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便宜置籍船と新国際海運秩序の相克

篠 原 陽 一(筆名:山下道夫)
目次
 1 脱日本人船員経営への転換
 2 便宜置籍船による外国人雇用
 3 日本人船員切り捨てと海運不況・倒産
 4 はてしのない産業の空洞化
 5 新国際海運秩序の枠組み
 おわりに

1 脱日本人船員経営への転換
  戦後日本の海運政策は、1970年代前半までは、計画造船・利子補給、海運集約・産業管
 理、海運労使協調体制といった施策を実施して、日本経済の在来型重化学工業にとって必要
 な大量の原燃料資源とその加工製品の輸出入にあたって、最大限、日本船を建造し、それに
 「低廉かつ安定的な輸送」をおこなわせることを目指してきた。その方法は、計画造船の割当
 にあたって、海運企業に荷主から長期積荷保証を取り付けさせることにあった。
  そうした政策によって、15年戦争で壊滅した日本船の積取比率(輸送シェア)は、1970年
 輸出38.6%、輸入44.6%まで向上した。しかし、日本の海運企業はその輸送需要を日本船
 だけではまかなえないので、外国海運企業から外国船を用船して(外国用船という)、それに輸
 送をおこなわせてきた。この海外下請生産は、積取比率としてみれば、輸出16.0%、輸入18.
 4%であった。これら日本の海運企業が支配する輸送以外は外航海運企業にゆだねられ、国
 内外の荷主は世界海運市況の変動にさらされながら、海運手段(や用役)を調達してきた。そ
 の場合、おおむね日本船より高い運賃を支払わされてきた。
  日本の輸出入貨物を輸送する外国船は、伝統的には貿易相手国や海運用役の輸出国であ
 る先進国の船舶であったが、1960年代に入るといわゆる便宜置籍船(flags of convenience
 vessel、以下FOCという)が次第に増加してくる。このFOCは、アメリカの従属国といえるリベリ
 アやパナマに、外国船主が船籍を登録した船舶である。その便宜としては、外国人であっても
 船舶の登録を認める、登録料や固定資産税が低廉である、外国人船員の雇用が自由であ
 る、どこの国でも船舶の建造・修理ができる、会社の設立が容易である、法人税が課税されな
 い、配当金などの送金が自由である、などである。要するに腐朽した保有・運航形態の船舶で
 ある。
  FOCは、アメリカの石油メジャーなどが原燃料資源を低運賃でもって売り込むための手段と
 して制度化され、日本の輸出入銀行の造船延べ払い融資を利用することで急増した船舶であ
 る。世界の原燃料資源輸送が増大するなかで、FOCは船型の大型化、不安定雇用船員の利
 用、低金利資金の調達、長期用船契約の締結などを通じて、しだいにその供給価格を引き下
 げ、競争力を強めてきた。その結果、FOCの総トン数の伸びは、1960年代2.51倍、70年代
 2.68倍、世界船腹の増加にたいする寄与率はそれぞれ24.0%、46.0%に及び、世界船腹に
 占める比率は1960年12.0%、1970年17.1%、1980年24.9%と上昇した。
  日本の海運企業は、FOCを不公正競争者として批判していたが、その輸送需要をみたすた
 め、それを用船してきたものの、経営基盤の強化のため国家助成を受けており、また資金調
 達力が弱かったので、それを保有することなどできる状態になかった。しかし、日本の海運企
 業は、1964年の海運集約・再建整備以来の海運助成、大量な計画造船の実施、海運市況
 の堅調、そして船員の強搾取のもとで、高成長・高蓄積を達成する。それを基盤として、海運
 企業はFOC(日本では仕組船ともいう)の保有という、脱日本人船員経営をおこなうようにな
 る。
  それは、1970年代前半、ドル危機のもとで円高基調となり、海運市況が乱高下するなかで
 定着し、さらに1972年の全日本海員組合(以下、海員組合)の長期ストライキ以降、船員の
 労働条件が世間並みに引き上げられたことで促進された。海運企業は海外進出にあたって、
 日本人船員費の「高騰」を根拠としたが、そのねらいは海運助成にともなう制約から離れて、
 乱高下する市況目当ての投機経営をおこない、またアジア人船員を雇用した低コスト船を運航
 することで、高利潤の獲得と経営規模の拡大を達成しようとしたことにあった。しかし、1970
 年代半ば以降においては、石油危機で重化学工業の「高度成長」がもろくも破綻し、原燃料資
 源の輸入量が減退あるいは停滞するなかで、脱日本人船員経営は「減量経営」として拍車を
 かけられた。
