ホームページへ

目次に戻る


No.32 "Zenothemis Impeachment"

▼簡単な解説▼
(1) 弁論の時期と構成
 この弁論は前340年頃に書かれたとされる。この弁論は、[1-13]ではこの訴訟とそれに対す
る異議申し立てに至った事件の顛末が証言されている。そして、原告たちが被告への借受金
の返済やその弁済を逃れるため、[14-23]では原告たちの金銭の貸し借りに関する共謀につ
いて、[24-32]で原告たちの裁判における策略や寝返りについて証言されている。なお、[ ]
のなかは、当該弾劾の節番号である。
(2) 当事者
 この弁論は、原告の訴訟は認められないと、被告が異議申し立てした法廷での弁論となって
いる。
 まず、被告は話者のデーモーンであり、かれはこのデモステネス弁論では数少ないアテナイ
人で、弁論家デモステネスの縁者である。
 また、少なくともデーモーンからの借り手であり、またアテナイの人々の代理人でもあり、居留
外国人商人とみられるプロートスも被告の立場にあったが、原告に与したようである[25、26]。
 他方、原告は借り手の商人船主ヘーゲストラトスの手下で、その船の共有者で商人のゼーノ
テミスである[16]。いずれもマッサリア人(現マルセイユ、ギリシアの植民市)である[8]。なお、
ヘーゲストラトスはイオニア海で溺死したことになっている[6]。
(3) 金銭の貸し借り
 全体として判然としない。それは詐取あるいは横領が絡んでいるからである。特に貸付額は
まったく不明である。
 1 まず、アテナイにおいて、デーモーンを含むとみられる何人かが、ヘーゲストラトスに対して
船を担保として、またプロートスに対して、貸付けを行う[14、15]。
 2 しかし、原告ゼーノテミスとのあいだには、金銭の貸し借りはない[2]。
 3 次ぎに、シラクサにおいて、ゼーノテミスはじめマッサリア人がヘーゲストラトスに対して
[2]、またマッサリア人がゼーノテミスに対して、積荷を担保として貸付けを行う[4、8]。
 なお、弁論にみる積荷は穀物のみである。
(4) 紛争の内容
 被告で貸し手の一員であるデーモーンはアテナイに留まり、借り手であるプロートスや同じく
ヘーゲストラトスはアテナイへの穀物供給地であるシラクサに向かう。
 シラクサで穀物を買付け、出帆して2、3日目に、何と、ヘーゲストラトスがゼーノテミスと共謀
の上、船底に穴をうがちはじめる。それは未遂に終わるがヘーゲストラトスは溺死し、ゼーノテ
ミスはその船とともに図らずもアテナイに来てしまう。
 この帰り着いたヘーゲストラトスの船や積荷を、貸し手のデーモーンや積荷のあるプロートス
たちは、当然のように差し押えあるいは管理下に置こうとする[14]。それに対して、ゼーノテミ
スは、それら船や積荷の所有権は自分にあるとして貸し手に引き渡さないばかりか、それを阻
止するため貸し手を相手取って所有権侵害の訴訟に打って出る[9、12、17]。
 それに対して、被告デーモーンがその訴訟は無効だと異議申し立てし、それを証明しょうと陳
述しているのが、この弁論である[1]。
(5) いくつかの論点
 その種文書は一方の弁論だけが示されることに加え、この『ゼーノテミス弾劾』にあっては被
告の弁論となっている。そのため事実関係の確認は容易ではない。
 まず、原告の商人ゼーノテミスが商人船主ヘーゲストラトスと共謀して、共同持ち船を沈没さ
せ、様々な人々からの借受金をなかったことにしようとする。この偽装海難が失敗したとき、張
本人のヘーゲストラトスが溺死して、死人に口なしとなる。
 そこで、共謀者ゼーノテミスはむしろ得たり賢しとばかり、自分を含め様々な人々がヘーゲス
トラトスに、彼の船や積荷を担保として貸付け―そのなかには架空の貸付けが含まれる―を
行っていると述べ立て[4、12]、彼の船や積荷を担保として所有権を主張して、それらをそっく
り詐取あるいは横領しようと画策した。
 被告デーモーンは商人船主ヘーゲストラトスに貸付けているが、商人ゼーノテミスに貸付けて
