▼地中海の沿海岸港、大西洋の沿海岸港と河口内港▼
　深沢克己著『海港と文明 近世フランスの港町』（山川出版社、2002）は、近世フランスの港町を歴史地理学、社会史、そして文化史の視点から論じた、希有の書物である。まず、フランスの港を地中海沿岸の沿海岸港、大西洋沿岸の沿海岸港と河口内港に分ける。それらは「海岸にじかに面した港と､河口の内部につくられた港」であり、後者に当たるルアン､ナント､ボルドーは海岸からそれぞれ125､56､98ｷﾛﾒｰﾄﾙも遡ったところにある。
　それらの地形の違いは、地中海沿岸は潮の干満が少なく、大型の河川に乏しく、山塊が海に迫っている。大西洋沿岸は、潮の干満が大きく、大型の河川に恵まれ、平地が広がっている。「歴史的にみれば､沿海岸港は近世初頭の『発見』航海に先駆的役割を演じ､16-17世紀にフランス海上貿易の発展を牽引した｡これに対して、河口内港が……18世紀に飛躍的な成長をとげ､沿海岸港にかわって主導的地位を確立する」とする（深沢前同、p.80）｡
　それぞれを代表する港は、地中海沿岸の沿海岸港がマルセイユ、大西洋沿岸の沿海岸港が北から南にかけてディエップ、ル･アーヴル、サン･マロ、ラ･ロシュルである。また、河口内港がルアン､ナント､ボルドーである。

フランス北西部および西部の都市

▼マルセイユ、古代から海港都市として活動▼
　マルセイユの歴史は、ミシュラン・タイヤ社編『グリーンガイド プロヴァンス（南フランス）』（実業日本社、1991）などを参考にしていえば、次の通りである。
　古代、マルセイユはマッサリアと呼ばれ、ギリシア人に中継地として利用されていたが、前600または620年に、フォカイア人(小アジアのギリシア人)が乗った奴隷船が富を求めて入港してきたことから、港市の歴史がはじまる｡それ以後、現代にいたるまで、マルセイユはフランスの地中海の窓口となり、その遠隔地交易を一手に担うこととなる。
　ギリシア人は交易の才に恵まれ､すぐに町は栄える｡前540年のペルシア人によるフォカイアの破壊後､彼らはさらに海岸沿いにまた内陸にたくさんの領地を所有することになる｡先住者ケルト=リグリア人とは､錫、琥珀､武器､農産物､そして奴隷を持ち込み、ぶどう洒､陶器を受け取るという、交易関係にあった。
　前4世紀、プラトン（前427?-347?）は、マッサリアを繁栄する文明の中心地で､共和国であると分析している｡また、マッサリアの大胆な船乗りたちは遠くの国まで出掛けて行った｡エチメーヌはセネガルにまで達し､また地理学者､天文学者､数学者のピテアスは前310-306年頃、バルト海沿岸からアイスランド（伝説的なツーレ）まで探検し、名を残している。彼には「オケアノスについて」という著作があり、また緯度の測定、潮汐や磁石の自差の解明などを行ったとされる。
　前154年、マッサリアは第2次ポエニ戦争の際、ローマと同盟を結ぶ。サルウイ系フランク族やオーヴェルニュ地方のアルウェルニ族の脅威が迫る｡ローマ人たちは、ガリアにおける力の均衡の崩壊を恐れ､また新たな支配力行使の機会をとらえて、前125年プロヴァンスに進出､勝利をおさめ、属州ガリア・ナルボネンシスを築く。マッサリアはローマと同盟する独立国として扱われ、海岸に沿った一帯を領土として認められる｡
　マルセイユはカエサルのガリア遠征に積極的に協力するが、前49年彼とポンペイウス（前106-48）が敵対すると､マルセイユはポンペイウスという負け馬に賭ける｡カエサル軍に6か月にわたって攻囲され､占領される｡そのとき、カエサルはマルセイユの艦隊や財宝､出先の商館を奪っている｡アルル､ナルボンヌ､フレジュスはマルセイユの遺産のおこぼれを手にするが、マルセイユは相変わらず活力があふれていた｡
　3世紀、マルセイユは都市の自治権を失い､他の都市と変わるところのない普通の都市となって、かろうじて生きながらえた｡マルセイユは東方との交易を続ける活発な港町として､フランク族の王たちの争奪の的となる｡543年、積荷の商品とともに、ペストが上陸した｡これがガリアにおけるペストの最初の出現であった｡1437-49年、ヨーロッパ諸国で猖獗を極めたペストは、フランスではここマルセイユを経由して広まった。

▼マルセイユ、アンジュー家領から王領地へ▼
　11世紀になると、フォカイアの旧都は目覚め､あらゆる活力を動員し､造船所を建設して、レヴァント交易を続ける。それに対して、ジェノヴァやヴェネツィアは交易独占を維持するため、マルセイユを攻撃してくるが、それに耐える。マルセイユは、1214年再び共和国になったものの、1252年にはマルセイユはプロンヴァンスとともに、1266年ナポリ･シチリア（あるいは両シチリア）国王となるアンジュー伯シャルル1世（在位1266-85）に従属することとなる｡
　12-14世紀、十字軍遠征の華やかな時代、マルセイユはジェノヴァと、十字軍の兵士や資材､食糧の輸送を競い合う｡この後方支援は巨大な利益をもたらしたのみならず､イタリアの国々にならってエルサレムに国有の教会を持つ領地を所有することになる｡豊かになったマルセイユは新たな市場を求め、その船乗りたちはカタルーニャ沿岸を航行し､またピサやジェノヴァまで出かけて行った。彼らはレヴァント､エジプト､北アフリカにも出かけた｡
　この繁栄の時期のあと、15世紀初め危機と後退の一時期がやってくる。1423年アラゴンの艦隊がマルセイユを荒らす。それを有能な交易商フォルバン兄弟が解決する｡また、その時期、前述したシャルル7世の財務官ジャック･クールが商館を開設している。
　ナポリ･シチリア国王で善王と呼ばれたルネ（在位1434-80）は、1447年夏からマルセイユに長期にわたって滞在し､マルセイユの商業を活性化させる｡1481年ルイ11世（在位1461-83）の治世､マルセイユはプロヴァンスとともにフランス王国に統合される｡しかし､それにマルセイユは時には反抗した｡特に宗教戦争のあいだはそうであった｡
　1669年以来国王から特権を与えられ、マルセイユは東方交易を独占し､輸入品(繊維､食糧品､薬品､｢珍品貴品｣)の巨大な貯蔵庫となり、商品取引所の開設も認められる。さらに、アンティル諸島や新大陸へと乗り出そうとしているさなかの､1720年5月ある船主の軽率な行いと貪欲さとが原因となって恐ろしい災害が発生する｡
　シリアからやってきた1隻の船に､航海中何人かのペスト患者が出ていた｡船長は港湾当局にそのことを通告したが､積荷が町の有力な商人宛のものであった｡その商人はルイ11世が自由港とした、ローヌ川畔にある著名な定期市ボーケールへの参加を逃すのがいやで､検疫を省略させる｡その数日後、伝染病となって荒れ狂い､被害が急速に広がった｡

1765年、マルセイユの人口は1720年の水準を取り戻して85000人から90000人に増え、特にアンティル諸島を新たな市場として、砂糖､コーヒー､カカオを輸入しはじめる｡また、工業化がすすめられ､石鹸､ガラス､砂糖､陶器､繊維、その他の生産もはじまった｡巨大な富が築かれる｡船主や交易商は、その数が1世紀の間に2倍になり､港への積荷の到着に合わせてやっとのことで生活している庶民の前で、贅沢三昧の生活を繰り広げる｡ 　18世紀以降、マルセイユは地中海沿岸で支配的な地位をえるが、それより30ｷﾛﾒｰﾄﾙ東にあるラ・シオタは16世紀マルセイユよりも保有隻数が多く、人口も1万人を超え、盛んにレヴァント交易を行っていた。ラ・シオタは、1895年にリュミエール兄弟が『ラ・シオタ駅への列車の到着』を撮影したことから、映画発祥の地の一つとされるが、前4世紀頃フェニキア人が作った交易港であり、16世紀にはジェノヴァの商人も入り込み、17世紀黄金時代を迎えたとされる。しかし、世紀後半となると、フランス王権から船や船員の徴発を受けるなどして、18世紀には衰退を余儀なくされる。

