14世紀末-16世紀中期の琉球王国の交易ルート

出所：高良倉吉著『アジアのなかの琉球王国』、p.64、吉川弘文館、1998。

　古琉球史(1609年薩摩侵入までの歴史)において､14世紀後半から16世紀半ばまでの150年間を｢大交易時代｣とする｡琉球の交易船の派遣数が最多となった暹羅（シャム）との交易は、『歴代宝案』記載期間通り､1425年にはじまり1570年に終わる。そのはじまりは尚巴志の三山統一直前で、永楽帝による第6次鄭和遠征後に当たり、その終わりは海禁が1567（隆慶元）年に緩和されて数年後、ビルマ軍が侵入して暹羅（シャム）を属国とした翌年、そしてポルトガル船が長崎に初めて来航した3年後に当たる。
　それに次ぐ回数のある満刺加（マラッカ）とは、1463年という明が海外への積極性を失った中期にはじまり、ポルトガルがマラッカを占領した1511年に終わる。この満刺加（マラッカ）を代替するかのように、仏太泥（パタニ）には1490年から1543年にかけて派遣されている。なお、1510年代、ポルトガルのマラッカ占領以後は、暹羅（シャム）と仏太泥（パタニ）にほぼ限られる状況となる。
　すでにみたように、琉球は貢期を制限されたものの明への朝貢を続けるが、東南アジアからの中継交易品の入手が次第に困難となってしまう。
　「16世紀に入ると琉球の海外貿易にはしだいに翳りが早えはじめた｡それ以前､15世紀後半からは朝鮮ルートが日本商人の手によってすでに奪われており､琉球は九州の商業勢力を介して朝鮮とつながるようになっていた｡そして､1511年のポルトガルによるマラッカ征服は､東南アジア貿易ルートに暗い影を投げかけた｡先に述べたように､シャムとの強い絆は依然として続いたものの､あるいはまたポスト･マラッカに対応してパタニやスンダカラバに出向くようにはなったものの､新しい貿易地との関係は長続きしなかった｡記録に登場する東南アジア派遣の船は､1570年のアユタヤ行きが最後である」（高良前同、p.155）｡
　琉球の海上交易は、明の海禁政策のもとで朝貢交易を行うことで発展したが、それが持ち込む進貢物や附帯貨物は一般の朝貢国とは違って、東南アジアにあっては実質において、民間交易を行って調達せざるをえなかったといえる。この明との朝貢交易はそれに名を借りた民間交易であった。しかし、琉球が持ち込む品々は明の宮廷あるいは政府にとって必需品であり、琉球の朝貢交易がそれを可及的に供給してくれ、さらに鄭和のような交易遠征を放棄したもとではそれを充足してくれる手段となった。
　そのため、明は琉球が従順な朝貢・冊封国と評価し、また倭寇の対策として、それに特権を付与してまでして、琉球の海上交易を受容したのである。
　琉球の海上交易の基本的性格は、明の調達交易を代替する、朝貢交易に名を借りた中継交易だったということにある。しかし、一方の朝貢交易において、それが明にとっては財政負担となり、また朝貢国にとっては交易差益が縮減する。それにもかかわらず、琉球は朝貢交易の縮小を代行・補完するかのように中継交易を継続する。そして、他方、東アジアにおいては倭寇や海寇が盤踞するようになり、また東南アジアに白人海寇のポルトガル人が武力進出するようになると、琉球の中継交易のシェアは減少せざるをえなくなった。
　そして、最終的には16世紀の北虜南倭という国難のなかで、明はもはや朝貢交易体制を維持できなくなると、倭寇をただ制圧するだけではなく、それを内部に取り込んで海上交易―銀の獲得―を行う必要に迫られ、1567年についに海禁を緩和、民間の海上交易を許すようになる。ここにおいて、琉球が明の調達交易を代替する役割はなくなる。
