優良品を強制的に買上げられ……代金はあと払いであり､これものちになると支払いが遅滞しがちになってきた」｡
	筑紫鴻臚館の遺構 福岡市鴻臚館跡展示館

　そこで、「宋商人たちは大宰府の管理貿易をきらい､しだいに荘園地帯の港に着岸するようになった｡この11世紀は､摂関時代の全盛期にあたり､貴族たちは広大な荘園から納められる年貢をもって奢侈をほしいままにしていた｡かれらの奢侈生活には､香料･唐絹などの唐物は必需品であったから､自己の荘園内の港に宋商船が着岸し､大宰府府司の手の及ばないところで自由に貿易できるとすれば好都合であった｡したがってかれら荘園領主は､唐物であれば価格の高低を問わずよろこんで購入した」（以上、森前同、p.60）。
　それは密貿易以外の何者でもなかった｡この密貿易は、すでに大宰府の役人がその施設である鴻臚館の内外で行っていたが、博多･箱崎･香椎といった荘園が入り込んだ地域においてhは公然と行われるようになった。それ以外の密貿易で繁栄した港は薩摩の坊津や､筑前の今津､有明海の港､松浦の平戸、北陸の敦賀であった。

鴻臚館交易は、7世紀頃から行われ､当初は新羅使や唐使、9世紀は新羅商人、そして9世紀後半からは唐、五代､宋の商人が滞在した｡鴻臚館は平和台球場にあったとされ､1047年火災で焼失する｡それ以後､宋商人たちは博多･箱崎･香椎といった荘園が入り込んで密貿易を行ったとされてきたが､彼らは現在､聖福寺のある博多津の唐房に移って、引き続き管理交易を行っていたとされる。 　12-13世紀、博多津唐房での交易は住蕃交易と呼ばれ、中国人の定住、日本人との混住や通婚が進み､博多綱首と呼ばれた商人によって取り仕切られることとなった｡13世紀、博多綱首として､謝国明､張興、張英などが知られる｡この住蕃交易あるいは博多綱首交易も、1279年宋が元の侵攻を受けて滅亡すると終わる｡
	中世期の博多絵図 中央左側にある袖の湊が、唐船溜まりとされる 福岡市の住吉神社蔵古図の複製、地下鉄呉服町駅付近

▼宋との密貿易に、平家が参入▼
　日本において、宋との交易を積極的に行ったのは、平家である。12世紀後半、平家は清盛（1118-81）の祖父の正盛（生没年不詳）が数か国の国司を歴任して財力を蓄え､伊勢国から中央に進出する｡その子の忠盛（1096-1153）は、瀬戸内海の海賊討伐を行い、西海方面に地盤をかため､外国人との交易に乗り出す。彼は「鳥羽上皇の院司として､上皇のもっている肥前国神崎御荘に着岸した、宋の商人周新の船に対する貿易管理権を大宰府の官吏と争うなど､はやくから貿易の利益に着眼し､これと関係をもった」という｡
　「その子の清盛もまた貿易に大きな関心をもち､安芸守になると厳島神社の社殿造営をおこなうなど､瀬戸内に地盤をかためはじめた｡さらに、保元の大乱後の論功行賞によって､大宰大弐になると､みずからは赴任せず､一族のものを大宰府にくだして､源氏の地盤における平家の勢力の増強をはかった｡ついでまた弟の頼盛（1131-86）も大弐に任官したので､平家の九州における地盤はいっそう強固なもとなった」｡
　そして、「従来外国船は､博多を唯一の公認貿易港として､ここに入港させて貿易し､瀬戸内海にはいることは､門司の関において監視し､厳重に禁じていた｡しかし、清盛は太政大臣になると､宋商船の瀬戸内海航行を許可し､そのうえ､音戸の瀬戸の開鑿や､大輪田泊(現神戸港)の築港をおこない､ここに入港させて､京都の人々と直接貿易をおこなわせた｡また､清盛はみずからこの港近くの福原に別荘をかまえ､一時はここに都を移すなど､かつてみられなかった積極的な方針をとって､貿易を奨励した｡こうして､宋も日本も貿易振興という点で機運が一致したので､貿易の発展にはもっとも好ましい時期であった」（以上、森前同、p.65）｡
