▼江南から興った中国唯一の王朝、明▼
　モンゴル族が支配した元朝では、14世紀中ばより、白蓮教一派の紅巾軍などの反乱が起きる。1368年、現、南京を根拠地としていた朱元璋（初代皇帝・太祖洪武帝、1328-98、在位1368-98年）が明を建てる。この明朝（1368-1644）は、江南から興って中国を統一した、唯一の王朝であった。その後を建文帝(在位1398-1402)が継ぐと、靖難の変という4年にわたる内戦が起きる。それに勝利した永楽帝（在位1402-24）が皇位を簒奪し、第3代皇帝となる。

永楽帝は、モンゴルに5回にわたって遠征したり、鄭和に7回（1回は宣徳帝）にわたって南海遠征をくりかえすなど、積極的な対外政策を実行する。また内政面では、大運河の修築や北京への遷都のほか、文化事業にも意をそそぐ。しかし、宦官(かんがん)を重用したため、宮廷内で力をつけた宦官の専横によって、明朝の滅亡を早めたとされる。1449年、正統帝（第6代在位1435-49、第8代在位1457-64)がモンゴルとの戦いで捕虜になるという珍事（土木の変）が発生し、その後明の対外拡張は終わりを告げ、民衆生活の安定の時代となる。 　16世紀に入ると、明は内に宦官の専横、外に北虜南倭に苦しめられる。明は中期以降、北方のモンゴル族の侵入になやまされ、万里の長城を修築して北辺に大軍をおくなど、さまざまな防衛策をとる。また、長江河口以南、福建、広東の沿岸部では16世紀倭寇（実は後述の通り中国人の海寇）の活動が激しくなる。これらへの対応におわれて軍事費の負担は過重となり、その滅亡につながる。

永楽帝

　宋代からの流通経済の発展によって、農業における茶、木綿などといった商品作物の生産が広がり、落花生、玉蜀黍、タバコなども栽培されるようになる。明代に、綿布の生産は飛躍的に増大し、穀倉地帯だった浙江は綿花の生産の中心地となり、かわって米作が湖広地方で発展する。しかし、原料の綿花は華北、華中の広範囲から集められ、綿製品は全国的に流通する。そうしたなかで、山西商人や新安商人といった、全国規模で活躍する大商人も生まれた。
　こうした経済の発達を支えたのが通貨としての銀の流通にあった。明初から流通してきた銅銭や宝鈔(ほうしょう)という紙幣は宣徳年間（1426-35）ごろから使用されなくなり、銀が事実上の通貨となっていった。15世紀中ごろからは、租税の一部を銀でおさめる地域が出はじめ、銀はヨーロッパや日本との交易によって大量に中国に持ち込まれる。
　明は、元のネットワークから離脱したが内陸国家として閉じこもることなく、宋元以来の海上交易の発展を受け止める｡洪武帝は、即位の前年太倉の黄渡鎮に市舶司を設置する｡1370(洪武3)年､黄渡鎮の市舶司が首都南京の近くに位置するという理由から閉鎖して､新たに広州（広東）､泉州（福建）､明州（淅江、港は寧波、元の慶元)の港に市舶司を設置する｡
　このように､明は市舶司に管理させながら内外商人の海外交易を認めていたが､早くも1371(洪武4)年には海禁令を発して自国民の海外交易を禁止し､そして1374(洪武7)年には市舶司を廃止して、いっさいの民間交易を禁止してしまう｡
　他方､明は中華帝国の華夷秩序である朝貢と冊封の体制の再建を目指す。洪武帝は、新王朝の成立を告げ､朝貢を呼びかける使節をアジアの各地に派遣する｡それに応えて、東アジアの日本､琉球、朝鮮、東南アジアの暹羅（シャム）、蘇門答刺（スマトラ）､南インドの西洋瑣里（チョーラ）などといった、元代以来の10数か国が朝貢を承服してきた｡
　明代270年間におけるアジア諸国の入貢回数（814回）は、『明史』外国伝によると､琉球171回、安南(ベトナム)89回､烏斯蔵(チベット)78回、吟密(ハミ)76回、占城（チャンパ）74回、暹羅（シャム）73回､土魯蕃(トルファン)41回、爪哇（ジャワ）37回､撒馬児穿（サマルカンド）36回、朝鮮30回､瓦刺(オイラート)23回、満刺加（マラッカ）23回であり､日本は19回、蘇門答刺(スマトラ)16回、真臘(カンボジア)14回、渤泥(ブルネイ)8回、三仏斉（パレンバン）6回となっている。
　進貢使船を入れる港として、日本船は寧波､琉球船は泉州（後に福州）､東洋･西洋諸国(マラッカ海峡を境として、海域を東洋･西洋に分けていた)船は広州と定められた｡
▼朝貢交易、表文と勘合、進貢物と附帯貨物▼
　明の時代は､一方で民間交易を禁止しながら､他方で朝貢交易を拡大するという､海禁=朝貢システムと呼ばれる､中国に歴史のなかでも特異な時代であった。それは､約200年ほど続くこととなるが、それは同時に倭寇や在外中国人の密貿易、そしてポルトガル人の進出によって掘り崩されていく時代でもあった｡
　朝貢交易は、明初から中期までの約1世紀半にわたる、中国の主要な対外交易形態であった。1586（万暦14）年刊の『続文献通考』には､｢貢舶は王法の許すところ､市舶の司るところ､乃ち貿易の公なり｡海商は王法の許さざるところ､市舶の経ざるところ､乃ち貿易の私なり｣と書かれているように、貢舶=進貢使船以外は密輸船あるいは海賊船となった。この明代の朝貢交易は、歴代中国王朝のなかで大規模なものとなった。
　進貢使船は、正規の使者であることの証として､表文と勘合を携えることになっていた。表文は朝貢国が中国皇帝に差し出す外交文書、勘合は中国が朝貢国に頒布する査証であった。勘合は､明朝皇帝の改元ごとに新規発行･支給された。日本の例では6回にわたり頒布された｡勘合は1船ごとに1枚ずつ持参し､その裏面にはその船の進貢物や附帯貨物の数量、そして正使以下、乗船者の人数を逐一明記することとなっていた（佐久間重男著『日明関係史の研究』、p.6、吉川弘文館、1992。なお、以下、同書に負うところが多い）。

