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現代海運の展望と課題
−便宜置籍船規制−
The Prospects and Challenges of Modern Shipping
Regulations for FOC

 篠 原 陽 一

目次
はじめに
1) 便宜置籍船経営の行方−シナリオ1
2) 新国際海運秩序の展望一シナリオ2
おわりに

 第1に、1980年代、世界の先進国に蔓延した便宜置籍船経営は、それが持つ非民主的な性
 格から行き詰まりをみせ、不公正、不正義をさらけ出すしかなくなり、破綻を待つだけになって
 いる。第2に、それに代わるシナリオとして、「海運の平等・互恵の原則」にもとづき、すべての
 海運国が協調しあって成長発展し、世界の船員の雇用安定と船舶の安全を確立しうる新国際
 海運秩序があることを示す。

はじめに
 最近における世界の激動は、いままでの社会の見方、考え方、枠組みに、大きな転換や反
 省を迫った。しかし、社会発展の法則としてのメガ・トレンド−資本主義から社会主義への移行
 −が変わったわけではない。
  ソ連・東欧の民主化、市場経済の導入のもとで、資本主義経済体制の優位が喧伝されてい
 る。しかし、それがもたらしている経済危機や生活貧困、環境破壊、南北問題が解決される見
 通しはいっこうにみえてこない。それに対抗する社会主義経済体制は、スターリン・プレジネフ
 型の経済運営としては破綻した。それを解決すべく、ソ連・東欧の国民大衆は動いたが、その
 あり方について国民的な合意にいたっていない。
  先進国の多国籍企業は経済危機を繰り延べるためにも、ソ連・東欧の経済資源を取り込み
 ながら、世界の経済をますます1つの資本主義世界経済に統合しょうとしている。しかし、それ
 は一方では多国籍企業にとっては自由と富の拡大と、他方における不安定と不均衡の増大に
 終わり、国家間と国家内における対立をより深刻なものにすることは、すでに経験ずみであ
 る。
  したがって、多国籍企業とそれを擁護する先進国が支配する古い国際経済秩序ではなく、そ
 れにかわる新しい国際経済秩序をもってしなくては、人類の未来は切り開かれないことが、ま
 すますあきらかとなってきた。
  そうした状況や課題は、世界の海運産業においても、軌を一にしている。