マルセイユ、1575年の地図

▼マルセイユの後背地、18世紀の成長条件▼
　深沢克己氏は、地中海の沿海岸港をその立地から、3つに分類する。第1は、低地海岸にあって､地中海特有の潟湖(ラグーナ)の内部または周囲に建設された、ヴェネツィアやチュニス、ビゼルト（チュニスの西隣）である｡第2は、小島や天然または人工の砂州で陸地に接続する、レバノンのテュロスやエジプトのファロス､アドリア海のドゥブロヴニク(ラグーザ)である（これらの港は「フェニキアの風景」と呼ばれた）。第3は、起伏のある海岸の入江にあり、山地がせまる港である。
　第3の類型が地中海港の多数を占める。ただ、港が位置する岬と入江の凹凸の大小によって、それが小さいシリア･パレスティナ沿岸(ハイファ､ベイルート)､それが大きいイタリア西岸や北アフリカ沿岸(ジェノヴァ､ナポリ､パレルモ､アルジェ､オラン)､それが最大のエーゲ海周辺(古代のペイライエウス､テッサロニキ､イズミル､イスタンブール)の違いがある｡
　フランスにおいては、プロヴァンス地方沿岸が代表例であって､｢カランク｣と呼ばれる深い入江が岩石海岸に分布し､マルセイユ､カシ､ラ･シオタ､トゥーロン､サン=トロペ､アンティグなどといった、無数の天然港を形成する｡
　マルセイユには近接する後背地はなく、ローヌ河谷がラングドック方面に形成されていた。それらとは海上輸送と河川交通によって連絡されていた。
　マルセイユからの貨物は、ローヌ川を利用する場合、100-150トンクラスの海船が遡行してアルルに着いた後、60トン規模の定期船やより小型の川船に積替えられた。また、川船が河口のポール=ド=ブックまで下ってきて、マルセイユからの貨物を積み取った。これらの川船は急流のため5-6隻が船団をくみ､30-40頭もの馬に引かれて遡行した。これに対して、ラングドックへの貨物は、海路で直接、セットやアグドの港に持ち込まれた。また、ローヌ川からミディ運河に接続する輸送路も用いられた。
　ローヌ川は、アヴィニョンをへて大商工業都市のリヨンに連絡し､そこからさらに上流のジュネーヴやスイス､支流のソーヌ川によりブルゴーニュ穀倉地帯やセーヌ水系に､そして西方の陸路でロワール水系に接続していた｡特に、リヨンは重要な中継地であって､16世紀からマルセイユがその外港の役割を果たしていた。逆に、リヨンは輸入品を吸収し、輸出品を提供する内陸市場として、不可欠の存在であった。ただ、リヨン製の絹織物など高価･軽量商品の輸送は、陸路が用いられた｡
　18世紀、マルセイユはマルティグやラ･シオタなど、他のプロヴァンス諸港の競合を最終的に排除して､フランス四大交易港のひとつとなる。マルセイユは、前述したが、コルベールの起草した1669年の王令により､オスマン・トルコ支配下のレヴァント全域について、事実上の交易独占権を与えられる。この王令は、マルセイユを自由港に指定して､輸出入関税の廃止と外国人の自由往来を認めた。他方、マルセイユ以外の港が輸入するレヴァント産品には、20ﾊﾟｰｾﾝﾄの高率関税を課された。
　マルセイユの商人は、フランスにおけるレヴァント交易の独占に甘んじることなく、先着しているサン･マロの商人とも協力しながらカディス市場に進出して、スペインの植民地交易に参入する。この交易がもたらすピアストル銀貨(8レアル銀貨)やコチニール染料(洋紅)をレヴァントに持ち込んだ｡また、それらを北アフリカにも持ち込み､マルセイユに本拠をおいた1741年創設の王立アフリカ会社の事業を支えた。
　さらに、マルセイユの商人は1719年の開封王書により、アンティル諸島と交易する特権をえて、植民地経済に関与しながら､アンティル諸島に後背地産のぶどう酒､オリーブ油､果実､豆類､マルセイユ製の石鹸や蝋燭などを輸出した。他方、そこで産出される砂糖やコーヒー､インジゴ(藍)を輸入した。さらに、それらアンティル産品とともにラングドック製毛織物を、レヴァント市場に持ち込んだ｡これらの輸出品の見返り品として、レヴァントからは綿花･綿布･羊毛･山羊毛などを輸入し、それら一部を沿岸航路でスペインやイタリアに､またはローヌ川経由でジュネーヴ･スイス方面に再輸出した。

▼大航海時代の発航地にして、ユグノーの拠点▼
　大西洋沿岸の沿海岸港のうち、ディエップ、ル･アーヴル、オンフルールはノルマンディにあって、英仏海峡に面している。ル･アーヴルとオンフルールはセーヌ川河口をはさんで向き合っており、パリという大消費市場へのアクセスも容易である。ディエップは、それら港の近隣にあり、ノルマンディの首府ルアンと等距離にある。それら港に対して、サン･マロはブルターニュにあって、英仏海峡に面しており、またラ･ロシュルはギュイエンヌのビスケー湾にあって、大西洋に面している。
　それら沿海岸港はいずれも、すでにみたように16世紀におけるフランスの大航海時代、冒険航海船を発航させた港､またスペイン船に対する私掠船を発航させた港でもあった。その海事力の基礎は、15世紀以降の北海のニシン漁業、16世紀以降のニューファンドランドのタラ漁業によって築かれたものであった。1540年の北海のニシン漁には、オランダの800隻に次いで、フランスの漁船が100隻参加していた。
　それら沿海岸港は、フランスの一部とはいえ王領ではなく伯領のなかにあり、しかもイングランドの支配を受ける期間が長かった。ディエップやサン･マロ、ラ･ロシュルは伯領の首府を上回る人口を抱える都市となっており、領地支配者から自立する傾向が強かった。また、ディエップは絶壁にはさまれ、サン･マロは陸繋島にあり、ラ･ロシュルは沼沢地のなかにあった。そうした天然の要塞をもついわば「陸の孤島」でありながら、その町の周囲を堅固な市壁で守ってきた。
　それら沿海岸港は、宗教戦争（ユグノー戦争、1562-98）の期間、事実上の政治的独立を獲得し、都市特権を享受し、都市共和国のあるいは商人共和国の体裁を整えたとされる。
　ディエップは､宗教戦争がはじまると都市を要塞化してユグノーの拠点になり、1567年まで国王側の総督や軍隊をたびたび排除した｡
　ラ･ロシュルは、アキテーヌ公領に併合された12世紀以降、都市特権を与えられてきたが、特に宗教戦争期に強化される｡この時期、国王の役人や総督は排除され､24名の参事会員を中心に市政体が再編成される。その頂点に立つ市長は幅広い権限を行使し､市民は直接税(タイユ)を免除され､輸出入関税もほぼ廃止されて一種の自由港になり､敵国との通商さえも承認される｡
　このような背景のもとで､ラ･ロシュルはユグノーの主要な拠点になり､フランス国王軍による包囲を撃退する。そればかりか､イングランドやネーデルラント北部7州と独自の外交関係を維持し､1589年アンリ4世の即位後は独立国を呈する。この独立状態が半世紀以上も続く。しかし、ルイ13世とリシュリュー枢機卿は､1620年以降、掃討作戦に出る。
　1625年ラ･ロシュルのユグノーは致命的な打撃を受ける。1627年、ユグノーが反乱を起こすと、イングランドはそれを支援しようと、大艦隊を派遣してくる。それに対して、リシュリューはラ･ロシュルを再び包囲し、イングランド艦隊との連絡を絶つため、港外に長大な防船堤防を築く。イングランド艦隊はフランス艦隊を崩せず、1年間に及ぶ包囲により約2万人が餓死するなか､1628年ラ･ロシュルは降伏する。
　「入城した国王はただちに市政体と都市特権を廃止し､市壁の破壊を命じた……ラ･ロシュルの陥落はフランス宗教改革の最終的敗北を意味すると同時に､都市共和国の挫折と絶対王政の勝利をも表現した」のである（深沢前同、p.104-6）｡

中世のサン･マロ	中世のラ･ロシュル

▼沿海岸港の後背地と18世紀における衰退▼
　深沢克己氏は、「フランスの商業経済の重心は18世紀初頭から河口内港に移動し､沿海岸港は絶対的または相対的に停滞･没落した」とする（深沢前同、p.110）｡この商業経済とは海上商業あるいは海上交易のことであろう。その重心の移動の説明はそれほど説得的ではない。
　沿海岸港のうち、ル･アーヴルとオンフルールはセーヌ川河口にあり、パリという大消費市場を後背地としている。それ以外の港は、河川交通に恵まれていないし、後背地にも恵まれていない。
　それでも、サン･マロはブルターニュやメーヌ､ノルマンディで産出される麻織物が移出品となっており、主にスペイン市場に向けに輸出されていた。また、ラ･ロシュルは後背地からぶどう酒や小麦､紙などを移出したが、最大の移出品は港の前方にあるレ島とオレロン島、そして16世紀以降ブルアージュの塩であった｡なお、オレロン島はオレロン海法の発祥地である。
　沿海岸港のなかにあって、ル･アーヴルとオンフルールは内陸に向いた港であり、ディエップやサン･マロ、ラ･ロシュルは海外に向いた港とされる。
　ディエップは、宗教戦争末期、再び私掠船の拠点になる。しかし、17世紀になると交易機能は縮小して、ニシン・タラ漁業に特化する｡それでも、17世紀末約60隻の大型船を所有する屈指の港であったという。ディエップは、17世紀を通じて商人船主がいなくなり、交易港としては脱落して、単なる船主が大型船をおく船籍港かつ漁港に転換したかにみえる。
　ル･アーヴルは、1517年にフランソワ1世が建設した、いわば新興の港であった。その後、タラ漁業で繁栄したのち、ルイ13世の治世、宰相リシュリューによって港の改良が進められる。18世紀、

河口内港として発展するルアンの外港となり、急速な成長を遂げる｡そして、地元の商人層が育ったことで、18世紀後半にはルアンから自立する。オンフルールはル･アーヴルと同じような盛衰をみせたとされる。 　現在、オンフルールの港にはルイ14世の治世、私掠業者であったジャン･ドゥブレ(1655-1728)の邸宅が残っている。「彼の父フランソワ･ドゥブレは薬剤師だったが、やがて海上商業とカナダ植民地事業に進出する｡その息子ジャンは7歳から船に乗り、勇猛果敢な私掠業者として活躍するが、平和時には黒人奴隷貿易や南海貿易(南アメリカ太平洋岸貿易)など、海上商業も営んだ」という（深沢前同、p.175）。

