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便宜置籍船とその分析について

篠 原 陽 一

目次
 1 はじめに−主要な文献について
 2 便宜置籍船の分析視角と課鹿
 3 便宜置籍船と原燃料輸送需要
 4 便宜置籍船の保有と建造
 5 便宜置籍船と日本の海運企業
 6 おわり−便宜置籍船規制問題

1 はじめに−主要な文献について
 OECD海上輸送委員会1976年年次報告によると、1976年央の世界船腹は3億6,880万総ト
 ンであった。それを、主要グループ国別にみると、OECD船隊2億650万総トン(56.0%)、便宜
 置籍船隊9,980万総トン(27.0%)、東ヨーロッパ船隊2,760万総トン(7.5%)、その他3,490万
 緑トン(9.5%)となっている。このように、便宜置籍船隊(Flags of Convenience,Pan−Lib−
 Hon)は、戦後きわめて急速に増大し、現在ばう大な量に達している。世界海運はもとより、日
 本の外航海運を研究する場合、便宜置籍船を無視することはできない。そうしたことから、海
 事産業研究所海事資料センターが刊行した「便宜置籍船に関する文献目録」(1975.10)には、
 多くの文献や資料が集録されることになっている。
  高村忠也氏【1】は、ポーチェック『便宜置籍一国際法的研究』を紹介するなかで、便宜置籍
 船の経済的な側面を整理した。便宜置籍船の生成と発達についてアメリカ船が交戦国にだ捕
 されないための外国置籍化にはじまること、便宜置籍船の80%がアメリカ資本およびそれに支
 えられたギリシャ人によって所有されていること、自国船籍からの逃避について政府補助を受
 けないアメリカのタンカー・不定期船の便宜置籍への移行、米国政府による促進について戦時
 建造船の外国置籍とその統制、便宜置籍とギリシャ船主についてギリシャの政治不安からの
 回避のための外国置籍、パンリボン船籍の魅力について自由な会社法、税法、それにともなう
 利益蓄積、アメリカの金融会社の融資、そして海員労働組合の非難や欧州海運国からの反発
 について船員雇用・船主経済への脅威、船主と船籍との真正な連鎖、ボイコット運動などを指
 摘していた。この文献は、便宜置籍船の実態とその問題点を、かなり広範囲に解明し、その分
 析の手がかりをあたえるものであった。
  山本泰督氏は、「アメリカ海運政策と便宜置籍船」【2】において、1946年商船売却法とその執
 行について詳細に分析し、アメリカは「便宜国旗に反対しないばかりでなく、自国に船籍を持つ
 船舶の‥…移籍、売却を承認するときは便宜国旗への移籍等を奨励し、あるいは移籍承認
 の条件として、移籍先を便宜国旗に限定する措置を講じてきた」ことをあきらかにした。また、
 同氏は「便宜置籍船と船員問題」【3】において、国際運輸労連の便宜置籍船対策とその限界、
 日本海運の便宜置籍船の利用とその保有の過程を分析し、そして日本の海員組合の対策に
 評価をくわえた。さらに、同氏は「アメリカ系メジャー・オイルのタンカー船隊とその船籍」【4】に
 おいて、メジャーによってことなるが、その所有船腹の船籍が平均的にアメリカ10%、ヨーロッ
 パ50%、便宜置籍30%となっていること、そうした構成は石油消費国におけるメジャーの政策
 に基づくこと、イギリス置籍は船員費の低さを根拠としていることなどを解明した。
  森久保博氏は、「パナマ、リベリア、ホンジュラスの便宜置籍船政策」【5】において、置籍国の
 法制的・税制的な便宜供与を詳細に分析し、所得税の免除が魅力の源泉となっていると指摘
 するとともに、アメリカ系親船主がメジャー・オイル、鉄鉱・アルミ企業、食品企業、その他海運
 企業であることを解明した。さらに、同氏は「ギリシャ海運の近況」【6】において、最近、自国海
 運を発展させるための海運税法改正と船員年金基金の創設を紹介するとともに、ギリシャ系
 船主の保有船腹の船籍がギリシャ55%、リベリア35%、キプロス5%、パナマ1%であること
 や、主要運航会社の船籍別運航船腹を解明した。
  こうした文献以外には、便宜置籍船に簡潔な定義をあたえたロッチディール報告、その実態
 を網羅的に提示したOECD海上輸送委員会1971年年次報告(便宜置籍特別報告)や、多国籍
 企業としての性格を分析した麻生平八郎氏「海運と多国籍企業」(交通学研究1973年研究年
 報)がある【7】。
  こうした主要な文献が、便宜置籍船の生成と発達、その実態や性格などの分析について貴
 重な貢献をもたらしたことはいうまでもない。しかし、便宜置籍船の総体に接近するには、まだ
 まだ多くの課題を消化しなければならない。そこで、本稿では便宜置籍船の分析をそれなりに