元は外国交易を管理するために、半印勘合簿の制度を実施していたが､明はそれを朝貢使節であるかどうかを識別するための、勘合符とした。それを持参した割り符が、明の役所が保存する割り符と一致した場合に、入港は許可された｡この勘合符は､1383(洪武16)年に暹羅（シャム）への支給にはじまり､その後50数か国に順次与えられるようになった｡朝鮮や琉球などは、中国への君臣関係をわきまえていたため勘合は支給されず､表文だけで入貢することができた｡日本に対しては､永楽2(応永11、1404)年にはじめて支給される。 　進貢使船には、正使･副使の他、通事･頭目･従人もしくは蕃伴人などが乗船していた。この蕃伴人と呼ばれるもののなかには、相当数の商人が含まれていた。また、進貢使船には本来的な国王の進貢物と、貢使の自進物やその随伴者の附帯貨物が積載されていた｡自進物を含む附帯貨物は｢附至番
	大明勘合符（説明図） 15世紀後半 天与清啓著『戊子入明記』所載 妙智院蔵

貨｣とか｢附搭貨物｣と呼ばれ、積載交易品の大部分を占めていた。そして、そのなかには単なる商人たちの交易商品が含まれていた｡
　進貢物に対して､明は代価を支払わないことが原則となっていたが、朝貢国の王や妃に賞賜､貢使一行に給賜が行われ、それらが実質的な代償となった。それら主な品目は､金銀･銅銭･鈔錠･絹織物･陶磁器から、冠帯衣靴までに及び､そのうち絹織物が大宗品目であった｡また、それらの品目や数量は、進貢物のそれらに応じて決定された。
　貢使やその随伴者の附帯貨物について、明の政府はその持ち主の意志に関わりなく、その必要に応じて、附帯貨物である商品を抽買すなわち官収買した。この官の専買制を建て前として、官が必要としない附帯商品について、民間人との交易を許した。それに対する関税（抽分）は明初以来、免除されていたが、明代中期の弘治年間（1488-1505)、明の政府が収入増加を図ろうとして、それを徴収するようになる。
　なお、明の政府が附帯貨物を抽買あるいは官収買するのは、進貢使船の滞在や宿泊､飲食、接待などの諸経費を捻出するためでもあった。そのため、附帯貨物はその大部分が明の政府の独占買い上げとなった。
▼朝貢の衰退―明の財政難、朝貢の利益薄―▼

蕃貨=外国品の収買価格は、明初の洪武8年(1375)から発行がはじまった大明宝鈔という紙幣で算定されていたが、実際はその価格に見合う代替物が支給された｡こうした清算方法は､明にとって有利な設定であった。永楽帝の外征などによって鈔が乱発され、鈔価が激しく低下する。それに伴って、附帯貨物の実質価格が低下するようになり、貢使やその随伴者にとって官収買は採算が合わないものとなり、朝貢そのものの必要性が失われるようになる。 　附帯貨物の民間交易がどのように行われたかは明らかではないが、「法制的には市舶司所在地および京師の会同館を中心に､官設の牙行［交易仲介業］を仲介にして行なわれた｡その趣旨は両者公平の立場で交易させることにあったが､開市期間の制限(会同館は5日間)､違禁貨物の取締り､物価の估定など官府の干渉が強く､純然たる統制交易であった｡この民間取引において……明朝側から頒付された給賜物ならびに給価を用いて､その必要とする物貨を購入することは許されていた」という（佐久間前同、p.15）。