1) 便宜置籍船経営の行方−シナリオ1
  (a) 便宜置籍船経営の結果
 1980年代、世界の海運企業は、あげて便宜置籍船経営(第2船籍経営を含む)に狂奔してき
 た。それは、アメリカの新海運法(規制緩和)ともども、サバイバル競争を巻き起こした。その
 結果として何が起こったか。それは、一方では、海運用役の需要者である荷主に対して、安価
 な運賃・用船料を提供することにつながった。他方、その供給者である海運企業にあっては、
 その経営が自縄自縛の状態に陥った。それにとどまらず、便宜置籍船経営は、人類にとって
 危険な経営であることをあまねく知らしめた。
  便宜置籍船経営は、アメリカが産みの親、日本が育ての親となって、1960年代、アメリカとギ
 リシャがその中心となって発達し、1980年代に入ると主要海運国に蔓延することとなり、それが
 揺るぎない経営となったかにみえた。しかし、まさにそのとき、その経営は自己矛盾を深め、外
 部から指弾を受け、その行き詰まりをみせはじめた。その原因は、便宜置籍船経営には、西
 側先進国が標樗してやまない民主主義が、一片としてないからである。世界の人々の平和と
 民主、公正と協調を目指す運動は、1980年代末から、再び大きなうねりとなりつつあり、その
 一環として便宜置籍制度廃絶の包囲網は狭められつつある。
  先進海運国の海運企業は、便宜置籍船経営にただがむしゃらにしがみついているが、その
 経営は不公正、不正義をさらけ出し、早晩、破綻の憂き目を待つだけになっているのが、シナ
 リオ1である。そこで、便宜置籍船経営がいかに展望を持ちえなくなっているかを、整理してみ
 る。
  (b) 海運企業経営の不安定性と強者優位
  便宜置籍船経営は、世界的規模で有利な経営資源を組み合わせて調達し、資本蓄積を加
 速化しようとするものであった。それは船腹の拡充を容易にし、多額の利潤を獲得しうる機会
 を与えた。しかし、そうした経営方法は船腹の供給力を著しく高め、船腹過剰とそれを長期化
 させる構造的要因として、ビルドインされた。そこで、海運企業はコスト引き下げ競争を際限な
 く行うことなくして、生き残れないという立場におかれることとなった。
  現実に、便宜置籍船経営は、1970年代半ばからの輸送需要の低迷のもとでの生き残り作戦
 として蔓延したが、その過程で多くの中小の海運企業は整理淘汰され、巨大な海運企業の優
 位が築かれ、運航業者と貸渡業者の支配従属関係は強まっていった。そうしたことは、今後と
 も繰り返されよう。便宜置籍船経営を通じて、資本主義的自由としての弱肉強食の法則は、い
 ままでになく強固に貫徹するところとなり、あまたの海運企業は不安定な経営に絶えず身をさ
 らすことから逃れなくなった。
  (c) 有能な船員の枯渇とその再生産の困難
  先進国の便宜置籍船経営は自国人船員を解雇しあるいは不安定雇用のもとにおき、その多
 くをアジア人船員に切り替えることに、最大の眼目があった。ただ、運航、船舶、船員管理の必
 要から、上級職員は自国人船員にせざるをえなかった。そうした変更はおおむねスムーズに
 行われ.労務コストは2分の1から3分の1に低下した。それに応じて、海運企業にそれなりに多
 くの利潤をもたらしはしたが、そのメリットの大半は荷主に移転していった。
  この船員の切り替えは、先進国においては、それでなくても船員供給力が減退しているなか
 で、その職業の魅力を根こそぎ奪うものとなったので、船員の供給源は崩壊し、その再生産が
 困難となった。他方、便宜置籍船経営はより低賃金のアジア人船員をもとめて、供給国を次々
 と食い潰していった。それにともない、それら船員の技能レベルは著しく低下した。さらにその
 供給力が無限でないこともあきらかとなった。その結果、便宜置籍船経営は先進国人である
 か、アジア人であるかを問わず、有能かつ低コストの船員の確保と維持が困難となり、その世
 界的な不足があらわとなった。便宜置籍船経営はまさに自己撞着に陥ったのである。
   (d) 国際運輸労連の闘争とアジア人船員の権利要求
 便宜置籍船経営は、先進国人であるか、アジア人であるかを問わず、無権利状態で雇用しよ
 うとするものであり、またそれらの船員における隔絶した雇用条件に寄生しようとするものであ
 る。特に、第2船籍制度は、国籍による雇用差別を、国内の制度としたものである。ただ、マル
 シップは国籍により差別しえない形態となっている。こうした時代に逆行した不公正な労働慣行
 に未来はない。
  先進国の海員組合は国際運輸労連(ITF)を中心として、長年にわたり便宜置籍船反対闘争
 をつづけてきたが、いま新たな闘争の方向を模索しつつある。特に第2船籍制度は違憲とし
 て、その廃止を目指しつつある。また、世界的に船員不足が拡がるなかで、便宜船員の中核と
 なった当のフィリピン人船員は、ITFの支援を受けながら、雇用契約の完全履行を求めて起ち
 上がりはじめた。さらに、アジア人供給国の海員組合にあっても、自国よりも低賃金の供給国
 船員にその職場を奪われ、賃金が押さえ込まれることに反対し、先進国船員と便宜船員の職
 場割当協定を要求するようになっている。また、自国海運の発展を阻害することになる船員の
 海外流失をめぐって、国内で対立がみられるようになった。いまや、便宜置籍・第2船籍船経営
 が世界の船員を無秩序かつ無権利状態で雇用しっづけることが、急速に困難になりつつあ
 る。
  (e) 人命損傷、環境破壊の発生者としての糾弾
  便宜置籍船は、当初、老朽船であったため海難が多く、海洋汚染を引き起こしてさた。1967
 年、イギリス海峡で、大型船が決定的な海洋汚染を引き起こしたことで、便宜置籍船は労働・
 安全の面で基準以下船と判定され、それを規制するため、1978年船員の訓練及び資格証明
 並びに当直の基準に関する国際条約(STCW)などが制定された。しかし、1980年代、便宜置
 籍船が蔓延し、かつアジア人船員が多くなるにつれ、その後半から目立って海難・海洋汚染が
 多くなってきた。それも、あらゆる海域で発生するようになり、その規模も大きくなってきた。
  地球人類にとって.核廃絶・軍備縮小、地球環境の維持・保全、そして社会正義の確立が緊
 急の課題となっており、それに向けて世界の人々はたゆまぬ努力をつづけている。そうした課
 題や運動に便宜置籍船経営は真っ向から対立するものとなっている。いままでは、海運産業
 レベルでそれに一定の規制をほどこすことで糊塗されてきたが、いまやそれにとどまりえず、
 国際的・国民的な高いレベルから、便宜置籍船そのものの廃絶に向けて運動が展開されるこ
 とが必至となってきた。
  (f) 便宜置籍国の民主化の動き
  便宜置籍船経営は、その国と船舶や経営とのあいだに「真正な関係」がないにもかかわら
 ず、便宜置籍国がその船籍の供与を営利とし、かつ船籍国としてその船舶に有効な管轄権を
 行使しないことで成り立ってきた。そうした不公正な制度がのさばりえたのは、アメリカ海運が
 作り出した制度であり、それを受け入れた主な国がアメリカの従属国であり、その政治支配が
 比較的に安定していたからである。リベリアは、1847年アメリカから移住してきた解放奴隷によ
 り作られ、あるアメリカの会社の植民地となり、先住民を支配してきた国、またパナマは、1903
 年アメリカがコロンビアから運河地帯を剥奪し、「独立」させた国である。
  しかし、パナマの人々は主権回復の闘いを強め、1977年、1999年運河返還条約をかち取っ
 た。その後、アメリカはさまざまな干渉や制裁を加え、ついに1989年末、軍事侵略に乗り出す。
 それに、パナマの人々が屈服することはありえない。また、リベリアでは、1980年、先住民軍人
 がクーデターを起こしたが、アメリカ依存のもとで経済危機が深まった。1989年末より反政府ゲ
 リラが活発になる。それに対して、アメリカは1990年7凡海軍機動部隊を派遣して圧迫するが、
 国民愛国戦線は首都を制圧し、再建政府を樹立する。このように、主な便宜置籍国は近年、
 政情はますます不安定となり、しかもアメリカのいいなりにならなくなっている。いずれ便宜置籍
 船制度の廃止に向かうこととなろう。

