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【海運経済-1-】【海運経済-2-】【海運経済-3-】
【船員雇用-1-】【船員雇用-2-】
【労使関係-1-】【労使関係-2-】【労使関係-3-】
【労働技術】
【船員史】
【港湾、その他】

【海運経済-1-】

『海運概説』(共著)
海文堂出版
1979年4月
 船員労働の社会的側面を研究して行く場合、それを規定する海運資本の運動の研究が不
可欠である。いままでの海運経済研究は、海運資本の経営的な構造により注目したものが多
く、その経済的な構造を分析し、船員労働の研究に寄与したものは少なかった。そこで、類書
にない観点と構成でもって、海運経済を概説した。全体の編別のうち、次の項目を分担した。
交通の概念
日本外航海運と船員の歴史
日本経済の「高度成長」と輸送需要
海運用役の生産と船腹の集積・集中
海運企業の高蓄積と海外進出
外航海運政策とその性格
今後の展望

帆船・機帆船海運業の生成とその存立
『機帆船海運の研究−その歴史と構造−』(共著)
(文部省科学研究費刊行助成図書)所収) 
多賀出版
1984年3月
 1977−78、81−82年度にかけて、文部省科学研究費補助金を受けて調査研究を続けて来
た成果を、1985年度同刊行助成を受けてまとめた研究書の総論である。
 全体としては、明治期の日本資本主義の成立から大正期の独占資本主義の確立までの、内
航海運における小零細経営としての帆船・扱帆船船主の生成とその存立の条件について概括
した。
 第1章は、その期間において支配的な船舶が、日本形帆船から合の子船、簡略西洋形帆
船、そして機帆船へと発達した経過を跡づけ、それが交通部門間や海運部門内の経済競争
の結果としての和洋折衷で簡略型の船舶近代化であったことを明らかにした。
 第2章は、江戸後期からの伝統的な大型廻船船主が、明治中期までの汽船と鉄道の発達の
もとではげしく階層分解をとげ、その一方で瀬戸内海地方の小零細船主が石炭輸送の増大の
もとで多数輩出され、主要な船腹供給者となって行くという、内航海運の近代化の跛行性につ
いてのべた。
 第3章は、その輸送需要が地場産業以外に石炭産業が追加されたことで、小零細船主は成
長するが、第1次世界大戦後の経済不況と重化学工業化のもとでその船腹供給はますます荷
主従属的となり、生産力の窮迫的な向上が要求され、帆船が機帆船へと転換して行く過程を
取り上げた。
 第4章は、小零細船主の持つ船腹が下方弾力的な価格でもって供給されうる社会経済的な
地域域条件と、その主要な需要者である石炭流通が少数の商業・石炭資本に支配されなが
ら、その最終消費者が小口分散的であったため、生産性の低い帆船・機帆船が維持された需
給条件について触れた。
 第5章は、帆船・機帆船船主は家内工業的でありながら汽船と同種の海運用役を生産してい
るが、その販売を回漕店に依存せねばならず、それを介在させることで原子的供給者として、
荷主資本の従属的な下請輸送の地位に押し込められてきたことを明らかにした。

『現代の海運』(編著)
税務経理協会
1985年5月
 世界海運における海上荷動きの減少と船腹量の伸びの停滞、太平洋海運同盟の弱体化、
UNCTADにおける便宜置籍船の規制の動き、日本海運における仕組船の増大とその反面に
おける経営危機、船員制度の近代化、海運政策の実効性への疑問などといった激動する海
運経済の状況について、概説した書物である。そのうち、編者の立場を示した次の項目を分
担した。
海運論概説
世界と日本の海運の歴史
日本海運の海外進出とその矛盾

交通用役の生産とその要素
『現代海運論』(雨宮洋司共編著)所収
税務経理協会
1991年4月
 第1に、海運用役とその生産にはどのような特殊性があるか、それを生産する技術体系はど
うなっているかを整理した。第2に、海運資本の生産目的はどこにおかれているか、その生産
を通じて果している経済的な役割と、それをめぐる資本蓄積について説明した。第3に、資本主
義経済の発達のもとで、海上輸送需要がどのように発生し、変化するかについて概説した。
海運企業の形態と産業支配
同上書誌
 第1に、海運企業の実態と海運取引の当事者を整理した後、海運企業の構成が経営の国際
化のなかで、どのように変化したかを示した。第2に、海運企業の運航船腹と輸送量、そして貿
易業者の輸送需要が、特定の大企業にどのように集中しているかを明らかにした。第3に、海
上輸送は荷主従属化の輸送となっているが、そのもとで大手海運企業はどのような資本蓄積
の方法を採用しているかを示した。
現代海運の展望と課題
同上書誌
 この論文は、便宜置籍船は「アメリカが産みの親、日本が育ての親」となって、あたかも「ヒト
デ」のように蔓延って、日本外航海運業もそれにのめり込み、脱日本船・脱日本船人船員経営
に狂奔している状況のもとで書かれた。その展望には、2つのシナリオがあるとして、その相克
となるとしてきた。
 第1のシナリオとしては、1980年代、世界の先進国に蔓延した便宜置籍船経営が持つ非民主
的な性格から行き詰まりをみせ、不公正、不正義をさらけ出すしかなくなり、破綻を待つだけに
なっている。第2に、それに代わるシナリオとして、「海運の平等・互恵の原則」にもとづき、すべ
ての海運国が協調しあって成長発展し、世界の船員の雇用安定と船舶の安全を確立しうる新
国際海運秩序があることを示す。
 現在、 前世紀末期、世界を席巻した新自由主義・市場原理主義のもとで、いままでの国際
運輸労連(ITF)のボイコット運動や国連貿易開発会議の規制条約制定運動は交代を余儀なく
され、揺るぎそうにもない経営形態となっているかに見える。
 しかし、便宜置籍船が持っている問題点は、一向に改善されることはなく、その解決はいまだ
道は遠しという感がある。便宜置籍船の衝突、乗揚げ、油汚染、火災の多さはもよりとして、最
近においては殺人など不祥事件が発生し、またアメリカの戦争に協力する有事体制にあたっ
て、便宜置籍船が役に立ちそうにないという。
 便宜置籍船規制は、海運各国を基礎にし、かつグローバルな、海運産業を含む全社会経済
領域における壮大な民主化運動しかない。