 完結させるためには、どのような課題が提起されてくるかをあきらかにし、そしてそのうちのいく
 つかの課題について見解をのべるにとどめたい。

2 便宜置籍船の分析視角と課題
 便宜置籍船を分析するといっても、それぞれの立場によって、その目的、視角、課題がこと
 なってくることは、いうまでもない。筆者の分析の目的は、便宜置籍船を通じて船員搾取、言葉
 をかえれば資本蓄積が、どのように展開されているかを解明することにある。その場合の分析
 視角は、さしあたっては便宜置籍船が伝統的な船腹保有とは異質で腐朽的な形態であること
 に着目することにある。さらに、積極的にはそれが資本主義世界経済の戦後構造に関連して
 いるので、それに即して分析をすすめることにある。そして、日本経済のきわだって特異な「高
 度成長」との関連づけを分析することにある。
  こうした分析の目的と視角から提起されるだろう分析課題(論点)は、広範多岐にわたること
 になることはあきらかである。それを正確に整理することじたい、一つの大きな課題であるが、
 いまここではおおまかなところを、ただ列挙するにとどまる。
  第1に、便宜置籍船の保有関係を解明することである。そのためには、その実質船主あるい
 は親船主、その国籍をあきらかにしなければならない。この点について、多くの努力にかかわ
 らずまだまだ不十分であり、最近の利用国の増加のなかでとくに重要である。
  第2に、便宜置籍船の運航関係を解明することである。その場合、ただ運航会社との用船関
 係ばかりではなく、どのような荷主の貨物を輸送し、また配船統制を受けているかをみなけれ
 ばならない。この点は自明とみなされがちであるが、さらに関心を払うべきである。
  第3に、便宜置籍船の供給関係を解明することである。その場合、その実質船主の性格、建
 造資金の調達、調達資金の性格をはじめ、資本輸出、通貨不安、対外経済政策などと関連づ
 けることが、重要である。この点、いままでも簡単にはふれられてはきたが、まだまだ不十分で
 あったといえる。
  第4に、便宜置籍船の需要関係を解明することである。そのためには、戦後の資本主義世界
 経済の再生産構造と海上荷動きの変化、アメリカの海外進出や資源支配との関連を追及しな
 ければならない。この点は、いままであまり重視されてこなかったといえる。
  第5に、便宜置籍船の生成と発達を解明することである。前者は、すでにかなり解明されてい
 るが、後者は他の課題と関連づけて解明すべきところが多い。
  第6に、便宜置籍船化による利益とその帰属を解明することである。その場合、ただ置籍国
 の便宜供与ばかりでなく、それにともなう利益がどういった個別企業に配分され、資本蓄積に
 貢献しているかを解明することにある。これは、基本的な論点でありながら、ひじょうに解明が
 立遅れているといえる。
  第7に、便宜置籍船の保有の契機を解明することである。この点は、すでに各国の海運政策
 や便宜置籍による利益から解明されてはいるが、海運企業の資本蓄積、市場競争や経営戦
 略、広く通貨不安、過剰蓄積の問題にまでひろげて追及する必要がある。
  第8に、便宜置籍船の参入にともなう市場競争、価格形成のメカニズムの解明である。その
 ためには、便宜置籍船の船主、運航会社、それを利用する荷主の経営行動、そのあいだの取
 引関係などを分析しなければならない。その重要さにかかわらず、資料調査が困難なところか
 ら、ひじょうに立遅れている。
  第9に、便宜置籍船に配乗されている船員の雇用関係を解明することである。それは、雇用
 方法、雇用期間、賃金・労働条件ばかりでなく、出身国における雇用関係や労資関係にまでひ
 ろげて追及する必要がある。この点は、いろいろと解明されつつあるが、なお不十分である。
  第10は、便宜置籍船の拡大にともなう社会経済的な影響の解明である。その場合、利用国
 における雇用縮小、労働条件の圧下、労使関係の緊張ばかりでなく、国家財政・国民福祉の
 圧迫、海難・公害の発生など、広範な影響を取扱うべきである。この点は、まだまだ不十分で
 あるといえる。
  第11は、便宜置籍船に対する反対運動や規制問題についての解明である。この点、1970年
 代に入って、伝統的な海運企業が便宜置籍船を保有するなかで、それへの反対や規制の動
 きがみられる。それをめぐる論理と現実について、いままで以上に関心を払う必要が生じてい
 る。
  第12は、便宜置籍国の政治・経済状況の解明である。この点は、いままで簡単な分析にとど
 まってきたが、最近における南北問題の激化、途上国の共同歩調、途上国海運の発達のなか
 で、置籍国は微妙な立場にたちつつあるので、大いに関心を払うべきである【8】。
  こうした課題に消化するには、資料不足はもとより、研究不足もあらそえない。ここでは、いく