　こうした構造変化によって、100年あまり繁栄を続けた琉球の海上交易も衰退せざるをえなくなるが、それでも進貢物などを差し替えながら、日本と中国への両属の国家として東アジア交易の拠点たり続けようとする｡
　なお､薩摩藩支配下にあっては､琉球商人が日本に商船を派遣することを禁じられ､また藩の許可のない商人が琉球で商売することを禁じられたため､日琉交易は薩摩の特権商人の独断場となった｡それでも琉球の官民はヤマト船と蜜交易していた｡
▼日本、倭寇の根拠地と構成員を提供▼
　日本は、中国人(偽倭･仮倭･装倭)･ポルトガル人(仏狼機)･日本人(真倭)によって行なわれた国際的密貿易に格好な根拠地と構成員を提供していた。16世紀半ばになると、倭寇や海寇たちは日本を根拠地として、それに中国の交易基地を結びつけ、東シナ海の沿岸地域を行動圏として活躍するようになる。
　『籌海図編』には､日本人の倭寇は薩摩･肥後･長門の人が最も多く､次は大隅･筑後･博多･日向･摂津･紀伊･種子島で､豊前･豊後･和泉の人であった。それら地域は中国人が来航した港のある地方でもあった｡日本から中国に向かう船は､おおむね3-5月頃､五島あるいは薩摩を発し､大小琉球(沖縄本島･台湾)を経て､淅江･福建･広東の海域に殺到した｡
　鄭若曽の『日本図纂』には、倭寇の船が次のように書かれている。

倭寇船と明官船（後ろ）との海戦 倭寇図巻 17世紀 東京大史料編纂所蔵

▼密貿易―福建･淅江･広東の沿海民の生業―▼
　明初から中期まで、朝貢交易が中国の主要な対外交易形態であったが、それ以後は、密貿易という民間交易がそれに取って代わる。それは明の海禁に対する人民―特に、東南海岸の沿海民―の根強い抵抗であったとし、佐久間重男氏は前代までは「密貿易があっても､ほとんど問題とするに足りなかった｡ところが､明代の密貿易は前代と異なり､それが貿易の主流に転じ､政治的､社会的問題をひき起したところに､その歴史的意義を認めうる」とする（佐久間前同、p.224-5）。
　明初以来、海外に進出して密貿易を営むものは､そのほとんどが淅江･福建･広東など沿海民で、海上経由で塩や米を商っていた商人群であった｡これらの沿海民は、古代からその地理的な諸条件に制約されて海上生活を営んできたが、宋元代に市舶司が置かれるなどして､民間人の海上交易の先進地となっていた。この実績や傾向を明の海禁政策は逆進させるものであった。
　『英宗実録』景泰3（1452）年6月辛巳の条には、「刑部に命じて禁約を出榜せしむ｡福建沿海の居民は､中国の貨物を収販し､軍器を置造して海船に駕し､琉球国に交通し招引して寇を為すを得るなかれ」とある。すなわち、福建沿海の住民が自ら武装船を仕立てて、すでにみたように東南アジアとの中継交易を営んでいる琉球に出向いて密貿易しており、それにより倭寇を招くことにならないようにせよとしている。
　海禁によって、海上交易という生業を奪われた東南海岸の沿海民は、朝貢交易という朝廷の交易独占に抵抗して、明初より禁令を犯して密貿易を行ったり、また海外に移住して海上交易に携わってきた。16世紀に入ると、明の朝貢交易が衰退し、海上覇権力も低下する一方で、商品経済は発展して、中国人の交易需要はむしろ増大していった。嘉靖年間に入って禁令が強化され、厳しい取締りが行われたのは、交易需要を著しく喚起されていたことを示している。そのなかで、中国人を主力とする海寇が発生し、また沿海民の大量な海外移住が起き、いまや海上交易の主要な形態となった密貿易の担い手が作られる。