いない。また、ゼーノテミスが居留民かどうか、アテナイから出帆したかどうかは不明である。し
かし、仕向地のシラクサで乗船していたことは明らかであり、そのとき金品を借りながら何ら積
み込まず、偽装海難を及んだ。それが失敗すると、アテナイ帰港を阻止しようとしたのである。
 ゼーノテミスにあっては、アテナイ向けにも何らの積荷を持っておらず、またアテナイ人とは
一切の金銭の貸し借りがないので、アテナイ人からあれこれいわれる筋合いはないとした。し
かし、ヘーゲストラトスの貸し手であるデーモーンたちが請求権を主張するので裁判に及んだ
が、それがアテナイ人陪審員の法廷で有効か無効かが問われていることとなった。
 なお、デーモーンからの借り手の商人プロートスや乗客商人代表のアリストフォンは、ゼーノ
テミスの悪だくみに便乗しておのれの儲けを増やそうとしている。その彼らを含め文明人・ギリ
シア人のこす辛さ、ずる賢さが露わである。
(6) その他の問題点
 この弁論12節は、ゼーノテミスがヘーゲストラトスに、プロートスの積荷を担保に貸付けたと
いう論旨となっている。それに関わって前沢伸行氏は次のように捉える。
 まず、「ゼーノテミスの主張するヘーゲストラトスに対する海上貸付が、実際行われたかどう
か疑わしい」という(同稿「紀元前4世紀のアテナイの海上貿易」弓削達・伊藤貞夫編『古典古
代の社会と国家』、p.119、東京大学出版会、1977)。むしろ、それを架空の貸付けを示す文言
として、積極的にとらえるべきであろう。
 次ぎに、「ゼーノテミスとヘーゲストラトスは互いに共謀して、後者の商船に同乗していた他の
商人プロートスの購入せる穀物を彼らのものとみせかけ」て、すでにみたシラクサにおける貸
付けを受けたとみている(前同、p.114)。これは同12節にみる架空の貸付けを、シラクサにお
けるマッサリア人同士による金銭の貸し借りに押し広げたものといえる。ゼーノテミスはそうし
た策を用いて金を借りたことであろう。
 それ以外では、前沢伸行氏は「プロートスは、アテナイ市民であるデーモーンから貿易資金を
委託され、シュラクサイへ赴き、穀物を購入、アテナイへ輸入している。この輸入がエクドシス
によるものである」という(前同、p.119)。すなわち、デーモーンのプロートスに手渡した金は海
上貸付金ではなく、エクドシスという海上交易の共同事業に対する出資金だとみている。しか
し、弁論のなかにそのことを明示する文言はなく、海上貸付のような文言がみられる[15]。
 他方、弁論はプロートスを数回にわたって「私たちの代理人」と呼んでおり[8、12]、英文テキ
ストにおいてそれを貨物上乗人(注)と注記している。そうでありながら、プロートスはゼーノテミ
スの悪だくみに抗ったりあるいは与したりするなど、単なる貨物上乗人とはいないような振る舞
いをしている。彼は商人かつ代理人だったとみられるが、その場合どのような代理人であった
かは判然としない。。
 なお、エクドシスについては「あとがき」でふれる。
(注) 貨物上乗人については、デモステネス弁論第35番『ラクリトス弾劾』「▼簡単な解説▼」を参照。

▼弁論本文▼
[1] 陪審員の皆さん、その訴訟は認められないと異議申し立てしていますが、まずそうした申し
立てをする根拠にした法律について話させて下さい。法律は、陪審員の皆さん、船主と商人に
対する訴訟は、アテナイ向けあるいはアテナイ発の積荷に対する貸付けを行った場合に提起
できると規定しています。そう合意書にも書かれているはずです。その条文に違反していなが
ら、訴訟に持ち込めるというのであれば、裁判はやってられるものではありません[注]。
[注] この節は、 前沢伸行氏によれば、一連の「海上貿易に関する法」の不完全な一部とされる(同稿「古代
ギリシアの商業と国家」『岩波講座世界歴史15 商人と市場』、p.174、岩波書店、1999)。
[2] この男ゼーノテミスと私とのあいだには、彼が告訴状でいっているように、現在、契約書と
か合意書とかいったものはありません。彼は、船主[正確には商人船主]のヘーゲストラトスに