  こうした海運企業の海外進出について、海運造船合理化審議会(以下、海造審は、1970年
 にFOCの建造や保有を許容し、それが増大するなかで、1978年にはFOCを世界の政府のな
 かではじめて公然と認知し、しかもそれを準日本船として位置づけた。それは、海運企業の自
 主的な経営活動を認めることであったので、従来の海運政策からすれば大きな変化であった
 が、海運企業の完全に自由な活動を承認したものでは、決してなかった。ただ、「低廉かつ安
 定的な輸送」をおこなわせる必要から、海外進出を認めたにすぎない。すなわち、海運企業の
 海外進出を、荷主大企業の低運賃要求を損なわない限りにおいて、許容したのである。

2 便宜置籍船による外国人雇用
  日本海運企業の海外進出は、主として便宜置籍にともなう租税制の活用と低賃金船員の雇
 用に集約される。
  FOCの仕組みは、日本の親会社がリベリアやパナマに海外子会社(ペーパーカンパニーを
 設立し、それに国内外で調達した資金を投入して、日本の造船所で船舶を建造させ、そして国
 内外のマンニング会社に雇用あるいは派遣させたアジア人船員を乗り組ませたうえで、それを
 外国用船として自らの支配船腹に組み入れたり、あるいは他の日本の海運企業に貸渡した
 り、なかには海外子会社が直接、運航したりする船舶である。マルシップは、外国人を雇用し
 ないとする閣議了解があるため、日本の海運企業はその使用者になりえないので、日本船籍
 のまま海外子会社に貸渡することで、その規制をのがれ、アジア人船員を乗り組ませている船
 舶である。
  日本の海運企業が実質的な経営者であるFOCは、三光汽船がその先駆けとなり、つづいて
 政策的な許容をえて、日本郵船など海運助成会社がそれに参入したことで、1970年代後半
 から急増し、第1表にみるように、1984年には219隻2220万重量トンとなっている。それ
 は、世界のFOCの11.0%にあたり、アメリカ(23.8%)、香港(21.0%)についで、世界第3位
 である。また、それは同年の日本の外航船腹量1055隻5535万重量トンとくらべると、隻数
 で日本船を上回り、トン数で40.1%に相当する。また、マルシップは1986年342隻451万総
 トンであり、同年の日本の外航船腹量957隻3081万総トンのうち、隻数で35.7%、トン数で
 14.6%を占めている。
  これらFOCやマルシップには、アジア人船員を中心にして、それぞれ約3万人、約7000人、
 合計3万7000人が雇用されている(待機要員を考慮すれば、約5万人)。国籍別には、韓国
 人約45%、フィリピン人約35%、そして日本人約10%、その他台湾人、香港人、ビルマ人な
 どが各数%という構成になっているとみられる。これらアジア人船員の供給国は日本とアメリカ
 が大規模に経済進出している地域であり、その経済支配を維持するため政治的なテコ入れを
 おこなっている反共国家群である。それら国々では、船員の海外就労=労働力の輸出は失業
 緩和と外貨獲得の手段として位置づけられており、その供給力は大きい。しかし、それら船員
 は海外就労を出稼ぎとしているにすぎず、国内に適当な職業があれば退出する労働力であ
 る。
第1表 便宜置籍船の真の経営者(1984)
単位 1000重量トン
本国
隻数
トン数
比率
本国
隻数
トン数
比率
アメリカ
717
48,212
23.6
韓国
84
2,147
1.1
香港
1,093
42,625
21.0
オランタ
94
1,252
0.6
日本
1,119
22,204
11.0
イタリア
49
1,237
0.6
ギリシャ
920
21,494
10.6
インドネシア
82
1,190
O.6
イギリス
297
9,731
4.8
イスラエル
25
1,168
0.6
モナコ
71
6,371
3.1
デンマーク
60
1,092
0.5
ノルウェー
175
6,256
3.1
スウェーデン
3
969
0.5
西ドイツ
352
5,953
2.9
パキスタン
8
38
-
不特定
206
4,442
2.2
0.5%以下
845
19,054
9.4
スイス
145
4,231
2.1
不明
270
2,876
1.4
中国
-
-
-
合  計
6,615
22,542
100
(注) 0.5%以下の数字は、主として英国に本拠地をおくギリシャ船主(1,040
万トン)、および米 国こ本拠地をおくギリシャ船主(220万トン)である。

(出所) UNCTAD, TD/B/C. 4/290/, 1985. p.3 A and P.Appledore Ltd.