大明宝鈔

　1509（正徳4）年､明は増収を図るため、附帯貨物から関税を徴収したことにあわせて、広州への進貢使船でもない外国の民間商船を認め､それに課税することとなった｡1517（正徳12）年、関税を20ﾊﾟｰｾﾝﾄ、そして関税の中央と地方の配分を定める。なお､1520（正徳15）年、ポルトガル使節団との紛争から､広州での民間交易は再び禁止されるが、それ以外の港での密貿易が広がることとなる｡
　こうした転換は、一方では市舶司などの官吏たちの利殖を促し、他方では沿海民の密貿易をいたく刺激し、富裕市民の密貿易への関与を促した。「こうして、明朝政府と沿海地の交易企業家との対立はしだいに激化の方向をたどり､政府の海禁強行策に対する批判をよび起した」とされる（佐久間前同、p.36）｡
　特に、永楽･宣徳年間（1403-35）、鄭和の遠征もあって多数の国々が朝貢してくるが、正統年間（1435-49）以後になると南海諸国の入貢船が著しく減少し､弘治･正徳年間(1488-1521）には僅かに日本･琉球をはじめ、占城･暹羅･爪哇･満刺加などの伝統的な朝貢国だけになり、その入貢回数もはなはだ減少する｡こうした朝貢回数の減少や、朝貢諸国の減少とその特定化は朝貢交易の曲がり角となった。
　その主な原因は､すでに述べたように中期になると、朝貢国側にとって明の政府の買い上げによる交易差益が少なくなり、それでありながら民間人との交易には規制を加えられていたため、初期のような大きな利益が見込めなくなった。それに加え、北方のモンゴル族の活動は明の政治や財政に大きな負担をもたらし、朝貢交易に大きな制約を加えることとなった。特に1449（正統14)年、正統帝が捕虜になるという土木の変を契機にして､明の国力は著しく消耗してしまい､対外交渉は一挙に後退する。
　佐久間重男氏は、明の朝貢交易を、次のように総括している。「朝貢貿易における明初の『厚往薄来』(貢舶の進貢物は薄くして､中国の賞賜は厚くすると)の方針は､中期以降に経費の節減､支出の抑制に転じたばかりでなく､弘治･正徳年間になると､朝貢貿易における初期の関税免除から抽分法の制定に転じ､貢舶に関税の徴収を行なうようになり､それもかなり高率なものであった｡そればかりでなく､国初以来禁止していた外国商船にも関税を課すことによって､中国への入港を認めることとなったのである｡
　これは､明朝が南海貿易の利を従来知らなかったわけではなく､国初以来華夷の分による政治関係を重視して､その体面保持を先とし､経済はそれに附随するものとして官収買を建て前としたが､中期以後は財政窮乏化に対する応急策として抽買に加えて新規に抽分を課し､その体面よりもむしろ実質的な利益に表面化したことが窺い知られる｡
　このような明朝の政策的変化は､中国民間人を強く刺激するところとなり､民間の密貿易をますます助長させるとともに､ついに隆慶元年(1567)には明初以来約2世紀にわたる海禁政策をも解除させるに至るのである」（佐久間前同、p.22）。
　壇上寛氏は､1509年の外国商船に対する広州開港について「財政難の明が国際秩序の確立よりも民間貿易の利益を優先した証であり」、また1567年の中国船に対する密貿易の拠点となっていた章州月港の開港（章には「さんずい」がつく）について､それをもって「明代独自の海禁=朝貢システムは名実ともに終焉を迎え､伝統的な朝貢制度へと復帰した」と結論づけている（同稿「明代海禁の実像」『港町の世界史』１、p.168-9、青木書店、2005）｡
▼明の海禁、倭寇の防止と交易の独占▼
　明やその後の清だけが、下海通番の禁すなわち海禁―一般の中国人の海外渡航と海上交易の禁止―を行っていたわけではない。倭寇の出没に脅威を感じた元は､江蘇･淅江の沿海の海防を厳重にし､1303(大徳7)年に下海の禁を発布するとともに､市舶司を一時閉鎖する。1314(延祐元年)には､従来の自由交易より統制交易へ転換していた。
　明の洪武帝は、特に国内の敵対勢力が倭寇に結びつくことを恐れて、沿海地方に快速警備船を配置するだけでなく、次にみる海禁を実施するが、それは元末以来の交易統制の延長であった。当時の倭寇や海寇は商船を擬装しており、一般の外国商船とは区別しがたかった。彼らは､単に掠奪のみを目的とする海賊集団とはいいがたく、多くは海上を動き回って中国人と交易を行っていた。それは明の中華政策の一環である朝貢交易とは相容れない動きであった。
　そこで､洪武帝は1371（洪武4）年に晴海侯呉禎に命じて､沿海諸民の海外私出の禁を申達せしめた｡これは海禁実施の第一歩であった｡これにより､民間人と外海との交通は法制的に遮断されることになった｡その場合、中国人のあいだで営まれている沿海交易には適用されていなかった。特に、福建は自給自足が不可能であって､生活必需品を広東や淅江などから移入せざるをえなかった。彼の意図は外国人との交易の禁止にあった。
　この海禁令の直接的な動機は、「明朝創業の当初､元末の群雄のなかでの強豪張士誠［塩商人］､方国珍［海賊］の徒がそれぞれ江蘇､淅江の沿岸地域に勢力を振い､天下統一後もその残党が海島にのがれて沿海地域を乱し､内地の民衆がこれに呼応し通謀することを警戒した」ことにあった（佐久間前同、p.29）。
　しかし､実際には前代から活況をみせていた民間人の海外交易を根絶することは容易でなく、『太祖実録』洪武23年冬には「今､両広･淅江･福建の愚民は禁令を知ることなく､往々外蕃に交通し、私かに貨物を易うるを以て、故に之を厳禁す」といわざるをえなかった。1394(洪武27)年には、海禁を徹底させるため､民間人の蕃香･蕃貨の売買と使用の禁止を発令するにいたった｡さらに、1397(洪武30)年にもまた海禁令を出す｡こうした禁令の繰り返しは人民の根強い抵抗を示そう｡
　佐久間重男氏は、その目的は倭寇･海寇の恣意な海上勢力の台頭を防ぎ、それと同時に朝貢交易の維持、存続するためにあるが、その意味合いは「海禁政策は国外に対していうよりも､その反対に中国沿海民を対象とする中国人に対して実行された国内対策である」とする（佐久間前同、p.32）｡
　すでに、明初から、『大明律』によると､中国人が海上で交易を行った者は杖100､海外に武器や人間を運んだ者は絞首刑､海外に国情を漏らした者は斬首刑などの刑罰が書かれており、2本マスト以上の大船の建造を禁止した。
　明は中期以後､その政治が弱体化するとますます禁令に頼るようになり、｢寸板も下海を許さず｣という言葉が用いられるようになり､中国人同士が海外に出て交易をする―広東の船が福建に行って交易する―といった、明初から認められてきた沿岸交易までも禁止するようになる｡しかし、祖法としての海禁がもはやそれが守られる状態でなくなり、他方では朝貢交易が衰退するようになる。
▼永楽帝のモンゴル遠征、鄭和の南海大遠征▼
　永楽帝は即位後から、洪武帝と同じように宦官などを日本、琉球、朝鮮、シャム、西域諸国､東北地方などに派遣している。この使節団は、明が元に代わって覇権国となったことを世界に示し、朝貢を勧誘しようとしたものであった。その政策は、祖法の海禁=朝貢システムを形式においてではなく実質において徹底させることで､海上交易を独占する仕組みを維持、発展しようとしたものであった。
　1403（永楽元）年いち早く、朝貢使を受け入れる体制を拡充しようと､広州､泉州、寧波の市舶司を復活させる｡他方､同年海上制圧のため､淅江の観海衛に「捕倭海船」36隻の建造を命じ､翌年には既存の船を沿海用の船（平頭船という）に改造させている｡
　永楽帝は、モンゴルに5回にわたって遠征するが、安南(ベトナム)にも遠征する。ベトナムは、モンゴル軍の3度にわたる遠征を撃退して独立を維持してきたが、1388(洪武21)年に黎氏が王位を簒奪し、威勢を張るようになる。それに対して、永楽帝は1406(永楽4)年内紛に乗じて、80万人の大軍を進攻させる。