2) 新国際海運秩序の展望一シナリオ2
  (a) 世界海運の平等・互恵の成長発展
  それでは、便宜置籍船経営が行き詰まるシナリオ1に対して、世界の各国海運が発展するシ
 ナリオ2はどのように描きうるか。それにあたって重要なことは、どのような課題(や原則)を掲
 げるかにある。それは、便宜置籍船経営を不公正・不正義な制度と断罪した上で、それがよっ
 て立ってきた先進国優位の「海運自由の原則」ではなく、「海運の平等・互恵の原則」にもとづ
 き、すべての国の海運が成長発展しえること、そのもとですべての国の船員の雇用が安定し、
 良好な労働条件を享受しえること、そしてそれを通じて、海上における人命尊重と環境保全を
 図りながら、低廉かつ安定した海運用役を提供することにある。
  そうした課題(原則)を達成する枠組みは、すでに用意されている。それはいうまでもなく、新
 国際経済秩序(NIEO)の具体的な内容として国際的に認知された、1974年国連全権会議採
 択、1983年発効の定期船同盟行動憲章条約、そして便宜置籍船の規制・廃絶の方向づけとそ
 のための国際条約に盛られた、新国際海運秩序(New Intemational Shipping Order NISO)で
 ある。前者の条約は、直接には定期船海運に関する南北問題を解決するため提起されたもの
 であるが、その主旨は「@先進国と発展途上国間の新規かっ公平な国際労働分業の確立、発
 展途上国の貿易の発展とその多様化、A発展途上国の海運が開発されるように、新しい貿易
 構造に適した世界海運の新機構を促進すること」にある。
  これに対して、先進国は1980年代、便宜置籍船経営に乗り出すことによって、その実現を阻
 止してきた。そのなかで、先進国の海運企業は発展途上国に対する優位を維持し、その過程
 で先進国の船員は大きな犠牲を払わせられることとなった。
  (b) 新国際海運秩序の取引モデル
  定期船同盟行動憲章条約は、さしあたって貿易当事国が自国人船員を配乗した自国船を保
 有して、輸出入貨物をお互いに同等のトレードシェア(50:50)で輸送しあうことを自明の原理と
 した。それを.新国際海運秩序の要石としたもとでの海運・貿易取引モデルは、どのようなもの
 か。
  定期船部門においては、CIF条件(運賃売り手負担)で貿易が行われ、現状ではカルテル運
 賃が設定されている。新国際海運秩序のもとでは、当事国の海運企業の協議によって、高コ
 スト国の海運経営を成り立ちうる水準の、しかも適切な通貨建ての運賃が設定されよう。そうし
 たなかで、当事国の荷主は自国および相手国の海運企業に、それぞれ同量の貨物を積み取
 らせ、同一の運賃を支払って輸送させる。ただ、自国の海運企業から、為替変動調整を要求
 されることがある。海運企業にあっては、同一の運賃を受け取るが、それぞれ運航コストに違
 いがあるので、当事国間において収益率には格差が生じることになる。この違いのもとで、途
 上国海運・貿易は急速に発展しうる。
  また、不定期船部門においては、FOB条件(運賃買い手負担)で貿易が行われている。新国
 際海運秩序のもとでは、買い手国の荷主は自国および相手国の海運企業に、それぞれ同量
 の貨物を積み取らせ、輸送させることになる。その場合、買い手国の荷主はそれぞれの当事
 国の運航コストの違いに応じかつ海運経営が成り立ちうる水準を基準に、しかも当事国ごとの
 通貨建てで決定された運賃を支払うことになる。海運企業にあっては、同量の貨物を輸送しな
 がら、異なった額の運賃を受け取ることになるが、一定の利益は保障される。
  そこで問題は、第三国船の扱いである。定期船同盟行動憲章条約は、外国船(出稼ぎ海運
 国の船腹)を利用することを妨げていないし、その積取比率を20%としている(40:40:20)。し
 かし、その外国船に新国際海運秩序の敵対者である、自国や他国の便宜置籍船が含まれな
 いのは、当然である。その上で、当事国がどの程度、自国船を保有するか.また公正な外国
 船を用船するかは、その国の経済的な力量と政策的判断にゆだねられよう。しかし、自国船を
 まったく保有しないことは、その当事国が海運国としての健全な発達を放棄したとみなされる。
 また、当事国がお互いに輸出入物資の安定輸送を確保する必要があるとき、その基本的な船
 腹は自国船とならざるをえない。現状の海運・貿易取引からみて、当事各国の自国船の積取
 比率は最低限度30数%となろう。
  要するに、貿易当事国はお互いに積取配船権を内容とした海上輸送主権を承認しあうもと
 で、安定輸送に堪える船腹を保有しあい、そして当事国の海運企業はそれぞれの国民的な運
 航コストによる運賃を提示し、当事国の荷主はそうした運賃をそれぞれ支払い、それを通じて
 お互いの海運活動を発展させようとするものである。そして、海運企業はそれぞれの当事国に
 おいて、さらに第三国船とのあいだで、敵対的でなく友好的な競争を行い、運航コストの引き下
 げについて不断の努力をすることにより、適切なサービスを提供しようとするものである。
  いま、こうした海運・貿易取引の二国間モデルの簡単な試算例を示せば、表の通りである。
表 新国際海運秩序取引モデル
(単位、輸送量:トン、運賃:万円)
A国(先進国)の船社
B国(途上国)の船社
輸送量
受取運賃
受取運賃
輸送量
定  期  船
CIF輸出量100トン
荷主の支払運賃
50
50
50
50*
25
25
CIF輸入量50トン
荷主の支払運賃
25**
25
不 定 期 船
25
25
FOB輸入量50トン
荷主の支払運賃
5**
2.5
FOB輸入量400トン荷
主の支払運賃
200
200
40
20*
合   計
300
120
97.5
300
相手国への支払
70*
30**
海運国際収支
−40
−40
 試算条件:@ 輸送量は、A国、B国船社、輸出入とも、同量
        A 運賃率は、定期船10,000、不定期船、A国船2,000、B国船1,000円
        B 荷主は、定期船では同一運賃、不定期船では異水準運賃を支払う