 なお、日本人船員が基幹要員として、FOCの約200隻強、マルシップのほぼ全数(船舶職員
 法などの関係から)に、それぞれ約2000人強が乗り組み、アジア人船員と混乗している。そ
 れら船員は、海外進出にともなって排除された船員や、雇用調整のため派遣させられている
 船員である。
  これらアジア人船員の労働条件は、おおむねではあるが、雇用期間は10〜12か月、賃金
 は先進国入船員にくらべ2分の1から4分の1(国内賃金にくらべれば、2〜4倍の高賃金)、週
 56時間労働制、時間外労働は無制限、時間外手当は定額または基本賃金込み、若干の有
 給休暇、災害保障、帰還手当がある。それを労務コストとして日本船とくらべれば、4分の1か
 ら6分の1となる。
  こうしたアジア人船員を雇用するFOCの保有は、日本が先駆けとなっておこなわれた。その
 なかで、FOCの船員労務コストは、従来、ギリシャ人ベースであったものがアジア人ベースに、
 大幅に引き下げられることとなった。それにともない、1970年後半からの海運不況=船舶過
 剰が解消されず、韓国、台湾、シンガポールなど中進工業国が船腹を著増させたことが加わ
 って、世界的規模で激しいコスト競争が巻き起こった。そのため、198○年代に入ると、ヨーロ
 ッパ先進国も自国船を大幅にFOCに切り替えるとともに、自国船を含めアジア人船員を大量に
 雇用するようになる。いまやFOCの船員労務コストは国際的に低位平準化しつつある。
  日本の海運企業の海外進出は、異業種企業がないわけではないが、そのほとんどがFOCや
 マルシップの所有、運航、貸船、借船会社と、若干の集荷会社への海外投資である。日本の
 海運企業の海外進出も、1般のそれと同様、本国の親会社が海外子会社を統括し、自らの経
 営活動に組み入れ、海外で資金調達し、外国人を雇用し、海運用役を国内外で販売しており、
 海外生産比率も高い。
  しかし、一般のそれとは違って、海外進出先のリベリアやパナマとのかかわりで輸送活動を
 おこなっているわけでも、またそれら国民を雇用しているわけでもない。また、一般のそれと違
 って、海運用役の生産単位は1隻ごとの船舶であり、しかも海運用役は完成財であるので、支
 配船腹のあいだで生産上の技術的な連関はない。さらに、日本の海運企業の第三国間輸送
 が増加し、それら船舶が投入されているとはいえ、FOC(マルシップ)のほとんどは日本の輸出
 入の輸送に従事している。
  したがって、日本の海運企業の海外進出はアメリカの多国籍企業(それに追随する日本企
 業が、世界的な巨大企業として国際的な規模で海外小会社を配置し、かつ有機的関連性をも
 って生産・販売・雇用・経理活動をおこない、国際的独占体としての地位をえているといった海
 外進出とは、およそ異なっている。
  しかし、それは海運用役が土地ではなく、海洋に立地することで生産されるという特殊性を前
 提にして、その進出国が便宜置籍国であることにおいて様々な便宜を享受するだけでなく、進
 出国の国民経済と関連のないかたち、すなわち進出国の規制を実質的になんら受けないで自
 由な経営活動をおこなえる。さらに、第三国から船員を需要し、船員供給国の労働運動や国
 家保護から直接的な影響を受けることなく、船員を短期間雇用し、かつ解雇しうる。
  要するに、このFOCという形態での海外進出は、主権国家のもとであればそれに従わざるを
 えない様々な社金的な規制かちのがれ、いわば無国籍な状態のなかで資本蓄積=労働搾取
 が可能となるという、最良のシステムである。しかし、このいわば海外社外工生産は、便宜置
 籍国がその制度をなんらかの理由で廃止すれば一挙に瓦解するという、きわめて脆弱なシス
 テムでもある。世界の資本家にとって、この世の楽園といえるような海外進出の最高の形態