　これら密貿易の担い手あるいは武装商人団の構成について、時代は下るが、『世宗実録』嘉靖34（1555）年5月壬寅の条によれば、中国人はまず章州･泉州･福州の福建人、次いで寧波･紹興の淅江人であり、その他を含む比率はは9：5：2と福建人が圧倒的である。倭寇と称される倭夷すなわち日本人は1にとどまり、中国人の多さを嘆いたという。
　特に福建についてみれば、顛炎武の『天下郡国制病害』巻93福建､洋税の条に､その「田は食に供するに足らず｡海を以て生と為し､津舶を以て家と為す者は､十にして九なり」とあり､それは「福建の海上生活に依存する者が全体の9割とするのはもとより誇張の言であるにしても､その地の自給自足的経済が沿岸航路を含めての海上貿易を度外視しては成立し得ない事情を端的に説明したものである」という（佐久間前同、p.231）。
　また、すでに福建･淅江･広東などの沿海地域では、いろいろな手工業が地場産業として発達しており、福建の綿織物や蘇州･杭州の絹織物､景徳鎮の陶磁器は宋代から中国の主力輸出品であり、しかも沿海地域が仕出し地となってきた。それら特産品が、沿海民によっていままで通り、海外に―それが密貿易であったとしても―持ち出されようとするのは、自然な成り行きであった。

密貿易の拠点は､淅江では双嶼島、福建で は泉州と章州であった。明初､泉州には市舶 司がおかれ、琉球の貢舶を受け入れる港にな っていたが､それが福州に移されると密貿易 の拠点となる。それと同時に、章州の発展もま た目覚ましく、弘治初年の人口が福州28万 人、泉州18万人に対して章州は31万人を数 え、いまや泉州に取って代わるまでになる。そ の密貿易は月港という外港で行われた。 　嘉靖年間の｢倭寇」の風体にはフェイントが かかっていた。｢近日東南の倭寇のなかには 中国の人が多く､体力･胆力および知謀のある 者は往々にして賊となる……倭寇は華人を耳 目となし､華人は倭奴を爪牙（そうが）となし、 互いに結託して海島に出没し､またたく間に千 里を走り､その跡をたどることはできない｣｡ 　また、｢真倭｣ならば｢頭を剃り､鳥のような意 味不明の語を話し､柄のある衣服を着ている｣
	中国の密貿易の拠点

ので本来たやすく識別できるはずだが､奸民は｢人びとが倭を虎のように恐れる｣ことを利用して､あえて｢頭を剃って鳥語をしゃべり､短い衣に裸足｣の倭人の装束で人びとを脅すのである､と当時のいくつかの記録は述べているという（以上、岸本美緒・宮嶋博史著『世界の歴史12　明清と李朝の時代』、p.159-60、中央公論社、1998）。
▼密貿易業者―舶商と土商、使嗾する官豪―▼
　中国において海外貿易に従事する商人すなわち海商は､伝統的に、舶商と土商の区別があった。土商のなかには舶商の業務を兼ね行なうもいたが、「本土に足場を置いて、みずからは海外出航を行なわないで､舶商との連絡のもとに貿易品の購入・販売を独占し､あるいはその使用人の牙行を海外に出航させて、その貿易を支配するものであった」（佐久間前同、p.242）。
　他方、舶商とは商人船主のことであるが、それ以外に単なる船主である舶主もいたようである。彼らが海外進出して密貿易しようとする場合には、2本以上の帆柱を有する帆船を用いなければならない。それは海禁時代においては大船として禁ぜられていた｡それを敢えて建造し、運航するとなれば、相当の資力のあるものでなければ困難であり、それなりに強力な後ろ盾も必要であった。なお、多くの貧民層はこれら舶商に船員として雇われた。
　海商たちは、王世貞の『王弁州文集』一倭志の条によれば、舶主や舶商は中国の亡命者とか内地の叛賊となって、海外に船出して蕃貨を持ち帰り、本土の閔・淅の奸商猾民とか、内地の姦人と呼ばれる土商と取引することになる。彼らは、勇敢な日本人を高給で雇って密貿易船を自衛し、また官豪と結びついて身を守っていた。そのため明の官憲は容易には手を出せないでいる。特に、「この土商と官豪との関係は､土商が官豪によって使嗾される関係であり､むしろ土商の主体は官豪に帰属されるべきものであった」とされる（佐久間前同、p.243）。
