▼アイユーブ朝のサラディン、十字軍から聖地奪還▼
　イスラーム交易ネットワークの頂点に立っていたアッバース朝では、9世紀に入ると、Webページ【2・2・1西アジア・イスラームの海上交易】においてみたように、すでにはじまっていた地方の独立が一挙に広がり、そのイスラーム帝国は急速に解体に向かう。
　10世紀後半、イスラーム世界は西から、イベリア半島の後ウマイア朝、マグリブ、エジプト、そしてシリアにまたがるファーティマ朝、シリアのハムダーン朝、イラクのブワイフ朝、イランのサーマーン朝と分裂することとなる。それに伴って、10世紀から11世紀の変わり目にかけて、イスラーム世界の繁栄中心はイラク・ペルシャ湾軸ネットワークのバグダードから、エジプト・紅海軸ネットワークのフスタートやカイロに移行する。
　このイスラーム世界の分裂にさらなる衝撃が加わる。十字軍（1095-1270）とモンゴルの侵攻である。十字軍侵攻前、セルジューク朝（1038-1194）は敵対するファーティマ朝（909-1171）の国力低下に乗じて、イラクからシリアにかけて勢力を伸ばしていた。3つの宗教の聖地であるエルサレムは、これら2つの王朝の争奪の場になってはいたが、キリスト教徒の聖地巡礼が妨害されていたわけではなかった。それにかかわらず、十字軍は1099年エルサレムを武力征服し、イスラーム教徒やユダヤ教徒が大量虐殺する。それ以後、約2世紀にわたって、パレスチナは十字軍国家群、そのなかでも最大のエルサレム王国（1099-1291）によって占拠される。
　2003年、アメリカが大量破壊兵器を保有しているとデマを流して世界の人々を偽り､イラクを侵略したこと(や、イランを核兵器を開発しそうだとして制裁していること)、またユダヤ教徒のイスラエルがそれもアメリカの支援を受け、武力を持ってパレスチナを50年余にわたって占拠していることは､キリスト教徒の十字軍がパレスチナに侵攻して十字軍国家の構築したことの繰り返しにみえる。なお、シリア海岸の人々は十字軍を巡礼団と誤解して、糧食を提供し、また道案内したという。そのため彼らはやすやすとエルサレムに入り込めたのである。
　十字軍国家が、長期にわたってパレスチナに割拠し続けることを許したのは、イスラーム世界が分裂していたことにある。それでも、シリアを支配していたザンギー朝に仕えていたサラディン（正しくはサラーフ・アッディーン、1138-93、在位1169-93）は、1164-69年、十字軍の攻撃を受けていたエジプトのファーティマ朝を支援する遠征に携わって、ファーティマ朝の宰相となる。そして、アッバース朝カリフの宗主権のもとで、アイユーブ朝（1169-1250）を創建する。1183年、その勢力を拡大して、エジプトとシリアを統合する。

サラディンは、1187年十字軍に対する聖戦（ジハード）を呼びかけて十字軍国家に押し入り、ヒッティーンでキリスト教徒をやぶり、復讐の虐殺に出ることなく、約90年ぶりにエルサレムを奪回する。これに対抗して、1189年に第3回十字軍が派遣される。1192年、同十字軍のイングランド王リチャード1世（在位1189-99）と休戦協定を結び、十字軍がパレスティナとシリア海岸にそって王国を再編成することを認めるが、エルサレムはイスラーム教徒のもとにおく。 　彼は、東地中海の制海権を握っている十字軍に対抗するため、1182年「戦艦の建造を急がせたという。この作業はアレクサンドリアの造船所でおこなわれたが、具体的な内容について詳しいことはよくわからない。1179年の段階では、エジプト艦隊は80隻からなり、そのうち50隻を国境の警備にまわし、残りの30隻が作戦用に振り向けられた。82年の増強計画では、この数に上乗せする形で新しい戦艦の建造がおこなわれた」とみられる（佐藤次高著『世界の歴史８　イスラームの興隆』、p.267、中央公論社、1997）。

サラディン

　12-3世紀における十字軍のパレスティナやシリア海岸への侵攻と植民、そしてナイル・デルタや紅海への侵攻がイスラーム世界に与えた衝撃は、総体として、その逆のヨーロッパ世界が受けた衝撃より小さかったとみられている。しかし、イスラーム世界の交易ネットワークが受けた衝撃はかなり大きい。それは、単にイスラーム世界が築いてきた自由な国際交易圏を破壊しただけではなく、それ以後における遠隔地交易を、地球規模での国家・宗教・人種間の対立と抗争の場に変えてしまったことにある。それは「大航海時代」の前兆であった。
▼サラディン、カーリミーに交易を独占させる▼
　東方からの地中海への海上交易路はペルシア湾ルートから紅海ルートへと大きく転換していたが、紅海ルートはイエメンのアデンを起点にして、紅海西岸のアイザーブ（ジッダの対岸）から陸路で上エジプトのクースにいたり、ナイル川を下ってカイロに入り、さらに地中海岸のアレクサンドリアまで達していた。サラディンは、1174年兄のトクーラーンシャーをイエメンに派遣し、港町アデンを攻略しているが、それは明らかに東西交易の利益を手中にすることにあった。
　この紅海ルートで活躍したのが、カーリミーと呼ばれる「胡椒と香料の商人」グループであった。その起源はファーティマ朝（エジプト、969-1171）時代までさかのぼるが、彼らの活動が活発化するのはサラディン時代以降のことである。このカーリミーという名称については、彼らが取り扱った「琥珀」を意味するアラビア語「カーリム」､あるいはかれらが組織した船団を「カーリム」といっていたことに由来するなど諸説がある。