 も、それ自体、自らの墓穴を掘るにあたっての最適な形態となっている。

3 日本人船員切り捨てと海運不況・倒産
  こうした海外進出は、日本の海運産業にかつてない影響をあたえたが、それは反国民性、反
 社合性をあらわにしただけではなく、資本企業として行き詰まりを示すものとなった。
  日本の海上貿易量(輸送量)は、日本経済の在来型重化学工業の「高度成長」のもとで、国
 民総生産を上回る伸び率で増加しつづけてきた。しかし、1970年代はじめのドル危機、石油
 危機、そしてその半ば以後の世界経済の構造的危機、日本経済の「高度成長」の破綻と構造
 変化のなかで、1974年を境に大きく変化し、輸出においてはその伸び率は低くなったもの
 の、輸出ドライブのなかで増加しつづけた。しかし、輸入においては、それ以降増減を繰り返し
 ており、最盛期にくらべれば約10%減となっている。
  日本の商船隊(日本船と外国用船)の船腹量は、第2表にみるように、1970年から197人
 年にかけ2822万総トンから6532万総トンに増加したが、その後は減少あるいは停滞してい
 る。しかし、そのうち日本船は1972年の1580隻を項点にして減少しつづけ、1986年には9
 57隻まで減少している。ただ、トン数は約3000万総トンを維持している。それにたいし、日本
 支配のFOCを含む外国用船は1970年以降、一貫して増加しつづけてきたが、1983年以後
 は停滞している。それにともない、日本の商船隊に占める日本船の比率は、1970年75.1%
 であったが、その後減少しつづけ、1978年には最大50.6%まで落ち込んだ。
第2表 わが国商船隊の船腹lの推移
(単位、1,000トン)
日本船
外国用船
合計
総トン
総トン
総トン
1969
70
71
72
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
1,424
1,508
1,531
1,580
1,476
1,427
1,317
1,274
1,234
1.204
1,188
1,176
1,173
1,175
1,140
1,055
1,028
957
19,259
21,185
24,130
27,933
30,623
32,620
33,485
34,649
33,722
33,030
33,344
34.240
34,455
35,058
34,100
33,249
33,470
30,809
236
462
592
655
820
973
1,152
1,142
1,174
1,290
1,200
1,329
1,232
1,165
1,035
1,080
1,407
1,292
3,667
7,030
10,113
12,575
17,718
21,958
26,003
28,289
29,108
32,288
29,677
30,987
27,475
27,410
23,093
23,766
28,691
24,665
1,660
1,970
2,123
2,235
2,296
2,400
2,469
2,416
2,408
2,494
2,388
2,505
2,405
2,340
2,175
2,135
2,435
2,249
22,926
28,215
34,243
40,508
48,341
54.578
59,488
62,938
62,830
65,318
63,021
65,227
61,940
62,468
57,193
57,015
62,161
55,474
(注〉1.運輸省匝】際運輸・観光局調べによる。
   2.対象船舶は、2,000総トン以上の外航舶舶てある。
(出所)運輸省「外航海運の現況」各年。

 その結果、日本の商船隊の積取比率は、1970年輪出58.6%、輸入55.8%であったが、