貸付けを行ない、またその船主が死んだので、われわれが積荷を処分したと言明しています。
これが彼の告訴状にある罪状なのです。それら類似の証言は、彼の訴訟が無効であることを
あなた方に証明し、またあなた方に彼の策略や極悪非道の全体を熟知してもらうために、十分
役立つはずです。
[3] 私は、陪審員の皆さん方全員に、懇願します。この問題についても、あらゆることに深く関
わってきたように関わって下さい。あなた方がある男の留まることのない厚顔無知で、極悪非
道さを聞くことになります。私が彼の行状をすべて伝えることができれば、そうなるものと期待し
ています。
[4] あなた方の前にいるゼーノテミスは、彼の告訴状では海上で死んだとされる船主のヘーゲ
ストラトスの手下であり、次に述べる詐欺を仕組みました(私が皆さんに話す以上のことを、彼
に付け加えるものはないはずです)。彼らはいずれも[シチリア島の]シラクサで金を借りまし
た。調査によれば、ヘーゲストラトスは彼らがゼーノテミスに貸しており、船内には彼のもので
ある大量の穀物が積まれていたことを認めています。そして、原告はといえば、彼らがヘーゲ
ストラトスに金を貸したことを認めており、船の積荷は彼のものだという。あるものは船主のも
の、他のものは乗客のものと、彼らはお互いに自分勝手にそれが当然と信じています。
[5] しかし、彼らは金を手にすると、それを直ちにマッサリアの家へ送り、船には何も積みませ
んでした。ここにある合意書はいかなる事態に対しても有効であって、船が安全に港に着いた
場合に返済することになっています。彼らは船を沈める計画を企て、それによって彼らの貸し
手たちを欺こうとしました。それに従い、ヘーゲストラトスは出港して2日か3日か航海したところ
で、夜、船倉まで降り、船底に穴を開け始めました。他方、ゼーノテミスはそれについて何も知
らない素振りをして、残る乗客とともに甲板上に留まっていました。物音が聞えたので、船内に
いる人々は船倉のなかで何か悪いことが起こっていることに気づき、手助けしようと駆け下りて
きました。
[6] ヘーゲストラトスは現場を押さえられ、罰金を払わせられると思い、逃走しようとしました。
人々に取り押さえられそうになったので、海に飛び込みました。海は暗く、救命用ボートを見失
い、彼は溺れてしまいました。彼は見下げ果てた男ですが、他の人々にもたらそうとした運命
が巡りめぐり、自分自身が悲惨な目にあい、報いを受けたのです。
[7] その仲間の共謀者、共犯者はどうか。未遂事件の直後、船上にあってまずしたことは、未
遂になったことを知らず、ただ激しくうろたえて、船長(sailing-master)や船員たちにいち早くボ
ートに乗り込み、船を捨てろと説き伏せたことでした。そして、船が助かる見込みはなく、また船
はまもなく沈むと言い立てていました。彼らのもくろみが成功すれば、船は沈み、そして貸し手
たちから金を奪えると考えていたのです。
[8] 彼はまたも失敗します。そのとき、船内にいた私たちの代理人(注)はそのやり方に反対
し、船を無事に港まで持っていけば、多額の報酬を出すと船員たちに約束しました。その船は
無事に[イオニア海の]ケファリニア島に着き、まずは神々に、次いで船員たちの勇気に感謝し
ました。この後、彼は再び、ヘーゲストラトスと同郷のマッサリア人とがつるんで、船をアテナイ
へ航海が続けられないよう企てます。そのとき、彼は自分もマッサリア出身であり、金はそこか
ら持ってきた金であり、また船主や貸し手たちもマッサリア人だと明かしました。
(注) [代理人]プロートスはおそらく貨物上乗人として航海していたとみられる。
[9] ここでもまた、彼は失敗します。ケファリニアの行政官たちは、その船はそこから出帆して、
アテナイに戻るべきだと決定します。その男は悪だくみを企て、それを実行した後、ここに来れ
ばもはやずうずうしくなれるものでないと、誰もが考えていましたが―アテナイの皆さん、この男
の厚かましさと図太さは他の誰をもしのぐものがあり、何と私の穀物に対して請求権を主張し、
私に対して訴訟に打って出てきたのです!