　この密貿易を牛耳る官豪あるいは縉紳について、佐久間重男氏は彼らは「同一階層の士大夫階級であり､地方の富農地主層でもあり､朝にあっては官僚となり､野にあっては郷紳土豪といわれる地方の素封勢力家である｡沿海地方出身の官豪が、海外貿易の厚利あることを見逃すはずはなく､彼らは自己の政治的､経済的地位を利用して、巧みにその劃策を図ったのである｡土商が、その庇護を受けたのはそのためであり､土商もその勢力を背景にしてこそ密貿易に奔走し得たのである」（佐久間前同、p.244）。それは明の地方における統治力が低下したことを示そう。
　そのなかには、堂々たる｢衣冠の家｣､すなわち科挙に受かった紳士たちが、海賊と結託していることが少なくなかった｡例えば､朱丸（後述の高官）の弾劾文によれば､福建南部泉州府の林希元という人物は進士出身であって､その著作は科挙受験生の必読書とされるような、相当高名な朱子学者でもあった。しかも、その人柄に対する評判は決して悪いものではなく､地方社会のために心を砕く｢清廉剛直｣な人物であったとも言われており、始末が悪い。
　彼は､｢門には『林府』の二字を掲げ､勝手に民の訴状を受け付けてほしいままに拷問･尋問を行い､あるいは勝手に告示を出して官をないがしろにする｡もっぱら禁制の大船を作り､渡し船という口実のもと､賊の盗品や禁制物品を運んでいる……章州･泉州地方はもともと盗賊の巣だが､郷紳の渡し船こそ盗賊の羽翼なのである｣（岸本前同、p.159-60）。
　また、「官豪土商と舶商との取引は､舶商王直［後述の倭寇］が本土商人と外国商との仲介をして『司其質契』といわれるごとく､預かり証書による信用取引を主としたようである｡そのために､本土の官豪土商のなかには､巧みにこの慣習法を濫用して代価の支払いを引き延したり､その代価に見合う現物を支給しないで､不当の利得を占取しようとする者があった」｡そして、ここに「海寇・倭寇の怨恨を招来し、乱源の要因ともなった」とする（佐久間前同、p.245-6）。
　例えば、双嶼港において無名の客人が小南船に麪1石を載せて蕃船（外国船）に入り､綿布･綿紬･湖糸があると言って銀300両を詐取したとか､また寧波の客人林老魁がはじめ蕃人と銀200両で段子･綿布･綿紬を取引し､ついで蕃船に留まって銀18両を詐取したとか､また無名の寧波客人が湖糸10担を蕃人に売ろうと言って銀700両を､6担は日本人に売ろうとして銀300両を詐取したとかいった記録があるという。
　こうした中国人の海商を通じて多くの中国特産品が日本に輸出されていたが、中国において｢倭好貨物｣とみなされた品目は生糸･糸綿･綿布･錦繍･紅線･水銀･針･鉄鍋･磁器･古文銭･薬材などであった。また、彼らが日本を含む内外の密貿易船から買い取っていた品々は､交趾絹･西洋布･吉貝布･銀銭･犀角･象牙･琥珀･玳瑁･琉璃･奇楠香･沈香･檀香･安息香･麝香･乳香･蘇木･黄臘･白臘･銅鼓･倭屏風･倭刀･燕窩･西国米･胡椒などであった｡
▼多国籍人の多角的な密貿易、朱丸の取締り▼
　当時の海禁政策下に､海外貿易のために密航をくわだてるものは､国禁をおかした犯罪者として奸商･海盗･海寇などと呼ばれ､官憲の取締りの対象となった｡彼らも自衛上､武装して、官憲その他の障害に対抗せざるをえなかった｡その点から、海賊と密貿易者である海商とは､相互の利害関係のうえから連帯を強め､両者は区別しがたいものとなっていた｡