　1407(永楽5)年、ベトナムに交趾布政司（地方省）を設け、翌年同地に雲屯市舶司を新設する。このベトナム人に対しても越境あるいは渡海して、密貿易しないよう申し渡している。
　永楽帝は海禁=朝貢システムを世界規模で確立しようとして､鄭和をして西洋下りとも呼ばれる南海大遠征を繰り広げさせる｡それは、1405(永楽3)年から約30年間、永楽帝から宣徳帝の時代（1403-35）にかけて行われた。この遠征の詳細と解説は、Webページ【鄭和西洋下りを『瀛涯勝覧』から読む】を参照されたい。
　鄭和の第1-3次遠征は東南アジアからインド西岸のカリカットまで、第4-7次遠征はさらにアラビア半島までの航海として行われ、後者の分遣隊はアフリカ東岸まで延伸する。その遠征艦隊は、長さ約150ﾒｰﾄﾙ、幅約60ﾒｰﾄﾙ、約8000ﾄﾝ級の超大型船―宝船という―を含む、60余隻・27000余人という大規模な編成で行われた。なお､大型船には、火器50門､弾薬1000発が搭載されていた｡この宝船の大きさには異論があり､その長さはせいぜい40数ﾒｰﾄﾙともされる｡
　鄭和の南海大遠征の主な目的は、明初以来の海禁のもとで海上交易が縮減するなかにあって、明の皇帝からの賜り物を持ち込むことで朝貢交易を勧誘すること―それを通じて朝貢・冊封体制に組み込むこと―、朝廷交易として当面不足する威信財や奢侈品を自ら調達すること、そしてそれらの通商路を維持することにあった。
　この目的は大いに達成され、約30余の国々が朝貢するようになるが、大遠征が停止されると一部の国を除いて、その成果は早々と失われてしまう。そこには鄭和の南海大遠征が砲艦外交による朝貢招撫と調達交易であったことの限界がみてとれる。
　こうした直接的な理解としてではなく、佐久間重男氏は永楽帝の積極性について「海外貿易による経済的利益の追求のためというよりも､むしろ靖難の役後の国民の関心､動向を外部に向けるという、政治的必要性から生じたものと判断される｡鄭和らの南海派遣による度重なる海外遠征にしてもそうであり､中国的世界観の拡大発展を通して､軍･官･民の眼を外部に向けさすことにより､自己を中心とする中国的封建秩序を維持存続させることが､その主要なねらいであった」とする（佐久間前同、p.133）。
　壇上寛氏も同じく､「鄭和艦隊の示威行動が沿海民の出海や在外華人の海賊活動を抑制した……その意味では､洪武帝の創建した海禁=朝亭ンステムは永楽帝によって再建され､鄭和の南海遠征を通じて実質的に完成し……明の希求した[それはあくまで、明にとって都合よい国際秩序としての―引用者補足]アジア海域の安定は、15世紀初頭にいたってようやく実現した｣とする（前同、p.163）｡
▼鄭和の遠征と「大航海時代」との関わり▼
　鄭和の南海大遠征の意義は、そうした目的が果たされたことにある。しかし、それはあくまで内向きの意義であって、その外向きの意義はどうか。宮崎正勝氏は、その内向きの目的や意義を認めた上で、次のようにいう。まず、｢世界史」の視点から海のネットワークの成長をみると、4次に画期がある。アジアにおいて、8世紀後半以降のダウ船による第1次「大航海時代」と､11世紀に始まるダウ交易圏とジャンク交易圏が共存する第2次「大航海時代」とがあった（第3、4次は後述）。
　鄭和の南海大遠征は、「かつてのジャンク交易圏を明帝国の政治的ネットワークに変貌させる試み」であるが、それは「どれをとっても第2次『大航海時代』の落日を飾るに相応しい内容の航海であった……［また］1つの時代の終わりを告げる壮大な挽歌だった」という（同著『鄭和の南海大遠征 永楽帝の世界秩序再編』、p.202、中公新書、1997）｡
　ところが、この第2次「大航海時代」は、宮崎正勝氏が自ら認めているように、13、14世紀に「アジアの海の繁栄期」として頂点に達しており、15世紀に鄭和の遠征艦隊のたどった航路はアジア人の「多くの商人が日常的に利用していた諸航路であった｡南シナ海･インド洋の広大な海域における交易はすでに成熟した段階に達していたのである。諸港市は､多くの商人を集めるために交易の保護に熱心であり､後背地の大勢力は港市から税を得るために､港市の自立性を基本的に保障する立場に立ったために､港市と商人の広域ネットワークは守られていた」というのである（以上、宮崎前同、p.197）｡
　「大航海時代」はAge of Geographical Discoveryの訳語であり、「地理上の発見」やそれへの「新航路の開拓」が行われた時代を指している。第2次「大航海時代」という「地理上の発見」が、11世紀からはじまって15世紀まで、だらだら続いたわけではない。第2次「大航海時代」は、自らの説明にみるように、鄭和の南海大遠征以前にすでに終わっている。したがって、鄭和の南海大遠征が第2次「大航海時代」の落日を飾ったとか、またその時代の挽歌であったとかいえるであろうか。そうしたことに世界史的な意義があるとはいえそうもない。
　鄭和の南海大遠征は、第2次「大航海時代」が終わり、「アジアの海の繁栄期」も過ぎて、さらに世紀の変わり目から、それが安定期になっていた時期に行われたといえる。
　鄭和の遠征艦隊は、海のシルクロードに連なる多数の国々（あるいは港市）を訪問する。それらにおいて、朝貢の招諭が次々とほぼ順調と受け入られ―そのために武力行使に踏み切ったのは第3次遠征の際のセイロン王との戦いのみである。それ以外には、第1次遠征時､スマトラの内戦に巻き込まれた戦闘と、パレンバンの中国人海賊への攻撃にとどまる―、そしてそれら国々は明への使節を引き続き派遣してきた。この大いなる成功は世界史のなかでまたとない奇跡といえる。それによって海のシルクロードの海上覇権を握ったといえなくはない。そこに明が海上帝国であったと誇張される素地がないわけではない。
　15世紀、海のシルクロードは成熟した交易圏になっており、明が大規模な使節を寄こさなくてもアジアの海上交易は安定的に行われていたこと、また明が遠征艦隊の派遣を停止すると朝貢交易体制が弛緩したことをみるとき、鄭和の遠征がアジアの海上交易の構造を変化させたとはいいがたい。したがって、そこに特段の世界史的な意義があるようにはみえない。
　鄭和の南海大遠征は、すでに述べたように、海禁によってジャンク交易圏を縮小させておきながら、それを朝貢交易体制として再編しようとする、明という中華帝国の身勝手な振る舞いといえる。
　ただ、その身勝手な振る舞いを通じて、アジアの海上交易とそれを担う港市のネットワークが再構築されたこと、そして「15世紀末にインド洋世界に侵入したポルトガルは､武力でこの巨大なネットワークを再編成し統制下に置こうとしたが､［それに対して］鄭和艦隊は伝統的な慣行を重視し､既存のネットワークの中で､明帝国の声望を高めた」ことは明らかである（宮崎前同、p.197）。これは世界史上、誠に平和的な遠征として、偉大なことであったとしなければないらない。
　鄭和の南海大遠征は、マルコ・ポーロが元から帰国してから約100年後、またイブン・バットゥータが元を訪問（?）してから約50年後、そしてバスゴ・ダ・ガマのカリカット到着の約60年前に行われた、空前絶後の大艦隊による大航海である。その大航海は、60年後から始まるヨーロッパ勢力のように武力でもって、海のシルクロードの港市国家や交易都市を占拠したり、その海域を支配するといった大航海ではなかった。このヨーロッパ勢力との対比において、鄭和の南海大遠征に世界史的な意義があるといえる。
　宮崎正勝氏によれば、いわゆる「大航海時代」は「ヨーロッパが大西洋にネットワークを広げ､ヨーロッパ諸港市をセンターとして、アジアの海域とも結び付くようになった」、第3次「大航海時代」のことである。そして、「蒸気船が世界の海を高速で結び付ける……第4次『大航海時代』」がある。「現在の『世界史』教育には､これらの4つの大航海時代のうち､［アジア諸国を担い手とする］第1次､第2次『大航海時代』が適切なかたちで組み込まれ」ていないという（以上、宮崎前同、p.200）。
　「大航海時代」は、ヨーロッパ人が大洋を渡って、アメリカやアジアにおいて「地理上の発見」や、それへの「新航路の開拓」を行った時代のことである。そうした限定的な用語であるにもかわらず、宮崎正勝氏はそれを無限定的に扱って、第1、2次「大航海時代」においてアジアの海はアジア人によって「発見・開拓」され、海のシルクロードが築かれてきた。その後アジアにも、第3次「大航海時代」が訪れるとする。しかし、「大航海時代」は大西洋や一部太平洋においてはともかく、アジア海域においては「発見・開拓」はすでに終わっている。
　したがって、アジアの海域において第3次「大航海時代」が起きたわけがないし、第2次「大航海時代」が第3次「大航海時代」を準備したわけでもない。第3次「大航海時代」とは、アジアの海にあっては、ヨーロッパ人がすでにアジア人によって「発見・開拓」が進み、成熟し安定した交易圏となっているアジアの海に強引に押し入り、人類にとって既知の海域を取り込んだ時代にすぎない。
▼足利幕府、明と朝貢・冊封関係に入る▼
　日本は、9世紀末の遣唐使以後、途絶えていた中国との朝貢交易を、明の時代に復活する。そればかりでなく、足利幕府は冊封関係にも入る。これにより、日本は明という中華帝国の体制に組み込まれることとなった。それは、5世紀の中国の南北朝時代の南朝に通交した､｢倭の五王｣以来という。それにより桃山時代は日中関係史上でも特異な時代となったとされる｡
　洪武帝は即位後まもなく、日本に朝貢を勧める使節を送ってくる。当時､日本は南北朝の動乱期であったため､南朝の征西将軍懐良親王（1329-83）が日本の国王とされ、10回にわたって主に彼の名義の使節が明に派遣されている。これら日本の国王の書状について、佐久間重男氏は「中国側からみれば､日本の態度が自主尊大でみずから強盛を誇るのみならず､ひたすら通商による利益のみを追求する横暴貪欲な国に映っていたことは明瞭である｡それに､中国側がしばしば要請している倭寇の禁圧はおろか､これを野放しにして」いるとみられていたという（佐久間前同、p.72）。
　明では1380年年代胡惟庸謀叛事件にからむ林賢事件が起きて、日明関係は1386年(洪武19年)以後断絶する。日本では、1392年の南北朝が合一して政治が安定し、さらに永楽帝がクーデターにより即位して積極外交を進めようになると、そのあいだで密接な関係が始まる。
　足利義満（将軍在職1368-94）はかねがね明との交易に強い関心を示していたが､明から帰国した博多商人の肥富の勧めを受け入れ､1401(応永8)年5月に同朋衆の祖阿を正使､肥富を副使とした使節団を派遣して、金1000両･馬10匹･薄様1000帖･扇100本･屏風3雙･鎧1領･筒91領･剣10腰･刀1柄･硯筥1合･同文台1台を献じ、そして漂着中国人（実は倭寇の捕虜）を送還した｡その使節が帰国した際、義満は彼らが同道した明の使節を、兵庫にまで行って出迎える。彼らは、義満を｢爾日本国王源道義｣と呼び､大統暦を与えるという詔を携えていた。