　カーリミー商人は、アデンの港で香辛料・木材・綿織物・陶磁器など東方の産品を買いつけ、それらを新都カイロへ運び、アレクサンドリアにおいて様々な出自のヨーロッパ人商人に売り渡していた。サラディンは、この商人グループの交易活動を保護し、その商取引への課税によって国庫収入の増大をはかっていた。彼らは、イエメンそしてインドに進出して、巨万の富をうる。彼らはアイユーブ朝ばかりでなく、次のマムルーク朝（1250-1517）においても庇護される。
　十字軍の侵攻によって、イスラーム教徒の地中海における制海権は失われ、その交易路は寸断され、交易活動が大きく損なわれた。そのもとで、12世紀半ばに入ると、それまで東地中海で活躍してきたイスラーム教徒やユダヤ教徒、コプト教会派キリスト教徒などの商人は後退させられ、十字軍と相互依存しあってきたイタリア都市商人が台頭するようになった。
　これに関して、家島彦一氏によれば、サラディンは「ヴェネツィア商人に代表されるイタリア系商人たちの地中海での活動を認めるかわりに、彼らが西アジアの地を越えて、紅海、ヒジャーズとインド洋方面に進出することを厳しく禁止すること」とし、「外国商人たちの滞在許可と安全の保障、商業取引と商品保管のための公共施設の建設、ルート・港市・中継地の治安維持、水場や監視ステーションの設置などに努め」、その後のスルタンも「アレクサンドリア、ティンニース、ダミエッタなどの港市に集まるイタリア系商人たちにはフンドゥクやコンスルなどの商館を設けて、外交と経済交流の門戸を開いた」という（同著『海が創る文明』、p.199、200、朝日新聞社、1993、以下、家島文明とする）。
　しかし、イタリア都市商人たちは、地中海ばかりでなく、紅海ルートも掌握しようとする。「フランク十字軍とイタリア艦隊の連合軍は、アカバ湾内のアイラと、ヒジャーズ地方に通じる要衝地のタブークからアラビア半島西岸を南下していった」。
　「また、ヒジュラ暦578年（西暦1182/3年）シリアのカラク城のフランク王シャティヨンのレイノーは軍船を陸路で運び、スエズに近いヒルザ（クルズムの要塞）に着くと、アイザーブ方面に船を向けた。彼の率いたフランク軍は、紅海では約16艘の船を焼き、アイザーブにおいてはジッダから巡礼者たちを乗せて到着した船1艘を拿捕し、またクースとアイザーブのあいだで多数のメッカ巡礼者たちから編成されたキャラバン隊を襲撃して、殺戮をくりかえした」（以上、家島文明、p.200）。
　フランク軍はヒジャーズ地方に上陸し、メディナに進撃しようとした。その進出を許せば、メッカ・メディナの両聖都は異教徒の管理下におかれ、聖地巡礼と交易独占の体制が崩壊してしまうおそれがあった。サラディンは「ただちに艦隊の出動を命令した。ルゥルゥ提督に率いられたエジプト艦隊は紅海に進出し、アイザーブ沖でさんざんに十字軍艦隊を打ち破った。ルノー［レイノーに同じ、1125?-1187］は逃したものの、ルゥルゥは170名の捕虜をともなって意気揚々とカイロへ引き上げる」。
　「この勝利によって、サラディンは『イスラームの守護者』としての名声をさらに高めることができた。しかもこれを機に、ユダヤ教徒やキリスト教徒の商人を紅海から締め出す政策をとり、以後、紅海は文字どおり『カーリミー商人の海』となった」とされる（以上、佐藤前同、p.277-9）。
　この紅海―インド洋ルートを交易と聖地の生命線として死守し、南ヨーロッパ人商人の紅海進出を許さない政策は、アイユーブ朝からマムルーク朝にも引き継がれる。それを、長谷部史彦氏は「鎖国」政策と呼び、「このため、南欧商人たちは、アレクサンドリアなどの地中海都市でインド洋・中東商品を買いつけなければならなかった。もしマムルーク朝のこうした態度がなければ、インド洋へのヨーロッパ人武装商船の侵入はずっと早まっていたかもしれない」という（同稿「マムルーク騎士と民衆」佐藤次高他編『都市の文明イスラーム』、p.183、講談社新書、1993）。
▼マムルーク朝のバイバルス、モンゴル軍に勝利▼
　第1-3回十字軍は聖地奪還という名分を担っていたが、それ以後の第4-7回十字軍はそうした信仰動機さえ失い、遠征主催国が交易圏を拡大したり、参加者の射幸心を満足させるという、経済動機で行われるようになった。そのため、第5、6回の十字軍は東西交易の地中海の窓口であり、紅海以東の交易ルートを支配しているエジプトを襲うようになる。
　サラディンが死ぬと、アイユーブ一族がエジプトとシリアを個別に支配するようになる。1227年、エジプトのスルタン・カミール（在位1218-38）が政権維持のため、第5回十字軍の神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世（在位1215-50）にエルサレムを譲り渡すといった錯誤まで起きる。1249年、第6回十字軍のフランス王聖ルイ9世（在位1226-70）が、700隻の大艦隊を率いてナイル河口に到着する。エジプトは、バルフリー・マムルーク隊の奮闘によって救われる。十字軍側の死者は少なくても1万人にも及び、ルイ9世も捕虜となった。
　このバルフリー・マムルークとは「海のマムルーク」のことで、彼らはトルコ人奴隷の親衛隊であった。彼らは、1250年その勢力を削減しようとするスルタンにクーデターを起こして、マムルーク朝を成立させる。この王朝はアラブ遊牧民の反乱に加え、引き続き十字軍、そして新たにモンゴルの侵攻にさらされる。
　モンゴル第4代ハーンのモンゲ（在位1251-59）の弟フラグに率いられたモンゴル軍は、イランを抜き、1258年アッバース朝の首都バグダードを包囲する。モンゴル軍の20日間にわたる間断ない攻撃の後、徹底的な略奪と殺戮を受ける。カリフ・ムスクースィム（在位1242-58）はフラグの前に投降し、600年余りにわたる世俗的かつ宗教的リーダーとしてのカリフ制度に終止符が打たれる。さらに、1260年アレッポを陥落させると、フラグはカイロに使節団を派遣し、無条件降伏を促してくる。それをエジプトは拒否して、シリア海岸を南下して進出してきたモンゴル軍と、パレスティナにおいて対決することとなる。
　エジプト軍は、ここでもバルフリー・マムルーク隊の活躍によって、モンゴル軍に壊滅的な打撃を与え、敗走させる。それは、日本からの撤退とともに、モンゴル軍にとって数少ない敗北であった。この勝利をもたらしたのが、すでにみたルイ9世の十字軍を撃退したバイバルスというマムルーク騎士であった。彼は、エジプトに凱旋直前にスルタンを殺害し、マムルーク朝第5代スルタン（在位1260-77）を簒奪する。そして、傀儡のカリフを擁立するなどして､再びエジプトとイラクを統合したばかりでなく、十字軍とモンゴルという2つの外敵を駆逐することに成功し、長期王朝の基礎を築く。
　バイバルスは、サラディンとともに中世イスラーム世界の英雄であるが、彼の王朝は後者と違って、その後200年にわたって安定する政権となる。そのなかでも、「スルタン・ナースィルの3度目の治世（在位1310-41）中に最盛期をむかえる。彼は賢明でしかも果断な性格の君主であった。カーリミー商人を保護して、東西貿易の利益を確保するいっぽう、子飼のマムルークを地方総督に任じて国内秩序の安定化に努めた」とされる（佐藤前同、p.313）。14世紀初め、カイロの人口は50万人にも及んだ。
　しかし､「彼の治世末年には国庫財源はほぼ完全に枯渇してしていた」。その原因の1つは「放漫な財政にあったが、上エジプト・アラビア半島・北シリア境域地帯への度重なる遠征隊の派遣、マムルーク奴隷購入のためにも多額な出費が必要であった」からである（家島彦一著『世界の成立と国際商業』、p.416、岩波書店、1991、以下、家島商業とする）。そのなかで、ヌビア系やアラブ系遊牧民の反乱が連続して発生して、エジプト・紅海軸ネットワークにおける上エジプトのクース―アイザーブ・ルートは危機的な状態に陥ってしまう。