　そのころ､中国沿海地の海域で密貿易の中心地は､淅江の寧波東方にある六横島の双嶼港(ポルトガル人のいうリヤンポー)と、福建の章州東南の月港などであった｡双嶼港は､1526（嘉靖5）年に海寇の�ｹ僚(｢にんべん｣ではなく「けものへん」がつく)が蕃夷(南洋諸国人)を誘って、ここに拠ったことにはじまり､福建の獄から逃れた李光頭(李七)･許棟(許二)兄弟が加わって､密貿易の本拠としたところである｡すでにみたように、15世紀半ば以来､月港は章州人･泉州人など密貿易者の出航基地として、蘇州･杭州にも比すべき賑わいをみせていた。
　これら中国人海寇は、それらの根拠地に南洋諸国人［その主宰者は華僑とみられる］をはじめ、日本人の海商や倭寇を誘引していたが、16世紀初めに決定的な変化が起きる。1498年バスゴ・ダ・ガマがカリカットに到着する。それらから10数年後の、1511年にはポルトガル人が早々とマラッカを武力占領する。そして、1517（正徳12）年には、中国との通商貿易の公認を求めて、広州に入港してくる。
　これは伝統的な華夷秩序とはまったく無縁な国民の蕃船の訪問であった。それに対して、明は朝貢国に該当しないとの理由で、その要請を拒絶した｡1522（嘉靖元）年に、別の艦隊が広州に来航する。彼らが中国の官憲に武力で威圧する態度をとったため、明は「仏狼機国人」（フランキ）の来寇として、海上で砲撃を加え、42人を生け捕り、35人殺害した。この事件以後、ポルトガル人は倭寇と同じ扱いとなった。
　ポルトガル人は中国との通商を断念するわけがなく､1540（嘉靖19）年この度はいまうえでみた許棟兄弟にマラッカから誘引されて､その多数が福建･淅江沿海地の海域に潜入してきて、密貿易をはじめるにいたった。こうして、南洋諸国人にポルトガル人と日本人が加わって、中国人海商や海寇を媒介とした海上交易を行うようになる。これは有史以来のアジア・ヨーロッパという多国籍人による多角的な密貿易となった。
　ポルトガルの東方進出は､中国人海寇が築きあげてきた密貿易ルートに乗ってはじめて実現するが、その事情についてポルトガル人でドミニコ会士ガスパール･ダ･クルス（?-1570）は、次のように述べている。
　「中国国外に暮らし、ポルトガル人といっしょに帰ってくるこうした連中は､フェルナン･ダンドラーデの醜聞後［1517年、トメ・ピレスの2回目の使節を、砲艦外交で、失敗させる］､ポルトガル人がリヤンポーへ交易に赴くよう、これの誘致に手を染めはじめた｡かの諸地方には､城壁に囲まれた市や村はなく､海岸沿いに大きな集落がいくつもあるにすぎない｡そこに住む貧しい人々はポルトガル人を大いに歓迎した｡彼らへ食糧を売ることによって上がる利益のためである｡
　ポルトガル人と航海を共にしてきた中国商人は、これらの集落に帰れば､お互いに親戚同士であったし､よく顔が知られてもいたから､土地の人々は彼らのためにもなおいっそうポルトガル人を温かく迎えてやった｡やがて、彼らを仲介役として土地の商人がポルトガル人へ売るための商品を持ち寄るという商談が成立した｡
　ポルトガル人の中で立ち働いていた中国人の連中は､売買に際してポルトガル人と土地の商人との仲介を担う者であったから､この仕事からはずいぶん大きな利益を得た」（同著､日埜博司訳『中国誌-ポルトガル宣教師が見た大明帝国』（1569-70）、p.251、講談社学術文庫、2002）。
　16世紀､ヨーロッパ人の来航もあって､東アジアの海上交易は国際的な密貿易として、にわかに活発になったかにみえる｡こうした16世紀前半からの淅江の双嶼島や福建の月港を中心とした密
貿易を､明の政府が黙認していたわけではない。