1403(応永10、永楽元)年､義満は天竜寺の禅僧・堅中圭蜜を正使とする使節団を派遣して、永楽帝に外交関係の樹立を願い出る。その進貢物には馬・槍・太刀・硫黄などといった軍事品が含まれていた。翌年、永楽帝の使節が義満を訪れ､｢日本国王之印｣と刻まれた金印を与える。そして、勘合符が100枚も届けられ､それを｢割り符｣とした勘合交易と名付けられる朝貢交易が始まる。 　こうした動きのなかで、清代に記された『明書』戎馬志には、鄭和が第1次南海遠征の前年1401(建文3)年に10万人の軍船を率いて日本を訪れ、倭寇の取り締まりを求めたところ､日本がこれに応えて倭寇を捕らえて、明に送ったということが書かれているという｡この珍説は、足利義満が明の要請を受けて14-15世紀倭寇の取締りに乗り出したことを示すものとして受け取られている。 　それ以後1410(永楽8)年まで､毎年のように幕府は遣明船を8回送り込む。その間、日本と明との関係は極めて友好的であった。この幕府や大名､寺社の遣明船による日明交易は、150年近くにわたって､19回ほど続くことになる｡ 　足利義満を継いだ義持は､1411年(応永18年・永楽9年)以後､その外交方針を転換し、明との国交を断絶する｡それによりまたぞろ

日本国王之印 足利義満に与えられた勘合印、原印は金印であったが、 戦乱で失われ、代用として製作した木印 毛利博物館蔵

倭寇が動きはじめるが､その取り締まりに当たって､永楽帝は日本に期待せずまた圧力をかけるのではなく､自らの手で処理しようとする｡この掃討作戦が、Webページ【2･3･1 元の海上帝国という仮構、倭寇の登場】でみたように、1419(応永26、永楽17)年における望海堝の戦いである。その戦いに前後して応永の外寇が起き、李朝朝鮮は倭寇の根拠地の対馬に攻め入ってくる。これらによって、前期倭寇あるいは14-15世紀倭寇は、ほぼ決定的な後退を余儀なくされる｡
▼遣明船、民間交易船となり、殺傷事件を頻発▼
　明の第5代皇帝宣徳帝は、蜂起軍に撃退されて、ベトナム統治を放棄する。1428（宣徳3）年にはレ朝(黎朝)が興る。宣徳帝の対外方針は永楽帝とは違って、「海外諸民族の自主性と自立を一応認め､武力行使によるのでなく､遠夷招撫により服属させる､換言すれば､朝貢貿易の形態を通じて中国的世界観のなかに秩序づけ､平和的な政治外交を推進する」ことにあった（佐久間前同、p.143-4）｡その一環として、永楽帝の死後7年間途絶えていた、鄭和の第7次遠征が一度ながら再開される。

日本にあっては、足利義持（在職1394-1423）の死後(1428)､ 義量をへて弟の義教（在職1429-41）が将軍になる。室町幕府 は中国との貿易の再開の必要に迫られ、義教は1432年(永享 4･宣徳7年)､帰化僧・竜室道淵を正使として5隻の船団に組織 する。この再開第1回遣明船は､1号公方船(室町幕府)､2号相 寺船､3号山名船､4号13人寄合船(共同経営)､5号三十三間堂 船という編成であった｡ 　これにより、翌年日明の外交関係は再開され、日本の勘合 交易はそれが終わる1549（天文18・嘉靖28）年までに、12回ほ ど行われる。それ以後の遣明船は、再開第1回の船団構成で
	遣明船切手 第1次船シリーズ １９７５/８/３０発行