【海運経済-2-】
海運産業・船員労働の史的展開−船舶運航技術を中心として−
(文部省科学研究費補助金報告)
東京商船大学研究報告13
1963年4月

経営分析・大阪商船三井船舶株式会社(上、下)(共筆)
経済103,104
1972年11月

戦後日本の海運政策の段階と性格
海運経済研究8
1974年11月
 戦後日本の海運政策の段階を、第1期(1949〜56)、第2期(1957〜63)、第3期(1964〜74)
と区分し、それぞれの理念、施策について性格づけをあたえた。戦後海運政策は、「高度成
長」維持のための有効需要創出政策、荷主企業に安価にして大量の輸送用役を提供する政
策、海運大企業の資本集中を促進する政策の組合せとして展開されてきた。しかし、海運企
業の海外進出と、それをとりまく環境の変化のもとで、海運政策は転換をせまられているが、
それは海運大企業と荷主大企業の利害の調整という機構のなかであたえられるとした。

海運大企業の反社会性
経済139
1975年11月

戦後海運市況の規定要因
海運経済研究10
1976年1月
 戦後世界の海運市況は、戦後復興過程における朝鮮戦争とスエズ戦争の海運ブーム、「高
度成長」過程における市況の安定、世界経済の動揺過程における市況の高騰と低落という、5
つの時期を経過してきた。これらの段階的な海運市況について、その規定要因を分析してみ
た。

便宜置籍船とその分析について
交通学研究1978年年報
1978年11月
  この論文は、日本外航海運業において、便宜置籍船経営が定着しようとしていた時期に書
かれたものである。一言でいえば、便宜置籍船は「アメリカが産みの親、日本が育ての親」とし
て発達したことを明らかにした。
 まず、これまで便宜置籍船に関する文献についてレヴューし、その生成と発達、その実態や
性格などの分析について、貴重な貢献がみられた。しかし、次に、便宜置籍船の総体に接近
するには、便宜置籍船が伝統的な船腹保有とは異質で腐朽的な形態に着目し、また資本主義
世界経済の戦後構造に関連させ さらに日本経済のきわだって特異な「高度成長」との関連づ
けを分析する必要があることを強調し、12の論点を提起した。そのうち決定的な論点について
取り上げた。
 便宜置籍船の発達を促進した、原燃料輸送の大宗化と大量化、それらの基盤としての世界
経済の戦後構造について分析し、資本主義世界経済がアメリカの利益とその主導にもとづい
て再編成され、アメリカが支配資源を資本主義国に有利に販売するために、必要な船腹として
ビルト・インされたとした。
 次に、便宜置籍船の保有、供給関係、さらにそれらの契機について分析し、それがアメリカ
船の海外売却、外国移籍に始まり、アメリカやギリシャの海運企業が取り入れ、ついで日本の
造船所とその延払い融資を最大限に活用し、またアメリカの外国籍企業が蓄積したユーロ・ダ
ラーを取り入れることで、多数の海運国企業に一挙に拡大したとした。
 日本海運企業が便宜置籍船の用船から保有へと向かい、いまや新たな段階に入った状況
について分析し、日本経済のイソフレにともなう船員費の相対的な上昇−基本的には海員組
合の経済闘争の激化一が一つの契機となっていることは否定する必要はないが、円高・ドル
安によるドル経費志向、高蓄積による海外進出の可能性、それらを実現するアジア低賃金船
員の雇用による高利潤の追求が、基本的な契礫であったとした。
 最後に、便宜置籍船のが持つ広範な問題点を指摘するとともに、その規制についの総合的
な展望を提起した。

機帆船業の主要地域の実態調査(共筆)
(文部省科学研究費補助金報告)
東京商船大学研究報告30
1980年3月
 日本海運における零細企業である機帆船業は、戦前の1920年代から戦後の1950年代まで、
内航海運において重要な役割を触してきた。それに関する研究は、いくつか行をわれてきた
が、業者の側面からしかも地域性をふまえた研究は少なかった。そこで、伝統的を倉橋島、伯
方島、波方町を選び、実態調査を実施した。それらの地域は、それぞれ地域社会には特性が
あり、業者の生成や発展、用船関係、資金や労働力調達に特徴があった。それにもかかわら
ず、荷主大企業が編成した下請輸送機構のなかで、いわば限界供給力をして位置づけられ、
成長と衰退を規定される立場にある。この研究は、昭和52年度文部省科学研究費補助金事
業による。

【海運経済-3-】
外航海運
中西健一、広岡治哉編『3版・日本の交通問題』所収
ミネルヴァ書房
1980年6月
 低成長下の交通経済を構成する外航海運について、第1に1970年代の世界海運は市況乱
高下の後、荷動きの停滞が始まったが、1980年はそれが持続する他、1970年代に急増した先
進国の便宜置籍船が1980年代には途上国からの規制により廃絶を余儀なくされ、海運自由
の原則にかわる新国際経済秩序が打ち建てられようとしていること、第2に日本の外航海運は
1970年代世界最大の荷動きと海外進出によって高成長・高収益を上げたが、世界および日本
経済の低成長と資源輸送の停滞のもとで、1980年代は従来のような経営をつづけることは困
難になってきた。それにあたって、海運企業は海外進出と減量経営を組合せ、高収益基盤を
再編成したが、それは海運労使関係に矛盾を持ち込み、また新国際経済秩序とあいいれない
ものであり、1980年代はその間の調整が課題となっている状況について分析した。

地方小零細経営としての帆船・機帆船海運業の歴史と構造に関する調査研究(共筆)
(文部省科学研究費補助金報告)
東京商船大学研究報告33
1983年3月
 昭和56、57年度文部省科学研究費補助金総合研究A(課題番号56550018)にもとづく報告で
ある。研究成果の総括を執筆した。
 帆船・機帆船船主の居住地域である瀬戸内海諸県、さらに取引市場である北九州・阪神工
業地帯において、面接調査、資料調査、質問紙調査を実施して、帆船・機帆船の運航形態や
保有形態、回漕問屋との取引関係、運賃決定、経営採算、国家政策の影響等の資料を収集
し、主として機帆船の技術の発達と労働力編成の解明、日本経済の成長と機帆船の需給構
造、機帆船海運業の経営と地域船主の上向・衰退過程、機帆船船主と地域社会の依存関
係、機帆船海運業の発展・解体と機帆船に対する政策を、個別研究課題にして調査研究して
きた成果について、要約した。