フランス私掠船アザー号 イングランド東インド会社船トリトン号に乗り込む ルイ・ギャルヌライ画、1783 国立海洋博物館（ロンドン）蔵

▼沿海岸港サン･マロとラ･ロシュルの繁栄と衰退▼
　サン･マロは司教座都市であった。1308年に市民の反乱があり､1513年のブルターニュ女公の調停により教権から独立する。また、1395年シャルル6世（在位1380-1422）より輸出入商品の関税免除や､1575年アンリ3世（在位1574-89）より外国商人の活動制限といった特権を獲得する。これらの特権はいずれも17世紀末まで持続する。
　1589年、宗教戦争末期の混乱のなかで自治権を確立、18人の参事会員からなる市政体が全権を掌握すると､公然と王権に敵対するまでになる｡このサン･マロの旧教派｢独立共和国｣は､有力な商人層の主導のもとで私掠活動を組織しながら、商業活動を維持する。そればかりかスペインやオランダに書簡を送って提携する｡
　しかし、アンリ4世がフランス全国をほぼ掌握し､カトリックに改宗すると､サン･マロは戦術転換して国王に帰順する。1594年の王命によりすべての都市特権の維持が許される｡
　サン･マロは、タラ漁とスペインとの交易を基礎にして発展を続け､ルイ14世の治世フランス最大の交易港になったとされる｡サン･マロの100ﾄﾝ以上の商船は、1664年48隻であったが、1686年には116隻にも増加して､フランス第一を誇った。
　サン･マロの漁船は、ニューファンドランドで干しダラを加工して、地中海のアリカンテやジェノヴァ、マルセイユなどに持ち込み、それを販売して地中海産品を買い付けて帰るという、三角交易を営んでいた。1698年、サン･マロには80隻の漁船がいたが、そのうち三角交易を営んでいたのは50隻であった。
　サン･マロの海上交易圏は、ブルターニュやノルマンディ周辺の近距離圏（20ﾄﾝクラスの船が就航）、ル・アーヴルからボルドーまでの中距離圏（50-80ﾄﾝの船）、そしてヨーロッパやアメリカを結ぶ遠距離圏（100ﾄﾝの大船）に分かれていたが、遠距離圏の交易量は全体の約40ﾊﾟｰｾﾝﾄを占めていた。
　17世紀末、サン･マロの商人は100隻ほどの船を仕立てて、セビリヤ(後にカディス)に向かわせ、スペインと植民地向け麻織物や絹織物を供給し、新大陸産品を買い付けるようになっていた｡それに対応して、多数のイギリス船が毛織物や鉛、錫、石炭、亜麻の種子を陸揚げし、麻織物や地中海産品を積み取っていた。また、オランダ船は木材、ロープ、マスト、タールなど船舶資材を供給し、石鹸やオリーブ油を持ち帰っていた。
　17世紀末、イングランドとの植民地戦争が起きると、サン･マロの伝統的な交易は中断する。それを私掠により補ったものの、西インド諸島との砂糖や奴隷の交易に参入することに失敗する。彼らは、スペイン継承戦争（1701-13）期、スペイン帝国の弱体化に乗じて、スペイン領アメリカ植民地ばかりでなく、南アメリカ大陸南端を回って太平洋沿岸の植民地と直接取引（密貿易）したり、東インド（密）交易にも参入して黄金時代を築いたとされる。
　17世紀末、コルベールの創設した東インド会社が事実上倒産すると､サン･マロ商人はその特権を委譲されて会社を設立し､合計26隻の船をインド洋に派遣する｡しかし、植民地戦争の終結とともに空前の繁栄が終わり､1719年インド会社が設立されるとアジア交易の特権を失い、また伝統的な交易もまた停滞したことで凋落への道を歩んだとされる｡
　ラ･ロシュルは、1628年すでにみたように国王軍の攻撃によって壊滅するが、1660年頃までに復興し､植民地交易の発展に先駆的な役割を演じる｡特に、カナダ交易では他港を圧倒し､18世紀半ばまでにその交易の約半分を掌握していた｡また、ラ･ロシュルはカナダ移民の出発地でもあった。
　フランスの西インド交易は、アンティル諸島への直行する交易とアフリカ沿岸で奴隷を購入してからアンティル諸島へ向かう周回交易(三角交易)に分かれていた。ラ･ロシュルは、17世紀ナントと競合しながらも、その交易の成長を牽引し、周回交易に重要な地位を占めていたが、直行交易では他港に押されて後退する｡ラ･ロシュルの製糖所は、18世紀末にかけて16棟から4棟に減少する。
　「18世紀、フランス商業経済の驚異的成長は､アンティル諸島交易を原動力にして実現されるので､ラ･ロシュルとサン･マロに代表される沿海岸港の没落は､現象的にはこの部門からの脱落や後退により説明される」とする（深沢前同、p.112）｡

▼河口内港の成長条件、水陸の十字路▼
　すでにみたように、18世紀､砂糖を中心としたフランス領西インド諸島との交易額は､フランスの全交易額の約3分の1を占めていた｡それに対応して西インド諸島には奴隷やぶどう酒、繊維製品などが持ち込まれた。1787年、サン･ドマングに輸入された商品の輸出元の構成は、まずボルドーが56.4ﾊﾟｰｾﾝﾄと圧倒的な地位を占め、次いでマルセイユ19.7､ルアン=ル･アーヴル10.7、ナント10.4ﾊﾟｰｾﾝﾄがきて、サン･マロ0.6、ラ･ロシュル0.1、その他2.0ﾊﾟｰｾﾝﾄにとどまった。
　ここに、典型的な沿海岸港サン･マロやラ･ロシュルに対する、古来のマルセイユをはじめ、典型的な河口内港ボルドー、ルアン=ル･アーヴル、ナント（それらにバイヨンヌが次ぐ）の優位が示されているとされる。それは、18世紀絶対王権が確立して、経済成長とともに内陸市場が重要になり､したがって広い後背地をもつ大河川流域の港が優位を獲得した結果であった。
　河口内港は、すでにみたように海岸から50-120ｷﾛﾒｰﾄﾙ遡ったところにあり、潮の干満が大きいので、船は上げ潮にのって入港し､引き潮にのって出港した。船の大きさは水深によって制限され、その上限はルアンで18世紀300トン､ボルドーで400トンであった。ナントは16世紀半ば300トンだったが、土砂堆積により、17世紀末50トンになり､18世紀の改良工事により180トンまで回復したという｡
　しかし、河口部における航行の危険と困難を伴ったので、大型船はあまり河口内に進入しないのが賢明とされた｡近世、河口部に外港が建設されるようになり、河川ぞいに港湾複合体が形成されることとなった｡セーヌ河口においてはルアン=ル･アーヴルがその例である。ナントを流れるロワール川には､18世紀土砂堆積を受けて、クウェロンに200トン以上､パンブフに300トン以上､マンダンに600トン以上の船が、それぞれ停泊し､艀でナントに連絡した｡なお、ボルドーには19世紀まで外港は作られなかった。
　河口内港は沿海岸港とは違って、海路と河川路と陸路との会合点､つまり水陸の十字路に位置しており、河川交通をつうじて、かなり広範な後背地と連絡しあっていた。河川交通には川船が用いられた。それは竜骨のない平底船であり､わずかな吃水で多量の貨物を積載できた。ロワール川では50トン、セーヌ川では350トンの川船が航行できた｡その動力は馬であった。
　ルアンの後背地は、オワズ川やマルヌ川を含むセーヌ水系にそって広がり､その中心にあるパリの奢侈品購買力は全国の3分の1を占めた。
　ナントの後背地は、ジェール川やヴィエンヌ川を含むロワール水系にあり､全長1012キロメートルのロワール川は国土の中央を横断し､その流域面積はセーヌ川水系を上まわった｡18世紀におけるナントの成長は､アンリ4世の財務卿シュリー（1560-1624）の時代以降、1642年から1724年までにブリアール､オルレアン､ロワンといった運河がつぎつぎに開通､ロワール･セーヌ両水系が結びついて､ナント―オルレアン―パリの水上輸送路が開かれたことにあった。
　これに対して、ボルドーの後背地はガロンヌ水系の広がるアキテーヌ盆地に限られ、パリ市場に連絡していない｡18世紀、ボルドーはトゥルーズにかわって南西フランスの中心都市になり､自立性の高い地域経済圏を形成する｡また、1681年に開通したミディ運河はガロンヌ川と地中海を結んだ｡
　18世紀、ナントの交易はパリ市場と結びつき､ロワール川は砂糖の輸送路になり､中継地のオルレアンでは同世紀末に23棟の精糖所が操業する｡ロワールの川船が輸送した主な商品は、ぶどう酒､木材､石材､砂利､穀物､塩であり､18世紀には砂糖と石炭も重要になる｡
　それに対して、ボルドーに輸入された熱帯産品は後背地で消費されず､大部分が北ヨーロッパ方面に再輸出された｡ルアン=ル･アーヴルでも再輸出の比率は高く､砂糖･コーヒーのセーヌ川船輸送はやっと1780年代に増加したという｡
　河口内港の輸入品の需要をみると、後背地における消費が絶対的条件にはなっておらず、沿海岸港と同じように北ヨーロッパに対する中継交易の役割を担っていたことになる。