 つかの課題について、問題提起としての見解を、日本経済と関連づけながらのべてみたい。

3 便宜置籍船と原燃料輸送需要
 便宜置籍船の発達を促進した、原燃料輸送の大宗化と大量化、それらの基盤としての世界
 経済の戦後構造について、若干分析してみる。
  1955年から70年にかけて、世界の海上荷動量は3.3倍の伸びをみせたが、石油や鉄鉱石は
 4.1倍という大きな伸びとなった。石油やばら積貨物が、海上荷動量に占める比率は、約60%
 から75%にも上昇した。その間、日本の積下し量が世界に占める比率は4.4%から16.7%とな
 り、世界最大の積下し国となっていった。しかも、主要貨物の積下し量が世界に占める比率
 は、1969年から70年にかけて、石油6.6%から16.7%、鉄鉱石14.9%から41.3%、石炭18.0%か
 ら49.7%、ボーキサイト6.9%から11.9%に上昇していった。
  こうした戦後の海上荷動きにおける原燃料資源輸送の大宗化と大量化は、ぼう大な船腹需
 要を喚起した。1955年から70年にかけて、世界船腹(総トン数)は2.3倍の伸びをみせたが、そ
 れは海上荷動量の伸びを下廻っていた。それに対し、便宜置籍船は実に4.7倍の伸びをしめ
 し、それが世界船腹に占める比率は3.8%から18.1%に上昇した。日本の船腹は、1960年から
 70年にかけて4.4倍の伸びとなり、その比率は5.3%から13.4%に上昇し、リベリアにつぐ世界第
 2位の船腹保有国となった。なお、1970年から76年にかけて、OECD船腹が1.4倍の伸びにとど
 まったが、便宜置籍船は実に2.4倍という大きな伸びをつづけている。その結果、OECD船腹が
 世界に占める比率は64.7%から56.0%に低下し、便宜置籍船は18.3%から27.0%に上昇して
 いる。
  主要な便宜置籍国はリベリアとパナマであるが、当面の課題からいえば、1975年世界船腹
 の19.2%、便宜置籍船腹の74.4%を占めるリベリアをとりあげれば足りる(日本は11.6%)。船
 種構成(重量トン)は、世界船腹がタンカー50.9%、オア・バルク26.5%、その他22.6%であるの
 に対し、リベリア船はそれぞれ66.2%、28.7%、5.1%となっている。平均船型は、世界船腹が
 8,921総トンであるのに対し、リベリア船は26,591総トンとなっている。50,000総トン以上の大
 型船は、リベリアが世界船腹の26.2%を占めている(日本船は17.5%)。また、船令は、世界船
 腹が9.1年であるのに対し、リベリア船は7.6年となっている(日本船は5.9年)。
  このように、リベリア船は船令の若い大型のタンカー・専用船によって、主として構成されたも
 っとも優秀な大船隊となっている。それらが、原燃料資源の大量輸送に従事してきたことはあ
 きらかであるが、その運航関係はそれほどあきらかでない。主要な原燃料資源の輸入国は、
 先進資本主義国であるので、便宜置籍船はそれらの荷主・運航会社に利用されていることは
 あきらかである。日本の輸入貨物の積取比率は、1960年においては日本船48%、リベリア船
 14%、パナマ船4%であったが、75年にはそれぞれ48%、20%、5%に変化してきている。日本
 の積下し量、積取比率などから推察すると、便宜置籍船腹のうち約25%(最近では30%)が、
 日本航路に従事していることになる。
  このように、便宜置籍船は主としてタンカー・専用船で構成され、大型船に更新されるなか
 で、急速に拡充してきたが、その拡充は戦後の海上荷動きにおける原燃料資源の大宗化と大
 量化という、輸送需要に喚起されたものであった。そのなかでも、日本の輸送需要は大きな地
 位をしめていた。その場合、便宜置籍船主は運航会社(荷主子会社も多い)と長期用船契約
 を結び、さらに運航会社は荷主と長期運送契約を結ぶなかで、便宜置籍船は利用されていっ
 た。こうした重化学工業系大荷主に長期に専属化して、その原燃料資源を大型船によって大
 量、安定かつ低廉に輸送する形態を、一般にインダストリアル・キャリッヂとよんでいる。便宜
 置籍船は、そうした輸送形態に取りつき、組込まれることで発達し、その形態における最大の
 供給船腹となった。
  戦後の海上荷動きにおける原燃料資源の大量な輸送需要は、資本主義世界経済が重化学
 工業化による再生産構造を、いままで以上に強化したことによって喚起された輸送需要であっ
 た。それは、船腹需要の増大の一般的な根拠であっても、便宜置籍船の発達の特殊的な根拠
 ではない。戦後世界経済は、アメリカが資金、資源、技術、軍事における圧倒的な優位を基盤
 にした、世界政策をおしすすめるなかで再編成されていった。そのなかで、当面、重要なこと