船舶改善施設とその効果
広岡治哉編『近代日本交通史』所収
法政大学出版局
1987年5月
 1932年より37年にかけ、3次にわたり実施された船舶改善助成施設は、1930年代中頃の世
界恐慌のもとで、有力な海運企業に助成金を支給して中古船を解徹し、新造船を建造すること
で、船腹過剰に手当することを目的としていた。それが実施されたとき、すでに海運市況は回
復基調にあったので、海軍軍縮で減退した造船需要を喚起させ、また対米定期航路に優秀船
を供給し、さらに社外船企業の定航化を促進させるなど、むしろ別途の効果を上げることにな
った。それは、戦間期における景気浮揚策の一環として行われたことを指摘した。

便宜置籍船と新国際海運秩序秩序の相克
経済283
1987年11月

外航海運
−主として北米コンテナ輸送について−
広岡治哉、野村宏編『現代の物流』所収
成山堂書店
1994年8月
 1970年半ば以降、国際海運は構造変化をみせたが、そのなかにあって最も劇的であった日
本極東・北米間のコンテナ輸送をめぐる市場、経営、政策等の側面について総括した。その主
な内容は、次の通りである。日本極東・北米間のコンテナ輸送需要はアジアNIEsの工業化のも
とで飛躍的に増大したが、同盟船相互、同盟船と非同盟船のあいだにおいて、破滅的競争が
展開された。それをさらに促進したのが、アメリカの規制緩和政策である1984年新海運法と国
際複合一貫輸送の進展であった。それに沿って、アメリカ関係の海運同盟は崩壊し、国内外
のかなりの海運企業が倒産、撤退することとなった。  こうした状況のもとで、日本の海運企
業は、ドル建運賃や政府貨物留保、アメリカ内陸上輸送について有利であるアメリカの海運企
業と、船員費をはじめとした運航費が低く、運賃値引きに耐えられるアジアNIEsの海運企業に
挟撃され、赤字経営を余儀なくされることになった。それを修復するため、便宜置籍船経営に
乗り出したが、それでも解決にはならず、日本のコンテナ会社は6社体制から3 社体制に整理
統合されざるをえなかった。それでも展望が開けたわけではなく、新しい国際海運秩序をもっ
てするしかなくなりつつある。

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【船員雇用-1-】

運航技術変化に適応する船員需給問題に関する研究(1)
―口之津・加津佐町の船員給源状況について―
船舶の自動化の進展に伴う船員労務管理のシステムに関する研究1の一部
(文部省科学研究費補助金報告)
東京商船大学研究報告21
1970年1月
 船員労働問題のなかで船員需給問題はつねに取り上げられているが、それは主として労働
力需給の量的バランスの問題であった。最近、船員の供給不足が問題となっているが、この
解明には給源の性格を分析しなければならない。 そこで、伝統的な船員給源地域と呼ばれる
ところを数か所選択し、船員給源地域としての形成と変動、船員給源家族の継続と交代、さら
に船員給源地域としての将来性について実態調査することとした。その一つとして、長崎県南
高来郡口之津・加津佐町の実態調査結果を分析したが、零細農耕地域に資本主義経済が浸
透して農民層の解体が進行していくにしたがって、船員供給力が増加してきたいう一般的な法
則的な確証のほか、地域人口の絶対的な減少と船員家族の世代継続の先細りなどから給源
縮小があるいっぼう、総合農政にともなう零細農家の切捨てなどから
給源拡大もみられるという具体的な形態があきらかとなった。

運航技術変化に適応する船員需給問題に関する研究(2)
―富来町の船員給源状況について―
船舶の自動化の進展に伴う船員労務管理のシステムに関する研究2の一部
(文部省科学研究費補助金報告)
東京商船大学研究報告22
1971年1月
 口之津・加津佐町における船員給源状況についてに続く報告である。富来町船員家族339世
帯、七尾海員学校生徒137人、富来町5中学校3学年男子生徒122人、富来高等学校3学年男
子生徒78人等にアンケート及びインタビュー調査を実施した。 富来町が古くからの伝統的な船
員給源地域であることは、現在も変っていない。そのことはこの地域において、農業がいまだ
基礎経済としての地位を持続しているなかで、自営業を補うための賃労働から、低賃金を補う
ための自営業へと兼業の内容が変化したにせよ、「出稼ぎ」形態そのものは変化しなかったこ
とを意味する。しかしながら、高度な資本蓄積を続ける独占産業資本の、集中的な労働力吸
引による政策的な地域基礎経済の崩壊は、こうした「出稼ぎ」基盤の崩壊をもたらしつつあ
る。
 船員収入のみに依拠する船員世帯が、次代に同職を引継がねばならぬ必然性はきわめて
薄い。かも、船員家族、次代船員となる可能体である中学・高校生、すでに船員としての陶冶
段階にある海員学校生徒は、いずれも積極的な船員継続志向を示していない。
こうしたことは、船員給源地域における船員の再生産は父兄の船員職業の影響によるのでは
なく、むしろその地域全体としての社会環境に支配されるものと推測される。したがって今後、
船員の再生産が期待されるとすれば、また可能であるとすれば、兄弟継続、世代継続による
船員再生産ではなく、むしろ非継続船員の一代限りの創出のくり返しによるものと思われる。

運航技術変化に適応する船員需給問題に関する研究(3)
―開聞町の船員給源状況について―
船舶の自動化の進展に伴う船員労務管理のシステムに関する研究3の一部
(文部省科学研究費補助金報告)
東京商船大学研究報告23
1972年12月
 伝統的な船員給源地域である口之津・加津佐町や富来町とは異なり、最近注目されてきた、
鹿児島県開聞町に関する報告である。同地は、過去に漁船員の給源地であったが、商船員に
移行してきた。それにあたって、伝統的な地域とは異なり、船員教育機関を経由しての入職で
はなく、船員として不安定な雇用を繰り返している。同地における半農半漁の生業形態は解体
し、その新規労働力は主として北九州工業地帯に吸収されており、将来、船員給源地域として
は、船員世帯における職業継続に期待するとどまると見られる。