　日宋交易の積極的な展開によって、「従来の日本から宋への輸出品は､砂金･真珠･硫黄･水銀･螺鈿･日本刀･日本扇･蒔絵などであり､宋からの輸入品は､唐絹･唐綾･唐錦･香料･竹木･書籍･陶磁器･顔料･薬品などであった｡しかし、12世紀のなかごろより､日本国内の商業の発達にともない､銭貨の流通が復活し､多量に宋の銅銭を輸入する必要があったので、この銅銭が12世紀以後のおもな輸入品となった｡日本からはまた､多量の砂金･硫黄･材木が輸出され､ここに日本商船の宋への進出にいっそう拍車を加えることとなった」とされる（森前同、p.66）｡
　なお、この項はWebページ【2・2・4 東アジア世界、宋代までの海上交易】の補足でもある。
▼日本人商人の高麗、宋・元との交易▼
　こうした状況のなかで、日本を基盤とした商人や船主が、高麗、宋、さらに元との海上交易に加わったとされる。しかし、どのような出自の人々―居留中国人商人（博多綱主）やその子孫、その日本人との混血商人、有力荘園の家人、交易港の日本人商人など―が、どのような過程―中国船への便乗、中国人商人との共同経営など―をたどって海上交易に参入し、また海上交易人として自立したかについては明らかでなく、さらなる追究が必要となる。
　高麗は、931年朝鮮半島を統一し、963年宋に服属する。高麗は11世紀後半全盛期に入り、積極的な外交姿勢をみせるようになり、30余年絶えていた宋との外交関係を復活する。そのもとで､宋の商船が毎年のように高麗の首都開城の外港礼成港（（朝鮮軍事境界線に接する西海岸を流れる礼成江の河口にある、碧瀾渡という港）に入港するようになる｡高麗は日本にも好意を示すようになる。しかし、正式の修好関係が築かれることはなかったが、11世紀以降日本の商船が高麗に進出するようになる。
　田中健夫氏は、『高麗史』には「日本国の船頭とか､薩摩州のものとか､筑前州の商客とか､対馬島勾当官などの通交が記されているが､出身は対馬の人が最も多い｡対馬が高麗に最短の拒離に位置していたことと､貿易を必要とする島内事情とによるとおもわれる」という。「13世紀の中頃になると､これらの日本船は進奉船とよばれたが､朝鮮側ではあまり歓迎せず､渡航の回数は年1回､船数は2艘以内という規定を作って制限した｡進奉の内容は朝貢とほぼ同じであった」とする（以上、同著『倭寇』、p.25、教育社、1982）｡対馬は壱岐に比べかなり大きいが、米を産出しない。
　高麗との交易の初期の例として、森克己氏は「1073年7月王則貞･松永年ら42人が高麗へ渡航、礼成港に入港して､文宗［11代国王、在位1046-83］に螺鈿鞍橋(馬の鞍)･刀･鏡箱･硯箱･書案(文机)･画屏風･香炉･弓箭(弓矢)･水銀･螺甲(貝がら)など､日本の特産品を献上した」という｡それによって、高麗の産物をはじめ宋の物資が、そこから日本に輸入されるようになる（以上、森前同、p.63）｡
　しかし、高麗は11世紀末から12世紀前半にかけて官僚制度が行き詰まりをみせ、いわゆるヤンバン(両班)―文班と武班―が抗争するようになり、武人政権が築かれる。こうした紛争のなかで、日本の商船の高麗への渡航は容易ではなくなる。そこで高麗を避けて、宋に直接渡航するようになる。日本商船が交易目的で、最初の南宋に渡航したのは1176年であったとする。その時期は、積極的に交易を奨励した孝宗（在位1162-89）の時代であった（森前同、p.64）。