 は、アメリカが世界の主要な原燃料資源を支配し、それを資本主義国に販売することにあっ
 た。その場合、輸出価格が資本主義国の同一資源や代替資源の国内価格に十分に対抗しな
 ければならず、そのなかで大きな比重を占める海上運賃の引下げが、重要な課題となった。
 それに適応する船腹として、アメリカとその大企業が、便宜置籍船の育成と利用にのりだした
 ことに、その発達の特殊的な根拠があるといえる【9】。
  このように、便宜置籍船は資本主義世界経済がアメリカの利益とその主導にもとづいて再編
 成され、アメリカが支配資源を資本主義国に有利に販売するために、必要な船腹としてビルト・
 インされたといえる。アメリカ大企業の多国籍的な展開は、それを中核とした生産の世界的な
 集積を促進したが、それと対応するかたちで海運用役の生産も、インダストリアル・キャリッヂ
 という、戦後段階において典型的な輸送形態に通じて、世界的集積をみせることになった。そ
 れにあたって、便宜置籍船が決定的な役割をはたして発達したわけであるが、そこで、重要な
 ことは世界的な規模で低賃金船員を雇用し、国民経済的な負担や規制を回避して、多国籍企
 業に「限界的」な海運用役を供給したことであった。

4 便宜置籍船の保有と建造
 つぎに、便宜置籍船の保有、供給関係、さらにそれらの契機についてみてみよう。戦後にお
 ける便宜置籍船は、アメリカが1946年3月に商船売却法を制定して、戦時建造船と低価格・延
 払いで放出し、さらに民間保有舶の外国移籍を承認するようになり、それにあたって非常時に
 有効な統制のもとに入れるため、便宜置籍国への移籍を奨励したことで生成した。それによ
 り、1958年6月までに、同年の世界船腹の約13%に相当する、アメリカ船が外国移籍した。そ
 のうち、民間保有船が約40%を占めるが、それは稼動船腹の紛50%に相当する。こうして生
 成した便宜置籍船の実質船主は、まずもってアメリカ船主じしんであり、ついでアメリカの従属
 国になることで、政治危険を回避したギリシャ船主であった。
  アメリカ船の海外売却、外国移籍、その便宜置籍化は、多くの意味をもっている。海運政策
 としては、非補助会社の多国籍的な経営を承認し、アメリカ船の競争力を便宜置籍化で保持さ
 せ、市場シェアを確保させようとするものであった。また、対外政策としては、非常時に必要な
 船腹を留保したうえで、過剰船腹を処理しながら、大企業の多国籍企業的な海外進出に有効
 な輸送体制を構築していこうとするものであった。海運企業にとって、戦時建造船の低価購入
 による船腹拡充、それをふくむ自社船の便宜置蒲化は、アメリカ入船員の高賃金・労働条件を
 回避して、先進海運国の後退のなかで、高利潤を獲得する決定的な基盤となった。要するに、
 アメリカの便宜置籍船化は、その海運企業に有力な蓄積基盤をあたえながら、その多国籍企
 業的な海外進出を補完しようとするものであり、世界政策の一環であったといえる。
  S・G スターミー氏【10】によれば、1960年代当初の便宜置薄船の主な利用国は、ギリシャ
 45%、アメリカ46%、イタリア5%であり、その他フラソス、西ドイツ、ノルウェー、スペイン、スウ
 ェーデン、イギリスとなっていた。OECD1971年年次報告【11】は、1960年代末について、ギリシ
 ャ40%、アメリカ25%(非常時統制船のみ)、イタリア5%とし、その残り30%が広く分散している
 としていた。1960年代、利用国がかなり拡大したとはいえ、ギリシャとアメリカが圧倒的な地位
 をしめていた。それら利用国のどのような船主が、実質的に便宜置籍船を保有しているかは、
 それほど明確にはなってはいない。
  それでも、ギリシャ船主がニアルコス、オナシス、リバノス、カルラスといった大船主ほか、弱
 小の船主、アメリカ船主がメジャー・オイル、ユタ・スチール、べスレヘム・スチール、アルコアと
 いった鉱山会社、ネス、ルドヴィク、マリン・トラソスポートといった海運会社などによって構成さ
 れていることがあきらかにされていた。山本氏は、1973〜74年のアメリカ系メジャー5社が保有
 する便宜置籍タンカーを調査したが、それだけでも世界の置籍タンカーの15%に相当してい
 る。また、森久保氏は、1977年のギリシャ船主の保有船腹を調査したが、それが保有する便
 宜置籍船腹は世界の置籍船腹の20%に相当している。
  こうした保有状況からみると、便宜置籍船の実質船主はアメリカを中心とした石油・鉱山多国
 籍企業保有船、アメリカ海運会社保有船、ギリシャ本船主保有船、ギリシャ弱小船主保有船に
 分類される。そして、1970年代に入っては、先進国海運会社保有船がくわわる。こうした類型
 のちがいによって、便宜置籍船の保有契機、資金調達や充用方法などは、当然ことなってくる