船員労務管理の変容と特徴
海事産業研究所所報63,64
1971年9月
 文部省科学研究費補助金総合研究(A)「船舶の自動化の進展に伴う船員労務管理システ
ムに関する研究」の一環として、船員労務管理の発達の時期区分、その制度的な特徴と陸上
との比較、今後の展望について、概説した。船員労務管理は、労使協調下における産業別労
働協約が企業管理の主要な部分をしめているが、海運集約と「合理化」が大手企業を中心に
管理の独自性をうちだすことをうながし、その科学化、技術化も徐々に進行しつつある。今後
の船員労務管理は、船員職種の再編成のなかで、伝統的な管理技法の払拭と、その体系的
な再編成がせまられようとしている。

戦後30年の日本船員の雇用構造
海事産業研究所所報115-119
1976年1月
 この論文は、戦後30年にわたって、海運企業がどのように船員労働力を採用し、退職させた
か、またそれら労働者の構成、属性、養成、給源、移動がどのようなものであったかを、統計
的に概観したものである。この統計的概観は、国民的労働市場における船員労働市場の位
置、船員労働市場の構造と特徴、それらの歴史的性格、国民的・産業別雇用政策と船員需
給、海運産業の発達と雇用問題、海運企業の労務管理、海員組合の雇用闘争、船員賃金の
水準とその決定機構などの研究課題に、基礎的な資料を提供することとなった。

イギリスの多目的配乗制度
海運583
1976年4月
 諸外国において新しい形態での船員制度が導入されているが、その実態についてはかなら
ずしもあきらかにされてはこなかった。J・ジャクソソおよびR・ウィルケは、保有船腹57隻のうち
59隻に導入しているイギリス某杜の事例を、「多目的配乗一組織改革の一研究」(『海事研究
と管理』2(5〜4)、5(1))として発表している。これは、多目的配乗(General Purpose Manning)
の導入目的、過程、効果、影響について分析したものである。この某社の多目的配乗制度
は、一般の整備保守業務における職務融通訓練をうけた多目的部員の配置と、機関長を実
質的な責任者とした管理チームの設置を主たる内容としている。それを導入した某杜は、この
数年急成長した大企業であって、それにあたって全国労働協約を上廻る付加給付を実施して
いる。こうした制度とその導入について、船舶技術と船員職務、労使関係の側面について、批
判的な論評をくわえ、その制度の意義と限界にふれた。

【船員雇用-2-】

便宜船員の類型と量的検討について
海事産業研究所所報156
1979年6月
 戦後の世界海運の構造変化の一つとして、便宜置籍船の台頭をあげることができる。それ
は、船腹の保有と用船の新しい形態であるだけではなく、世界における船員雇用の新しい形
態でもある。外国船に雇用される便宜船員の総合的を研究の手始めとして、その類型と規模
について分析してみた。類型は、供給側の先進国船員および途上国船員と、需要側の先進
船・途上国船およぶ便宜置籍船とから、6つに分類しうる。主要な類型は、先進国船に雇用さ
れる戦前型便宜船員と、便宜置籍船に雇用される戦後型便宜船員とである。それらの規模を
確定することは困難が多いが、各種資料から便宜船員の国別供給数・需要数について推定を
試みた。さらに、先進日本海運と便宜船員についても、簡単に分析した。

イギリス海運における船員雇用
―その歴史的概観―
海事産業研究所所報182
1981年8月
 イギリスが海運国として登場して以降における船員雇用の歴史を概観した。18、19世紀にお
いては、船員は周旋業を通じて雇用されてきた。時代が下がるにつれて、それに対する規制
がくわえられたが、その一方ではアジア入船員の雇用がはじまって行った。19世紀末、イギリ
ス海員組合が結成されたことを通じて雇用関係の近代化が進められ、第1次世界大戦後は、
海事協同会を通じて雇用されるようになり、現在にいたっているが、船員の雇用安定が本格的
に達成されたわけではない。

船員家族の離家庭性とその対策
労働の科学40(1)
1986年1月
 最近、陸上産業において、単身赴任者の問題が大きな社会問題となっているが、その一環と
して船員家旗の問題が取り上けられたものである。  まず、船員の場合、陸上単身赴任者と
ちがって、職業上また職歴上、不可避である状況にあり、それに伴って加重された問題点が発
生している状況をあきらかにした。ついで、船員家族の生活と意識の実態にふれ、船員家族
がいろいろな意味で厳しい状況におかれていることを紹介した。最後に、海運労使が実施して
いる船員家族の離家庭対策について紹介し、それがかなり多様に展開されており、陸上単身
赴任者の対策に一定の示唆をあたえる内容を含むとはいえ、それとの対比でみるとき、まだ
不十分であることを指摘した。

日本船員の労働時間制の問題点
海運経済研究20
1986年1月
 日本船員の船員法や労働協約における労働時間制の変遷について、ILO条約と対比しなが
ら跡づけ、海上労働科学研究所が1984年度実施した「内航船員の労働と生活に関する労働
科学的調査」の結果から、その労働時間と休日・休暇の実態を紹介しなから、内航船員の年
間労働時間が約3、000時間に及んでおり、それを短縮するには船員法を抜本的に改正するほ
かになく、その場合における重要事項とそれをめぐる労使関係の問題点について指摘した。

内航船員の雇用実態とその不足対策について
海事産業研究所報310
1992年4月
 3年間にわたり、内航海運組合総連合会より、内航船員の雇用実態に関する委託調査を受
託してきたが、その内容を紹介するとともに、当面する内航船員の不足対策について所見を
述べた。特に、所見は内航船員確保のコンセプトを明確にして、地域ぐるみで船員確保してい
る必要性について強調した。