他方、輸出品の供給をみると、ボルドーの後背地であるアキテーヌ地方はぶどう酒､小麦粉､果実などの農産物のほか、工業製品を供給していた。それはアンティル諸島向けの輸出の拡大に貢献し、ボルドーの圧倒的な優越を保証したとされる。 　ボルドーは、フランス領西インド諸島向けに、1720年74隻、1730年代130隻、1770年代200隻以上と増加して、1789年にはすでにみたように西インド諸島から253隻の船が帰港していた。他方。ヨーロッパの港に向けて750隻を出港させており、そのうち145隻が植民地産品の主な再輸出先であるオランダに向かっていた。そのため、西インド諸島で奴隷の反乱やナポレオン戦争が起きると、すぐさま西インド諸島との交易に影響を受けた。
	ボルドーの港とドックの一部 ピエール・ラクール画、1804 ボルドー美術博物館蔵

　ルアンの後背地は北フランスの穀倉と工業地帯からなり､小麦粉や麻織物･毛織物などを供給したが､その輸出量は18世紀末の混乱により減少する｡しかし、これに対して、ナントの後背地であるロワール地方はぶどう酒を除いてさしたる輸出品を供給しておらず､ナントの植民地交易は後背地の生産に依存していなかった｡
　したがって、ボルドーとナントの伝統的な輸出産品であるぶどう酒を除けば、それらの広大な後背地が河口内港の成長に決定的な条件ともなっていない｡
　こうした脈略から、深沢克己氏は「結局のところ河口内港の成功は､後背地と植民地市場の単純な関係ではなく､再輸出を含む国際商業の複合的メカニズムから説明すべきだろう」とし、「ボルドーは､北ヨーロッパ商業網を再編強化しながら､同時に植民地への供給拡大に貢献する｡たとえばボルドーはアイルランドにぶどう酒を輸出し､代価で塩漬け肉を輸入するが､この塩漬け肉は植民地むけ再輸出品として必要不可欠だった｡
　これに対して、ナントは輸出能力が劣るので､かわりに近接する［ブルターニュ半島の］ロリアンからインド産品(更紗･綿布･宝貝)を調達し､それで奴隷を購入する周回貿易に特化する｡ルアン=ル･アーヴルの場合は､おそらくボルドーとナントの中間型になるだろう」と結論づける（前同、p.128）｡

▼当座組合の荷主組合･艤装組合･船主組合▼
　フランスに限らないが、近世商業とその担い手である商人は小売商と卸売商に大別され、当面している商人は卸売商の最上層を占める貿易商あるいは海上交易人である。彼らは、一方では多種多様な商品を売買することで、他方では商業に関連する事業を兼業することで、さらにそれらを共同経営することで、自らの経営規模を拡大して巨利ばかりでなく名声も博してきた。
　フランスで海上交易に携わる商人や船主も、他の海上交易国と同じように、交易の拡大や経営の多角化、危険の分散、資産の運用などに対応して、共同経営を組織する。深沢克己氏によれば、航海ごとに設立され清算される当座組合は､荷主組合･艤装組合･船主組合に大別されるという。
　「荷主組合(商品購入組合)はもっとも単純な形態であり､比較的少数の商人または商社が共同で商品を購入し､輸送を委託して航海終了後に販売利益を分配する」｡
　「艤装組合は､船荷購入と船舶艤装の双方に参加して海上保険料を負担し､航海終了後の利益配分をうける」｡「艤装組合は一般に荷主組合より大規模であり､組合の輪郭もより明確になる」とする｡艤装組合の具体例として、1780年代に、アメリカ植民地とインド洋に派遣された19隻の艤装書類によれば、そこには平均23人､最大59人が出資に参加していた｡
　「船主組合(船舶共有組合)は､1隻の船舶を数人で共同所有するための組織であり､したがって個別航海をこえて､船の使用年数に応じて存続する」。「サン･マロでは､船主組合がとくに重要な機能はたし､1680-85年の総船舶数143隻のうち個人所有は21隻にすぎず､共同所有は122隻を数える。
　商人の多くは複数の船舶にキラ(持分)を所有し､複数の船主組合に所属する｡持分は2分の1から64分の1で大小の差があり､一組合のコンソル(持分所有者)数は2-14人､平均5.7人である
　……多くの場合に、船主組合はそのまま艤装組合の中核になり､船主の1人を艤装業者に指名し､出航準備と船荷購入を実行して貿易事業の主体になる」とする（以上、深沢前同、p.220-2）｡
　これら三種の当座組合は組織としては区別されるが、現実には組合員が重複しており、それらは関連づけられて運営された。
　サン･マロでは、小売商がわずかな船舶持分を購入し､船主組合の一員として、タラ漁業やカディス交易に参加する例が多い。ラ･ロシュルでも､多数の小売商が地方官僚や造船業者、薬剤師、時計職人とともに、奴隷交易船の艤装に出資している。それに金利生活者や自由業者、そして貴族も加わる。彼ら持分所有者は港市居住者とは限られておらず、閉鎖的なサン･マロの船主組合にあっても、ルアン､パリ､マルセイユ､リヨンといった市外居住者が全体の8分の1を保有していたという。

▼固定資本と流動資本が逆転したという▼
　かの有名なフランス歴史家フェルナン・ブローデル氏（1902-85）は、まず1706年のサン=マロ船籍の7隻の航海決算書（といっても支出のみ）の費目別棒グラフを示して、次のようにいう。それら南海あるいは大平洋向けの7隻の「固定資本［船の購入、船体の手入れ、装備、雑費］と流動資本［食糧、乗組員の賃銀］の比はおよそ1対2である」。次に、1764年から1787年までにカリブ海に向けられた3隻の航海決算書にある、この場合は固定資本と流動資本の合計値のみを示して、その比が「18世紀中に逆転する」ことになったとする。その逆転の根拠について、一方での船体の銅張りなどによる船価の値上がり、他方での賃金や食費の値下がり、乗組員の減少などを上げる（同著、山本淳一訳『交換のはたらき』２、p.94-96、みすず書房、1988）。

資料：フェルナン・ブローデル著、山本淳一訳『交換のはたらき』２、p.95-96、みすず書房、1988
注：1706年分は、棒グラフから数値を起こしたため、積算値と合計値とは一致しない。

　それらの船が新造か、中古かはもとより、それぞれのトン数や航海期間、乗組員数を不問にしたまま、あれこれ議論できるものと感心したものの、グラフに作為を感じたので、別表のように実数にして見たところ案の定であった。固定資本と流動資本の比は、18世紀初期の船にあっては1対2ではまったくなく、およそ1対1であって、そこには大いなる読み間違いがある。18世紀後半の船では、その比は確かに2対1となっており、彼にとっては大いなる発見であった。しかし、その内実は、18世紀後半の固定資本は初期の船の平均額をほぼ同じであるが、その流動資本が初期の船の平均額の半額となっていることにある。したがって、彼のいう逆転は流動資本の大幅な減少があったというに過ぎず、固定資本が特段に上昇したわけでない。
　彼によれば、マニュファクチュアから資本主義になるということは、固定資本と流動資本との比が逆転することになるものと見立てており、その傾向は海運財務において先取りされているはずだとして、フランスにある、すでに衰退していたサン=マロ船の史料を取り上げてみたものの、虻蜂を捕らずになっている。そこで、近中距離航海はともかく、「遠距離交易に関しては……単純に運賃を目的とする産業としての海運業はほとんど考えられない」とし、それは「商業活動の枠内に組み込まれ、他の多くのものと並んで商業的支出・リスクの一項目に納まっている」といった、論旨からはずれた文言でもって締めくくらざるをえなくなっている（ブローデル前同、p.97）。
　いま上で見たように、サン=マロでは個人所有船は少なく、大方は商人や資産家の共同所有船となっていたので、例えばそれぞれの船のトン数規模は大きくも小さくもなりえた。しかし、18世紀前半、サン=マロの海上交易はアジア交易の特権を失ったことで衰退したとされるので、トン数規模は大きくはなりえなかったであろう。他方、フランスでは18世紀後半急速な経済成長が起こり、それにともなって海上交易も急激に増加したとされるので、船員労務コストが大幅に低下したとはみなしえない。そうしたなかで、サン=マロ船における船員労務コストがなぜ低下していたかを探求しなければならないことになるが、そう簡単なことではないであろう。

▼17世紀になって海上保険業が成立▼
　近世商業に関連する事業は、銀行業をはじめ、海上保険業、海運業、交易品工業などである｡フランスでは、海上保険業はなかなか専門化せず､商人がみずから保険業を営んでいた。南フランスのモンペリエには、1425年12月3日付け海上保険証券が残っており、それは個人保険者である金融業者が引き受けたものである。16世紀、いくつかの港に保険会議所が作られた。また、1668年には、コルベールの働きかけによって、パリに名ばかり保険会議所が設立される。

フランスは、ヨーロッパのなかで唯一、海上保険に関する法規を持っていなかったが、16世紀末になってルアンの商人が海上保険に関する慣習法を編纂する。17世紀に入ると、海上保険に関する法典や勅令が出され、すでにみたように、それらが1681年8月コルベール編纂の海事勅令に取り込まれる。 　1686年にフランス最初の本格的な｢フランス保険・冒険貸借会議所｣が創設される。18世紀前半、ナントでは有力な交易商により保険会社が設立され、またマルセイユではアメリカ独立戦争期から革命期頃になって、ようやく大きな交易商により複数の保険会社が設立される｡しかし、それらは共和国政府の命令によって解体される。その再興は1817年以降となる。 　深沢克己氏は、「商業と海運業は……不可分に結合し､商人と船主と艤装業者は同一の企業家のなかで重複する」という｡艤装業者という特異な用語が用いられる。「商人=艤装業