　なお、モロッコのイスラーム法官イブン・バットゥータ（1304-1368/9）は、マムルーク朝の繁栄期にエジプトを訪問したことになるが、その旅行の詳細はWebページ【「イブン・バットゥータの大旅行記」を読む】を参照されたい。
▼カーリミー商人とイタリア人商人の活躍▼
　ナースィルが死ぬと「悪と争いの時代」が始まる。それにペスト（黒死病）の流行が加わる。それはモンゴル高原にはじまり、コンスタンティノープルを経て、1347年秋にはアレクサンドリアに移り、エジプト、イタリア、フランス、そしてヨーロッパ全域に蔓延していく。それを運んだのはキャラバンと商船であった。これによってエジプト・シリアの人口は3分の1から4分の1が失われ、経済の活力は大きく損なわれたという。
　アイユーブ朝時代、東方からの交易路の変化にともなって、「エジプトのアレクサンドリア、ダミエッタ、それにシリアのベイルート、トリポリ、ラタキアなどの諸港が、地中海貿易の拠点として活況を呈するようになった。そして、イスラーム世界とキリスト教世界が対立した十字軍の時代にも、ムスリム商人とイタリア商人との交易は絶えることなく続けられた」（佐藤前同、p.340）。
　14世紀のエジプトでは、約200人のカーリミー商人が活躍していたといわれる。カーリミー商人たちは、カイロのスルタンやアミールたちに現金を貸し付けるなど、その社会的地位は高かった。富裕者の例は次の通りである。
　「ハッルービー家の活動は12世紀の後半にはじまる。5代目のバドル・アッディーン（1361年没）は、香辛料のほかに砂糖の販売を手がけて成功すると、その富を学院（マドラサ）の建設に投資し、みずから教授の選定にもたずさわった。その甥のザキー・アッディーン（1385年没）は莫大な財産をもとにして政府内に勢力を築き、また、さらにその甥のヌール・アッディーン（1401年没）は勢いを駆って宰相の職をうかがう野心をみせた。しかし、スルタン・バルクーク[在位1382-99]に罰せられ、彼の代をもってカーリミー商人としてのハッルービー家の伝統は途絶えた」という。
　こうした富裕者の台頭は権力者のねたみの対象となり、江戸時代にもみる闕所（家産召し上げ）が見舞った。「歴代のイスラーム政権は、社会的平等の原則から、一部の富裕者が何代にもわたって莫大な富を保持することを許さなかった。財産没収（ムサーダラ）がその手段であり、これは逼迫した財政を補填するための手段としてもよく用いられた。カーリミー商人の場合にも、多くの者が財産没収の憂き目にあい、3代以上にわたって存続する家はめったになかった」といわれる（以上、佐藤前同、p.330-1）。
　マムルーク朝になるとアイユーブ朝とは異なって、政府から保護を受ける商人はイスラーム教徒のカーリミー商人ばかりでなく、キリスト教徒やユダヤ教徒も加わっていた。彼らはアラビア半島のアデンからアレクサンドリアやダマスクスに至る交易路に商館を建設し、これを倉庫、宿泊所、取引所として用いていた。
　「多数のヨーロッパ商人がアレクサンドリアに来住し、町なかにはヴェネツィア、ジェノヴァ、ピサ、フィレンツェ、パレルモ、カタルーニヤ、ラグーザなどの商館（フンドク）や領事館が建設されるようになった。彼らはそれぞれの商館でカーリミー商人から香辛料、砂糖・小麦、みょうばん、紙などの商品を買い付け、これらをヨーロッパの諸都市にもたらしたのである。マムルーク朝政府は、もっとも大事な得意先であるヴェネツィアの商人に対しては、彼らが商館内に豚をもちこみ、その肉を食べることさえも黙認していた」といわれる（佐藤前同、p.341）。
　イタリアの商人たち(特にジェノヴァ商人)は、十字軍に乗じて紅海―インド洋に進出することに失敗したものの、モンゴル帝国がイラク・ペルシャ湾軸ネットワークを利用していたので、その延長線にある黒海ルートやシリア北部ルートは確保していた。しかし、ティムール朝（1370-1407）の遠征や破壊によって中央アジア・黒海交易が途絶しがちになると、イタリア都市商人のエジプトへの依存が強まるようになる。
　「マムルーク奴隷は、御用商人やイタリア商人たちから高額な費用で購入されたが、そのなかでもイタリア商人たち、とくにジェノヴァ商人はアナトリア海岸や黒海方面から集めたトルコ・モンゴル・スラブなどの奴隷を、海上ルートによってエジプトにもたらした。イタリア商人たちは奴隷の他にも、鉄・木材・武器など……必要な軍事物資を運んで、多くの貿易利潤を得た」とされる（家島商業、p.416）。
　しかし､14世紀半ばから15末にかけてのヴェネツィア人の伸長は著しく､そのアレクサンドリアの居留人数は例えば1426-35年33-49人であったが､ジェノヴァ人は5-26人にとどまった｡
▼ラスール朝、海峡監視で中継港を守る▼
　10世紀後半になると、インド洋周縁の各地方から集められた諸物産の多くは、一度、アデン港に集荷され、その後、紅海を北上し、エジプトに向けられるか、南アラビア海岸沿いにオマーンのスハールに運ばれ、ホルムズ海峡を経てペルシア湾に入り､イラクやイランの諸地方に供給されるようになった。そのため､アイユーブ朝のサラディンらはエジプト、ヒジャーズとイエメンを支配下に収め、インド洋からの交易路を掌握していた。
　しかし、アイユーブ朝が十字軍との戦いに勢いをそがれているなか、1229年同朝のトルコ人武将マンスール・ウマルが内乱に乗じて独立をはかり、イエメン・ラスール朝（1229-1454）を築く。さらに、ヒジャーズ地方に軍を派遣して、1241/42年にはアイユーブ朝勢力をメッカから完全に撃退し、メディナの外港ヤンブゥの支配権を獲得する。1279年、第2代スルタン=ムザッファルはハドラマウト地方への大遠征を挙行して、南アラビアからバーバル・マンデブ海峡付近、イエメンとヒジャーズまでを広く覆う軍事的・政治的支配権を確立することに成功する。
　この「ラスール朝の権力と運輸・貿易上の影響力をおそれ」てか、「インド洋周縁諸国の、とくにインド、ペルシャ湾岸地域や中国の商人・有力者たちはあいついで使者たちを派遣し、通商関係を強化しようと努めた」という。他方、「ラスール朝はインド洋を隔てたインド・マラバール地方の諸港市、とくにカリカット、クーラム・マライ、マンガロール、カーヤル、ペルシャ湾の最大の港キーシュやバフライン地方のカティーフとの通商関係を強めて、インド洋の海運と貿易活動の中軸として、同時に地中海世界との中継交易の唯一の窓口としての機能を果たすための努力を傾注する」。
　イエメンにおいて、ラスール朝勢力がアイユーブ朝に取って代わったことについて、家島彦一氏は「内陸アジアにおけるモンゴル帝国の成立と同じく、13世紀における国際交通・運輸と貿易活動に大きな影響力を及ぼしたという意味で、商業史上における1つの重要な転機をなしていた」とする（以上、家島文明、p.201-3）。
　ラスール朝は、「1229年の建国以来、バーバル・マンデブ海峡を通過して紅海に入ろうとする諸外国の商船を監視するために巡視船団を編成していた。これによって紅海とインド洋を往来する船舶の航行を監視し、イエメンの主要港（アデン、ムハー、フダイダ、アフワーブ、シフル、ライスート、ミルバート）に入港することを義務づけた」。
　「そして、インド洋を越えてきた貿易船はラスール朝政府発行の通行許可証を受け取った後、紅海に入るか、積み荷の一部を紅海航行のイエメン船に積み換えた。また、陸から荷揚げされた一部の積み荷はサヌアー、サァダ、メッカに通じる高原キャラバン・ルートを北上して、エジプトやシリアの市場に運ばれた」（以上、家島文明、p.211）。
　なお、この海峡通航船監視体制はラスール朝の制度ではなく、Webページ【2・2・1西アジア・イスラームの海上交易】において示したように、前代のアイユーブ朝から始められていた。