国家と労務管理、そして船員
−船員は国家からどのように扱われてきたか?−
国民経済雑誌(神戸大学)171(1)
1995年1月
 戦前、戦後の日本国家が実施してきた船員政策が、海運企業の労務管理にどのような効果
を及ぼしてきたか、そしてその結果として船員は国家からどのように扱われることになったか
を、労務管理の機能と体系に即して総括した。その主な結論は、次の通りである。  戦前、戦
後の船員政策は、海運企業の労務管理等のかなりの広い領域に積極的に介入して、それら
を財務的にも非財務的にも、極めて手厚く支援、補強、補完し、その船員労働の管理、統轄を
促進させた。したがって、それは海運企業からみれば、その労務管理のかなりの部分を、国家
が代行する政策として現象することとなった。勿論、戦前、戦後の船員政策が海運企業の労務
管理を規制して、船員労働の管理、統轄に制約を加えてこなかったわけではないが、その規
制は一般の労働政策の水準を超えるものではなく、多くの面でそれを下回った。

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【労使関係-1-】

海員組合の労働協約闘争(共筆)
労働農民運動55
1970年10月

現代船員の社会意識
海運経済研究6
1971年1月
 船員を対象とする「意識調査」が、最近いろいろな主体といろいろな観点から実施されてきた
が、容易な結論や消極的な解釈がしばしばみられてきた。それは、意識調査の方法、その結
果の分析について、十分な検討がないまま報告された結果でもあった。そこで、それらに反省
をくわえつつ、船員の社会意識のなかで、労使関係に関する意識について注目し、海上労研
および海員組合の調査資料を利用し、積極的な分析をこころみた。
 船員の社会意識は、政治意識において保守的な傾向がみとめられるが、それは海運労使
関係におけるイデオロギー的環境と政治意識自体の被規定性から、当然のなりゆきで祈る。
それに反し、組合意識においては積極的な傾向がみとめられるが、これは前者とは逆に、海
運労使関係における労使協調性から、船員の労働条件が低い水準におしこまれ、しかもその
引上げをストライキ闘争にかけておこなった事情を反映しているとみなされた。
 一般的に、労働者の祉会意誠は自然発生的な意識としては、経済的な地位にかかわる意
識において一定の高まりみせるが、政治的な地位にかかわる意識においては、イデオロギー
の介在をさけることができないことがあきらかであるが、船員においてもそれが証明された。
 今後、船員の社会意識についてどのような展望をもちうるかは、海運労使関係をふくむ広い
イデオロギー状況の発展にかかわるが、海運労使関係が対立様相をみせていくとさ、海運資
本は企業意識の助長に努力するのは当然のなりゆきとするが、海員組合が船員のなかにみ
られる対置的な意識階層のどちらかに依拠するかになって大きく左右されよう。

産業別組織としての海員組合
労働農民運動74
1972年5月

海運産業の発達と海員組合の政策について
交通学研究1973年年報
1973年1月
 戦後日本の海運産業、海連政策のもとで独占資本の復活と蓄積を促進させるものとして、一
定の段階をへて発達をとげてきた。海員組合のその指導において労働政策と呼応して、反共
労使協調政策とともに、産業別組織維持の政策を採用してきた。そこで、第1に、海運産業の
発達段階と海員組合の政策の関連を分析し、これら政策が現場組合員に多くの犠牲をもたら
し、その反発をふかめ、一定の破綻をみていることをあきらかにした。第2に、労使協調の政策
の破綻の過程について、海運資本の蓄積方法と組合政策、組合政策と現場組合員の不満や
要求との矛盾を分析し、最近における現場組合員の盛り上がりから、海員組合が労使協調政
策を修正しつつ、産業別組合をもって独占資本にたちはだからざるをえなかったかをあきらか
にした。第3に、海員組合の政策の変化の意味合いを分析し、今後の海過労使関係につい
て、若干の展望をあたえた。

産業別労働問題研究序論
船員労働問題研究の回顧と課題
海上労働科学研究所年報6 
1973年4月
 この論文は、第1に労働問題研究の分野において、その産業別研究の存在理由をあきらか
にし、第2にいままでの船員労働問題研究がどのような業績をあげてきたかを回顧し、第3に
今後の船員労働問題研究はどのような課題をもつかについて、一つの見解をしめしたもので
ある。

【労使関係-2-】

海運産業の賃金決定機構と産業別労働組合
―日本における産業別賃金の事例研究―
賃金と社会保障623
1973年4月
  この論文は、船員賃金が、どのような社会経済的な環境と労使関係上の制度において決さ
れてきたかを、主して歴史的な推移に着目しがら分析したものである。戦前、戦後の海運資本
と海員組合との交渉機構、賃金水準と賃金体系の実態、賃金抑制機構との関連にふれ、最近
の時点における船員賃金決定機構の特徴とその問題点について、概括的な説明をあたえ
た。

右翼組合路線の破綻と克服への一過程
−全日本海員組合の事例において−
社会政策学会年報18『労働戦線の統一』所収
1974年1月
 全日本海員組合は、戦後の一時期をのぞいて、右翼労働組合連動の典型をなしてきたが、
最近にいたり一定の変化をみせるにいたった。そこで、海員組合における右翼組合路線の成
立基盤と運動内容について.歴史的かつ論理的な整理をおこない、ついでその路線の破綻の
過程と要因を分析し、その路線の克服にかんする主体的な枠組を解明することとした。

海運産業における賃金体系の変遷と問題点
−主として基本給体系について−
賃金と社会保障657
1974年9月
 戦後の日本船員の賃金体系の変遷を、第1期(1945〜50)応徴教船員給与規則の時期、第
2期(1951〜56)職別最低初任給制定の時期、第3期(1957〜73)職別最低保障本給制度の
時期に区分して、その特徴をあとづけた。そして、1974年における産業別本給制度の確立をも
って、新しい時期のはじまりとしそれが確立されなければならなかった事情を解明した。産業制
基本給は、経験年数別賃金であって、個別賃金を一定の範囲で確定し、その水準がいちおう
高いところから企業格差を吸収する制度となった。

過渡期の船員意識
海運経済研究12
1978年1月
 船員の社会意識をめぐる客観状況は、1970年代前半から後半にかけて、大きく変化した。そ
のなかでも、海運企業においては高成長から長期不況に転落し、また脱日本人船員経営が定
着していった。また、海員組合においては1972年前後において前進がみられたが、その後は
げしい逆流化がみられる。そうしたなかにあって、船員意識がどのように変化してきたかにつ
いて、海上労研、海員組合、日本郵船などの調査資料を用いて分析した。その主旨は、船員
意識は高揚から低迷に推移しているが、それは量的な変化にすぎず、船員の職業的な基盤を
そこなうような状況に対しては従来通り否定的な反応がみられ、それがより危機になるにつれ
てカタスロトフ的な過程をたどるとみられるということであった。