　平家が進めた積極的な宋との交易は、鎌倉幕府の時代になっても受け継がれる。宋の書に「倭人は鯨波の険を冒し､舳艫（じくろ）相ふくみ､其の物(倭の産物)をもって来りうる」といわれるまでになった。日本が宋に送った金は毎年数千両とされる。この日本と宋の交易の高まりは元の時代にも引き継がれることとなる。
　フビライが日本と宋の交易の実績を見逃すわけはなかった。特に、金の魅惑は大きく、それが元寇を引き起こした。フビライにとって、日本に服属させることが最善を意味したが、その可否にかかわらず、日本との交易が持続する必要があったし、日本の商人にとっても同じであった。この硬軟両用の戦略は２回の元寇の戦間期に史実を見ても明らかである。
　元は、戦間期にあっても、日本船を受け入れる。第1回元寇2年後の1276年、そして翌年、中国指定港である慶元に渡航した鎮西の商船が帰国して、南宋の首都臨安が占領されたという情報をもたらしている。1277年には市舶司を泉州などに復活・配置する。翌年には、フビライは沿海有司に布告して､日本商船の貿易を許可するように命じ、翌々年慶元に入港した日本商船の4隻に、クビライは特に勅語を下して、貿易を許可している｡
　なお､杉山正明氏は､日元貿易の交易品について「日本からは､金･銀･銅･硫黄･刀剣･扇･螺鈿･蒔絵など､大陸からは､銅銭･陶磁器･茶･書籍･書画･文具･薬品･香料･金紗･金欄･綾･錦などであった｡日本からの鉱物･工芸品の輸出､大陸からの教養･嗜好品の輸入が目につく｡日本ははやくから工業立国の側面があり､かたや､このころの大陸は日本にたいする文化先進国のスタンスをもって立っていた」と、不可解な説明を示す（杉山前同、p.270）｡
▼寺社造営料唐船という｢寺社勧進交易｣▼
　1281年の第2回元寇後､さすがに日元交易は衰退するが、それは一時的なものにとどまり、回復する。そのなかで、それまでの一般の商人船に加えて、有力な社寺が巨額な造営費を調達するため、14世紀前半、いわゆる「造営料唐船」を仕立て、元に送り出すようになったとされる。1306年(帰国)称名寺船､1315年(ごろ発航､以下同じ)極楽寺船､1325年建長寺船、1329年関東大仏(鎌倉大仏)船、1332年住吉社船(以上､鎌倉時代)、1342年天竜寺船、さらに1367年医師但馬入道道仙の療病院船(中止)(以上､室町時代)などが派遣されている｡
　森克己氏は、「倭寇は密貿易であるのにたいし､これら造営料唐船は朝廷ならびに幕府の認可を得た官許貿易船であり､次期日明貿易時代の勘合貿易船中の寺社船の先駆をなすものである」としている（森前同、p.72）。この森克己氏らの造営料唐船に関する通説は近年批判を浴びている(例えば､佐伯弘次著『日本の中世9 モンゴル襲来の衝撃』、中央公論新社、2003､村井章介稿「寺社造営料唐船を見直す」『港町の世界史』１、青木書店、2005など）｡
　1976年、韓国で発見された新安沈船の構造については､すでにWebページ【2・2・4 東アジア世界、宋代までの海上交易】においてみている｡この船は､いまうえでみた造営料唐船初期の1323年に慶元を出帆している｡その船材が中国江南の樹木(タイワンマツ)で造られていることから､その船は中国製のジャンク、その綱司(綱首､商人船主でおおむね船長)は中国人､乗組員の多くは日本人とみられている。そして､積み荷は主に2万点の陶磁器､金属製品700点､漆器､木･石･ガラス製品､香木､そして銅銭800万枚(27ﾄﾝ)であるが､荷札木簡が365点発見されている。その名義は､綱司（綱首に同じ、商人船主でおおむね船長）が110点､東福寺41点､その他筥崎宮など､博多の社寺や個人などとなっている（遺物の状況、Webページ【新安遺物と京都の東福寺】、参照）