 ことはいうまでもない。それらの分析は、いまだ十分であるとはいえないが、主として保有契機
 についてはつぎのようにいわれてきたし、それを補強しうる。
  一般的には、便宜置籍船は自国の社会規制から逃がれて便宜置籍を享受すること、低賃金
 船員を雇用し、労使紛争にまきこまれないこと、海運市況の変動にのって投機利益をつかむこ
 と、非常時にさいして自由な行動 をとれることなどを契機として保有されている。こうした一般
 的な保有契機は、ギリシャ船主においては、直接的な契機となっている。特殊的には、メジャ
 ー・オイルなどはダウン・ストリームにおける利益追及としてばかりでなく、多国籍的な石油供
 給を安定的に調整し、また海運市場に参入して運賃を低位平準化するため、便宜置籍船を保
 有するとともに用船している【12】。アメリカ海運会社は、非補助会社として、自国船員の高賃
 金を回避することが、便宜置籍船の保有の大きな契機となっている。最近の先進国海運会社
 も、それが重要な契機となっていることはいうまでもない。
  こうした保有契機は、主として保有会社からみた内的な契機であるが、それを補完あるいは
 強化する外的な契機に着目すべきであろう。すでにみたように、初期の多くの便宜置籍船はア
 メリカの国家資産でしかも過剰設備であった戦時建造船の払下げによって生成したが、それ
 は広い意味での国家資本の輸出であった。その後、1950年末まで、便宜置籍船主(とくに、ギ
 リシャ船主)は運航会社との長期用船契約を担保にして、アメリカの金融機関(ニューヨーク)
 から資金調達して、新造船を建造していた。それほ、アメリカの民間資本の輸出であったが、
 それほど大きな規模ではなかった。1960年代、さらに70年代になって、便宜置籍船が新造船を
 中心に急速に膨張していったのは、その船主が日本の造船所とその延払い融資を最大限に
 活用し、またアメリカの外国籍企業が蓄積したユーロ・ダラーを取入れたことにある。
  便宜置籍船は、すでに1950年代よりその発注量の50%近くを、日本の造船所に発注してき
 たが、それは日本の進水量の50%を占めていた。1960年より、日本輸出入銀行の融資条件
 が大幅に改善され【13】、また日本をめぐる輸送需要の増加が見通されるなかで、大幅に増加
 することになった。便宜置籍船主は、その発注量の80%近くを日本の造船所に発注するまで
 になったが、それは日本の輸出船の60〜80%を占めるものであった。1970年代に入って融資
 条件は低下したが、便宜置籍船主は自己資金やユーロ・ダラーによって、ほぼ毎年世界の進
 水量の20%を発注しつづけた。
  日本輸出入銀行の輸出船への融資は、最近はともかくその融資総額の50〜60%におよんで
 いた。こうした輸出船への延払い融資は、重化学工業を機軸にして「高度成長」を持続しようと
 する経済政策の一環であり、国家資本の輸出の日本特殊的な形態であった。そうした措置
 は、便宜置籍船主がドル減価のなかにあって、それを利用して船腹の拡充とドル建用船料の
 取引を容易にし、さらに船腹を投機の対象にさせるものであった。
  このように、便宜置籍船の生成と発達を資金調達から支持したものは、現代資本主義の経
 済的特徴である資本輸出によって、造船金融が国際化されたことにあるといえる。その場合、
 便宜置籍船主にとってアメリカのばう大なドルの流出と多国籍企業の過剰ドル蓄積にともなうド
 ル減価は、ドル建運賃・用船料制が維持されているもとで、その経営活動を有利に展開させ
 た。そして、日本経済がアメリカの世界政策に組込まれて、重化学工業製品の輸出を強行す
 るためにうちたてられた、国家資本輸出としての造船延払い融資が、それを完結させたといえ
 る。

5 便宜置籍船と日本の海運企業
 日本の海運企業と便宜置籍船との関連は、まさに焦眉の課題であるが、本格的な分析は別
 の機会にゆずり、簡単にふれるにとどまる。その場合、日本をふくむ先進国の海運企業が、た
 だ単に便宜置薙船を用船するだけでなく、それを保有しだしたことにおいて、便宜置籍船問題
 が新たな段階に入ったことを確認することが重要であろう。
  日本の海運企業(船主協会加盟)は、戦後初期より外国用船をおこなっていたが、その運航
 船腹に占める比率は1970年代増大してきたものの、1963年6.9%、65年16.3%、70年27.4%
 と、それほど大きな量ではなかった。しかし、その外国用船のうち、便宜置籍船はすでに40%
 に及んでいた。1970年代に入ると、日本の海運企業は大量な外国用船をおこなうようになり、
 運航船腹に占める比率は1972年32.7%、1974年46.5%と増加し、1976年には51.6%となり、日
 本船を上廻るところとなった。そのうち、便宜置籍船は1973年にはリベリア50.1%、パナマ8.