10-15世紀のイスラーム世界 出所：佐藤次高稿：イスラーム史のなかの砂糖（3） 　農畜産業振興機構 調査情報部

▼マムルーク朝のイエメン遠征、中継港争い▼
　マムルーク朝のイエメン遠征は、14世紀前半に数次計画されるが、国際商人カーリミーたちによる外交折衝や仲裁交渉などによって回避されていた。ただ、1325年の遠征だけ実行されるが、その目的は達成されない。それが本格化するのは15世紀に入ってからであった。
　ラスール朝スルタン・アン・ナースィル（在位1400-24）の時代、「主要貿易港（アデン、ムハー、フダイダ、アフワーブ、ライスート、シフル）に来航する外国船舶と商人たちへの不当関税、積み荷没収などの強硬策」がとられた。そのため、カリカット出身の大商人船主ナーホダー=イブラーヒームに代表されるような船乗りや海上商人たちは、アデン入港を避けてバーバル・マンデブ海峡を強行突破し、紅海のダフラク諸島、スワーキン、ジッダやヤンブゥなどの港市と､恒常的な入港協約を結ぼう」とするようになった。
　こうした動きは、トウール（シナイ半島の突端）とジッダを拠点として、イエメン・ラスール朝を仲介せずにインド洋の周縁諸国との新しい交易関係の樹立に意をそそいでいた､マムルーク朝スルタン=バルスバイ（在位1422-38）にとってきわめて好都合なことであった。
　「マムルーク朝によるヒジャーズ地方支配とインド洋貿易振興策によって、アデン入港を嫌っていた海上商人たちや船舶は急速にジッダをめざして集まった。スルタン=バルスバイは、インド方面から来た船舶を歓迎し、カーリミー商人にかわる御用商人（ハワージャ）たちや特別の輸送船団をカリカットに派遣して､積極的にインド物産を購入しようと努めた」とされる（以上、家島文明、p.270）。
　1424/25年、スルタン・バルスバイは、イエメンのラスール朝が国内混乱でヒジャース地方への統制が緩んだ機会を捉え、「メッカへマムルーク軍を派遣し、ジッダをインド洋貿易の最大の拠点とした」。その目的は「国家財政再建のために、ジッダに来航する貿易船から入港関税を獲得すること、およびインド産の商品をアレクサンドリアに集めて、そこでヨーロッパ商人たちに売却するという香料の専売政策を徹底させることにあった」（佐藤前同、p.341）。
　マムルーク朝のイエメン遠征によってラスール朝が滅んだわけではないが、ジッダはインド洋交易の最大の拠点となり、エジプトや地中海への中継港としてアデンに並び立つこととなる。これに対して、ラスール朝は海峡監視を厳しくするようになる。1435年に拿捕された海峡侵犯船には、それに乗っていた「マムルーク軍人、雇用人、船舶商人、水先案内人、商人たちのすべては捕虜としてスルタンのもとに連れてこられた……その船に積み込まれていた各種の香料、ヤズド産の高級亜麻織、絹織物、ヘンナ、ターバン用の織布など、価格にして10万ﾃﾞｨｰﾅｰﾙ以上に見積もられた」という（家島文明、p.219）。
　こうした侵犯船を捕らえ、積み荷を没収するという強硬策とともに、「インド系商人たちに対する規定外の関税を課すことを禁じ、またキルワ、メッカや中国から来航した商人・ナーホダーたちを手厚くむかえるなどの積極的な策をとった」。他方、マムルーク朝は「関税収入の大幅な増収をはかるために商人や巡礼者たちの自由な商活動を制限し、たび重なる不当な関税を課したので、ラスール朝側の貿易政策が徐々に功を奏して、ふたたびイエメンに寄港する貿易船が増加していった」とされる（以上、家島文明、p.220-1）。
　アル=マリク・アッ=ザーヒル（在位1428-39）の治世、中継貿易を国家の経済基盤としたラスール朝にとっての最後の安泰の一時期であったとされるが、その終わりはすぐ来る。15世紀半ばには、全国的な飢饉と疫病、内乱が頻発して、混乱を呈する。ターヒル家のアリーたちが蜂起して、スルタン・マスウードを攻撃し、1454年それから政権を奪ってターヒル朝を築く。マスウードは東アフリカのキルワ王国に助けを求め、最後はインドのカンベイに亡命する。
▼ティムール朝、ホルムズをインド洋の拠点とする▼
　ホルムズ（オルムズ）は、13世紀から14世紀初めごろにかけて、インド洋交易の覇権をめぐってキーシュ島を拠点とした商人たちと激しく争っていたが、1330年ついにその制圧に成功する。そして、モンゴルのイル・ハーン朝支配下のイランとインド洋とを結ぶ、陸上キャラバンと海上交通ルートとの接点として、急激な発達を遂げる。