　この新安沈船は東福寺造営料唐船といえなくはいが､特に積み荷の状況から､東福寺の造営料をただ稼ぎ出すために、幕府あるいは寺社が唐船を御用船として丸ごと用船したものとはいえそうにない｡しかし､いまうえでみた造営料唐船においては､特定の寺社がその船を利用した交易によって､造営料を稼ぎ出すことを名目として企画され､幕府がそれを大なり小なり認知･保護している｡なかには､幕府は交易を請け負う中国人の綱司に対して､当該寺社への進納さえを要求している｡
　そこで､寺社造営料唐船とは､一言でいえば､特定の寺社が勧進元となり（あるいは、勧進元にさせられて）､それに幕府がお墨付きを与えた勧進交易といえる｡そうした特殊な交易を担える船が中国船に限られていたため､幕府や寺社の人々が造営料唐船(あるいは宋船)と呼んだとみられる｡
　その場合､特定の寺社は自らの必要のためにとどまらず（あるいは、自らの必要という名目を与えられて）､権門勢家の唐物需要を満たそうとして､かれらから交易の資金や商品を集め､それらの取り引きを中国人綱司に委託した｡現実は､それだけでなく､中国人の綱司は自らの交易はもとよりとして､権門勢家をはじめ様々な人々のための交易を合わせ行い､さらに日本人の商人や僧侶の同乗までも引き受けたとみられる｡
　村井章介氏は､寺社造営料唐船の時代､一方で日本人の商人の進出があり､他方で住蕃交易が困難となったため､中国人の綱司が｢少しでも有利な条件で参入するために､積極的に日本の政治勢力との提携を求め｣たとし､その企画の主導性は中国人側にあったとする(村井前同、p.138）｡
　そうだとしても､寺社造営料｢倭船｣があってもよいことになるが､それにもかかわらず文字通り寺社造営料｢唐船｣だけとなったのは、かれらには日本船が入港できない中国の港に入ることができたし､また日本船よりも確実で多額な交易の成功が見込まれていたからに他ならない｡したがって、寺社造営料唐船として使われている｢唐船｣とは､中国に行く船をいうこととなる｡
▼広東､福建､淅江の海賊、その招按▼
　中国の華南の広東､福建､淅江の地域は､古代より中国人商人の輩出地、さらに華僑の出身地であったが、海賊の巣窟でもあった。なお、福建は米の産出が少ない地域で、江蘇や淅江、台湾から移入しなければならなかった。
　桑原隲藏氏は、中国の海賊を一覧して「東晋の虞循､劉宋の田流のごとき､また唐の馮若芳のごとき､さらに降っては宋末の張宣､元末の方国珍､明末の張連､林鳳､曾一本､鄭芝龍のごとき､清代の蔡牽のごとき､いずれもこの方面に跋扈せし海賊」だという。南宋時代、特に福建地方は海賊にたびたび襲われた。要するに、王朝末期に、海賊は跋扈する。
　「これらの海賊は海上往来の船舶を要して[待ち受けて]､その物貨を掠奪するとともに､ときに沿海の諸港を襲いて､劫掠を恣[ほしいまま]にすること尠からず」であった｡そのため、古代から、華南の港は海賊の来襲を避けようとして､なるべく内地に深く開いたという。また、唐時代に一時いまの淅江､福建方面に招討海賊使を設けた」ことがある（桑原前同、p.219-20）｡