【労使関係-3-】

便宜船員の歴史的考察
−労働力の国際移動、移民、外国人労働者との対比において−
海運経済研究14
1980年11月
 便宜船員は、外国人が先進国船に雇用され戦前型便宜船員と便宜置籍船に雇用される戦
後型便宜船員とがあるが、その歴史的性格について労働力の国際移動、移民、外国人労働
者の対比において考察した。第1に、便宜船員はその生成から賃金労働力の移動として純化
していた、第2に便宜船員は定住地の移動をともなわない一時的な労働と「生活」の移動にす
ぎない、第3に便宜船員は世界的な規模の資本輸出のもとで、供給国と雇用者との関係が稀
薄となり、無権利状態におかれ、第4に便宜船員は地理的制約を離れて、世界的な規模で需
要・供給され、第5に便宜船員は産業労働力人口に占める比率がきわめて高く、第6に便宜船
員は1つのまとまりのある職業集団として雇用され、第7に便宜船員は供給国の労働条件に規
定されているという特徴を指摘した。そして、便宜船員の雇用は、海運産業における資本の輸
出と生産手段の所在と船員の雇用とを、陸上産業とはちがって分離・分割させうるという特殊
的な便宜の上に強固に打ち建てられていると結論づけた。

雇用の国際化と労働基準
−海運労使関係の場合−
社会政策叢書8『国際化する労働問題と社会政策』所収
啓文社
1984年9月
 共通論題「国際化する労働問題と社会政策」の1報告として、世界海運における世界的な規
模での雇用の国際化状況のもとで、ILOの国際労働基準の効果と限界、またITFやその加盟
組合の国際移動船員の向上運動とその成果について説明し、国際労働基準は国際労働組合
運動のたえざる連帯行動によって、その限定された効力が実現して行くが、最近における途上
国労働力の移動の拡大とその国の労働運動の未発達ななかで、新しい次元での困難を抱え、
国際レベルでの資本と賃労働の矛盾は新たな段階に入ったこと、そして早晩その解決を求め
ざるをえなくなっていることを明らかにした。

雇用の国際化と労働組合のたたかい
−日本の海運労使関係を通して−
賃金と社会保障903
1984年12月
 前出論文でふれられなかった題記テーマに関して、略述したものである。1970年代に入っ
て、日本の海運企業は仕組船・マルシップという形態で、外国人船員の雇用への転換したが、
それに伴って日本人船員の雇用縮小と労働条件の圧迫がみられるようになった。それに対し
て、日本の海員組合は一時期それを阻止する方針をかかげたが、それを徹底させえず、現実
的対応にほぼ終始してきた。それがいまや行き語りの状況にあり、ITF(国際運輸労連)の便
宜置籍船との闘いとの関連で、日本の海員組合が自らの闘いを構築せざるをえなくなっている
状況について分析した。

船員労働の特殊性
船員問題研究会編『現代の海運と船員』所収
成山堂書店
1987年1月
 船員労働の特殊性の把握は、船員労働研究の方法と理論の基礎をなしており、それをめぐ
って論争が行われてきた。最近における世界的な船員雇用の国際化とそれにともなう船員労
働問題の再生産のもとで、あらためてその意味が問われている。そこで、従来からの諸説をふ
まえながら、筆者独自の立場で再構成を試みた。その核心は、船員労働の超歴史的な特殊性
が、資本・賃労働という経済関係に規定されて、船員労働の具体的な特殊性として立ち表われ
るという論理に着目したことにある。

海運政策と船員の立場
同上書誌
 資本主義は自由経済体制であるとされながら、国家の介入をまねかざるをえない法則と、そ
れをめぐる資本と労働の対抗関係、そしてそのなかで海運政策がどのように位置づけられて
いるかについて概説するとともに、戦後の外航海運政策の内容と本質を整理し、それが船員
にどのような影響を及ぼしてきたかについて分析した。特に、現時点における海運政策を、船
員の立場から転換しようとすれば、日本の経済政策の転換の一環として、壮大な運動でもって
しか成しえないことを指摘した。

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【労働技術】

船員労働の技術論的考察
−船員制度改革論批判−
(文部省科学研究費補助金報告)
海流社
1979年3月
 産業労働問題の研究を行なうにあたっての基礎的な研究課題は、産業労働の技術的構造
を分析することにある。それにもかかわらず、その分析はそれほど容易ではない。そこで、船
員労働を分析対象として、労働過程における労働力消費の側面を生産技術とその充用に規
定されるものとして、主として労働の機能、労働の分割、労働の内容、労働の組織および労働
能力といった諸形態から、産業労働の技術的構造に接近してみた。そうした一般的な接近のう
えに立って、船舶技術の発達とその資本主義的充用が、船員労働の諸形態にあたえた変化
について分析し、最近における資本家的「合理化」としての船員制度改革論を批判するととも
に、魅力ある労働となるための技術的・社会経済的条件を展望した。なお、この報告は昭和52
年度文部省科学研究費補助金事業による。

船員労働の生産性向上と船員の状態
海運431
1963年8月

船舶技術と船員労働の基礎理論(1-3)
海事産業研究所所報143-145
1978年5月
『船員労働の技術論的考察−船員制度改革論批判−』の第1章に転載。

自動化船と船員制度の近代化 
経済評論別冊労働問題4 
1983年6月
 船員制度の近代化が実施されるにいたった。1960年代以後の船舶の技術革新と、それをめ
ぐる社会経済的な状況、なかでも海運労使関係についてふれ、1970年代後半から現在にいた
る船員制度近代化の目的と背景、その内容と問題点について概説した。