　当時のイスラーム世界の盟主であったマムルーク朝のスルタン・アル・アシェラフ・カンスーワ・アル・ガウリー（在位1501-16）は､ポルトガル人の軍事行動に悩まされるイスラーム教徒商人の訴えを受けて、「1504年にローマ教皇ユリウス3世に対し、スペインがグラナダ王国のイスラム教徒を強制的にキリスト教徒に改宗させたこと、ポルトガルがイスラム教徒商人に対して悪事をはたらいたことを非難し、その報復として聖地エルサレムの神殿、シナイ山の修道院などを破壊し、キリスト教徒の通行を禁止し、また領内に住むキリスト教徒をイスラムに改宗させる」という抗議の書簡を送っている（生田滋著『ヴァスコ・ダ・ガマ〈大航海者の世界�U〉』､p.171､原書房､1992）｡
　また､このスルタン・ガウリーは､グジャラート王国のジュナーガルの総督と協力して､1508-9年ディヴ海戦でポルトガル勢力を駆逐しようとする。
　「16世紀初め、ポルトガルが紅海・インド洋の制海権を握ると、エジプトを経由する地中海貿易のうまみは急速に失われていった。胡椒1ｷﾝﾀｰﾙ（45ｷﾛｸﾞﾗﾑ､[50ｷﾛｸﾞﾗﾑ?]）当たりの値段が、アレクサンドリアでは80ﾃﾞｨｰﾅｰﾙであったのに対して、喜望峰経由で輸入するリスボンでは20-40ﾃﾞｨｰﾅｰﾙで取引されるようになった」。
　こうして、「マムルーク朝とイタリア商人は、ともに苦しい立場に追い込まれた。地中海をとりまく情勢は、急速に変わりつつあった」が、彼らの紅海経由による香辛料交易の破綻を逆なでするかのように、「ポルトガル国王は、ヴェネツィアの商人に対して、アレクサンドリアでの取引をやめ、リスボンで胡椒を購入してはどうかと提案した」とさえいわれる（以上、佐藤前同、p.342）。
　オスマン･トルコは､マムルーク朝に代わって､イスラーム世界を再構築することとなる。1299年、この王朝はアナトリアにおいてトルコ系の戦士集団によって建設され、1922年までイスラーム帝国として存続する。オスマン帝国はビザンティン帝国を圧迫し、自国の領域を拡大してきたが、1402年のアンカラの戦いでティムールにやぶれ、一時滅亡の危機にみまわれる。しかし、1453年、メフメト2世(在位1444-46、51-81)率いるオスマン軍がコンスタンティノープルを占領、遂にビザンティン帝国を滅ぼすに至る。
　オスマン帝国のセリム1世(在位1512-20)は、1501年イランに建国されたサファヴィー朝（-1736）と争っていた。それに掣肘しようとしたマムルーク朝軍とのあいだで戦闘となり、マムルーク朝のアレッポ総督の裏切りにより、1517年にはカイロ入城を果たす。これにより、270年に及んだマムルーク朝は終焉する。その後、オスマン朝はメッカ、メディナの管理権を掌握したことによって、イスラーム教徒の保護者としての地位を確立し、イスラーム世界を代表する国家となる。
▼北インド､デリー・サルタナット王朝とグジャラート王国▼
　イスラーム教徒の北インドへ進出は、11世紀になってから本格的となる。アフガニスタンにいたトルコ人の侵入が起こり、1206年ゴール朝の武将アイバクが奴隷王朝（-1290）を築く。その以後、16世紀初めまで約300年にわたって、北インドのデリーを中心に、5つのイスラーム王朝が興亡する。それはデリー・サルタナット（スルタン）時代と呼ばれる。
　北インドへのモンゴル軍の侵入は、13世紀初めの奴隷王朝時代から始まり、同世紀末のハルジー朝時代に激しくなり、14世紀初めまで続くが、デリー・サルタナットの王朝は何とか生き延びる。そのうち、14世紀のハルジー朝（1290-1320）やトゥグルク朝（1320-1414）は一時的とはいえ、デカンさらに南インドまで勢力を拡大するなど､強力であった。このイスラーム教徒の王は､伝統的な統治機構を踏襲し、ヒンドゥー教徒のラージプートという戦士集団を利用した。
　1333-42年、イブン・バットゥータが法官として仕えたスルタンは、トゥグルク朝第2代スルタン・ムハンマド・ビン・トゥグルク(在位1325-51)であった。彼は、後世「天才かそれとも狂人か」あるいは「不運な理想家か血に飢えた暴君か」といわれている。イブン・バットゥータは、この王について、王朝成立からインド統治、政治事件などについて詳しく書き残しており、自らも苛酷な処罰を受けそうになる（家島彦一訳注『大旅行記』第５卷、平凡社東洋文庫、2000、参照）。
　1323年、彼は「カーカティーヤ朝を滅ぼし、さらに南進して半島南端部パーンディヤ朝の都マドゥライを征服し、マーバルとして知られるこの地方にムスリム支配の拠点を築く。こうしてトゥグルク朝の支配は、カシュミール、ラージャスターン、オリッサおよびマラバール海岸など､一部の地域を除く、ほぼインド全域に及ぶこととなった。しかし、この広大な国家を統治してゆくのは至難の業で、いきおい各地の地方総督がもつ権限は大きくなり、そのため彼らの動向は厳しく監視され、些細な違反でも厳しい処罰がなされた」（佐藤正常、中里成章、水島司著『世界の歴史14 ムガル帝国から英領インド』、p.65、中央公論社、1998、以下、たとえば佐藤稿とする）。
　1398年末、ティムールが侵入してきて、デリー軍を一蹴し、トゥグルク朝を滅亡させる。そのもとで、ティムールの代理人がサイイド朝（1414-51）を成立させる。その後、トルコ系ではなくアフガン系によってデリー・サルタナット最後のロディー朝(1451-1526)が築かれるが、デリーを中心とした地方政権にとどまった。他方、それ以外の各地には、15世紀初め旧トゥグルク朝の総督たちがスルタンを名乗って地方王朝を独立し、またラージプートの小国が群生するようになる。
　スルタン・ムハンマド・トゥグルクが派遣していたザファール・ハーンはスルタン・ムザッファル・シャーと称して自立し､1407年にグジャラート王国（-1573）を樹立する。この王国は､マフムード・シャー（在位1458-1511）の時代に最大版図となるが､ポルトガルの進出を受ける｡
　その後､グジャラート王国の歴代国王はポルトガルの進出に直面することになるが､積極的に対応しようとはしない｡そのなかにあって、バハドゥル・シャー（在位1526-37）は､後述するように､ポルトガルに対抗するオスマン帝国に支援を求めたり､ムガル帝国に対抗するためポルトガルと同盟を結んだりする。この王国は建国以来､政争が絶えることがなく､その末期は騒乱となる｡それを終始しようとして､ある実力者がムガル帝国に介入を要請する｡その第3代皇帝アクバル（在位1556-1605）はグジャラードに侵入し、1573年これを一州として併合する。
▼インド洋交易におけるグジャラートの位置づけ▼

トメ・ピレス(1468?-40?)は、グジャラートの主要港であるカンベイ（カンバーヤに同じ）に住んでいる「グザラテ人［グジャラート人］と居留民とは､多くの船をあらゆる地域に航海させている｡すなわちアデン､オルムズ､ダケン王国､ゴア､バティカラ､マラバル全土､セイラン､ベンガラ､ペグー､シアン､ぺディル､パセー､マラカに向けてであって､そこに多くの商品を運んで行って､他の〔商品を〕持ち帰る｡したがって､かれらはカンバヤ［カンベイに同じ］を豊かに､また立派なものにしている｡特に､カンバヤは2本の腕をのばし､右手でアデンを握り､一方の手でマラカを握っている」としている（トメ・ピレス著、生田滋他訳注『東方諸国記』（大航海時代叢書５）、p.114､岩波書店、1966）｡ 　16世紀初頭､インド洋ではヨーロッパ向けの交易と域内での交易とがあったが､その主な担
	カンベイ フランス国立図書館蔵、月村 辰雄/久保田 勝一訳『マルコ・ポーロ東方見聞録―『驚異の書』fr.2810写本』、  foi86v、p.175、15世紀、 2002、岩波書店