1547（嘉靖26）年7月､江蘇省の出身官僚朱丸（丸には「いと へん」がつく、1492-1549）が淅江巡撫に任ぜられ、海道提督 軍務を兼担し、自ら淅江･福建の沿海地を巡視して海上通交 を統制し、2本マスト以上の大船を破却するなど､峻烈な取り 締りを行った｡翌年4月に双嶼島に攻め入り､それを壊滅す る。その際、福建人に誘引されてきた薩摩東郷の日本人稽天 と新四郎が生け捕りとなり、李光頭以下多数の賊酋が逮捕・ 処刑された。一旦逃れた許棟も同年6月に捕らえられ､同じ運 命になった｡この徹底的な海上の粛正と密貿易の弾圧は､こ れまでに密貿易に関与してきた沿海民を震撼せしめた。 　しかし、その反動として、朱丸のやり方に批判と怨嗟の声が 強まり､福建･淅江出身官僚の反撃に直面し、また天子の命を 待たないで独断処刑した罪を問われて失脚し、翌々年彼はつ いに毒薬を仰いで悲壮な最期をとげた｡彼は、｢外国の盗をな くすのは易しいが､中国の盗をなくすのは難しい｡中国の沿海 の盗をなくすのはまだ易しいが､中国の衣冠の盗をなくすのは もっとも難しい｣(『明史』朱丸伝)と嘆いたという。

朱丸

　この朱丸の挫折は、海禁がいまや建前となっており、それにもかかわらず、彼が真面目に取り締まったことで起きた悲劇であり、また密貿易がすでに半公然と行われており、中央・地方官僚がそれから甘い汁を吸っていたことを示すこととなった。その挫折に便乗して、密貿易は公然と行われ、大盛況をみるようになる。
　なお、淅江・福建の密貿易に便乗して利益を得ていたポルトガル人は､この時の弾圧によって相当の痛手を蒙ったが､その敗残者は広東の浪白澳に逃れて密貿易を継続する。かれらは､この「嘉靖の大倭寇」のさなかの1554（嘉靖33)年､広州で交易する許可をえる。さらに、その地から、次に述べる海寇の大頭目である王直が逮捕された1557（嘉靖36)年には、その根拠地を澳門(Macao)に移され､海寇の鎮圧に協力したとしてその地に居留権が認められる。彼らはそこを拠点として東アジアにおける海上交易を独占するにようになる。
　このように、ポルトガル人が中国人海寇に誘引されて、海禁を犯しているとき、中国の政府は漫然と協力を求める。また、日本では、1638年島原の乱の際、徳川幕府はオランダ艦隊に艦砲射撃の援護を仰ぐ。東アジア支配者の心性に疑問を持つ。ポルトガル人のアジア進出については別途検討する。
▼王直、日本との交易に参入、巨利を上げる▼

1562（嘉靖41）年､鄭若曽がまとめた『籌海図編』によれば、「嘉靖の大倭寇」の時代における中国人海寇の大頭目とその船団を14つに分けているが、そのなかで最も名を挙げまた日本との因縁の深いのが、王直である｡彼は安徽省の徽州府歙県の出身である。「この地方は､当時､国内商業の面に活躍した新安商人の出身地で知られ､離郷して塩商その他の活動で巨万の蓄財をした人物が多かった｡［彼も］郷里をとび出したものの､国内では容易にうだつがあがらないためか､ついに海外で一旗あげようと国禁をおかし密航をくわだてるにいたった」とされる（佐久間前同、p.282）。 　また『籌海図編』には、王直は「若いときは不遇であったが任侠的性格をもち､壮年に至って智略と気前の
	王直 平戸市歴史の道

よさをもって人びとの信頼を得た｡葉宗満･徐惟学･謝和･方廷助など､当時の若手の盗賊たちはみな彼との交際を喜んだ｡あるとき相談して曰く『中国の法令は厳しく、ともすれば禁に触れる。海外で思いきり羽をのばすのと比べてどうだろうか』と｡……嘉靖19年(1540)､海禁がまだそれほど厳しくない時期に､王直は葉宗満とともに広東にゆき､巨艦を建造し､硫黄や生糸など禁制物品を積み込んで､日本やシャム､西洋(東南アジア西部をいう)諸国に至り､往来交易すること５､６年､はかり知れぬ巨富を積んだ｡夷人は大いに彼に心服し､これを『五峯船主』と呼んだ」とある（岸本前同、p.158）｡