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【船員史】

帆船の社会史
−イギリス船員の証言−
高文堂出版社
1983年9月
 イギリス近世帆船時代における船員、わけても下甲板の平船員の労働と生活の社会的側面
について、地中海時代の海商、大航海時代後の海商、平水夫の航海記録、海上覇権の争奪
(私掠と海賊)、奴隷船・流刑船の恐怖、軍艦乗組員とその強制徴発、船員周旋業と前借金奴
隷、船内規律の維持と鞭打ち、艦長・船長の横暴と反乱、船内環境・生活・持ち物、船員の賃
金(遅配と欠配)、船内の食事と船員の飲酒癖、壊血病の恐怖・船内衛生の改善、船員福祉と
海員組合の結成の編別で整理し、封建的生産から資本主義的生産への転化とその短縮のた
め、船員は転化を促進する側に立ちながら、植民地の原住民や黒人奴隷に勝るとも劣らない
ような取扱いを受けて来た歴史を明らかにしようとした。

社員になれない登用士官
人間選書152『聞き書き・海上の人生−大正・昭和の船員群像』(海員史話会著)所収
農山漁村文化協会
1990年11月
 農山漁村文化協会が作成した宣伝パンフレットと、内容目次は、以下のようになっていた。
そのうち、第3章の「社員になれない登用士官(中野健)のほか、[コラム]のボーレンの盛衰、
船内高利貸制を担当した。
  「宣伝パンフレット」より
 大正・昭和の時代を下積み船員として生き抜いた人々の労働と生活を、7年の歳月をかけて
聞き取り発掘。苛酷な昔汗労働、ボーレン・職長による搾取、船内職階制による厳しい差別に
耐え、苦学、独学を積みかさねて船長、機関長、船会社の経営陣に昇りつめた人々、また黎
明期の海員組合運動に参画して船員社会全体の向上に貢献した人々の、生々しい息づかhが
伝わってくる人生記録。多数の船員を輩出した新潟県村上市、長崎県加津佐町などの、出稼
ぎ船員町の戦前史も収録。比率において陸海軍を上回る犠牲を出した日中・太平洋戦争時の
胸を打つ証言は、「平和協力」の名のもと海外派兵が論議される今日において重要性を増す。
目次
まえがき
第1章 人生の夢と糧を海に求めI―「職長」への航跡
 会社よカも、戦争よカも船こそ大事………………………………  中村 吉二
 戦時輸送船で四たび遭難………………………………………… 川上長治
 豪華客船の舞台裏を支えて半世紀……………………………… 上野宗平
 日中、そして太平洋戦争、死の海からの生還…………………… 奈須俊吾
第2章 出稼ぎ船員の村に生まれて―父も船乗り、子も 船乗り
 北前船の”かしき”から叩き上げて外航船のポースンに………… 相馬嘉兵衛
 商船、軍用、捕鯨船の機関部生活二十四年……………………  斉藤留三郎
 いまも四代続く船乗カの家………………………………………   菅原源一郎
第3章 苦学・独学の士官たち― 職階制への挑戦
 「見習い」からの初志を貫き船員社会の向上に挑戦…………… 竹本 和蔵
 社員になれない登用士官………………………………………… 中野  健
 見習いから一念発起、借金で無線電信講習所に………………  三浦 名平
あとがき
[コラム] ボーレンの盛衰、船内高利貸制 など多数

イギリス海員組合100年史の研究
A Study of the National Union of Seamen: Its History of 100 Years
海事産業研究所報319,322,327
1993年1月,4月,9月
 イギリス海員組合(the National Union of Seamen)は、1987年、創立100周年を迎えた。それ
を記念して、下記の書物が刊行された。
Arthur Marsh and Victoria Ryan
The Seamen: A History of the National Union Seamen 1887-1987
Malthouse Publishing Ltd, 1989, A5, 9+357+16pp.
 NUSは、世界の海員組合のなかで指導的な地位を占め続けてきただけに、その歴史を振り
返ることは、大いに今日的意義があるといえる。そこで、その重要な部分を取り出し、解説を加
えることとした。第1回は、『NUS100年史』の著者とその章別構成、そして第1次世界大戦開戦
前までの時期に当たる、第1章すくい難い者たち、第2章ハベロック・ウィルソンと新組合運動
1887-94、および第3章組合の再建と新地平 1894-1911を扱う。第1章については、イギリス海
運の揺籃期において、悲惨な状態にあった船員とそれに対する慈善や船員の相互扶助、それ
らの団体の盛衰、および世界の船員法の基礎となった1850年海運法の制定とそれに対する
労使反応について、第2章については、19世紀末のイギリス労働組合の画期となった新組合運
動が台頭するなかで、ウィルソンが組合を設立し、それに対して船主の戦闘組織である海運連
盟が結成され、その攻勢によって組合が解散したことについて、第3章については、その組合
がどのように再建されたか、その創設以来の問題であった外国人船員問題にどう取り組んだ
か、そして1911年に大ストライキを成功させ、海運連盟についに自らを認知させるにいたった
経過について取上げる。
イギリス海員組合100年史の研究
同上書誌
 第2回は、『NUS100年史』の両大戦間及び1960年代前半までの時期に当たる、第4章第一
次世界大戦と海事協同会、第5章ハベロック・ウィルソンと労働運動 1、第6章ハベロック・ウィ
ルソンと労働運動 2、第7章ウィルソンの遺産、第8章一般組合員運動を扱う。第4章について
は、ウィルソンが抱いていた労働組合運動や労使関係についての考えと、それが第1次世界
大戦のもとで団体交渉制度としての海事協同会の設立となった経過について、第5章について
は、20数年間、ウィルソンが下院議員として活躍した成果である海運法改正と、その反社会主
義的な労働組合主義という特異な政治信条について、第6章については、海事協同会におけ
る船員供給管理とそれが果たした役割、1920年代の海運不況期における賃金引き下げとそ
れをめぐる一般組合員の反対運動、そしてウィルソンの政治信条による組織対立について、
第7章については、第二次世界大戦中における船員の動員と被害、戦時中に世界の海員組合
が集まって制定した国際船員憲章、戦後、海事協同会において確立した船員常置制度につい
て、第8章については、長年、海運労使関係は安定し続けてきたが、1955、1960年になって非
公認ストライキが起こる、それをめぐる組合幹部の対応や船内代表制の採用について取り上
げる。
イギリス海員組合100年史の研究
同上書誌
 第3回は、まず『NUS100年史』の現代に当たる、第9章1966年大ストライキ、第10章海運・労
働市場と船員を扱う。第9章については、1911年以後はじめて行われた公式ストライキの経過
と、それをめぐるNUSと政府や労働組合会義(TUC)との関係、約70年来の本格的な改正となっ
た1970年海運法、1971年労使関係法に屈従したことでTUCと対立し、それからの二度目の除
名を受けたことについて、第10章については、シーライフ計画など新しい船員制度が挫折して
しまった経過、サッチャーリズムのもとで大量のイギリス船の海外置籍が起き、組合員数が激
減し、そうした危機存亡のもとでNUSが創立100周年を迎えたことについてについて取り上げ
る。次いで、締めくくりとして、『NUS100年史』とNUS100年について評価する。前者について
は、陸上指導者を中心としたNUSの運動を概括するという目的は、ウィルソンの功罪を含め、
大変よくまとめられており、同時代人になったかのように、それを読み取ることができる。しか
し、1960年代以降、NUSは大きく変貌するが、その性格や限界についての追及は不十分とい
える。後者については、NUSが大衆組織として成功したが、それが民主組織となるためには長
い期間かかったこと、また経済取引団体として一面では成功したが、社会改革団体としての限
界が災いして、その衰退を招いたことにについてふれ、その克服と再生が世界の船員にとっ
て、教訓となっていると評価した。