フランス保険・冒険貸借会議所の レヴァント会社との海上保険契約 1687年11月5日付け

者は､ほかの商人からも積荷をあずかり､海運業をいとなむ」とか（深沢前同、p.180）、「船主組合はそのまま艤装組合の中核になり､船主の1人を艤装業者に指名し､出航準備と船荷購入を実行して貿易事業の主体になる」（深沢前同、p.222）という文言をみるとき、艤装業者は海上交易や船舶所有を共同で行う人びとの代表者あるいは責任者といった位置づけであり、一言でいえば管理商人船主といえる。
　海上交易人が参画する交易品工業としては、ボルドーやラ･ロシュルでは砂糖製造工場、マルセイユでは石鹸製造工場の経営が、その代表例であったという。

▼近世フランス海上交易人の出自と修業▼
　海上交易人だけとは限らないが、卸売商の数が測定されている。18世紀初めから世紀末にかけて､マルセイユで約250人から750人､ボルドーで150人から450人､ナントで230人から400人､ロリアンでも12人(世紀半ば)から76人に増加したという。それに対して、サン･マロでは黄金時代の約200人から革命前夜の145人まで減少する｡これらの数は、その家族(妻子)を考慮しても、それぞれの都市人口の2-3ﾊﾟｰｾﾝﾄをこえない｡彼らはひとにぎりの少数派にすぎないが、近世フランスにおいて富裕な港市を支配する権力者であった。
　近世フランスの貿易商あるいは海上交易人の出身階層や地域は、それほど明らかになってはいない。まず、前者については、伝統的な海上交易人の家系はともかくとして、まず身近な階層である造船業者や船長が船主になることから、また海上交易に持分をもって参画することから、海上交易人となる例が上げられる。次いで、小売商が後述の共同経営に出資することを通じて、海上交易人として成長する。その場合、海上交易品を扱う、ワイン商、麻織物商、そして薬種商が、手近な出身階層となる。
　特に、薬種商が屈指の海上交易人になった事例が多く示される。例えば、「サン･マロを代表する貿易商マゴン家の祖先は､16世紀に移住した薬剤師ジャン･マゴンだった｡なお、丁字･肉桂･大黄･茜根･麝香･ナツメグ･サフラン･ウコン･バニラなど､大多数の薬種は香辛料や染料としても利用され､これら三種は事実上同じものと考えてよい｡また砂糖も､はじめは薬種や香辛料に分類されていた」（以上、深沢前同、p.186）｡
　フランスにおいても、商人の育成は読み･書き･算術の基礎教育､商業技法の実地修業､および実用的な見聞･知識･教養の習得から構成された。修業の場は自宅内または他の商家内であり､父親や伯父やその友人などの指導を受けた｡また、普通は市内の商家で勤務するが､海外の商社に派遣される場合もあり､サン･マロではむしろこちらが多数派であった｡海外修業の場はスペイン南部の港町､特にカディスが多かった。
　サン･マロでは、航海知識の実地教育が加わった。1673年、市立の水路学校が開設され､船長の資格をえるには､原則として6か月間の上級課程を受講し､数学･水路学･地理学を修得しなければならなかった｡17世紀末、サン･マロの識字率は57.6ﾊﾟｰｾﾝﾄに達していた。
　サン･マロの「学校教育をおえた青年は､乗組員として航海技術をまなび､海外各地で見聞を広める｡彼らはもちろん見習水夫ではなく､親族の船主から推薦されて最初から準上級船員として乗船し､数年のあいだ経験をつむと船長に昇任する｡
　黄金時代のサン･マロを代表する商人ノエル･ダニカンもその一例であり､彼は15歳から船にのり､はやくも17歳で船長になり､その後14年間も航海に従事した｡1701年のカビタシオン課税名簿によれば､貿易商160人のうち50人以上が船長職を経験し､しかも15人はこの職業を継続中であった」という（深沢前同、p.224）｡

▼外国人の来住は港市の性格で決まる▼
　近世フランスに限ったことではないが、港市において海上交易に関わる人びとは、港市出身者ばかりではない。それ以外に、まずより近隣の後背地、特に海岸部からの出身者、さらに遠隔地の都市からの出身者がいた。
　中世末期、「13世紀のラ･ロシュルには､ブルターニュ･ノルマンディ両公領を筆頭に､内陸のリムザンやカオルを含む王国内各地から移住者が流入した」という｡それに、前述したように、海外出身者が加わる。「ラ･ロシュルには、13世紀初頭までにイングランド､アイルランド､フランドル､スペイン､イタリア､ドイツの商人が居住し､すでに国際都市の様相を呈した」という（深沢前同、p.193）｡
　港市以外で出生した外来商人が注目すると、その数はサン･マロでは1701年約50人､商人総数の25ﾊﾟｰｾﾝﾄを占め､これに1600年以後に移住した商人家系を加えれば102人、50ﾊﾟｰｾﾝﾄに達したという｡その出身地は､国内ではブルターニュ35人とノルマンディ25人､国外ではアイルランド18人で､これら3地域で外来商人数の76ﾊﾟｰｾﾝﾄとなる。この港には､北ヨーロッパ諸国のプロテスタント商人は居住しておらず､やや閉鎖的なカトリック都市の雰囲気が強いとされる。
　これに対して､マルセイユにおいては、18世紀のあいだに移住した外来商人数は総計1306人､そのうちフランス人817人､外国人489人である｡国内の出身地は隣接するラングドックが261人20ﾊﾟｰｾﾝﾄ、そしてプロヴァンスが239人18ﾊﾟｰｾﾝﾄと多い｡国内出身者のうちプロテスタントの商人が180人22ﾊﾟｰｾﾝﾄである｡
　次に、海外出身者はジュネーヴとスイスが最大多数の171人13ﾊﾟｰｾﾝﾄ､イタリア9ﾊﾟｰｾﾝﾄ､ドイツ3ﾊﾟｰｾﾝﾄ､イギリス諸島､レヴァント､ネーデルラント､イベリア諸国、いずれも2ﾊﾟｰｾﾝﾄ前後である。地中海沿岸出身者は199人､北･中央ヨーロッパ出身者は275人になる。マルセイユはサン･マロと異なり､出身地域と宗派の多様性から、開放的でコスモポリタンな商人社会を形成したとされる｡
　最後に、ボルドーにおいては､17世紀、オランダ商人がボルドー市場を支配しており､その数は1670年に51人であった。これら外国人の多数はプロテスタントであった。18世紀、ボルドーで結婚した外来商人数は739人､そのうち卸売商230人､小売商509人である｡それらの出身地は､アキテーヌが64.1ﾊﾟｰｾﾝﾄで大多数を占め、その他国内15.3ﾊﾟｰｾﾝﾄ､海外6.6ﾊﾟｰｾﾝﾄとなっている｡
　ボルドー在住の外国人商人数は､1777年の課税名簿から111人であって､その出身地はドイツ52人､イギリス諸島(大多数はアイルランド)33人､オランダ17人､スイス5人､北欧4人である。この構成は同時代におけるフランスとヨーロッパ諸国との勢力関係をそのまま反映する｡　このなかで最多のドイツ人の多くはハンブルク出身とみられる。それは、ボルドーの植民地物産の主要な再輸出先が、17世紀から18世紀になってオランダからドイツに替わったことによる。
　これら史料から、深沢克己氏は「能動貿易では港町の商人･船舶が海外に進出するので､一般に外国人の来住は少ないのに対して､受動貿易では海外から商人と船舶が来航するので､港町に定住する外国人の数も多くなる｡
　マルセイユに地中海沿岸出身の商人が相対的に少ないのは､そこが能動貿易の領域だからであり､ボルドーに北海･バルト海沿岸の出身者が多いのは､そこが受動貿易の領域だからである｡そしてアイルランド人を例外として､サン･マロにほとんど外国商人がいないのは､この港がもっぱら能動貿易の拠点だからである」と定式化する（深沢前同、p.198）｡
　そして、「優勢な外国商人コロニーは時代とともに変遷し､フランスの大西洋沿岸では中世後期にイタリア人､16世紀にイベリア人､17世紀にオランダ人､同世紀末以後にアイルランド人､18世紀にドイツ人があいついで主役を演じる｡とくに七年戦争後にはドイツ系スイス人と内陸ドイツ人が増加し……ナント､ロリアン､ル･アーヴルなどに進出する」とする（深沢前同、p.200）｡
　近世も18世紀になると、重商主義戦争と宗教戦争が経過したことで、フランスの主要な港市における外国人商人は整理淘汰されて特定化し、単純になったかにみえる。