 輸出はあまり変化せず、輪入は1976年には最大76.2%まで向上し、その後は減少あるい
 は停滞しているとはいえ、約70%弱を維持している。しかし、日本船の積取比率は、輸出にお
 いては1970年38.6%であったが、1976年以降約20%まで落ち込み、それがつづいている
 が、輸入においては約45%前後を一貫して維持している。
  すなわち、日本の海運企業は1970年代前半までは日本船よりもFOCを増強することで、日
 本経済の「高度成長」のなごりから、その増大する輸送需要を取り込み、日本の商船隊の積
 取比率を維持・向上させた。しかし、1970年代後半からは、世界的な海運不況の持続と原燃
 料資源の輸送需要の減少のなかで、日本船を切り捨て、それをFOCに大幅に切り替えること
 で、その高まった積取比率を維持してきたといえる。
  そうしたなかにあって、海運企業は1970年代前半の海運市況の高騰により、また1981〜
 82年には円安傾向にょり、笑いが止まらない高収益を上げた。しかし、海上荷動きが低迷し
 ているにもかかわらず、FOCが乱造されたため船腹過剰が激発し、運賃・用船料は約2分の1
 にまで低落しつづけることとなった。世界の船腹量は、1983年以来、大量の船腹解撤がおこ
 なわれ、減少しつづけているにもかかわらず、船腹過剰率(過剰船腹量/需要船腹量)は19
 86年に入ってもタンカー約40%、バラ積み貨物船約25%に及んでいる。こうした状況のもと
 で、日本商船隊の1トンあたりの運賃率(実績)は円高も加わって、1981年の5410円を項点
 にして、1986年には3402円まで低下している。
  1980年代半ば以降、FOC経営に狂奔した三光汽船はじめ少なくない企業が倒産し、ジャパ
 ンラインなど多くの企業が経営危機に陥った。それは、荷動きの低迷があきらかになるなか
 で、海運企業がFOCやマルシップにアジア人船員を雇用して、コスト引き下げ競争を際限なく
 おこなった結果であった。それは、ただ大荷主に低廉な海運用役を提供するだけに終わり、一
 部の大手企業を除き海運企業は順次、窮地に立たされることとなった。そして、1985〜86年
 における急激な円高進行は脱日本人船員経営をもってしても、ドル建て運賃・用船料という取
 引慣行をつづける限り、日本の企業として経営を維持していくことを困難にした(なお、海運助
 成会社のドル建て比率は、収益約56%、費用約42%)。
  すなわち、海運政策にもとづいて、海運企業が荷主大企業=重化学工業の国際競争力の向
 上に奉仕させられたが、そのことが円高→日本船の国際競争力の低下となった。それを回復
 しようとして、海運企業は脱日本人船員経営に走ったが、それはさらなる円高を促進させると
 ころとなり、その経営方式さえ破綻させたのである。
  こうした日本船のFOCやマルシップヘの切り替え(職場の輸出)、企業倒産や経営不振にとも
 なう大量な希望退職の実施、後述する船員制度近代化による乗組員の削減、選択定年制の
 採用などによって、日本人船員が乗り組む船舶の隻数は大幅に減少し、それにともなってその
 雇用量は激減するところとなった。外航労務2団体においては、第3表にみるように、その所
 属船員が乗船する日本船と外国船(主として自社支配のFOCで、通称労務提供船という)の隻
 数と在籍船員数は、1972年1046隻4万7139人(乗組員数では3万3905人で、1隻あた
 り平均乗組員数32.0人)であった。それ以降、加盟会社の退会もあるが一貫して減少し、19
 87年には445隻1万7681人(9315人、平均20.9人) に落ち込み、その減少率はそれぞ
 れ約50%、約60%(約35%)となっている。なお、海運企業の雇用量がこうした状態にある
 時、すでにみたFOCやマルシップに乗り組む日本人船員約4000人(待機要員を考慮すれ