　王直は、朱丸に鎮圧・処刑された頭目の李光頭･許棟の配下に入って、淅江の双嶼港を根城した密貿易に従事していた｡彼らは福建の同郷であり､同郷意識から結合を強めた。その配下のなかで頭角を現わしていた王直は、朱丸の鎮圧をかいくぐったらしく、彼らの残党や船隊を糾合し、新たな海寇船団を編成して、その大頭目となる。
　中国人は、16世紀初めから博多、肥前、豊後、薩摩など九州の諸港ばかりでなく、相模、伊勢、越前などの港に入ってきた。王直らが、はじめて日本との通商を求めてきたのは､李光頭･許棟の配下にあった1545（嘉靖24）年であったとされてきた｡しかし、最近では、1543（天文12、嘉靖22）年種子島に中国船が漂着するが、そのとき鉄砲を伝来させたのは同乗しいたポルトガル人ではなく､儒者という名目で乗っていた中国人五峰であった｡その五峰は中国船の船主であって､鉄砲とともに硝石や硫黄を扱っていた､倭寇の頭目であった王直とする説が受け入れられつつある。
　王直らは、その前年に入貢を拒否された日本貢使の僧寿光らを迎え入れ、双嶼港において密貿易を行わせる。日本貢使が日本に帰国する際､これに随行して日本に渡来した｡そして、博多の海商倭助才門ら3人を誘って、これらを伴い双嶼港に戻ったとされる｡それ以後､日本の海商が双嶼港に渡航して、密貿易に参加するものが次第に増えた。
　この双嶼島も朱丸に征討される。そこを追い立てられた王直は、新たな拠点を日本の松浦･五島に本拠に求め、300余人が乗る大船を浮かべ、甥の王汝賢や養子の王敖(毛海峰)を腹心としたうえで、2000人の部下を擁し、松浦･五島地方の三十六島の倭人を指揮し､東アジアの海を暴れ回ったとされる｡彼の五峰の号は五島に因んでつけられ、また徽王と呼ばれたという。次に示す、道可様とは第25代藩主松浦隆信(在職1541-68)であり、また王直が建てた印山寺屋敷跡は平戸市にある。
　大曲藤内が寛永年間に書き残した、松浦家の『大曲記』という文書には、次のように記されている｡「さて道可様は､果報も武運も満足の仁にて侯故に､平戸津へ大唐より五峯［王直のこと］と申す人罷着て､いまの印山寺屋敷に唐様に屋形を立て罷住申しければ､それをとりでにして大唐の売［あき］ない船たへせず､あまつさへ南蛮のくろ船［ポルトガル船か］とて初めて平戸津へ罷着ければ､唐なんばんの珍物は年々満々と参侯間､京堺の商人、諸国［人］皆あつまり侯間､西のみやこ［都］とぞ人は申しける」｡
　王直らの五島･平戸にける当時の私貿易の活況ぶりを伺われる｡「そのころ､王直はまた連年､倭･漢の武装集団を指揮して大挙入寇させ､その数100隻の船艦は海をおおい､北は揚子江の河口から［南は］淅江の沿岸地方にかけて､家屋を焼き払い､子女財帛を奪い､南北数千里の間､無人の境をいくようにあばれまわった」という（佐久間前同、p.288）。
　そして、「当時の海寇の多くは､密貿易でつねに危険にさらされながらも､本国と諸外国､とりわけ日本との通商をとりもつ仲介貿易商としての役割を演じ､双方からその利ざやを稼いでいたものであろう｡日本からの朝貢貿易､すなわち遣明船貿易が杜絶してからは､なおさらそうであった｡王直らはまさしくその仲介貿易によって､一方では海上での敵対勢力を排除し､他方では本土との関係をたくみにとりむすび､海上の巨商･巨魁にのしあがった」といえるという（佐久間前同、p.287）。