  (c) 新国際海運秩序の確立課題
  こうした海運・貿易取引が成立していくためには、解決すべき多くの条件や問題があり、さま
 ざまな困難や抵抗に遭遇しよう。それを克服することが、まさに新国際海運秩序といえる。そ
 れにあたっての確立課題は.およそ次のようなものとなろう。
  第1は、先進国が新国際海運秩序を承認し、それを国内制度として確立し、貿易相手国と個
 別的あるいは集団的な海運協定を結ぶことである。定期船同盟行動憲章条約について、先進
 国のうちEC諸国は1979年のプラッセルズ・パッケージにおいて、途上国のトレードシェアを認め
 ているが.先進国のシェアは従来通りとしている。それに対し、日本は条約賛成、未批准、アメ
 リカは条約反対、未批准である。こうした状況は、まずもって先進各国における政治革新と、そ
 れと連動した世界の海員組合の国際連帯運動によって克服されるであろう。
  第2は、荷主国としての発展途上国が海上輸送主権を主張し、その海運を成長発展させるこ
 とである。現在、発展途上国においては西側追随の開発独裁がくずれ、民主・自主・独立の国
 民政権が樹立されつつあるが、そのもとで、一方では先進国 特に貿易相手国の海運経営・
 船舶技術に関する援助と、すでに海運を発達させた途上国の南々協力をえながら船腹を逐
 次、拡充し、他方では国連貿易開発会議に再度、結集して、便宜置籍船の廃絶と新国際海運
 秩序についてグローバルプランを策定させていけば、かなり容易に実現しよう。
  第3は、それらにあたって、国際運輸労連は国際船員綱領を策定し、その具体化のための行
 動計画を実施することである。国際運輸労連は、いままで便宜置籍船反対運動をつづけてき
 たが、それは経済主義的な枠組みを超えるものではなかった。国際運輸労連は、世界海運の
 協調的な発展、そのもとでの船員の雇用の安定、持続的な労働条件の改善.権利の拡大、船
 舶の安全の確保に関する綱領を世界の船員に示して指導的な役割を果たし、そして加盟組合
 が各国において政治革新と新国際海運秩序の実現に向けて努力することが期待される。