▼ブルターニュ公国の併合と外国人商人の来住▼
　すでにみてきたように、18世紀のナントはフランス最大の奴隷交易港であったが、その港や後背地から奴隷を供給してきわけではないので、正確にはフランス最大の奴隷交易を行っていた奴隷商人が居住した港というべきである。
　ナントを首府としてきたブルターニュは、フランスに併合されるまでは独立した公国であった。前56年、カエサル率いるローマ軍に攻められ、ローマの属州ガリア・ルグドゥネンシスの一部となる。ブルターニュという名は、ローマ軍撤退後、5-6世紀ブリテン島から逃れてきたケルト人の一派ブリトン人に由来する。
　7-8世紀多くの小国に分かれていた。9世紀カール大帝によって征服されるが、846年ケルトの指導者ノミノエのもとに団結して独立を勝ち取り、ブルターニュ公国を建てる。フランス王の支配に屈するものの独立を維持する。ヴァロワ朝は、一族の男子をブルターニュ公国の継承権をもつ王女と結婚させ、1532年遂にフランス王国に併合する。しかし、フランス併合後も独自の議会をもって、自立性を維持する。
　ブルターニュ公ピエール1世（在位1213-37）は海上交易を振興しようとして、新しい市壁に2つの船着場を建設した。その時代以降、ナントの伝統的な交易はロワール河口産出の塩、流域のぶどう酒、ブルターニュ半島の小麦や麻織物などが集め、塩やぶどう酒は主にイギリスやオランダに輸出し、イギリスからバターや塩漬け肉、獣脂、羊毛、オランダから造船用の松材やタールを輸入する、また小麦や麻織物はイベリア半島向け積み出し、オリーブ油や乾燥果実を持ち帰ることにあった。
　そのもとで、遠隔地交易の担い手として、ユダヤ人がまず流入してくる。それが利用された後、13世紀イタリア人が交易の実権を握る。いまみた伝統的な交易に対応して、14世紀半ばからイギリス人が、また15世紀初めかスペイン人が増加する。スペイン人はカソリックであったので歓迎される。1420年、これら外国人とフランス人の商人は共同で、1420年自治組織を結成して、ブルターニュ公からロワール川の航路を管理する特権を獲得する。1500-80年の税収は3倍にも増え、その多くが船着場の整備や拡張に用いられる。
　17世紀になると、ナントの交易に西インド諸島との交易が付け加わると、タバコや砂糖を買い付けにくるオランダ人やドイツ人の商人が来住する。1598年のナント王令は彼らプロテスタントを受け入れたが、それが廃止されると流出を余儀なくされる。それに代わって、1650年代イギリスから排除されたカソリック、そのなかでもアイルランドのジャコバイトが大量に流入してくる。

▼インド会社の設立とその先駆会社の奴隷交易▼
　すでにみたように、1719年ローによって、インド会社という大規模な特権交易会社が設立され、それが18世紀における奴隷交易を取り仕切ることとなる。
　インド会社が誕生するまでには、すでにみたことを含め、紆余曲折があった。1673年、コルベールによって1664年に設立された西インド会社が、清算される。それ以降、1673-81年と1681-84年の新旧セネガル会社、それが分割されて1685-1716年のギニア会社（1701-13年のアシェント会社）と1685-94年のセネガル会社、後者を引き継いだ1696-1704年と1709-18年の新旧王立セネガル会社、それを吸収した1717-19年の西方会社へと、特権ころがしのような変転があった。
　それらはインド会社に対して先駆会社と呼ばれるが、その特徴をまとめれば、次の通りである。
　これら先駆会社は奴隷交易を独占していながら、フランスの人領西インド諸島に奴隷を供給するという、主たる目的あるいは義務を十分に達成することができなかった。また、清算資産の払い下げや、輸送奴隷に対する補助金、交易品の関税の半額あるいは全額免除、国庫からの資金提供などの便宜を受けながら、経営不振であったとされる。
　先駆会社の主たる経営者（出資者）は、王室財務官僚と港市の有力な資産家によってたらい回しされるが、変転につれて、実務や資力に富む商人や銀行家が主役になってくる。
　いま少し具体的にみると、1685-94年のセネガル会社は、大型船5隻、小型船3隻、現地の小型船1隻、連絡船9隻を自社船として持ち、また大型船10隻と小型船2隻を用船して事業を開始したという｡その実績は、1686年から1687年までに、ル･アーヴルから6隻、ラ･ロシュルから2隻、サン･マロから1隻の9隻の奴隷船を出港させたにとどまる。
　1709-18年の王立セネガル会社は、商人や銀行家が経営者になったことで、1710年から10年間にル･アーヴル15隻、オンフルール6隻、ナント5隻、ラ･ロシュル2隻、サン･マロ1隻、そしてセネガルのゴレ商館2隻の31隻の奴隷船を、サン=ドマング島のカップ･フランセやレオガン、さらに北アメリカのルイジアナへ回航して6309人の奴隷を販売、一定の利益を上げたとされる｡
　1715年、すでにみたように、ローは株式の発行によって資金調達し、商人が経営する大規模な特権会社の設立を提言する。その手始めとして1717年西方会社を設立、北アメリカ･ルイジアナ経営とカナダでの毛皮取引に関する特権が与えられる。この西方会社は、1718年王立セネガル会社、1719年東インド会社､中国会社を吸収合併して、インド会社が生まれる。これによりインド会社は東西インド交易を独占することとなるが、西インド交易の独占権は1724年に早くも廃止される。
　インド会社には投資家から期待が寄せられたため、株価（額面550ﾘｰｳﾞﾙ）は18倍にも急騰する。大株主となった軍需品調達業者や徴税請負人、先駆会社出資者は株価操作して売り逃げ、利益を海外に持ち出す。それらが明るみにでると株価は暴落する。仕掛け人のローは1720年国外に逃亡する。
　インド会社は、設立から1723年まで奴隷船を13隻送り、3516人の奴隷しか輸送できなかった。インド会社は経営組織をいろいろと改編する。それにより、王権の介入が後退させられ、商人や銀行家が前面に出るようになる。
　1723年には、最高経営機関として商務部が設置され、それを構成する取締役や委員には財務総監を頭取として、西方会社（東西インド交易商など）や王立セネガル会社の取締役、彼らと取引するパリの銀行家が選ばれる。1726年、インド会社の奴隷交易の特権がセネガルに限定されることとなり、ギニアは先駆会社時代と同じように民間商人に開放される。1731年には商務部の陣容が更迭され、取締役は東インド交易商とセネガル交易商だけで構成されることになる。
▼フランス最大の奴隷交易港=ナントの成立▼
　18世紀、フランス最大の奴隷交易港はナントであった。18世紀、フランスは奴隷交易船を3321隻仕向けているが、そのうちナントが1481隻、45ﾊﾟｰｾﾝﾄも占めていた。それにボルドー461隻、ラ･ロシェル408隻､ル･アーヴルなどが続いた｡
　1635年、フランスがカリブ海のマルティニク島とグアドループ島を植民地化すると、ナント商人の関心は大西洋交易に向かう。まず、彼らは植民地の労働力となる年季奉公人の輸送から始める。1701年までに、年季奉公人輸送船を延210隻就航させた。17世紀半ば、植民地生産がタバコ栽培からサトウキビ栽培に転換すると、アフリカ人奴隷の大量輸送に移行する。

大邸宅が残るナント	奴隷船のなか

　こうして、ナントの100トン以上の船は1664年12隻にすぎなかったが、1686年には84隻となり、さらに1704年には105隻になった｡1731-40年にはカリブ海に年平均16隻を出港させている。
　1703年、ギニア会社は奴隷を十分に輸送できないため、民間商人の参入を認める｡この決定によって、ナントは早くも1704年に最初のギニア向けの船を出港させる。それ以後、1713年までに25隻の奴隷船を艤装し、サン･マロの5隻を大きく引き離す｡また、1716年会社解散にともない、その特権は一般商人に開放される。それにより、フランス人商人はルアン、ラ･ロシェル、ボルドー、ナントの港で艤装することを条件にして、ギニアの奴隷と金の取引の自由が認められる｡
　これら4港はギニア交易を行い、1719年にインド会社が設立されるまでに45隻の船を出港させ、11957人(年平均3985人)の奴隷を輸送する。しかし、そのなかにあってナントは、1715年に砂糖の再輸出税全額免除という特権をえたことから、このうちの41隻を出港させ、三角交易をほぼ独占する｡
　このナントの奴隷交易の揺籃期に、最も活躍したのがモントドゥアン一族であって、ニューファンドランド沖合のタラ漁業によって財をなしていた｡ルネ･モントドゥアン(1673-1731)は同業者と姻戚関係を結び、ナントの最有力海運業者になる｡彼は長兄と共同で造船を行うとともに、国内外から中古船を購入して、所有船舶数を増やす｡1718年には、兄弟が艤装した38隻が洋上にあって、ギニア奴隷交易や直行交易、タラ漁業を営んでいた｡
　1713-18年のナントの奴隷船の隻数と販売奴隷数は、14隻3483人、18隻3707人、18隻3387人、14隻3036人、7隻1567人、18隻3473人となっている。そのうち、モントドゥアン家の艤装船が占める比率は、1710年代前半の4-5隻20数ﾊﾟｰｾﾝﾄから、後半にかけて急増して、1717年には57ﾊﾟｰｾﾝﾄ、1718年には19隻のうち10隻53ﾊﾟｰｾﾝﾄとなる（販売奴隷数もほぼ同じ）。
　彼らは、市内に9つの砂糖貯蔵用倉庫を設け、北海･バルト海沿岸諸港に交易網を拡げ、砂糖を北ヨーロッパに再輸出していた。
　ナントにとって、1719年のインド会社の設立は，新たな時代のはじまりとなった｡インド会社は、1726年（現実にそれ以前から）先駆会社にならって、ギニア奴隷交易を開放する。それに当たって、奴隷商人に販売奴隷1人当たり20ﾘｰｳﾞﾙもの特権代行料の支払いを義務づける。その額が高いとナントの市長が掛け合い、1722年には14ﾘｰｳﾞﾙ、1726年には10ﾘｰｳﾞﾙに減額される｡ナントは、1726-32年88隻（年平均14隻）の奴隷船を出港させ、ラ･ロシュルの14隻を大きく引き離して、フランス第1の奴隷交易港としての地位をゆるぎないものにした｡
　1723年、インド会社商務部は東・西インドやアフリカ産の自社商品（西アフリからは象牙やゴム、獣皮など）の競売地を、ナントに指定して行うようになる。それによって、ナントのインド会社との結びつきは強まり、ロワール川経由でパリにも結びつく。しかし、1734年インド会社は船舶の発着と商品の販売の一体化をめざして、競売会の開催地をロリアンヘ移す。それによっても、ナントの活動が衰えることはなかった。
　1730年代、外国出身の商人もギニア奴隷交易に参加しはじめる。その代表が、アイルランド出身のアントワーヌ・ウォルシュ（詳細は後述）やトピー・クラークであった。彼らは奴隷船を次々に艤装して送り出す。彼らが中心となって、1738年からの3年間に、ナントは90隻を出港させ、21435人、年平均7145人の奴隷を西インド諸島で販売している｡