[10] それではその訴訟理由は何でしょうか? また、どういったことが、この輩をここに来させた
のか、またこの法廷を開廷させたのですか? 私はあなた方にお話しします、陪審員の皆さん。
そうすることは、私にとって苦痛そのものであることは天が知っていますが、私はそうしなけれ
ばなりません。ペイライエウスには、お互いに緊密に結びついた、ならず者の一団(注)が存在
します。
(注) この「ならず者の一団」というギリシア語の文言を、デモステネス弁論第37番39節、同第39番2節、第40
番9節と比較せよ。
[11] あなた方が彼らをみれば、直ちに彼らだとわかるはずです。この男ゼーノテミスが、船を
アテナイに帰る航海を妨害する計画を立てたとき、私たちは他の人物と相談して(注)、自分た
ちのなかから代表を1人選びました。私たちは彼のことを少しは知ってしましたが、実際の特徴
についてはよく知りませんでした。それは、私たちにとってささいなことでしたが、大きな不運と
なりました。われわれは最初から悪漢どもと取り引きしていたと言われるかもしれません―私
たちが送り出した男の名前はアリストフォンです。私たちが最近、聞いたことによれば、ミカリオ
ン[注] という企みに手を出していた男と同一人物です―彼は原告と合意書を結んでおり、
彼にサービスを売っていたのです。要するに、ゼーノテミスは全体の事柄を管理しており、また
こうした支援をえて嬉しくなったに違いありません。
(注) この文言の正確な意味が評議員と同じかどうかが議論されている。他は当該人物をアテナイの評議
会あるいは民会のメンバーを意味するとする。
[注] Miccalionという、意味不詳とされる。
[12] 彼は、船を破壊する計画に失敗したことで貸し手たちに金を返済することができなくなりま
した―彼は出発時から船に何も積んでいないのに、何をもって支払う積もりなのか?―そこで、
彼は私の商品に請求権を主張するようになり、さらにヘーゲストラトスに、彼と一緒に航海した
私たちの代理人が購入した穀物を担保にして、金を貸したと言い出しました。貸し手たちは、
初手から裏切られていたのです。彼らは、奴らが債務者や文無しといったならず者団を抱えて
いるのをみて、自分たちの金を受け取ることをあきらめました。そして、ゼーノテミスが自分た
ちの貸し金を私の財産から取り戻してくれるものと期待して、私に対する誤った告訴を行ってい
ることを知っていながら、自分たちの利益を守るため彼と共同訴訟に打って出ることを強いら
れています。
[13] それは、簡潔にいえば、あなた方が評決に付すべき事柄だということです。しかし、私はま
ずあなた方の前に、私がいままで述べてきた人々を証人として連れて来て、それによってあな
た方がこの事件の他の側面を見極められるようにしたいと思います。

宣誓証言を読んで下さい。
証言
[14] その船がアテナイに着いたとき―ケファリニア人は、原告の陰謀を見抜き、船を最初に出
帆したところに戻れと命令してくれました―船を担保にして金を貸した人々はその船の所有権
をすぐさま主張し、また穀物を買って来た男もまたその所有権をすぐさま主張しました。彼[船
主ヘーゲストラトス]はわれわれの金を借りた一人です。この後、原告はアリストフォンを連れ
て来ますが、その男は私たちの代表として派遣されていました。しかし、彼はヘーゲストラトス
に金を貸したと言い立て、穀物に対する所有権を主張するようになりました。
[15] 「おいお前、何をいっているのか?」と、プロートスと直ちに叫びました(プロートスは穀物を
輸入して来た男の名前で、私たちから金を借りています)。「ヘーゲストラトスに金を与えたの