も明らかなように、幕府の名目な立場とな り、山名、細川、大内といった守護大名、そ の背後にいる商人などが請負、派遣する、 まさに朝貢交易に名を借りた単なる交易船 団となっていった。 　こうした交易船団としての色彩の強い遣明 船は、進貢物以外の附帯貨物を大量に持 ち込むこととなった。それは中国における買 入単価の低下となり、また明の官買収に負 担をかけるものとなった。遣明船のなかに は、多数の商人が乗船しており、貪欲な取 引をしたり、賄賂を用いたり、物を欲しがる などしていた。そればかりでなく殺傷事件ま
	遣明船（真如堂縁起絵巻） 掃部助久国画、大永4年（1524年） 真正極楽寺蔵

で起こすようになる。入貢12回のうち5回も事件が発生する。それに対して、明は祖法の3年に1貢に加え、15世紀半ば以降、渡航隻数を3隻に制限するようになる。
　1467（応仁元）年応仁の乱以後、室町幕府の威信は失墜し、遣明船は室町幕府の使節でなくなり、細川氏は堺の商人、大内氏は博多・門司の商人と結託し、また遣明船の形式を利用して、明との交易の主導権を争い続けるようになっていた。そのなかで寧波争貢事件（寧波の乱）が起きる。
　1523（大永13・嘉靖2）年、大内氏の3隻、細川氏の1隻が､寧波に前後して入港する。寧波市舶司の規定では､貨物の陸揚げおよび点検の順序は同じ元号の勘合のナンバーを基準としていた。そうでない場合は入港の先後によることになっていた｡細川船の副使は人質として来日した中国人であった。その彼が市舶太監に賄賂を送ったことで、早く入港した大内船より先に入関の手続きをすませ、宴会の席次も上座となる。
　それに憤激した大内氏の正使たちは、細川船の正使を殺し､細川船を焼き払い､町で放火乱暴を働き､その取締りの指揮使らを殺し、あるいは拉致するという大事件となった。これに対して、明は日本に抗議するとともに、10年1貢､3隻、1隻当たり（?）の乗船者100人､兵器携帯の禁止という、他にみられない厳しい制限を加えることとした。
　最後の遣明船が帰航した後、1550（嘉靖29）年に明が制限した日本の貢船の人数は、「毎船水夫70名、3船共210名、正・副使2員、居座6員、士官5員、従僧7員、従商60員以下」となっていたという。それ以前の従商の数が、これ以上、多かったことを知りうる。
　こうした制限に関わりなく、寧波争貢事件以後、遣明船による事実上の民間交易は大内氏が独占するとことろとなるが、それが1551(天文11)没落することで終わりを告げる。そして、「嘉靖の大倭寇」そして海禁の解除を経て、それ以後、日本と中国との朝貢交易もなくなる。
　遣明船の利益は恐るべきものがあった。遣明船は新造されることはなく、瀬戸内海水運に使用されていた民間の船舶が借り上げられた。ある例では、安芸高崎の船が1800貫文ほどで調達され、積荷が1500貫文ほど用意された。そして､明に進貢使船として入港するには、幕府からの勘合符をうる必要があった。その際に納める礼銭は最低300貫文くらいであった｡こうして少なくとも3600余貫文の資金が必要となった。
　これら資金の捻出は、すでにみた有力な寺社といえども簡単なことではなく、他家から借用したり､便乗する商人に割り当てたり、所領の農民に段銭を賦課して調達したりした。しかし、日本で1駄10貫文の銅が明では40-50貫文で売れ、また明で1斤250文の唐糸は日本では20倍の5貫文になった。いろいろな史料から､遣明船の利益は少なくとも10000貫文くらいの純利益にはなったとみられている｡
　日本が明からの輸入したもののうち、銅銭が宋代と同じように大宗品であった。それ以外は生糸、絹織物、古着、薬種、書籍、書画などであった。他方、日本が明に輸出したものは､硫黄や銅などの鉱産物､刀剣･武器類や扇子などの工芸品であった｡特に、刀剣は明中期、3万余本といった大量輸出が行われた。それ以外に、琉球からの中継品である蘇木なども輸出された。
▼永楽帝、東南アジアの華僑を招撫する▼
　明初以来の、一方において諸外国に朝貢交易を勧誘しながら、他方において民間交易を禁止するという交易政策は、朝貢・冊封という中華帝国の秩序を再構築することにあったが、10世紀以後、中国人商人のインド洋･南シナ海において展開してきた交易活動を大きく後退させるものであった｡それは、アジア大の海上交易を担ってきた、福建､広東などの沿海住民にとっては生業の危機となった。彼らは、東南アジアに移住して､海上交易を続けるようとした。
　1405(永楽3)年冬出帆した鄭和の第１次遠征艦隊は、それら華僑のいる港市を訪れている。その記録によれば、爪哇国（ジャワ）の杜板(トバン)には､多数の中国の広東､章州の人が流れて来ていた。また、新村(グリッセ)は､中国の人々がこの地方にやって来て始めて住みついたことにより、新村と名づけられた。その村主も広東人であった｡
　スマトラ島の旧港国（パレンバン）は室利仏逝とか三仏斉とか呼ばれ、栄えていたところで、広東､章州､泉州の人々が逃げ込んできていた。その数は他に比べかなり多く、優に数千人はいたとみられる。彼らは勢威を振るい､その海域を通る船に略奪を行っていた。この通商路妨害のため、マラッカ海峡以西の国々から明への朝貢使節の派遣が、途絶える状態になったとされる。
　永楽帝は、朝貢の詔諭とともに、外地居留民をも招撫しようとした。佐久間重男氏によれば、「永楽帝が海島の諸蕃夷［異国の民間人］対策と海禁令下の中国人対策とを､それぞれ区別して講じ……前者に対しては､まず彼らが一端本国に引きあげ､中国からの朝貢貿易の枠内で来朝貿易するようにと勧奨し､後者に対しては､海禁令下の出航逃亡の罪は問わないことにして､まず帰国就業せしめ良民として招撫するという方針であった」と説明される（佐久間前同、p.121）。
　鄭和の第１次遠征艦隊は、パレンバンを訪問したとき華僑たちが頭目争いを起こしていたので、それに介入している。鄭和の遠征を記録した馬歓の『瀛涯勝覧』によれば、「洪武年間(1368-98)に広東の人､陳祖義が家をあげてここに逃げこみ､ついに頭目となり､勢威を振るい､およそここを通る客船があれば、その貨財の物を奪い取っていた｡永楽5年(1407）に明の朝廷は太監鄭和たちを統領とし、西洋派遣船隊を率いて差し遣わして、ここに至らしめた｡
　ここには施進卿というものがおった｡彼は広東の人であったが､陳祖義の横暴の状況を報告したので､太監鄭和は陳祖義などを生けどりにし､〔明の〕朝廷に連れて帰り､処罰した｡そして、施進卿には冠帯を賜い､旧港に帰して大頭目としてそこの『たいしょう』［旧港宣慰司のこと］にした｡本人は死んだが位は子に伝わらず､その娘の施二姐が大頭目となったが､一切の賞罰や進退は前のとおりであった」とある（小川博氏訳注『中国人の南方見聞録―瀛涯勝覧―』、p.43、吉川弘文館、1998）｡
　佐久間重男氏にあっては、陳祖義の仲間の「梁道明はかつて家族をひきつれて密出航し､彼の地に渡って海上貿易によって産をなし､そのために広東･福建の軍･民で密航して､これに従うもの数千人にも達する海上の一大頭目に出世したものであるが､中国政府から見れば､禁令を犯して海上に進出した一大海寇であり、密貿易業者と目されたものである」とされている（佐久間前同、p.122）｡
　また、宮崎正勝氏は「10隻の敵船を焼くとともに5000余人を殺害し､7隻の艦船と陳祖義など3人の頭目を生け捕りにして……数少ない本格的戦闘のうちの1つに……勝利した鄭和は､明帝国とインド洋の諸港市との交通を長い間妨げてきた華僑勢力を服属させ､海のネットワークに大きな変化をもたらした」と評価する（宮崎前同、p.111-2）。その大きな変化が何を意味するかは不明である。
　このように、パレンバンの大物海寇は招撫されたことになっているが、彼を宣慰司という属官にしたことを含め、その意味についての解説はないが、それはせいぜい朝貢交易の航路で海賊行為はしないと約束させた程度の招撫であったとみられる。
　こうした海寇の招撫とともに、国内「沿海の将士に特進･特賞を設けて、招撫に服さない海寇の捕獲取締りに当らせ､硬軟両様の作戦で臨んだ……永楽期を通じて､海寇の活動が比較的記録の上に目立たないのは､その効果のあったことを示すものであろう」という（佐久間前同、p.122）｡
　こうした14世紀末から15世紀にかけて東南アジアに移住した明代初期の華僑が、どのような海上交易を母国とのあいだで具体的に行っていたかは不明である。彼らは、後述する華僑出身沿岸の「勢豪の徒」と直接結びついて密貿易を励んだり、あるいは中国以南の国々の商人やその地の華僑に取り入って陸路、明に向かう中継交易に取り組んだとみられる。華僑の波は、9世紀（唐代）、16世紀（明代）、そして19世紀以降（清代）に起きる。
　日本の1408（応永15）年6月に若狭小浜に漂着した南蛮船は、旧港宣慰司を授けられた施進卿の使者というものが乗っていたという。それ以前の1388年暹羅船（シャム）が来着し、その高麗に向かったとある。また、その後の1412年に同じく小浜に、南蛮船が来着している。こうした南蛮船は華僑の船とみられる。
　また、後述する中国人海寇の王直が日本に進出した時期まで下るが、フランシスコ・デ・ザビエル（1506-52）らが日本布教に向かう際に乗船した船は、華僑のジャンクであった。それは、マラッカの長官が彼らを送り届けるよう、ラダラオという名で知られ、マラッカに家族のいる華僑に依頼した船であった。その船は、1549年6月2日にザビエルらを乗せ、コーチ・シナ､広東､福建のという密貿易ルートを航行し、あれこれの交易を行った上で､同年8月3日(天文18年7月22日)鹿児島に到着したのである｡
▼最多入貢国としての琉球、明の優遇措置▼
　『隋書』には、608年に流求を探索､610年には軍隊を派遣して、捕虜7000人を連れ帰ったことが書かれているが、その流求が琉球か台湾かは定かでない。唐代の貨幣である開元通宝が、琉球列島だけでなく台湾まで分布しており､7世紀、螺鈿の材料であるヤコウガイの需要に対応した、琉球と中国との交易があり、また8世紀には日本にも拡大したと見られている。
　宋代、東アジア交易圏が形成されると、琉球もそれに組み込まれ、その民間交易船が福建の泉州に渡航して、陶磁器や銅銭を持ち帰っている。11世紀には、琉球人が京都まで進出していたなどといった記録があり、その時期、琉球の日本化が進んだとされる。なお､ここで取り上げる琉球は「古琉球」と呼ばれ､12世紀の小王国の成立から､1609年の薩摩の征服までの時代をいう｡