　唐代、『唐大和上東征伝』によれば、743年、鑑真らが日本に渡航しようとしたが、海賊が淅江省の台州や温州や明州で活動して被害が出ているため､日本への航路が塞がれていたとしている｡『資治通鑑』には､744年､海賊の呉令光らが台州や明州を襲撃していたことが記されている。そうしたことから、鑑真らの日本への航海を阻害したのは、この呉令光だとする。また、彼が海南島に漂着した際に救済した馮若芳は､海南島沿海を航行して中国に来航するペルシア船を襲撃して蓄財していた海賊であったとされる｡
　さらに、南宋「紹興年間(1131-62年)の約30年間、海商だけでなく多くの海賊が興起していたことも知られる｡『宋史』によれば､例えば紹興五(1135)年正月に､海賊朱聡が広州を､さらに泉州をも犯した｡閏2月には海賊陳感が雷州を犯している｡3月に南宋朝は海賊朱聡の捕獲を命じている｡8月には海賊が官憲に降伏し､水軍統領に補せられた｡南宋の建国に功績のあった武将韓世忠の長子､韓彦直は1174年ころに淅江地方の地方官であったが､彼が地方官であったあいだは､掠奪行為をしていた海賊の頭目を生け捕りにしたため､海洋が平穏になった」という（以上、松浦章著『中国の海商と海賊』、p.19、25-6、山川出版社、2003）｡
　桑原隲藏氏は、中国の海賊対策について「支那官憲の慣用手段として､優勢なる山賊海賊等に対しては､これを討伐するよりも､先ず利禄と官職とを懸けて､これと妥協するを常とす｡支那の記録にこの妥協に誘うを招安といい､この妥協に応ずるを帰順という｡招安帰順の文字は立派なれど､その実､官憲は懦弱を蔵せんため､賊徒は利禄を得んため､双方妥協を行うに過ぎず｡支那の歴代に窺賊のおびただしきは､この招安政策の余弊と認め得べし」｡
　「ことに南宋一代の間､支那官憲はもっともこの招安政策を濫用せしため……南宋の官吏に寇賊の出身はなはだ尠からず……鄭広は……12世紀の頃､福建方面に跋扈せし海賊の首領なりしが､のちに帰順して官吏となれり｡されど彼の同僚はその前身を卑みて､これと交際する者なし｡排斥せられたる鄭広は､その同僚が支那官吏の常習として､悪辣手段にて中飽を貪るを知り､一日きわめて皮肉なる詩……を作りて､彼等の廻覧に供せしに､一同苦笑して､爾後その態度を改めた」という（以上、桑原前同、p.221）。
　元代の海賊については、すでに朱清･張宣を取り上げているが、それ以外では、賀文達がいる。彼は60余艘の船を持って、元に投降した。それらの船は、第2回の元寇に参加したと見られる。
　なお、朝鮮にも時代は遡るが海賊はおり、9世紀後半、九州には新羅から商人ばかりでなく、海賊も襲ってくる。その目的は太宰府への貢納物であった。その広がりは、彼らと九州の官人や郡司との癒着が問題となるほどであった。また、1019年には北方系遊牧民の刀伊が50艘を連ねて、対馬・壱岐、筑前を襲う。
▼対馬・壱岐・松浦の賊、高麗を襲う▼
　日本は、13世紀後半まで、海外の交易はその相手国である中国や朝鮮の海上交易人を受け入れるという、受動的交易となっていた。それが、13世紀後半から14世紀前半にかけて、本格的な海上交易人が自生的に成立するにしたがって、次第に能動的な交易となっていった。それは倭寇という極めて未熟な形態をもって始まる。
　宮本又次氏は、倭寇は「元来私貿易船で､時に暴力的行為にでたにしても､これは元末明初における中国の情勢があまりにも統制されていなかったからである｡当時の倭寇は一種の私貿易商であるが､単なる商人ではなくて､私兵的海軍を擁する土豪の商団と考えた方がよく､市法が通じない場合に暴力をふるって略奪したものである｡『江南経略』に『寇と商とは同じく是れ人なり｡市通ずれば寇､転じて商となり､市禁ずれば商､転じて寇となる｡始めの禁は商を禁じ､後の禁は寇を禁ず』とあるのは､倭寇の本質を物語るものといえる」と定義している（宮本又次･内田勝敏著『日本貿易人の系譜』、p.12-3、有斐閣、1980）。