 ば、約5000人)強は、決して小さな数ではない。
  日本の海運産業の海外生産比率は約50%、その海外雇用比率は約70%と推定される
 が、これは日本の海運産業の空洞化以外のなにものでもない。

4 はてしのない産業の空洞化
  日本の海運産業においては、産業構造調整政策をまつまでもなく、大規模な海外進出をおこ
 なってきたが、1985年秋からの大幅な円高のもとでいっそう拍車がかけられ、いまや日本の
 海運企業としての体裁を残すために、日本船を保有するだけの経営となろうとしている。198
 5年12月、海造審は「今後の海運政策について」という答申を出す。それは、日本船の国際競
 争力の低下の原因を、海運企業が狂奔する脱日本人船員経営とはみず、従来通り日本人船
 員費の高さや円高傾向にあるとし、日本船の規模をできる限り維持するという、従来の方針を
 一変させ、FOCやマルシップは「荷主の多様なニーズに対応し、またコスト競争力のある安定
 的な船腹」であると評価したうえで、日本船は1983年の3410万総トンから1990年には約2
 900万総トンにまで減少し、それにともなって日本人船員数は1983年の約2万9000人から
 1990年には約1万9000人に減少し、なおその3分の1は余剰となると方向づけた。
  さらに、大幅な円高を受けて、海造審は1986年12月、「当面の海運政策について」という中
 間報告を出し、「海運企業の経営全般にわたる一層の減量・合理化が差し迫った課題となって
 おり、かつ、経営危機に直面する企業が増加している状況の下で、船員の雇用問題への対応
 が急務」となった。従来、採用してきた労務提供船の維持も困難となり、また日本船はかなりの
 減船を余儀なくさせられるので、部員の職員化(いわば工員の職員化)による外国船への派
 遣、陸上産業への転職、そのための「受け皿機構」設立の促進、そして「荷主産業の要望に応
 えるためにも、日本商船隊の競争力を回復するについて、労使協力して、船員制度の近代化
 の一層の推進、(マルシップではなく、日本船における外国人船員との−筆者注)混乗を含む
 運航コスト低減化等についてあらゆる努力をすべきである」と、さきの答申の繰り上げ実施を
 促した。
第3表 外航2団体の船員数・配乗隻数の推移
年次
会社数
在籍船員数
配乗隻数
日本船
外国用船
合計
1972
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
87
82
81
78
77
76
75
70
69
69
68
68
55
55
55
52
50
47,139
44,143
44,137
44.061
42,823
41,388
39,227
37,088
35,208
33,796
32,674
29,150
27,120
25,281
20,120
17,681
1,028
958
935
861
831
781
712
691
670
647
653
570
537
515
419
391
18
22
24
11
15
27
51
85
105
102
84
101
105
106
66
54
1,046
980
958
872
846
808
763
776
775
749
737
671
642
621
485
445
(注)1.1987牛は4月1l日現在、その他は10月1日現在。
2.配乗隻数には混乗船を含まない。
(出所)全日本海員組合「船員賃金構造調査」各年。

 こうした脱日本人船員経営からその切り捨てへの進展のなかで、海員組合はどのようにたた
 かってきたか。海員組合は、海運企業のFOCやマル・シップ経営に原則として反対し、日本船
 のナショナル・ミニマムを設定させ、日本人船員の雇用を守る方針を堅持してきた。しかし、そ
 の実態は現実的な対応による後退の繰り返しであった.