 7%、合計58.8%となり、1976年にはそれぞれ、54.5%、11.8% 66.3%にまでなった。
  日本の海運企業が外国用船を拡大したのは、輸入原燃料や輸出製品の輸送需要の増大に
 こたえようとしたからではあるが、1970年代に入るとその意味はまったく変化してきた。1970年
 12月、海運造船合理化審議会は「新外航海運対策」を答申したが、それは今後の輸送需要の
 増大の見通しのなかで、大量な外国用船の手当が必要となることをみとめ、それにあたっての
 外国船の裸用船方式による建造を配慮し、さらに海外投資等による国際海運活動の強化を
 奨励するものであった。それは、海運企業の海外進出を許容し、それによって必要な船腹を供
 給させようとしたもので、海運政策として大きな転換であった。
表1 中核6社の仕組船、チャーター・バック船の推移
外国用船
仕組船
チャーター・
バック船
重量トン(%)
重量トン(%)
重量トン(%)
1972
386
11,565(100)
24
730( 6)
59
1,539(13)
1973
464
17,060(100)
36
1,632(10)
69
1,777(10)
1974
544
20,956(100)
55
2,476(12)
64
1,491( 8)
1975
616
24,876(100)
75
4,601(19)
61
 1,485( 6)
1976
626
27,283(100)
109
7,047(26)
61
1,567( 6)
1977
642
27,937(100)
153
8,980(32)
57
1,780( 6)
(注)
1. 仕組船とは、日本の海運会社が長期用船する目的で日本の造船所の船台を外国
の海運会 社にあっせんし、建造させた船舶である。
2. チャーター・バック船とは、日本の海運会社が海外に売却し、外国籍になった船舶
に、外国 船員(主として発展途上国船員)を配乗したのち、再び当該海運会社が用船
した船舶である。
3. 各年6月末現在における2,000総トン以上の船舶であり、()内は構成比である。
(出所)海運審資料

表2 海運助成対象会社の仕組船、チャーター・バック船の現状
外国用船
仕組船
チャーター・
バック船
重量トン
重量トン
重量トン
千トン(%)
千トン(%)
千トン(%)
中核6社
642
27,937(100
153
8,980(32)
57
1,780( 6)
その他
176
5,063(100)
63
1,589(31)
18
432( 9)
合 計
818
33,000(100)
216
10,569(31)
75
2,212( 7)
(注)
1. 昭和52年6月末現在における2,000総トン以上の船舶であり、()内は構成比である。
2. 助成対象会社41社について調査したものである。
〈出所〉海造審資料

 それにもとづき、海運企業は船腹支配の強さからいえば、つぎのような形態で海外進出をと
 げていった。単純用船は、純然たる外国船社から用船した外国船である。仕組船は、一般的
 には日本の海運企業が予約した日本造船所の船台を、外国船社に長期用船を条件に譲渡す
 ることで建造させた外国船であるが、その外国船社が純然たる外国船社の場合:単純仕組
 船、100%出資の海外子会社の場合:便宜仕組船その中間として海外合弁会社の場合:合弁
 仕組船にわかれる。チャーター・バックほ、日本の海運企業が在来船を海外売船して、仕組船
 と同様な保有形態をとったうえで、用船している外国船である。丸シップは、日本の海運企業
 が設立した海外子会社に貸渡し、それを再用船している日本船である。そのうち、ほとんどの
 仕組船やチャーター・ノミック船は、便宜置籍である。こうした日本の海運企業の海外進出の
 実態は、それほどあきらかになっているわけではない。
  中核6社は、1969年より76年まで、仕組船を153隻481万総トンを建造しているが、それは自
 社新造船の40%に相当しており、最近では仕組船が自社船を上回っている。1972年の外国用
 船のうち、仕組舶が6%、チャーター・バック船が13%、合計19%(重量トン)を占めていたが、
 1977年にはそれぞれ32%、6%、38%にも達している。その間、外国用船が1,637万重量トン