　13世紀に入り、高麗を交易する日本船のうち、守護大名などの後ろ盾があると見られる交易船は「進奉船」と呼ばれていたが､それさえあまり歓迎されていなかった。それにばかりか、『高麗史』に1223年に「倭、金州に寇す」という記事が現れ、1227年には全羅州道按察使が太宰府に来て、対馬島人の悪事を訴えるようになる。それに対して、太宰少弐資頼が上奏を経ずに、対馬の悪徒90人を切る。それにより倭寇は当分収まる。
　しかし、13世紀半ばになると、倭寇が再びはびこり出す。高麗は1259年、1263年と日本に倭寇の禁止を要請してくる。その時期、高麗はモンゴルに厳しく圧迫され、国力を疲弊していたため交易どころでなくなり、進奉船交易も途絶えるようになる。そのなかで倭寇が起きたのである。田中健夫氏は、進奉船のなかには「蒙古との折衝に力を使い果たして、国力の衰えた高麗から拒否されて、海盗に一転する可能性をつねにもっていた」と見ている。そして、13世紀半ばまでの倭寇を「初期の倭寇」とする（田中前同、p.26）。彼らはさしあたって対馬・壱岐・松浦の領主や領民であった。
　その後に元寇が起きる。高麗は服属国として、その準備をさせられ、塗炭の苦しみをなめさせられる。高麗が、元寇を自らの苦難の状況を緩和し、倭寇の根拠地を襲い、さらに武装移民を送り込むという意図がなかったとはいえないであろう。
　それはともかく、田中健夫氏は、『高麗史』などに「1350年に固城･竹林･巨済などの地方に倭寇のあったことを書き､『倭寇の侵､これに始まる』とか『倭寇の興る､これに始まる』とかしている」ことを取り上げ、1350年を画期として倭寇が本格化するとする（田中前同、p.15)｡
　さらに、田中健夫氏は田村洋幸著『中世日朝貿易の研究』（三和書房、1967）を参考にして、高麗における倭寇の行動回数を作表している。それをさらに整理すると、1223-1323年（初期倭寇の時代）12回、1350-74年（恭愍王の時代）89回、1375-91年（辛禺王の時代）210回、1392-99年（朝鮮太祖の時代）66回、1401-43年（朝鮮太宗・世宗の時代）91回となる。こうしたことから辛禺王の時代は大倭寇の時代とされる。
　恭愍王の時代の倭寇は米穀など生活必需品を奪い、さらに住民を拉致しようとして、朝鮮半島南部だけでなく北部まで攻撃するようになる。それは、はじめは20隻ほどであったが、400隻3000人という大船団が現れる。辛禺王の時代になると一挙に凶暴になり、行動範囲は北朝鮮にまで延び、また南朝鮮では奥地にまで入り込み、騎馬隊が登場するようにもなり、さらに多数の高麗賎民が合流するようになったとする。1446年の例では倭人は1-2割にとどまった（田中前同、p.31、35）。