は、あなたですね? 他人を偽るため彼を助けたのは、あなたですね? 彼は彼らから借りまし
たね? あなたはあれこれ聞かされているように、自分の金を航海事業に投じた人々がその金
を失おうとしていることを認めないのですか? 私がいうことを聞けば、あなたは自分が危険に
なるのではないのか?」。彼は生意気にも「いいよ」と答えました。そこにいた誰かが「さてそこ
で」と割って入り、「あなたがいうことがまったく真実でないとすれば、あなたの仲間で同郷人の
ヘーゲストラトスがあなたを見事に騙したことになる。そして、彼はそのことで自分自身に死刑
の判決を宣告して、死んだということになる」といいました。
[16] 「そうだ」、別の非当事者は、「その輩は何ごとについても、ヘーゲストラトスとつるんでいま
す。その証拠を1つ示しましょう。船底の切りさきが実行される前に、この男とヘーゲストラトス
はその船の共有者の一員として、ある署名入りの合意書を寄託しています。しかし、あなたが
金を渡すときに、彼を信用していたので、悪事が起きる前に、何らかの保証を求めたりするで
しょうか? しかし、彼を疑っていれば、他の人と同じように、航海に出る前に、法的な認知を取
らないことはないのでは?」といいました。
[17] しかし、いわれていることは、なぜか、すべて関連しあっています。われわれにとって、こう
した論争は何の役にも立ちません。彼が穀物を手離そうとしないからです。プロートスは、彼に
そうせよと詰め寄りました。彼の仲間のペルトウトスも試みました。しかし、彼は自分にそうしろ
としない限り、所有権は誰にも奪えないとあからさまに述べ立て、動じません(注)。
(注) その意味合いは、デモステネスが不動産占有回復訴訟に勝訴するに当たって、プロートス[に寄りかか
る]よりもゼーノテミス[を攻めること]に期待を持ったかにみえる。
[18] この後、プロートスと私はシラクサの支配者の前に、彼を引き出そうと試みました。プロー
トスが穀物を買っていたならば、税関に彼の名前を記録されており、また彼が代金を払ったこ
とが分かれば、私たちはゼーノテミスを悪党として罰するよう要求することができます。それら
が証明されなかった場合、私たちは、彼が[裁判に]使ったすべての金額に1タラントンを足して払
い戻し、さらに私たちの穀物に対する請求権を放棄することに同意します。プロートスと私はこ
うした呼びかけたもかかわらず、何らの進展はありませんでした。しかし、私はゼーノテミスが
それを放棄するか、無事に港までは運ばれ、目の前にある自分の財産を失うか、そのどちら
かを選ばなければなりません。
[19] 他方、プロートスは神々にかけて彼に放棄を迫るため、シチリア島に立ち戻る準備ができ
たと私たちに熱心に働きかけてきました。この彼の意欲はさておき、私はゼーノテミスに穀物を
投げ捨てるつもりでいるというと、それは彼とて同じではないかといいました。このことについ
て、私が正直に述べていること―原告が、私の分はともかく所有権を放棄することを拒否し、シ
チリア島に立ち戻る試みを拒否し、そしてまた航海の途中も合意書を保管していたこと―を証
明するため、宣誓証言を読み上げて下さい。

宣誓証言
[20] 彼がプロートスに対して所有権を放棄することを拒否し、また公正な解決のためシチリア
島に立ち戻ることを拒否し、そしてヘーゲストラトスの極悪仲間の一員だったことが証明された
とき、ここアテナイで貸した金とシチリア島で真っ当に買い付けた穀物が、彼にそれぞれ奪わ
れた私たちにとって残された唯一の道は原告の身ぐるみをはがすことです。