い手はどちらにおいてもグジャラートを根拠地とした商人たちであった｡16世紀はじめ､グジャラートにはカンベイをはじめ､ディウ､スラト､ランデルという大きな港があった｡しかし､カンベイは土砂が堆積した結果､ディウに外洋船が入るようになる｡スラトは16世紀になり大きくなるが､ランデルは1530年ポルトガルに破壊される｡
　M・N・ピアスン氏は､当時のインド洋における海上交易ルートや交易品について､次のようにまとめている｡「イタリア、ギリシャおよびダマスカスからの品物や貨幣は､カイロやジッダの商人の手によって紅海を運ばれ、アデンにもたらされた。これらの品物は､アデンでその周辺地域の船がはこんで来た品物、あるいはグジャラート船が運んで来た品物と交易されるか、さもなければヨーロッパと西アジアから来たこれらの品物はともにアラブ船でさらにグジャラートに運ばれた。
　これらの船の積荷には金銀、水銀、辰砂、銅、バラ水、毛織物および紋織絹が含まれ、カンベイ湾にあるいくつかの大きな港でこの地方に産出する品物、とくに綿織物や輸入品―とりわけマラッカからもたらされる香料と交易された｡
　グジャラートとマラッカとの間の貿易はほとんどすべてグジャラート船によって行なわれていた。ヨーロッパやグジャラートの産物は､東南アジアの貿易中心地であるマラッカに輸入され、中国産の品物―とくに絹織物と陶磁器、ペグー産のルビーとラック〔かいがら虫からとる赤色の染料〕、ベンガルとコロマンデル産の織物、モルッカ諸島とバンダ諸島の丁子、肉豆蒄、豆蒄花と交易された」という（同著､生田滋訳『ポルトガルとインド』､p.17-8､岩波書店、1984）。
　そして､カンベイは広大で強力なグジャラート王国に属していた｡それに対して、「アデン、ホルムズ、カリカットおよびマラッカは名目的にはもっと強力な内陸の国家に服属してはいたが、実際上は小さな独立国であった」（ピアスン前同、p.27-8）。グジャラートは､それら港市の「海外貿易とは異なり、グジャラート自体の産物に基礎を置いていた」とする（ピアスン前同、p.38）｡グジャラート王国は､積み荷に関税をかけていたが､それは歳入のわずか6ﾊﾟｰｾﾝﾄを占めるにとどまった｡
　グジャラートを拠点とする商人は､地元のイスラー教徒の他､ヒンドゥーやジャイナ教徒の商人（かれらはバニアと総称された）を中心にして､居留あるいは来訪しているアラビア、イラン、トルコからきたイスラー教徒の商人やアルメニア商人などが入り混じって､交易活動を行っていた｡そのなかでもイスラー教徒の商人が海上交易について大きな地位を占めていた｡かれらは､グジャラートではボーラやホージャ､またマラバール海岸ではマーピラという商人集団を築いていた｡ただ､16世紀後半から､ポルトガルとの対応のなかで､ジャイナ教徒が次第にイスラーム教徒の商人の基盤を奪うようになる｡
　インドの西海岸における主要な海上交易勢力のなかにあって、北にあるグジャラートは広大な後背地を持っており､綿織物､絹織物､藍といった特産品のほか､様々な香辛料も生産しており､しかも多様な商品が輸出入する港であったため､多数の海上交易人や船員､そして交易船が集積していた｡それに対して､南にあるマラバール海岸には多数の港市が散在しているが､そのなかで有力なカリカットは､確かに胡椒の有力な産出･積出港ではあったが、アフリカ東海岸やアラビア半島と東方アジアを結ぶ中継港としての性格が強かった｡
　イスラーム教国のグジャラート王国は､すでにみたように南インドのヴィジャヤナガル王国とは対照的に､グジャラートの商人の交易権を維持するため､イスラーム世界の盟主と協力してポルトガルの進出に反撃を加えていた｡マラッカにおいては､そこに居留していたグジャラート人商人たちはポルトガルのマラッカに攻略に抵抗している｡しかし､ポルトガルを撤退させることができず､スラト､ダマン､バセイン､ティヴなどに要塞や商館が次々と建設される｡それらによってカンベイは包囲されることとなった｡
▼南インドの王国､ヴィジャヤナガルとバフマニー▼

南インドの南東部では、9-13世紀、タミル人の王朝であるチョーラ朝が長期の政権を築き、10-11世紀最盛期をむかえて、南インド、デカン地方、そしてスリランカを支配し、さらに北インドのガンガー流域や東南アジアにまで軍事遠征するまでになる。そして、東南アジアと盛んに交易活動を行う。しかし、12世紀後半になると地方領主が台頭し、13世紀後半マドゥライに再興されたパーンディヤ朝（-1323）の侵攻を受けて滅ぶ。 　このチョーラ朝の最盛期、ラージャラージャ1世（在位985-1016）は「中国（宋）に使節を派遣し、その使節は出発以来1150日もかけて､1015年に中国に到着している」。この前後には、シュリーヴィジャヤ王国やマレー半島のケダの王の使いがチョーラを訪れ、カンボジアの王が援助を求めてきたりする。「マラバールの征服やスリランカへの遠征も、インド洋でのこうした活発な海外交易の展開の中での、ラー
	14世紀後半頃の ヴィジャヤナガル朝とバフマニー朝

ジャラージャによる軍事行動だったのである。この海外への覇権拡大の夢は、息子のラージェーンドラ1世によってそのまま引き継がれ……1026年ころにマレー半島まで遠征している」（水島稿、p.440）。
　南インドにおいては、14世紀になるとすでにみたように北インドのイスラーム王朝の軍隊が進入し、旧来のヒンドゥー諸国を倒す。しかし、1334年トゥグルク朝マドゥライの総督が反乱、独立すると、これにデカン地方のヒンドゥーの人びとは勇気づけられ、1336年ヒンドゥー王国ヴィジャヤナガルが建国される。この王国はインド南部を支配して、16世紀前半最盛期となり、17世紀半ばまで続く。
　ヴィジャヤナガル王国は、騎馬兵を主体とした強力な軍事力を持った国家として知られている｡「15世紀前半のデーヴァラーヤ2世[在位1422-46]は、アラビアからの軍馬の主要な輸入先である西海岸のケーララの港市に勢力をのばしてそのルートを押さえ、さらにクリシュナー河河口まで進出して南インド全体に覇権を確立した」（水島稿、p.445）。この軍馬はアラブやペルシア供給されたが､それを扱ったのはマーピラと呼ばれたイスラーム商人たちであった｡
　この王国の北には､イスラーム教国のバフマニー王国（1347-1527）と隣接しており、肥沃で､ゴアなどの港市のあるコンカン地方の争奪を含め､長い期間にわたって抗争を続けてきた｡このバフマニー王国には､フィーローズ・シャー・バフマニー（在位1397-1422）という優れた王がいて、その国の重要な港であるチャウルやダボルに多くの注意を払っていたという。「それらの港にはペルシア湾や紅海から貿易船がはいり、世界のあらゆるところから贅沢品が運び込まれた」（サティーシュ・チャンドラ著、小名康之・長島弘訳『中世インドの歴史』、p.146､山川出版社、1999）。
　この王国は、マフムード・ガーワーン（1482年没）の宰相時代、その勢力が頂点に達する。彼はイランの生まれで、はじめは貿易商であったが､バフマニー王国のスルタン・アラーウッディーン・アフマド（在位1436-58）に招かれ、「商人の長（マリク・トゥッジャール）」の称号を与えられる。彼は宰相として､約20年間国政を支配し､領域を拡大する。その「おもな軍事的成功はダボルやゴアを含めた西部海岸地域の征服であった。ヴィジャヤナガルにとって､これらの港を失ったことは、大きな痛手となった。バフマニー王国がゴアとダボルを支配したことによって、イラン、イラクなどとの海外貿易が、一層、拡大していった。バフマニー王国内部の商業流通や手工業もまた発展した」（チャンドラ前同、p.149）。
　ヴィジャヤナガルの王国は、サンガマ朝（1336-1484）、サールヴァ朝（1486-1505）、トゥルヴァ朝（1505-1570）と代わる｡それらは､いずれも簒奪による代替わりであったが､トゥルヴァ朝のクリシュナ・デーヴァラーヤ王（在位1509-29）の時代、最盛期を迎える。それに対して、ライヴァルであるバフマニー王国は1481年王の暗殺により急速に衰退し、16世紀初めにかけて5王国（アフマ