 増加したが、それに対する仕組船・チャーター・バック船の寄与率は実に52%にも及んでいる。
 その結果、1977年6月中核6社は仕組船153隻898万重量トン、チャーター・バック船57隻178万
 重量トンを運航しているが、それが運航船腹に占める比率は隻数で18%、重量トンで22%にま
 で達している。そして、それらは自社船に対して、隻数で78%、重量トンで82%に相当してお
 り、いまや自社船にほぼ匹敵する船腹となってしまっている。それにともない、運航船腹の構
 成(重量トン)は、自社船26%、仕組船等22%、国内用船21%、単純外国用船31%となり、
 1970年代当初の構成とはまったく様相をかえてしまっている。
  1978年6月の海造審の資料によると、1977年6月海運助成会社41社は仕組船216隻1,056重
 量トン、チャーター・バック船75隻221万重量トン、合計291隻1,277万重量トンを運航している
 ことになっている。それ以外の非助成会社をふくめると、約600隻になるという観測もなされて
 おり、それらが1,500万重量トンを下廻らないことは確かであり、世界の便宜置籍船腹の約
 15%に相当する。いまや、日本はアメリカ、ギリシャにつぐ、世界第3位の便宜置籍船保有国と
 なったといえる。それら船腹は、日本の実質船主が保有、建造、修理、運航、配乗など、すべ
 てにわたって統制している。その意味で準日本船隊と呼ぶにふさわしいものの、私生児扱いさ
 れてきた。1978年6月の海造審中間答申は、それを公然と認知し、そのうえで海運政策を検討
 するにいたっている。
  日本の海運企業が、便宜置籍船を保有するようになった契機あるいは背景については、す
 でにいろいろと指摘されている。それを補強しながら列挙すれば、次のようになろう。(1)円高・
 ドル安傾向のもとで、ドル建経費を志向するようになった。(2)海運集約後の高蓄積や市場拡
 大のなかで、海外進出が可能になっていった。(3)海運市況の変動を見込んで、自由な船腹
 の保有にはしった。(4)日本船の船員費が相対的に上昇したので、アジア船員の雇用に切替
 えた。(5)海運助成がゆるまったので、国外で代替便宜をもとめた。こうしたなかで、運輸省や
 海運企業は便宜置籍船の保有にむかわざるをえなかった契機として、日本船の船員費の上
 昇をあげるが、それは便宜置籍船の保有を弁護する一面的な見解であることはいうまでもな
 い。
  日本の海運企業が、先進海運国にくらべいち早く便宜置籍船の保有にむかったのは、日本
 経済のイソフレにともなう船員費の相対的な上昇−基本的には海員組合の経済闘争の激化
 一が一つの契機となっていることは否定する必要はないが、円高・ドル安によるドル経費志
 向、高蓄積による海外進出の可能性、それらを実現するアジア低賃金船員の雇用による高利
 潤の追求【14】が、基本的な契礫であったと強調されるべきである。そして、1970年代における
 日本の大企業・商社の輸出拡大と海外進出によって、海外に蓄積された過剰ドルの処理とし
 て、仕組船=便宜置籍船が建造されていったことを見逃してはならない。
  日本船の船員費が、過去との比較や国際比較のうえで、それなりに明瞭に上昇しはじめた
 のは、1974年に産業別基本給制と週休2日制が確立してからであったが、それ以前において
 すでに円高・ドル安は進行しており、日本の海運企業はそれに押出されて便宜置籍船の建造
 に乗出していた。それにあたって、1970年代当初の海運市況の高騰が、大きな刺激になって
 いた。日本の大企業・商社は1960年代後半より、日本の大銀行は1970年代に入って、大規模
 に海外進出をつづけてきたが、後者は前者の蓄積過剰ドルをかかえるとともに、さらにユーロ・
 ダラーを取入れながら、海外融資活動を展開してきた。それにあたって、日本の海運企業の
 便宜置籍船志向と利害が一致し、それへの造船融資はその額、期間、利率、担保、回収のう
 えばかりでなく、日本の造船所に建造需要をあたえ、また日本のドル減らしのうえから、格好の
 対象となったのである。そして、円高ドル安の進行やその見通しが、それに拍車をかけたこと
 はいうまでもない。最近の大幅な円高と長期不況は、それを新たな段階に引上げないではお
 かない。
6 おわり−便宜置籍船規制問題