こうした倭寇に対して、高麗・朝鮮王朝は硬軟の作戦に出る。辛禺王の時代、1380年南原山城において倭寇と戦い、勇猛無敵の働きをして若者がいた。その若者は他でもなく、李朝朝鮮王朝を打ち立てる李成桂（1335-1408）であった。彼は北方で女真、南方で倭寇の平定に力を尽し、1392年首都開城の親元派を一掃して、朝鮮初代国王・太祖（在位1392-98）となる。倭寇は高麗末期から衰えみせていたが、朝鮮王朝になってからはさらに小規模になったが、皆無にはならなかった。 　それに決定的な打撃を与えたのが、1419年の望海堝の戦いと応永の外寇で、倭寇が敗れたことであった。前者は、朝鮮庇仁県都豆音串や開城近郊の海州を転戦した後、30余隻の倭寇の船団が遼東半島の望海堝を襲撃したところ､都督劉江に破られ､10余隻1000人を失い、大きな痛手を受ける。後者は、倭寇を取り締ってきた対馬の宗貞茂が死ぬと、海賊の首領早田衛門大郎が実権を握る。それを危惧した太宗（在位1400-18）は、倭寇が庇仁県に入ったのを見て対馬征伐を決意し、兵船227隻、17285人を遠征する。それにより、対馬は大小129隻を奪われ、民家1939戸を焼かれ、戦死124人という被害を受けた。

李成桂

▼李朝朝鮮、倭寇の制圧と懐柔▼
　高麗・朝鮮は倭寇を制圧するだけでなく、それを懐柔する政策をとるようになる。恭愍王の時代、1366年室町幕府に使者をもって、倭寇禁止を求める。1368年には、対馬の宗氏と高麗との通交関係が成立し、宗氏は高麗から1000石の米を支給される。辛禺王の時代、高麗は倭寇禁止を求め続けるが、大倭寇の猛威を浴びることとなる。朝鮮の太祖となった李成桂も、直ちに室町幕府に使者を送り、倭寇禁止を求める。

室町幕府は、当初、倭寇が四国・九州の海賊の行為と認めながら、それを取り締まれないと回答していたが、倭寇禁止の求めに応じようになる。例えば、1399年足利義満は｢三島の賊｣（倭寇の根拠地である壱岐・対馬・松浦）の禁賊を約束し、さらに被虜人100人を送り返し、大蔵経を要求するようになる。それ以前から、九州探題の今川了俊や大内義弘などは、高麗・朝鮮の禁賊と被虜人送還の要請に積極的に応じるようになる。こうした動きは、李朝朝鮮の成立のもとで、それまで倭寇の後ろ盾から、それを取り締まる立場に成り代わって、高麗・朝鮮との交易を積極的に取り込み、その利益をわがものにしようとする現れであった。 　こうした外交とともに、朝鮮は「倭寇の首領に降服帰順をすすめ、降服すれば田地や家財をあたえて優遇」する政策を採用する。そ
	倭寇の侵略地と根拠地

れに応じた日本人は投化倭人･降倭･向化倭人などと呼ばれた｡そして、日本人の交易を認め、管理することとした。
　15世紀に入ると、日本の西南豪族の使人の渡航を認める。彼らは対馬の宗氏とその一族をはじめとして、「大内氏や今川了俊に代わって九州探題になった渋川氏､肥前松浦党の諸氏､筑前の宗像社､少弐氏､肥後の菊池氏､薩摩の島津氏･伊集院氏･新納氏」などの使人であった。彼らは使送倭人･客倭･使送客人などと呼ばれて接待を受けた。その接待は朝鮮にとって大きな経済的な負担となり、それを制限するようになる｡
　こうした使送倭人を受け入れることで、倭寇の弊害を減らそうとしたものの、興利倭人あるいは商倭とか販売倭人と呼ばれた日本人が、交易のため渡航してくる｡朝鮮側は、彼らを倭寇が変身したものとして意識して処遇していた｡彼らは「朝鮮側の防禦が固ければ持ってきた魚塩を民間の米穀と交換するが､防禦が弱ければ虚疎に乗じて寇賊をはたらいた」という｡
　これら使送客人や興利倭人が、朝鮮から日本にもち帰ったものは、ある史料によれば、「虎皮･豹皮･麻布(布)･黒麻布･細麻布･白苧布･紅段子･絹･席子･満花席･人参･松子･葉柏子･米豆(造米･黄豆)･焼酒･清酒･蒜･乾柿子･黄栗･銀鐘･銀盂･天鵝･銀魚･衣･鞍で､壱岐･対馬･松浦地方の豪族や少弐氏への回賜品などが書きとめられている」という｡