おわりに
  1989年から90年にかけて、世界各国の民主化は、ソ連・東欧ばかりでなく、南アメリカ、アジ
 ア、アフリカ諸国にまたがる、大きなうねりとなっている。それらは、いままでとは大きく違って、
 アメリカやソ連の覇権主義が衰退・没落しつつあることと連動した、まさに世界的な規模での大
 衆の壮大な民主化運動として展開されつつあることが、最大の特徴となっている。その本質と
 しての「働くものが主人公となる」というメガ・トレンドは、足早に進みかけている。
  アメリカは世界の憲兵として、また先進国の多国籍企業は経済権力者として、それをやっき
 になって押しとどめようとしてきた。そして、当面、世界経済を日米、米加 統合ECとして分割し
 ながらも、先進国サミットという形で利害を調整して、その支配体制を維持しようとしている。そ
 れは、本来、敵対しあっている強者の団結として、メガ・トレンドに対する弱さのあらわれであ
 り、それに対する防衛体制にしか過ぎない。とはいっても、強者の団結であるかぎり、それは強
 固である。したがって、それを上回る世界的な規模での大衆の団結と闘争がなければ、その
 支配体制はくずれるわけがない。
  それにかわる新国際経済秩序を構築する運動の核となるべき社会主義国は、その政治経
 済運営に失敗したため、先進国とその多国籍企業の支配体制の維持に手を貸すことになって
 きた。いま、それら国々の大衆は政治経済の改革に動き出したが、過去の反動が大きいた
 め、未来を担う勢力に直ちにはなれそうにない。発展途上国にあっては、先進国とその多国籍
 企業に包囲されているため、全体としては前進と後退の繰り返しがつづこう。ただ、世界の力
 関係が変われば、一挙に未来を担う勢力になりうる。
  そうしたなかにあって、先進国の労働運動が果たす役割は大きいといわねばならないし、世
 界改革の主導的な勢力として登場する順番となっている。先進国の国民は.自らが中心になっ
 て生み出した巨大な経済力を、自国を含む世界の国民の経済生活にどのように振り向ける
 か、すなわち世界経済の民主化をどう進めるかについて、それを決定する権利がある。いまま
 で、それを放棄してきたが、それを行使する責任を、いま世界の国民から問われているといえ
 る。それを行いうる力量は、長年にわたり資本主義によって訓練され、組織された国民として
 すでに備わっている。先進国の労働運動が新国際経済秩序を構想し、国際連帯を高めていく
 ならば、21世紀の地平は開かれたといえる。
  最後に、いわゆる東欧革命を通じて.世界の国民は人権、民主、独立、改革といった課題が
 いかにグローバルな課題となっており、それと同時に大衆が結集すれば、強固にみえた政治
 体制がもろくもくずれ、しかもそれが連続して波及しうることを知った。こうした事態はまず東側
 で起さたが、西側においても決して無縁ではない。いまや、その教訓を学び、西側の支配者が
 世界および各国のレベルの反体制勢力を分断しながら、体制を防衛しきれるか、それとも反
 体制勢力が、まず一国レベルで政治経済改革を成功させ、それを世界に波及させうるかどう
 かの、せめぎあいの時代に入ってきたといえる。
 【参考文献】
  船員問題研究会編『現代の船員と海運』、成山堂書店、1987。
  西川 潤『世界経済入門』、岩波新書、1988。

初出書誌:同題名、『現代海運論』(雨宮洋司共編著)第5章 税務経理協会 1991年4月

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