首里那覇港図屏風 1422年頃の風景 19世紀作 沖縄県立博物館蔵

　1372（洪武5）年他国に少し後れて、洪武帝が琉球に使節を派遣してくる。同年、中山王察度が明に入貢する｡山南王は1380年、山北は1383年から入貢する｡それ以降､琉球は明治維新直前まで､実に500年にわたって､中国との冊封・朝貢関係が続くこととなる｡これは琉球の歴史にあってきわめて重要な出来事であった。倭寇や密貿易に対抗しながら､海上交易を独占しょうとする朝貢と海禁という、明の政策に琉球がさしあたって組み込まれたことを意味するが､それにとどまらず明が琉球に大きな役割を担わせるものがあった｡
　当時、琉球三山の入貢回数は､中山が60回､南山が27回､北山が13回であった｡この三山の王との通交は、明の一国の王と通交の原則からすれば、異例であった。それもすぐに崩れる。1406年､佐敷の按司であった尚巴志（1372-1439、琉球王国の第1尚氏王統の第2代王）が中山王の位を奪い､琉球唯一の海外交易港となった那覇を依拠していたことで急速に力を蓄え、1416年山北、1429年山南を支配下に入れ､三山を統一する。
　中山王の朝貢回数は、『明実録』によると､洪武期（1368-98）32回、永楽期（1402-24）44回、洪熙･宣徳期(1425-35)の32回をはじめ､正統期(1436-49)には29回､景泰期(1450-56)には17回､天順期(1457-64)には13回､成化期(1465-87)には22回に及び､弘治期（1488-1505)には減じて9回､正徳期(1506-21）には10回であった。なお、1回当たりの隻数はおおむね1隻であるが、2-3隻のときもあった。