　なお、日本人の指定入港地は富山浦と乃而浦（薺浦）に塩浦を加わり、3港になった｡この3港は三浦（さんぽ）と呼ばれ､ここに日本人が定住するようになり、恒居倭人と呼ばれた（以上、田中前同、p.44-49）｡
　日本の対応や高麗・朝鮮の硬軟の政策によって、倭寇の活動が全体として制圧されると、倭寇も変質、分解せざるをなくなる。しかし、いまみた朝鮮側からの区分は実体としては流動的であって、倭寇は決してなくなることはなかった。しかし、この14-15世紀倭寇も、15世紀初めにおける、すでに述べた李朝朝鮮による倭寇の根拠地への軍事攻勢、日本の室町幕府や西南守護大名の倭寇の取締りと取り込みによって終息する。
▼倭寇とはいえない慶元港のトラブル▼
　倭寇が中国の元を襲うようになるが、それは高麗で猖獗を極める1350年代より後であり、さらに「造営料唐船」から25年後である。しかも、そのほとんどが明朝以降である。元における倭寇の記事は少ない。倭寇がそれなりにあったが、朝鮮ほど強烈ではなかったとされる。その活動地域は朝鮮に近い山東半島が中心であった。そこはすでに述べたように大都への糧食の海路になっていた。
　そうした理解の倭寇以前に、元に渡航していた日本人たちが1309年慶元港において、諍いを起こしていた。田中健夫氏によれば、第2回元寇後、「元では武装商人の発生に対処する防衛の処置がとられ……私貿易が禁じられ､出入の内外船舶はすべて元の公拠（公憑）という渡航証明書を持たせることを義務づけ､貨物の額に対して課税した｡これらの方針は日本船に対してはとくに厳重に行なわれた」（田中前同、p.52）｡
　森克己氏は、「日本側の大陸逆襲といううわさにおびえ､慶元港に入港する日本商船に特別に警戒の目を光らせ､日本商船にだけ関税をひきあげたり､日本商人の上陸を禁止し､日本商人にたいする給水に妨害を加えるといったいやがらせをおこない､留学のため入元した日本人僧侶を投獄したりして迫害を加えた」という｡
　1300年代、日本商人たちは「商品の日本刀をふるって元の官吏と対抗し､おなじく商品の硫黄をもって慶元府内の民家を焼きはらい､略奪をほしいままにするといった事態がしばしばおこった」とし、それを「いわゆる倭寇=武装商人団の発生である」とする。それを敷衍して、「当初､元の官吏の不法に対してとったやむをえない自衛手段であったが､これが常習化すると海賊となる｡また、それが誘因となって本格的な海賊も渡航するようになる｡こうして日本の倭寇の中国沿岸襲撃は､元寇を契機として開始されるのである」としている（以上、森前同、p.70-1）｡
　それに対して、田中健夫氏は日本人の元への攻撃が慶元付近に限定され、その目標が官憲だけに向けられ、しかも倭寇が激化した1350年よりも以前であることから、それが「倭寇の先駆的な一形態とみることはできるとしても､狭義の倭寇のなかにいれることはできない」と判断する｡
　そして、中国への本格的な倭寇を示す史料として、『元史』順帝23年(1363)の条にある、「倭人が［山東省］蓬州に襲来して､守将劉蓮がこれを撃破した､18年以来倭人はしきりに浜海の郡県に襲来していたが､ここにいたって平和になった」ことを挙げる。この攻撃は「1350年につづく時期であり､浜海の郡県が攻撃の対象とされていて､官憲が対象となっていない点など､慶元の倭商とは様相がちがう｡朝鮮半島で行動していた倭寇が､そのまま山東方面に移動していった」とする（田中前同、p.57）｡

（2005/07/25記､2010/05/20補記）

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