▼インド会社の特権交易に民間活力の導入▼
　インド会社は、1723年から1740年までに103隻の船をロリアンからセネガル地域へ出港させ、26847人、年平均1492人の奴隷を供給していた。その規模は、ほぼ同時期のナントによるギニア交易（237隻、58115人、年平均3419人)と比較すると、2分の1以下であった｡その開きは1736年以降大きくなる。1740年までにインド会社の活動が22隻、6358人、年平均1271人にとどまったのに対して、ナントは122隻、29120人、年平均5824人という実績を上げていた。
　インド会社の1731-39年のセネガル交易の収支は、奴隷調達価格の上昇、それに伴うアフリカでの調達と植民地での販売期間の長期化により、1738年を除き赤字であった。そこで、1740年商務部はそれを打開するため、インド会社は奴隷船を艤装、運航することをやめ、居留地の経営と現地での交易活動、すなわち奴隷の調達と販売だけを行うこととした。それは、インド会社の特権交易に民間活力を導入することにあった。しかし、それによってインド会社は奴隷船の艤装を、全面的にやめたわけではなかった。
　1742年、インド会社はナントの商人ガブリエル・ミシェルとのあいだで、セネガルへの物資の輸送、奴隷の購入と植民地での販売について契約を結ぶ。ミシェルは、1743年1月27日、ペール･ド･ファミール号（200ﾄﾝ、乗組員40人、その死亡者12人）を出港させる。その奴隷船は、同年2月19日-4月3日セネガルのサン=ルイに滞在して、インド会社から450人の奴隷を購入し、そのうち400人（死亡者50人）をサン=ドマング島のレオガンに同年5月3日-7月30日滞在して販売し、ナントに1743年9月20日帰港する。その航海日数は7か月3週間であり、当時のギニアの奴隷交易船は16-18か月もかかっていたに比べれば、短期間の順調な航海であった。
　このミシェルは、同じ1743年8月にもデューク･デ･ペンティヴァ号を向かわせ、550人の奴隷を購入し、レオガンで販売する。その後、その船は大西洋上でイギリスの私掠船に拿捕され、積み荷の砂糖と綿花を奪われる｡1740-48年のオーストリア継承戦争は、フランスの海上交易に影響を及ぼしはじめており、特に1743年後半以降はインド会社やナント商人の奴隷交易に壊滅的な打撃を与える｡
　インド会社は、1744年10月ロリアン出港のフェボライト号を最後に、1749年3月まで奴隷船の艤装を停止する｡他方、ナントのギニア奴隷交易も規模を縮小し、1744年から1748年まではわずか29隻(年平均6隻)を艤装するにとどまった｡そのうち6隻がイギリス船に拿捕される｡
　オーストリア継承戦争後、ナントでは2つの奴隷交易会社が結成される。その社名からみて、ギニア以南の交易を行うことを目的にして設立されるが、別の展開をみせる。
　まず、1748年9月アンゴラ会社が設立される。出資者は、国王御用の銀行家、ナントの実業者、そしてインド会社関係者であった。彼ら10人が株式の3分の2に応募していた。その経営は、ウォルシュ家が担当しており、船舶の購入や建造、船荷の購入、帰り荷の販売、売上金の回収など、すべての交易実務を行った。
　そして、同年11月にはギニア会社が設立される。この場合、先駆会社やインド会社に影響力を持つある徴税請負人とその同業者が中心となり、それにナントの実業者、インド会社関係者が加わっていた。彼ら13人が株式の60ﾊﾟｰｾﾝﾄに応募していた。その経営は、すでにみたミシェルとギヨーム・グルなどによって運営された。
　なお、アンゴラ会社のウォルシュとギニア会社のミシェルとは、後述のオシール家の娘たちを妻とした義兄弟であった。
　アンゴラ会社は設立後、1750年までの2年間に13隻を派遣し、アンゴラ沿岸のガビンダとルアンダにおいて入手した奴隷3963人（1隻当たり305人）を販売している。また、ギニア会社は12隻を派遣し、ギニア湾沿岸のジュダで入手した奴隷3039人（1隻当たり276人、1隻不明）を販売している。それら奴隷はいずれもサン=ドマング島やマルティニク島で販売されている｡
　これら会社による艤装船が、ナント出港の奴隷船に占める比率は36ﾊﾟｰｾﾝﾄ(69隻のうち25隻)、またその販売奴隷数は43ﾊﾟｰｾﾝﾄ(16231人のうち7002人)に達していた。これら会社が、オーストリア継承戦争後、ナントの交易を復興させ、奴隷交易を牽引する役割を果たしたとされる。

▼インド会社と共同事業体、奴隷交易事業を分担▼
　1750年9月25日、アンゴラ会社とギニア会社は協定を結び、共同企業体（Consortium）を組織する。それは、まずもって翌日、向こう5年間セネガル居留地で販売される奴隷の競売会に、共同入札することにあった｡その協定はインド会社の意志にそって結ばれ、2つの会社が法的な落札者となり、セネガル奴隷を半分ずつ取り扱えるようにしようとしたものであった。その奴隷競売会で、奴隷1人当たりの価格は、入札で、アンゴラ会社の406ﾘｰｳﾞﾙに決まった。
　1750年10月、インド会社は共同事業体の代表と正式に契約を結ぶ。この契約によって、インド会社はコンソーシアムに対して、その要望に基づき向こう5年間一定量の奴隷を供給すること、他方艤装業者は購入した奴隷をフランス領植民地に輸送する義務を負うこととなった。インド会社は奴隷の調達と供給の特権を維持することに特化し、それ以外の特権はいままでとは違って、アンゴラ会社とギニア会社のコンソーシアムという、特定少数の利権集団に限定して譲渡されることとなった。
　その契約書によれば、奴隷船の居留地向け必需品の無賃輸送量を、200ﾄﾝ以下の船は奴隷300人積載を予定して24ﾄﾝの物資、200-250ﾄﾝの船は500人を予定して40ﾄﾝの物資、250ﾄﾝ以上の船は50ﾄﾝと定めている。なお、当時の奴隷船の平均トン数は300ﾄﾝであった。
　奴隷代金は、出港日から8か月以内に総額の3分の2、その後4か月以内に残高を支払うものとする。それまで支払われてきた奴隷1人当たり10ﾘｰｳﾞﾙの特権代行料支払は免除される。それに対応して、インド会社は13ﾘｰｳﾞﾙの特別手当を国庫から受領するとされた｡その他、奴隷の積み込み期間は75日以内と延長は15日以内、乗組員の上陸禁止、彼らの商品取引の禁止などを定めていた。
　こうして、セネガル交易はインド会社が現地で奴隷を調達し、これを購入したナントのコンソーシアムが植民地までの輸送と販売を担当するという、新たな形態のもとで営まれることになった。それにより、輸送奴隷数の増加、インド会社の経営改善、そして交易会社の採算向上という効果があったとされる。
　すでにみたように、インド会社は1749年まで奴隷の取引を完全に停止していた。1750年10月インド会社がコンソーシアムと契約を結ぶと、第1船として決まったアンゴラ会社のヘクター号が、同月26日早速に出帆する。12月7日にサン=ルイ商館に到着し、インド会社から201人の奴隷を引き渡され、翌1751年1月16日ゴレ商館に移動してさらに78人を船積みする｡
　コンソシアムが結成されてから1755年までに、アンゴラ・ギニア両社はセネガルに12隻を派遣し、インド会社からの奴隷4742人(年平均948人、1隻当たり395人)を購入、このうちの3968人(死亡者774人、死亡率16ﾊﾟｰｾﾝﾄ)を販売する｡こうしてインド会社はオーストリア継承戦争前の奴隷供給規模をすばやく回復したとされる。この両社は、同じ期間、ギニアにも32隻を派遣しており、10462人（同2092人、同327人）を取引している。このギニアの規模はセネガルの2倍に及ぶ。
　なお、それら両社がセネガルとギニアに派遣した44隻とその艤装業者の名義は、アンゴラ会社のウォルシュ名義で23隻（うちセネガル向け7隻）、またはギニア会社のミシェル=グルの名義で21隻（同5隻）となっていた。
　セネガル交易では、あらかじめ準備された奴隷を積み込めたので、アフリカでの滞在期間は契約書にある所定日数（75+15日）で十分であったが、ギニア交易ではイギリス人やオランダ人と交渉する必要があったため平均6か月を要した。それに応じて、中間航路での奴隷の死亡率は、前者が2.8ﾊﾟｰｾﾝﾄ、後者が15.4ﾊﾟｰｾﾝﾄという大きな開きとなった。アンゴラ・ギニア両社は、それら2つの奴隷交易を行うことでギニア交易の不利をセネガル交易で埋め合わせることができた。
　フランスのアフリカ向け輸出品は、例えば1775年、「トワル」と呼ばれた日用の麻綿交織物や綿織物が実に47.6ﾊﾟｰｾﾝﾄも占めていた。その70ﾊﾟｰｾﾝﾄがインド産であった。それ以外では、蒸留酒10.2、宝貝8.8、鉄器5.0、雑織物3.6ﾊﾟｰｾﾝﾄであった。