　王直ら中国人海寇は、日本に中国や南洋、さらに西方の国々の産品の持ち込む輸出業者としてばかりでばく、むしろ日本人海商が中国において密貿易を行う場合の仲介人として、またその渡航にあっての護衛人として、さらには日本人海商から委託された商品の買付人として働いたとみられる。
▼「嘉靖の大倭寇」の発生と取締り、王直の投降▼
　すでにみたように、朱丸が中国人海寇を制圧したが自死を余儀なくされたことで、海禁はなくなったかのような状態となり、また中国人と日本人とが入り乱れての「嘉靖の大倭寇」が招来することになった｡王直や徐海といった海寇の頭目が前進基地を中国沿海地に設けているものの､その本拠を日本に置いたうえで日本人を率いていたところから、後期倭寇とか16世紀倭寇とか呼ばれてきたが､その構成人員は真の倭はせいぜい1､2割で､その他の大部分が中国人で占められていた。
　田中健夫氏は、王直が大勢力を築いたのは彼の取り引きが適切だったからだとする。そして、「かれは取り引き者の委託をうけて売買や交易を代行することもあった｡それに､来航商人の宿所や倉庫の設備､売買の斡旋､業者の保護援助などもかれの仕事であった｡かれは日本商人の業務を代行しただけでなく､中国商人やポルトガル商人の業務をも代行した」という｡そればかりか、彼も官憲･郷紳･富豪と馴れ合いの関係にあったが、特に「自分と敵対する海寇の頭目らを倒し､そのことによって官憲に協力して恩を売りながら､自己の海上における覇権を確立していった」のである（田中前同、p.135-6）。
　王直らは、朱丸の掃討により双嶼島を失った後、舟山列島の瀝港（烈港、双嶼島の近く）を交易基地とするようになる。そこは官憲が手を出せない、いわば黙認された密貿易港となった。しかし、1553（嘉靖32）年、明の政府は都御史王予を提督軍務とし､淅江および福建の地方を巡視させ、参将の愈大敵らに倭寇の防禁にあたらせた。愈大敵のひきいる官兵が大挙して瀝港を掃討する。そのとき台風が起き、王直らは遁走し、瀝港を失う。
　こうした海寇の取締りと海禁政策の固執、そしてポルトガル船のアジア進出などが重要な引き金となって、「嘉靖の大倭寇」が起きる。「嘉靖の大倭寇」は､「双嶼･瀝港の密貿易基地をあいついで失った海商団が､現地の住民や日本人･ポルトガル人などと協力しながら展開した寇掠であり､王直･徐海を中心として､嘉靖30年頃から同35年頃までつづいた」と定義される（田中前同、p.148）。
　この大混乱に対して､明朝も海防の強化と海寇対策に、心を砕かざるをえなくなる｡しかし、その間、海防責任者が相次いで罷免・交替して、海寇対策が定まるところがない。それはむしろ海寇の跳梁を許す結果となったとされ、1555（嘉靖34）年7月には海寇の一隊が南京城にまで迫るのである｡

1556（嘉靖35）年2月､淅江巡撫の胡宗憲（?-1565）が総督となる。彼は、朱丸のような正攻法ではなく、謀略をめぐらす。その彼が「すでに巡撫であったときに､寧波府生員の蒋洲の献策をいれ､蒋洲を正使､陳可願を副使として日本に派遣し､勅諭を伝達して倭寇を禁止させようとした｡その真のねらいは､五島･平戸を本拠とする王直を説得して誘引する」ことにあった（佐久間前同、p.292）｡ 　蒋洲らは、1555（嘉靖34）年9月中国を出帆し、11月に五島に到着すると､「胡宗憲が徽州府績渓県の出身で王直と同郷であり､王直が故郷に残した妻子や母を獄から出して温情を加えていることを告げ､さらに王直が本国に帰還すれば､互市を許して罪は問わないと､利を
	胡宗憲記念館（中国安徽省）にある立像

（2005/09/30記、2010/05/25、2014/05/20補記）

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