ドナガル、ベラール、ビージャプル、ビーダル、ゴールコンダ）に分裂する。 　クリシュナ･デーヴァラーヤ王は、バフマニー王国から独立したビージャプル王国を制圧し、オリッサ王を破り、「北はクリシュナー河から南はコモリン岬に至る南インド全土を支配した。王は、砦の長としてバラモンを配し、ポルトガル人とムスリムの傭兵の砲兵でそれを固め、またポリガールと呼ばれる多数の小軍事領主たちを配下に置いた」という（水島稿、p.446）。 　最盛期は長く続かず、最後の王朝となるアーラヴィードゥ朝（1570-1649）は「各地の地方勢力の反抗やイスラーム諸王国との抗争により、かつての栄光を取り戻すべくもなく、南インド各地を逃げまどい、17世紀半ばには実質的に滅亡することになった」とされる（水島稿、p.447）。
	インド東岸・オリッサの浮き彫り

▼南インドの商人ギルド､五百人組▼
　インドの商人の史料は極めて乏しい｡そのなかにあって､辛島昇氏は9世紀-15世紀､南インドに商人ギルドがあったとする｡
　ケララ地方あるいはチェーラ朝の港では､タミル商人を中心とした南インド商人は､マニグラーマム（商人の村）､アイニューツトゥルヴァル（五百人組）といった商人ギルドを組織していた｡また､アンジュヴァンナムという､外国人(シリア系キリスト教徒やユダヤ人､時代が下ると､アラブのイスラム教徒)の商人組織もあった｡かれらのインドでの活動範囲は、前者がケララとタミル・ナードゥ、後者はカルナータカ、ケララ、タミル・ナードゥ、アーンドラ・プラデーシュであった｡また､海外ではスリランカ､ミャンマー、タイ（マレー半島）、インドネシア（スマトラ）に広がっていた｡
　ケララの地方領主が､マニグラーマムに与える特権は関税の減免が主であったが、彼らの居住地で起きた事件を処理する権利も与えていた｡五百人組は、個々の商人その他のグループを抱え込んだ､大きな連合組織あるいはネットワークであるという｡彼らの碑文に記されている事業としては､護衛兵士たちの顕彰や特権の付与､そして自分たちの収益の一部を寺院に寄進することにあった。なお､12世紀以降､商人の村は五百人組の一部となる｡
　彼らが扱った商品は、12世紀ユダヤ商人が記録したカイロ・ゲニザ文書によれば、鉄、カルダモン、胡椒、アリカナッツ、生姜、クベバ（ジャワ胡椒）、椰子の繊維、アロエなどであったという｡また､かれらの13世紀の碑文によれば､塩、米、豆、菜種、アリカナッツ、胡椒、ウコン、生姜、玉ネギ、辛子、ウイキョウ、ミロバラン（沒食子）、鉄、綿、綿糸、綿布、蝋、蜂蜜、ゴマ、白檀、アロエ、絹、薔薇水、ヤクの尾、麝香、馬、象などとなっている。また、12世紀の碑文では、国王にもたらす重要な商品として、象と馬があげられている(以上､辛島昇編著『世界各国史7南アジア史』､p.178-84､山川出版社､2004)。
　なお､五百人組は商人ギルドとされているが､イスラームの交易都市において地域統治の必要から設置させられていた､同業組合ではないかとみられる｡
▼ガマのインド航路発見あるいは開拓▼
　1497年7月8日、ヴァスコ・ダ・ガマ率いる旗艦サン･ガブリエル号はじめ､100-120ﾄﾝのカラベル3隻､補給船1隻､そして兄のパウロや1488年に喜望峰を発見したバルトロメウ･ディアス(?-1500)の弟ディオゴを含む乗組員170人あるいは148人の船隊は、リスボンを出帆した｡同年11月末には喜望峰の南端を回ってインド洋に入り､モザンビク海岸沿いに北上して、キルワ、マフィアとモンバサの島々を経由して、翌年4月13日マリンディの沖に錨を下ろす。そこから、南西モンスーンに乗ってインド洋を横断、1498年5月20日カリカットに近いカーバドゥの海岸に到着する。

　このヨーロッパ人にとってのインド航路の発見あるいは開拓が、東アフリカの港市マリンディで雇った水先案内人の案内によって達成されたことは、同時代の史料が等しく認めているところである。しかし、その水先案内人がどこの、誰であったかについては諸説があって、いまだに意見の一致をみていない。
　この水先案内人はいまなお概説書ではイブン・マージド（1421-?）とされる。彼は、「15世紀半ばから後半にペルシャ湾、アラビア海、紅海、インド洋、南シナ海の全域にわたって活躍した最も傑出した航海者であった。彼は、特定の航海者とその家系のみに口伝で伝えられていた航海のための伝承記録、方位指針、天文術、測地法などの記録を書きとどめ、彼の著書は現在、22種類以上が知られている。彼の父と叔父もまた著名なムアッリム（水先案内人）であった」という（家島文明、p.277-8）。
　その著書『海洋の知識に関する3つの精華』において、喜望峰を「インド洋の入り口」と呼び、ポルトガル人がインド洋に進出して、東アフリカ海岸で数々略奪した後、インドに向かい、帰路はザンジュを経て、同じ道を戻ったことなどを書き留めているが、自らがガマの一行をインドに案内したと言及していないという。こうした著名博識の航海者が､都合よく､マリンディに滞在していたことはおよそありえない。
　家島彦一氏は、ポルトガル側史料がインド・グジャラート出身のマレモ・カナカと呼ばれるモーロ人（ムスリムあるいはイスラーム教徒）と伝えているように、また当時のインドの状況からみて、「マラバール系のムスリム商人、船乗りではなく……グジャラート系の人ではなかったかと推測される。マリンディの王侯は、マリンディとグジャラートの商敵である［マラバール海岸の］カリカットに、この新しい厄介者を送りとどけることで、彼らの商権を保守しようと考えた」と､まことにうがった結論を示す（家島文明、p.290）。

ガマの一行は喜望峰を回るとすぐに正体を現す。『キルワ王国年代記』には、「イフランジュの人びと（ポルトガル人）が3隻の船団を率いてあらわれた［という報告があり］……マンファサ［モンバサ］の首長は、当初、彼らが善良にして律義な人びとであると理解していたために、彼らの来航を喜んでいた。しかし、彼らのことをよく知る者たちは、彼らが悪辣な奴であり、その来航の目的は国をスパイ行為によって偵察し、やがては戦いを挑もうとしている」とみていた。 　ガマらは、モンバサの人びとがポルトガル船を捕獲しようと計画していることを察して、マリンディに向う。「彼ら〔の来航〕が、やがては破壊と不道徳な事態をもたらすことを十分に察知していた。しかし、それにもかかわらず、住民たちはただただ驚愕し震えあがるばかりで、遂には要求されたとおりの飲料水、薪木と食料などすべてを与えてしまった。そのうえ、ポルトガル人たちはインドに向かい、ふたたび故国に戻るまでの航海を先導する案内人（ダリール）を要求した。彼らにアッラーの呪いあれ」と書かれているという（以上、家島文明、p.276-7）。 　マリンディの王がそうした便宜を図ったのは、弱小港市が「キルワ王国の勢力に対する劣勢な立場と対抗の意識を端的に物語っている」とされる｡他方、