[21] 私たちは他に何ができるのでしょうか? 私や仲間は誰一人、その穀物はこの人の財産だ
と、あなた方がいうなんて考えたことがありません―その穀物は、彼が水夫たちに放棄するよ
う勧めたもので、船が沈めば失われるはずでした。このことは、彼が何も所有していなかったと
いう、きわめて強力な証拠です。自分の穀物を投げ捨てられないよう、誰が人々に働きかけた
とでもいうのでしょうか? あるいは、いろいろな働きかけを受入れない、またシチリア島に出向
こうとしないのは、誰なのでしょうか? シチリア島はそれら事柄を明白に証明してくれるところで
す。
[22] そして、あなた方の意見がいい加減なものであるとか、この男の、それらの商品に関する
訴訟を認めるような評決をするとか、私はまったく想像したことはありません。彼は、あらゆる
手段を用いて、それらの商品をあなた方の港に持ち込まれるのを、防ごうとしてきました―彼
は、最初、それを放棄するように水夫に勧め、次ぎに、ケファリニア島において船が出帆する
のを妨げようとしました。
[23] ケファリニア人がアテナイ人の財産を助けるために、その船をここに連れ戻すよう命じてく
れたので、この事件はそれほど破廉恥で極悪非道にはならなかったのではないか? それはと
もかく、アテナイ人である皆さん、あなた方と同じ市民の財産を、それを海に捨てろと仕掛けた
人々に譲り渡せと、命じるのですか? また、アテナイに一切持ち込まないよう画策したその商
品に関する訴訟を、その輩に認めるとでもいうのですか? そんなことはしてはなりません。私
はゼウスと神々にかけて嘆願します。いまここで、私が申し入れた異議申し立てを読んで下さ
い。

申し立て
法律を読んで下さい。
法律
[24] その訴訟が認められないことは法律に合致しており、私の異議申し立ては十分証明され
たと思います。しかし、あなた方にずる賢い一味のアリストフォンの奸計を聞いてもらわなけれ
ばなりません。彼はこの策略をすべて作り上げていました。彼らが、いろいろな事実に照らし
て、まったく正当性がないことが解ってきたので、プロートスに和解を申し入れ、この問題をす
べて彼らの手に委ねるように促しました。いまになって明らかになったことですが、徹頭徹尾、
ペテンにかけてきましたが、彼らの思う通りにはなりませんでした。
[25] プロートスは持って来た穀物から利益を上げられると思い続けてきたので、それをあきら
められず、自分の利益をえようと目指し、また私たちの取り分を手渡そうとしました。また、彼ら
とグルになって利益を分け合い、また私たちを貶めようとして、共同訴訟に打って出ようとはし
ませんでした。しかし、彼がここに戻ってきて、この問題で交渉しているとき、穀物の価格が下
落しました。そこで彼はすぐさま考えを変えたのです。
[26] 同時に(アテナイの皆さん、全体の真実があなた方に語りかけています)、貸付けを行った
私たちは、彼と論争をするためここに来て、苦々しく思うようになっています(穀物の損失は、私
たちに降りかかってきているからです)。そして、彼が私たちの金を返すのではなく、いんちきな
弁護をする悪党を連れてきたことを、非難するようになりました。この後、生来、正直な人はこ
の世にいないのかのごとく、彼は彼らの側に転じ、ゼーノテミスがおこした彼に対する訴訟の裁
判に欠席することに進んで同意しました。
[27] すなわち、彼がプロートスに対する訴訟を取り下げれば、私たちに対する訴訟が故意であ
ることが、直ちに明確になってしまうからです。また、プロートスが在廷していれば、彼に下され
る裁定を受入れることを拒むおそれがあったからです。そのためには、彼らはお互いに―いい