その入貢数は208回に及ぶが、すでにみたように統一後は171回であり、2位の安南(ベトナム)89回を約2倍に及ぶ最多となっている。その初期は年に数次にわたり、また連年、派遣されていたが、進貢使船の乗組員が殺人強盗放火事件を起こしたため、1475（成化11）年から2年に1回の貢期と人数の制限を受けることとなる。 　琉球国は､すでにみたように明の忠実な冊封国であったが、同時に特殊な朝貢国でもあった。明は、琉球を他の朝貢国にくらべて優遇して、その進貢に便宜を図ったとされる。その第1は､1372年から1474年までは朝貢頻度(貢期)に制限はなく､ほぼ1年1貢とされた(日本10年1貢)｡第2は､海船(当時の琉球とっては大型船)が支給された｡しかも、それは隻数が多く、無償であった。1385年から永楽年間（1404-24年）にかけて約30隻を数え、無償は1540年代ごろまで続いた｡第3は、人材面での優遇であって、進貢使船に乗り組む船頭や水夫､通訳､長史､典簿､千戸という肩書きのある人々など、朝貢実務を支える人材を派遣したことにある｡その他、すでにみたように勘合を要求されなかったし、また後述のように寄港地も泉州と定められてはいたが、中国各地にほぼ自由に寄港していた。

首里那覇港図屏風にある進貢船 沖縄県立博物館蔵

　さらに､明は14世紀末から15世紀半ばかけて、南京国子監（国立大学）に琉球の官生を受け入れているが、彼らは朝貢交易業務に関与したとされる。
　明から送り込まれてきたのは福建人であった。彼らは琉球の朝貢貿易の窓口になり、進貢使船の通事･給管ばかりでなく、なかには大夫･長史などの高官となって、正使･副使に任命されるものもでたという｡1431年､明から帰国を許された潘仲孫は､1390年梢水（水夫）として派遣されてきたが､1405年には火長(船頭)に昇進して､琉球の朝貢交易に41年間も支えてきたという｡
　しかし、その彼らも「その地位を利用し､同郷意識で地方官憲と結びつき､進貢の名にかくれて非合法の私貿易を営むものもあった｡とくに明の中期以後には､海禁の国法を犯して……福建沿海民のなかに琉球への密航を企てる者が存した」とされる（佐久間前同、p.193）。
　また、彼らは、明朝から派遣以前、以後に、私的に琉球に渡来してきた華僑とともに、那覇港の一角に久米村(唐宮､後に唐栄ともいう)を形成する。こうした中国人居留民は3000人ともいう。彼らは総理唐宮司（東南アジアでいうシャバンダールに相当するか）によって統括されていたという。彼らは､後世、みずからを｢閔人三十六姓｣（閔には正しくは虫が入る、福建省の古称、三十六とは多数という意味）の末裔と称して、アデンティティとするようになった｡この久米村はアジアに広がる華僑ネットワークの一角を構成していた｡なお、久米村には、朝鮮の三浦とともに、倭人の居留地でもあった。
　中国人居留民のなかにあって、懐機は琉球王権との結びつきで､名を残している｡1418年には長史の肩書きで､中山王思紹(在位1406-21)の使者となり､また1427年には王相（いわば特別補佐官）の地位まで昇り､その後五代の王に仕えており､尚巴志との関係が深かった｡
　琉球は、島全体が干潟とサンゴ礁に覆われており、大型船が入港できる港は中山の泊港、山北の運天港（今帰仁村）、そして山南の大湾渡具知港（読谷村）に限られていた。そのなかにあって、余裕のある背後地を持つ港は、泊港だけであった。海外交易船を受け入れてきた泊港が手狭となったことから､尚金福(在位1450-53)の時代那覇港を築港するとともに､海中道路･長虹堤を建設して､首里と結んだとされる｡その後も､泊港は西南諸島の船を受け入れ続けた｡なお薩摩軍の侵攻やアメリカ軍の上陸は運天港から行われた.。
　こうした明の優遇措置は、琉球の朝貢交易に他の朝貢国と違った特殊性を持たせたといえる。その意味合いは後述するが、その直接的契機は日本人と同族とみられる琉球人に特権的地位を与えることで、倭寇を牽制することにあったとみられる。そのもとで、琉球の海上交易は明との朝貢交易だけでなく､朝鮮､日本､そして東南アジア地域に広がるようになり、東アジア海域における8-9世紀の新羅に次ぐ本格的な中継交易国となった。ただ､その期間は、15世紀から16世紀初めまでであった。
▼明､琉球に軍船を頒賜して、海防を補完▼
　琉球の明への朝貢交易、そして東南アジアへの派遣交易も、すべて琉球王国の直営として行われた。琉球の交易は、首里が政治･宗教の中心となり､その外港としての那覇が経済の中心となって営まれた。交易管理を行う首里城の最も中心的な施設であった正殿には、1458年製造の「万国津梁の鐘」が掲げられてきた。それには、琉球は中国、朝鮮、そして日本の中間にある蓬莱島であって、船舶をもって世界の架け橋としているので、外国の産物が満ち溢れていると書かれている。気宇壮大というところであろう。

琉球中山王は、明初の1389（洪武22）年に朝鮮に日本よりも早く使節を送り、朝鮮半島への中継交易に乗り出している。『歴代宝案』によれば､1389年の例では､琉球は高麗に､倭寇に捕えられていた高麗人とともに、シャムとの主な交易品である蘇木(600斤)や胡椒(300斤)を献上している。また､翌年の例では、明に蘇木300斤､胡椒500斤を進貢するという､その中継交易ぶりを記録している｡すでに､琉球は倭寇の活動圏に入っており、また那覇などは南海産品をも取引する交易港となっていた。 　他方、日本と琉球とは、1414（応永21）年足利将軍から琉球王に国書が送られるなどして、歴史上はじめて日本と琉球との公式関係が築かれる。琉球から日本に渡航あるいは交易することを､ヤマト旅といった｡このヤマト旅も、応仁の乱以後、先細りとなる。 　高良倉吉氏は、一般論として、「15世紀初期-中期､琉球船は兵庫や博多､坊津などの貿易港に渡航し､中国および東南アジア産品を売って日本の特産品を直接購入したと思われる｡琉球船の渡航はその後も続くが､時代が下るにしたがって、むしろ日本の貿易船が那覇港に直接出向き､琉球に集荷される中国･東南アジア産品を買い求め､日本商品を提供するという構造へと転換した」という（高良前同、p.201）｡ 　李氏朝鮮の世宗(在位1418-50)の時代､1423(応永30､世宗5)年正月に､朝鮮国王に土物(土産の物)を献じようとしたが、

歴代宝案（写本） 国立台湾大学蔵

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