ヴァスコ・ダ・ガマの1497年の船団 リズアルテ・デ・アブレウの書の挿絵　1565年頃

「ガマは、東アフリカ海岸の諸港市で活躍するインド出身のキリスト教系の商人たちに対して、キリスト教徒の同胞として親しく接近をはかった……ムスリム商人たちが深くかかわるインド洋交易を破壊しようとする意図をもっていた」という（家島文明、p.285）｡
　このように､すでに1000年余にわたって、インドと日常的に交易してきた東アフリカ海岸には、インド交易とそれに至る航路を熟知する商人や航海者はイスラーム教徒ばかりでなく､キリスト教徒もまた多数いた。そのもとで、ガマたちはインドの様々な情報を容易に入手し、水先案内人を簡単に雇用できたとみられる。
▼ポルトガル王室､インド洋遠征に乗り出す▼
　ガマのインド航路の発見あるいは開拓は、ポルトガルが1415年モロッコのセウタ征服以後、喜望峰を回ってインド洋に入ることに努力を積み重ねてきたことによる､当然の成果だったといえる。しかし､インド洋で活躍していたイスラーム教徒が持つ情報を集めたとはいえ､大西洋とは違ってインド洋に入った後は､成り行きであったであろう｡それが､コロンブスとは違って､一発の航海で成功したのは､神が与えた僥倖以外のなにものでもない｡
　ポルトガルは､ガマ以前にインド洋交易の情報を､積極的に収集していた｡ジョアン2世（在位1481-95)は､プレステ・ジョアン（エティオピアにいるというネトリウス派キリスト教徒の王）を陸路探索させるため､1487年ペロ・デ・コヴィリャンとアフォンソ・デ・パイヴァを派遣する｡彼らは､アレクサンドリアに入り､カイロからアデンに進む｡コヴィリャンは､アデンからイスラーム教徒の巡礼船に乗ってインド東海岸のカナノールに行き､そこから南下してカリカット､そして北上してゴアまで行き､インド洋交易の盛況を目のあたりする｡そして､ホルムズからアフリカ東海岸に移って､ソファラまでを南下する｡コヴィリャンの探検旅行については、ナイジェル・クリフ著、山村宜子訳『ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」−宗教対立の潮目を変えた大航海』、118-132ﾍﾟｰｼﾞ白水社、2013に詳しい。
　当時､「マラバール海岸には、ヒンドゥーあるいはムスリムの統治者の下で西方貿易に依存している小さな侯国が点在していた。そのなかでは、ケーララのかつてのペルマール王朝の後裔と称する、カリカットのザモリン家が最も強力であった。その力は、主としてカリカットが西アジアと東アジア―イエーメン、ペルシア、マルディーヴ諸島、セイロン、ジャワ、そして中国―からの貿易を引きつけていた、という事実に依存していた。しかし、ポルトガル人の渡来は、これらの侯国間の関係に変化をもたらすことになった」（ターパル前同、p.166）。
　ガマたちは､ザモリン（海の王）と呼ばれたカリカットの王から､屈辱的な扱いをうける｡富裕で勢力のある王の使節といいながら､贈り物が貧弱だったからである｡彼らは海賊ではないかと疑われる｡香料を購入しようとするが失敗する｡それと交換する商品をほとんど持ち込んでいなかったからである｡ただ､乗組員は全員､私物を香料と交換したという｡なお､マリンディの王から多様な香料を贈られている｡
　ガマたちの交易状況からみると､そのインド遠征の形式はさておき､すでにみたような情報にもとづいて綿密に企画されていたようにはみえず、彼らが喜望峰をたまたまうまく廻り込み､北上することができたことから､インドに行き着いたにすぎないとみられる｡なお､ガマたちの航海に関する史料がきわめて少ないのは､そうした事情を反映しているといえる｡
　ガマたちは出国税を要求されるが､それを踏み倒し､19人の人質をとって逃げる｡往路､モサンビクですでに発砲していたが､ここでもそれ追跡してきた小舟約70隻にボンバルダ砲を見舞っている｡彼らは復路､往路の317日を上回る400日ほどかかって､1499年9月帰国する｡それはともかく､ガマたちの帰国を受けて､ポルトガルはただちに更なる派遣を決め､そのわずか5か月後に大小13隻(新造の王室船11隻､ポルトガル貴族の船､ジェノヴァ商人の船､各1隻)に､1200人あるいは1500人を乗せた艦隊が編成される｡
　その艦隊を､1500年3月9日､ペドロ・アルヴァレス・カブラル（1467?-1520）が率いて､リスボンを出航する｡彼らがとった進路のおかげで､ブラジルを偶然「発見」する｡これにより、カブラルは一つの航海で、４つの大陸を経めぐったことになる。彼は、航海面で大きな功績にもかかわず、,栄誉を与えられなかった。
　喜望峰近くで暴風雨に見舞われ､残った6隻でもって､同年9月11日にカリカット沖に到着する｡このたびも､イスラーム商人と衝突して交戦状態になり､2日間町を砲撃することとなる｡その後､カブラルらはカリカットと対立しているコーチンに向かい､その地の王と友好条約を結び､香料の入手に成功する｡
　カブラルたちは1501年7月に帰着するが、それを待たずにジョアン・ダ・ノヴァ（1460-1509）が率いる4隻の艦隊が、1501年３月インドに送り出されている。
　これら偵察遠征の後､ポルトガル王室はインド洋の征服に本格的に乗り出す｡1502年2月再び､終身インド艦隊総司令官（名誉職）となったヴァスコ・ダ・ガマに､20隻という大艦隊が預けられる｡この2回目の艦隊はダ・ガマの一族郎党で編成されていた。それ以外に、イタリアやドイツ、フランスなど多数の国々の商人や船員が乗り組んでいた。その任務は探検ではなく､海上交易を支配するために、インド洋に艦隊を常駐させ､また商館（フェイトリア）や要塞を建設することにあった｡彼らは、インド交易からイスラーム教徒を追い払うべく、彼らの船を奪略し、彼らを受け入れているインドの都市を攻撃した。
　なお､ポルトガルは1511年になってカリカットにようやく要塞を建設するが､1525年にはそれを放棄してしまう｡
　生田滋氏は､この新しい任務こそが「ポルトガル、ひいてはヨーロッパ諸国のアジア進出の出発点になったということができる。なぜならば、これによってポルトガルは軍事力による海上貿易の支配という、これまでインド洋世界にはなかった新しい行動様式を同地域にもちこむきっかけをつくったからである。そして､この行動様式こそ、ヨーロッパ諸国がアジアにおける植民地支配を行なうにあたってまずとった手段だからである」とみなす（生田前同、p.143）。
　カブラルは100ﾄﾝの胡椒と30ﾄﾝのシナモンを持ち帰っていたが、２回目のガマは胡椒など実に1780トンも積み込んでいた。それ以後大艦隊が矢継ぎ早にインド洋に派遣される｡1501年から1505年までに艦船81隻､参加人員約7000人に及んだ。
　ヴァスコ・ダ・ガマはヴィディゲイラ伯爵に叙せられていたが、この度はインド艦隊司令官としてばかりでなく、インド副王として早くも腐敗と堕落をみせつつあったインドとの交易と植民地を統制するため、14隻の艦隊と3000人の男と数人の女を引き連れて、1524年4月3回目の航海に出るが､同年末客死する｡
　なお、ナイジェル・クリフ著、山村宜子訳『ヴァスコ・ダ・ガマの「聖戦」−宗教対立の潮目を変えた大航海』、白水社、2013　は、彼の航海をなぞった歴史ノンフィクションの大著である。

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