ねいいねと―同意できるようなことを、彼にしてやらねばなりません。そうなければ、彼が欠席
を取りやめ、裁定を受入れる恐れがあるからです。あれこれいう必要が、どこにあるのか? プ
ロートスが、ここにいるゼーノテミスが告訴状のなかで書いてあることを実際に行っていれば、
私からみても、彼に死刑といった裁定がすぐさま下され、受入れざるをえなくなるはずです。危
険時や荒天時、彼が狂人と同じ量のワインを飲んでいたとすれば、彼をその罰として死刑が相
当でないといえますか。
[28] あるいは、ある人が書類を盗むとか、シールを密かに壊すとか? そうしたことはそれぞ
れの良心が決める事柄です。しかし、ゼーノテミスよ、それと私に起した訴訟とを混同しないで
欲しい。プロートスが、あなたの言動によって苦めば、あなたは満足でしょう。われわれには、
あなたを邪魔者にしようとか、彼をいまさら哀れむ積もりはありません。あなたが彼に根拠のな
い告発をするなら、それは私たちにはほっておけない事柄です。ああ、それにしても、その仲
間は姿を消してしまいました。
[29] そうだ、彼の証言を私たちにさせないようにしてくれて、ありがとう。また、あなたがしたい
ように、彼に反論してくれて、ありがとう。欠席裁判があなたの工夫でなかったのなら、あなた
は彼を同道してポレマルコス[注]の前に連れ出し、保釈させてやるべきです。また、彼が担保
を指定していれば、それを手中に収めてようとするはずです。はたまた、あなたは損失を取り
戻せそうな人々を取り込もうとするでしょう。ただ、彼が保釈されなければ、収容所入りになる
でしょう(注)。
[注] 弁論第35番48節(注2)によれば、「第3のアルコンをいい、本来は戦争の大臣であるが、外国人の権利
に関連した事件を扱う法廷を統轄した」。
(注) オイケマ(oikema)という単語は「泊まる」であり、「刑務所」desmoterionを婉曲に表現する際使用され
る。デモステネス弁論第56番4節と比較のこと。
[30] しかし、そうするのが当然であるかのように、あなたは共同訴訟に打って出ました。彼は、
あなたの支援によって発生している欠損額を、私たちに返済しないで済むと考えています。さら
に、彼を告発することで、あなたは私の財産を管理できると踏んでいます。これがその証拠で
す。私は証人として、彼を喚問します。ゼーノテミス、あなたは彼を保釈させなかったばかりか、
彼を喚問しようともしていません。
[31] それ以外に、彼らがあなた方を欺し、たぶらかす方法が、あるのでしょうか。私がゼーノテ
ミスには穀物の所有権がないとしたのは、私がデモステネスを頼ったせいだとし、彼を告発す
るぞといわんばかりです。そうした非難は、彼が弁論家で有名な要人であることを、承知して行
なわれています。デモステネスは、アテナイの皆さん、確かに私の縁者です(私は、すべての
神々にかけて、私は真実を陳述してきたことを、あなた方に断言します)。
[32]、しかし、私は彼に接触し、彼にできる限り出廷し、また支援するよう懇請したとき、彼は私
に言いました。「デーモーン、あなたがいわれるように役立ちたい。しかし、あなたや私の身辺
をともども考慮しなければなりません。私の立場はこの通りです。まず、公(おおやけ)について
語りはじめときから、単なる一個人を弁護したことはありません。しかし……(注)。
(注) この言辞は終りが切断されている。この結語は満足な感触といえない。
(04/07/09記)


ホームページへ

目次に戻る

前ページへ

次ページへ
inserted by FC2 system