▼アイルランド人の奴隷商人にしてフランスの貴族▼
　サン･マロに移住してきたアイルランドのジャコバイトのなかに、アイルランド貴族のウォルシュ家がいた。フィリップ・ウォルシュ（1666-1708）は、1568年サン･マロに上陸すると直ちに私掠船に乗り込み、イングランド船を攻撃する。彼ら一族は、名誉革命によって王座をおわれたイングランド王ジェームズ2世（在位1685-88）が1689年アイルランドに再上陸した際、遠征艦隊15隻の艤装に関わっていた。彼は、同じアイルランド出身の有力な商人と姻戚関係となり、東インド交易に参入して、サン･マロを代表する商人となる。
　その第6子アントワーヌ･ウォルシュ(1703-63)が奴隷商人となる。その兄もカリブ海諸島や南アメリカとの交易、また弟もカディスにおいて海上交易を営んでいる｡アントワーヌは､ナントの海運業者ピエール･エテュルニの奴隷船サン=ジャン号に船長として乗船する｡
　この奴隷交易の経験をもとに、まず彼は1734年サン=ドマング島に年季奉公人を供給する。また、同年ゼフィール号を艤装してカディスに派遣し､そして奴隷船ドファン号をアンゴラ沿岸に派遣し、その後マルティニク島へ向かわせている。1740年には､単独で5隻の奴隷船を艤装するまでになる｡
　このうちフォール号はナントで艤装された奴隷船のうち、当時最大である400トンであった。それを2回艤装している。このフォール号は、1739年の航海で奴隷642人をサン=ドマング島のカップ=フランセに、また1740年には572人を輸送、販売している｡

ウォルシュ一家が買い取った、 ロワール地方にあるセホン城	アントワーヌ・ウォルシュと ボニープリンスチャーリー（右）

　アントワーヌは､ナント実業界を代表するダブリン出身の商人エッリク・オシールの娘と結婚する。この商人は1716年から58年までに49隻を艤装し､アンティル交易(直行交易)と奴隷交易（三角交易）を営み、商事裁判所の判事に選出されていた。このアイルランド商人集団からえた信用をもとに､アントワーヌは1741-59年48隻を艤装し､このうち28隻を奴隷交易､また残る20隻を直行交易に仕向けている。
　ナントを代表する交易商人となったアントワーヌは､その経営を多角化して、6つの砂糖プランテーションの所有者となり、さらにいくつかの共同所有者となっている。そして1739、42年に設立された海上保険会社の共同経営者にもなっている。
　アントワーヌは､こうした営利事業ばかりでなく、アイルランド・ジャコバイトとして、イングランドの王位継承をあきらめないチャールズ=エドワード・スチュアート（1720-88）が、1745年スコットランドに上陸しようとして失敗した際、艦船2隻を艤装して提供しており、ルイ15世からフランス艦隊の司令官にも任命されている。彼は、ルイ15世から1748年商人貴族に叙任されるが、それを不満として嘆願を続け、1753年には兄弟３人が生まれながらのフランスの貴族に叙任される。
　なお、アントワーヌは1749年セラン伯領地を82万ﾘｰｳﾞﾙで購入するが、1759年サン=ドマング島に渡ったとされる。その後の消息や没年は不明である。

▼特権会社と民間会社との結びつきの意義▼
　大峰真理氏は、インド会社とアンゴラ・ギニア会社の結びつきの意義について、「実業家のイニシアティヴは、会社組織によるセネガル貿易が難局をむかえたときに発揮された｡インド会社経営陣は、すでにギニア交易の分野で成果を収めていたナント商人とむすびつき、彼らの経験と技術を特権貿易に導入した｡1750年に両者がむすんだ契約はセネガル貿易のあらたな組織形態を表現し、特権保持者として現地商業活動を担当するインド会社、船舶を艤装して植民地で奴隷を販売するナント商人、一連の活動に資金を提供するパリの金融業者の三者がセネガル貿易利害集団を形成した」と総括している（藤井真理著『フランス・インド会社と黒人奴隷貿易』、p.130、九州大学出版会、2001）｡
　この総括は、特権会社の経営不振の打開策として三者の経営要素の結合が求められたとし、その結果として利害集団を形成されたことが強調されている。しかし、先駆会社からインド会社にいたるまで、三者の経営要素は不可欠であったのであり、また営利事業としてその結合の重心を民間活力に移行させることで会社を更改しえたのである。
　そこで重要なことは、インド会社はギニアとは違ってセネガルの交易特権を放棄せず、奴隷の調達と供給の特権は維持しながら、インド会社関係者も出資者となったアンゴラ・ギニア会社と一手の契約を結んで、それ以外の交易特権を譲渡したことにある。かの総括は、このインド会社の交易特権の部分的な保持と譲渡や、そのもとでの奴隷交易の支配構造の変化について注目していない。
　インド会社が奴隷の調達と供給の特権を放棄すれば特権会社でなくなるので、それを維持した上で、それ以外の特権をナントの特定商人に譲渡している。この公然たる癒着によって、セネガルはもとよりとしてギニアをも含め、フランスの奴隷交易は特定少数の特権保持者とナントの奴隷商人によって壟断されることとなった。それは絶対王政のもとでの特権経営の腐朽形態といえる。
　しかし、七年戦争は再びフランスのセネガル交易に決定的な打撃を与える｡1758年インド会社の商館のあるサン=ルイとゴレがイギリスに奪われる｡フランスは、1763年のパリ条約によってゴレを取り戻すが、サン=ルイはイギリスが領有するところになる。
　その詳細はふれないが、1744年にフランスのセネガル居留地総長ピエール・ダヴィットが内陸視察旅行したが、それ以後、奴隷の調達と輸送は安定したという。それでも、すでにみたようにセネガルの奴隷交易量はギニアを大きく下回っていた。それはともかく、インド会社は西アフリカの交易網に接続する輸送ルートを失ったことで、1767年インド会社はセネガル奴隷交易の特権を放棄する。それによって、アフリカ海岸の奴隷交易は完全に自由化され、インド会社も1769年に解散する。
　フランスは、奴隷交易を再構築しようとしてゴレ商館に総督を派遣したり、またガンビア川河口のアルプレダ商館を再建するなど、交易圏を復興しようとする。1779年にはサン=ルイをイギリスから取り戻す。しかし、インド会社時代に大量に持ち込まれた銃と火薬によって、セネガルの社会は荒廃しており、奴隷の輸送ルートを再建できなかった。しかし奴隷交易をやめるわけにはいかない。
　18世紀、フランス奴隷船による西インド諸島への奴隷輸入数はインド会社設立後4000人、七年戦争直前15000人に増加する。その戦争が終わり、インド会社解散前後の1763-77年には年平均で18000人、1783-92年には37000人まで急増する。その最中の1791年サン=ドマング島において奴隷の反乱が起きて、フランスはセネガル政策を転換させられる｡
　ナントのミシェルやウォルシュといった奴隷商人は、インド会社の解散後もそれをやめることはなかったし、一般商品の交易に転換することもなかったことであろう。ただ、ウォルシュといった巨魁は、奴隷交易で築き上げた巨大な資産を邸宅や土地に消費することがあっても、工業資本に振り分けた気配はなかった。それはスペインやオランダの商人とかわるところがない。
　この節は、藤井（旧姓）前出書および大峰真理稿「近世フランスの港町と外国商人の定着」歴史学研究会編・羽田正責任編集『シリーズ港町の世界史 3 港町に生きる』（青木書店、2006）による。

▼若干のまとめ▼
　近世フランスの海上交易とは何だったのか。一言でいえば、近世フランスは交易国として「めざましい二番手」にとどまり、重商主義戦争に勝利しなかった。イギリスとの対比でいえば、フランスは海事勢力のユグノー教徒を弾圧してしまい、海上覇権をめぐる戦いに立ち後れた。
　フランスの海上交易は、18世紀半ば「工業国型交易」となって最盛期を迎え、その交易量はライバルのイギリスを超えるまでになるが、それを近代まで発展させることができなかった。　こうした性格を、近世フランスの海上交易が持つにいたったのは、先発の海上交易覇権国と比較するとき、まずもってフランス国家の海事政策の貧困にあったとみられる。
　そうなった根拠は､フランスが中国と同じように地大物博であり､さらにフランスの位置がヨーロッパ交易路の中心にあり､そして必要な物品は地中海､大西洋､北海から容易に流入してきた｡また､フランス経済が国内農業でもって維持できる、対外交易に依存する程度の低い再生産構造となっていたからであろう。
　近世フランスの交易は、スペインとフランスの植民地向け産品の輸出と、フランス植民地からの産品の輸入と再輸出（中継交易）によって成り立っていた。18世紀半ば「工業国型交易」となったとされるが、それは、フランスの絹・毛織物工業が輸入代替性を高め、その成果としてそれら繊維製品の輸出が強化された結果であった。
　その場合、フランスの植民地支配が維持され続け、また繊維製品の輸入国が輸入し続けることが、不可欠であった。フランスはイギリスとの植民地戦争に敗れて、西インド諸島にあるわずかであるが貴重な植民地を失い、また繊維製品の輸入国が輸入代替性を強め、さらにイギリスが競争力のある繊維製品が生産、輸出するようになったことで、フランスの交易は瓦解することとなった。
　なお、19世紀初頭のフランス人奴隷交易人の生きざまについて、Webページ補論【19世紀廃止に掉さす奴隷交易人たち】において取り上げている。

（2008/03/20記､2010/12/12、2012/05/16、2021/03/15補記）

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