まず、日本船の競争力を維持するという観点に立ち、船員制度の近代化に協力してきた。そ
 れは、船員の職務を融合させて、乗組定員を従来の25、6人から18人、16人、そして最近に
 おいてはパイオニアシップと称して14人、11人へと削減することにある。そして、余剰船員の
 職場確保のためとして労働提供船やマルシップヘの乗船と外国人船員との混乗を承認し、雇
 用調整を円滑にするため選択定年制を受け入れ、そして最近においては陸上転職を促すた
 め、自主選択退職制とその退職金特別加算や「雇用開発促進機構」の設立に取り組んでき
 た。さらに、失業船員の職場開拓とその労働条件の保持という観点から、組合自らFOCやマル
 シップにたいして労務供給事業をおこない、また日本のマンニング会社にたいしてその船員供
 給が組合の合意しうる労働契約のもとでおこなわれるよう仕向け、それに並行してITF(国際運
 輸労連)がおこなっているFOCインスベクターを日本でも配置して、その査察活動を実施してい
 る。
  日本の海運企業の海外進出は、海運政策の支持と海員組合の協力によって、それが深刻
 な社会・労働問題になることを回避しながら進められてきた。最近においては、それが新たな
 段階に引き上げるため、フラッギング・アウト(船舶の海外流出)を防止し、日本船の競争力と
 船員の雇用を維持するためと称し、外国にならって日本国内にもオフショア船籍(域内登録)制
 度を設けて、外国人船員の雇用を認めたり、租税制や労働法制に特典を与えたりすべきであ
 るとか、日本船に外国人船員を混乗させても、期間雇用で下船すれば帰国し、日本国内に定
 住することはないので、閣議了解の適用から除外すべきであるとかいった議論が、喧伝されつ
 つある。

5 新国際海運秩序の枠組み
  このように、海運政策の方向づけにあいまち、日本の海運企業はその基本的な生産要素と
 して日本人船員を雇用する日本船とすることをやめ、外国人船員を雇用するFOCやマルシップ
 に全面的に切り替えることにした。それを、すでにのべた経営環境のもとでは、海運企業として
 生き残りうるための経済合理性のある企業行動とする。しかし、それは単純に経済合理性にも
 とづくものではなく、便宜置籍船という政治的な制度によって、はじめて可能となっている企業
 行動にすぎない。いま、日本が主権国家として(さらに国際条約によって)、外国人の雇用を規
 制する措置と同じように、便宜置籍船制度を利用する企業行動を規制し、そのうえで日本の海
 運企業として、その経営が成り立つような経済運営をすれば、海運産業の空洞化は防ぎうる。
  それはきておき、日本船が限りなくなくなることを、当然としてきた人々が同じ口先で、さきに
 みたように日本船のオフショア船籍や外国人船員の雇用といった政策的措置をおこなって、日
 本船を維持すべきであるという。それは、日本船がなくなれば、日本の安全保障(ナショナル・
 セキュリティ)が保てなくなる、つきつめれば軍事輸送手段がなくなるので、最小限度の日本船
 は残すべきだといった主張である。そうした日本船を経営的に保有できる、あるいはゆだねう
 るのは、日本の海運市場を支配する一部の大手企業をおいてほかにない。これは“大企業が
 栄え、労働者・国民は滅ぶ”の海運版である。
  それはともかくとして、深刻な事態が生じうる。日本船がなくなれば、海運企業は日本企業と
 しての社会的地位を失い、それにともない、いまなおつづけられている海運助成を受ける資格
 がなくなり、したがって海運政策の施策対象が喪失するからである。さらに、自国海運市場に
 ついて、自国輸出入貨物はきしあたって自国船が輸送するという、主権国家としての当然の権
 利を、日本船がなくなれば、国際的に事実上、放棄することになり、それにともないその当然の
 権利と自国船の保有を前提にして、海運企業が日本企業として自国輸出入貨物の輸送シェア
 を確保し、運賃交渉に当たるとけう企業行動の基礎が損なわれ、その立場が著しく弱化する
 からである。すなわち、国際海運における日本海運そのものの危機を招くからである。
  現在、世界海運において国際的に合意されている海運秩序は、資本主義海運がかかげてき
 た強者の「海運自由の原則」でも、またそれが利用している便宜置籍船制度でもない。そこに
 あるものは、1974年国連全権会譲で採択された定期船同盟行動憲章条約に盛られた、新国
 際海運秩序である。そして、FOCの規制と廃絶の方向である。その条約は、貿易当事国は輸
 出入貨物の輸送について対等の権利があり、そうした輸送のため配船する権利があるとした