 便宜置籍船の生成と発達をきわめて簡単に概括すれば、アメリカの世界資源の支配と多国
 籍企業の成長の申し子として生成しかつ発達した。そして、日本経済は、アメリカに従属して資
 源多消費型の「高度成長」をみせたが、それが育ての親となって、異常に発達したといえる。
 最近においては、アメリカの減価ドルのたれ流しや長期不況(世界海運ではぼう大な船腹過
 剰)を主な内容とする経済危機が、日本を先頭とする先進国が便宜置籍船の保有にむかわせ
 ることになった。日本の場合、とくに重化学工業の異常な輸出ドライブによる円高が、その保有
 を完全に定着させたといえる。
  最後に、便宜置籍の影響と規制の問題について、簡単にかいつまむことで終りとしたい。便
 宜置籍船の影響は、保有国における雇用縮小、労働条件の圧下、財政圧迫、国民福祉の圧
 下、中小企業の困難などであり、国際的には海難・海洋汚染の拡大、海運秩序のかく乱、国
 際労働者連帯の困難、途上国海運の圧迫などである。こうした影響を阻止するには、便宜置
 籍船が現代資本主義の腐朽的な性格をもつだけに、ひじょうな困難をともなう。いま、その規
 制の長期的で総合的な展望についてふれるとすれば、(1)先進海運国における便宜置籍船の
 保有と用船の規制、(2)先進海運国における海員組合の規制闘争と経済民主主義の確立、
 (3)便宜置籍船乗組員の自発的な闘いと国際的な連帯、(4)少資源産出国・便宜船員供給国
 の経済成長と海運の育成・発達、(5)便宜置斉国の政治的・経済的な自立【15】と便宜置籍の
 廃止、(6)労働基準や船舶安全に関する国際的な規制措置とその実施、(7)それらの総括とし
 ての世界の現代資本主義反対運動の成長と世界経済の民主主義的な発展とすることができ
 る。
  多くの課題にふれることができなかったが、それは資料不足によるところが多いし、また研究
 不足もあらそえない。今後、冒頭にかかげた課題を消化すべく、それなりに努力したい。
注)
  【1】 高村忠也「便宜置籍の現状とその背景」『海運』450〜451、1965.3〜4。
  【2】 山本泰督「アメリカ海運政策と便宜置籍船」『国民経済雑誌』111(6)、1965.6。
  【3】 同上「便宜置籍船と船員問題」『経済経営研究年報』24(1)、1974。
  【4】 同上「アメリカ系メジャー・オイルのタンカー船隊とその船籍」同上26(1)、1976。
  【5】 森久保博「パナマ、リベリア、ホンジュラスの便宜置籍船政策」『海事産業研究所報』46
 〜47、1975.4〜5。
  【6】 同上「ギリシャ海運の近況」同上143、1978.5。
  【7】 筆者も、日本の便宜置籍船問題について「仕組船について」『船員しんぶん』1973.10 で
 論及している。
  【8】 便宜置籍船が途上国海運の発達を阻害している問題は、UNCTAD『真正な関係やその
 欠如の経済的結果』1977.3 でも確認されるにいたった。
  【9】 戦後、アメリカ系メジャー・オイルが産油地をガルフから中東へ、また生産方法を産油
 地精製方式から消費地精製方式に切替え、ヨーロッパのエネルギー企業に対抗するようにな
 ったことは、重要な意義をもっている。
  【10】 S.Gスターミー『英国海運と国際競争』266、東洋経済新報社、1965.8。
  【11】 『OECD海上輸送委員会1971年年次報告』7、日本船主協会、1972.2。
  【12】 アメリカ系メジャーは、戦前世界のタンカー船腹の約50%を保有していたが、最近では
 約35%に低下している。
  【13】 1960〜66年の日本輸出入銀行の融資条件は、延払期間6〜8年、融資比率80%、金
 利4%であった。
  【14】 日本の便宜置籍船に配乗されている船員は、主として韓国人と台湾人である。外国船
 に乗組む韓国人船員は13,000人で、その50%が日本の便宜置籍船だという。「韓国海員との
 意見交換」『船員しんぶん』1965、1976.12.60
  【15】 1977年9月の新パナマ条約の締結やソマリアの内紛は、それを展望させる。

初出書誌:同題名『交通学研究1978年年報』、1978年11月


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