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【港湾、その他】

戦後日本資本主義と技術革新
『現代技術の政治経済学』(仲村政文共編著)所収
青木書店
1987年3月
 仲村政文氏(当時、鹿児島大学)と共編者であって、技術の本質と概念、技術の構造と発
達、オートメーションと労働、先端技術産業、軍事技術、そして戦後日本資本主義と技術革新
(筆者担当)についての概説書である。筆者担当部分は、アメリカ技術に依存しながら在来型
重化学を基軸にした高成長とその破綻をたどり、それが日本的な蓄積機構のもとでなしとげら
れた性格についてふれ、そして今日におけるME革命や「情報化社会」という技術革新は社会
経済的な矛盾を激化させながら、未来を切り開く展望を与えつつあることを指摘した。

臨時工・社外工と労働災害(上、下)
いのち21-22
1968年8月

海難原因の分析方法
日本航海学会誌40
1968年12月
 海難の発生状況や発生原因の分析は、おおむね運航技術工学的な観点からなされてきた
が、いまいちど広い視野に立って、海難をみつめなおす必要がある。そこで、海難発生にかか
わる社会的経済的な状況について重点をおき、その海難原因の分析方法の1つの考え方に
ついて整理した。すなわち、海難の概念、海難の原因区分、海難発生の解明、海難原因の分
析にわたって、その観点を設定した。そして、1968年に実施した「漁船の海難原因の究明に関
する調査研究報告書」のなかから、海難の原因区分にしたがって、さけます、遠洋底曳および
遠洋まぐろの魚種の態様を紹介した。

港湾労働者の供給側面について
港湾経済研究8
1970年1月
 この研究報告は、昨年度運輸省港湾局の委託研究として実施された「港湾労働者の職業定
着意識の実態調査」の資料を中心の題記テーマについて理論化したものである。その主要な
結論は、港湾労働者の給源が戦後徐々に潜在的・停滞的過剰人口から、停滞的・流動的過
剰人口に切り替わり、雇用・就業構造が部分的機械化をふまえた過度労働が持続され、しか
も不熟練にして複雑労働をなしうる労働力が相対的に減少してきたため、港湾労働力の供給
力は低下しつつあるということである。

船員の余暇問題と港湾福祉施策
港湾経済研究13
1975年1月
 船員は、船員であるがために、その労働力の再生産は不完全にしかおこなえないが、停泊
中はそれをいささかでも回復しうる数少ない機会であり、いままでも宿泊施設や医療施設を中
心に船員のための港湾福祉施策がほどこされてきた。しかし、最近における船舶運航の特性
や、港湾の分散化と広域化のもとで、船員はそののぞましい港湾での生活機会をうばわれる
ようになった。その反面、船員は主要な港湾都市に居住する傾向がつよまり、さらに最近の休
暇日数の増大のもとで、港湾都市は休暇生活の場となってきた。こうした2つの側面から、港
湾における船員福祉施策の再検討が必至となってきた。そこで、主要な港湾に「船員余暇セン
ター」を建設して、停泊中の船員と休暇中の船員の余暇活動に、一定の便宜を供与しているこ
とが、今後のあり方だと提唱をおこなった。

戦後日本経済と港湾
徳田欣次,柴田悦子編『現代の港湾』所収
税務経理協会
1987年1月
 戦後日本経済における港湾の社会経済的な性格を概括するため、第1に港湾が「社会資本」
として、社会的生産と資本蓄積に、どのような役割を持つかについて整理し、第2に戦後日本
経済は海外依存型の重化学工業を基軸に成長してきたが、港湾の整備と利用がそれを完結
させる仕組みとなってきたことを説明し、第3に港湾の整備と利用は、大企業に高成長・高蓄積
をもたらしたが、国民にとっては生活の向上につながらなかったという矛盾を指摘した。

物流の新しい展開
池田博行、松尾光芳編『現代交通論』所収
税務経理協会
1994年10月
 現代における貨物輸送において、物流という用語が流布しつつある。そうした状況を踏まえ、
物流の意味と意義、日本における物流の実態、物流をめぐる諸問題を概説した。その主な内
容は、次の通りである。物流の意味と意義においては、輸送と物流とは理論的に同じであり、
前者はサービスの供給者、後者はサービスの需要者からみた用語であるが、現代、主たるサ
ービスの需要者が大企業となり、その本来業務に統合されつつあることから、輸送は物流とい
う用語に取って代わられつつある。日本における物流の実態においては、国際、国内物流と
も、特定少数の荷主大企業が大量の物流需要を発生させ、それに不特定多数の輸送企業が
極めて多数の自動車や船舶をもって物流供給を行なうという、需要独占の性格を持って行わ
れている。物流をめぐる諸問題においては、その所在は、荷主大企業がそれぞれの個別的で
私的な利害に基づいて、多数の物流供給者や輸送労働者の利益をかえりみず、また、公共の
交通路の限界を超えて利用していることにある。

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