 (すでにのべた、当然の権利)。この条約は、すでに1983年10月発効しており、先進国がお
 おむね批准しているなかにあって、日本は「安定的な輸送秩序の維持・形成に果たす役割を
 評価して採択に賛成し」ておきながら、それに反対したアメリカに追払して批准していない。
  定期船同盟行動憲章条約は、貿易当事国が自国船を保有して、輸出入貨物を対等に輸送
 しあうことを自明の原理としているが、それでもなお当事国が配船する船舶に外国用船が含ま
 れることを見込んでいる。しかし、この外国船は世界の海運秩序の撹乱者であり、主権国家の
 規制を回避しているFOC(やマルシップ)ではありえない。そのうえで、海運企業が、どの程度、
 自国船を保有しまた公正な外国船を用船するかは、貿易当事国の政策的判断にゆだねられ
 ていよう。いま、FOCを不公正・不正義な船舶として断罪し、自国の海運企業や荷主に利用さ
 せないという政策的判断をすれば、外国用船は海運市況の変動にともなって必要となる量に
 限定され、当事国の安定輸送にとって基本的な船舶は自国船とならぎるをえない。
  そして、海運取引としては、定期船部門においては、カルテル運賃が設定されているので、
 貿易当事国の運航コストの違いによって、当事国間の海運企業の収益率には格差が生じよう
 が、カルテル運賃は高コストの当事国であっても、その海運経営を成り立ちうる水準に設定さ
 れていよう。この場合、荷主は為替変動調整後のカルテル運賃を支払うだけである。また、不
 定期船部門においては、競争運賃となろうが、当事国の運航コストには違いがあるので、それ
 ぞれの当事国の海運経営が成り立ちうる水準を最低基準にし、しかも当事国ごとにその自国
 通貨建ての運賃が決定きれ、荷主は当事国ごとの運賃を均等に負担することになる。
  要するに、貿易当事国は積取配船権を内容とした海上輸送主確を承認し、当事国の海運企
 業は国民的な運航コストによる運賃を提示し、また当事国の荷主はそうした運賃を支払いあ
 い、それを通じておたがいの海運活動を発展きせようとする、いわば「海運の平等・互恵の原
 則」である。
  この新国際海運秩序にとって最大の障害は便宜置籍船制度である。それを利用しておこな
 われている海外進出は、この新国際海運秩序と真っ向から対立し、それを確立させない運動
 となっている。しかし、そうした海外進出でしか生き残れないということで、ほぼすべての先進海
 運国企業がのめり込んでいることは、資本企業としての行き詰まりを示し、そして資本企業が
 本来持つ不公正・不正義をさらけだしたといえる。そのことは同時に、世界の船員があげて、
 新国際海運秩序の確立に向けて壮大な運動を展開することなくして、これまた生き残れないと
 うこと教えている。

おわりに
 1987年の新年メッセージとして、日本の海員組合の土井一清組合長は、「だから政府は国を
 海を船を見つめ不況対策と船員雇用対策の具体化に急げ。だかち船主は経営責任上雇用と
 海陸職場を確保せよ雇用責任の放棄は許さぬ。だから我々は自らの生活を守るため雇用と
 職場を確保するためあらゆる努力を尽くそう」と詠み、またイギリスの海員組合のサム・マクラ
 スキー書記長は「海運の消滅から救う唯一の望みは、海運の栄光回復を目指す政府を、選挙
 で選ぶことしかない。組合員は、安い外国船員を雇いたがっている船主にたいして、退職金と
 引き換えに、自分の仕事を売り渡してはならない。と言っても、もし十分な労働条件と安全の保
 障が得られた場合、外国籍の英国船への乗り組みまで組合が拒否すれば、組合員の就労の
 機会も否定することになる」と告げた。
  世界の海員組合はいずれも苦悩している。その解決のあり方についてかなりの違いがある
 が、国政革新を通じて、労働者・国民の利益に即した経済運営と、平等・互恵の原則による国
 際関係の確立の一環として、便宜置籍船制度の規制と廃絶を軸に、自国海運の民主的な再
 建と新国際海逢秩序の確立に取り組むことが、焦眉の問題となっているといえる。
 なお、与えられた課題は運輸産業における海外進出であった。アメリカ・ヨーロッパにおける海
 陸空複合一貫輸送にかかわって、運輸系、倉庫系、商社系企業がフォワータや代理業、倉
 庫、通関業、運送業などに進出しているが、日本経済の空洞化や進出国でのあり方からみ
 て、それほぞ大きな問題がみられないので取り扱わなかつた。

初出書誌:同題名、『経済』283 1987年11月

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